45.二律背反
「『あすこここ』はあらゆる妖を融合し完成を目指す。私に匹敵するほどの妖にするまでに、どれだけの犠牲が要るんだろうねぇ」
玉藻は水槽の中のあすこここを眺めながら、楽しそうにそう話す。
「ハハっ、まさか僕たちもそれの糧にするつもりじゃないだろうね」
「どうだろうなぁ……まあ、早いうちに鴉に殺されて死体が残っていたなら、そうするかもね。月兎は死体は残らないし、安心できるだろ?」
「……」
月兎は目線だけで玉藻に無言の返答をする。
ブラックジョークへのリアクションに困っていた。
あすこここが完成する前に鴉に殺されれば、その死体を素材に使う。そう玉藻に言い切られたことで、四大財閥を取り巻く空気は一気に張り詰める。
玉藻を除いたとしても四大財閥のトップたちは小国程度なら単体で難なく攻め落とせるほどの実力者の集まり。
そんな彼らのうち誰かがあすこここに使われようものなら、その脅威度は段違いに増す。
「……さっき飛び出てった窮奇が、例えば鴉にやられてたとしたら……あいつのことも素材に使うつもりか?」
「ああとも。死んでいれば、ね。生きてるなら四凶にはまだ働いてもらわないといけないし」
「はぁ〜〜、恐ろしいですねぇ。ねぇ、檮杌?」
「ンンンっ! んガアアアっ!」
(殺される前にぶっ殺してやるよ! てめえもなっ、玉藻!)
瑞子の質問とそれに対する返答を聞き、饕餮はわざとらしく怖がっているような言葉を吐く。
檮杌はというと、妖力の縄で猿轡を嵌められたまま唸りながら玉藻への反抗心を露わにした。
この場に渾沌と窮奇はいないが、少なくとも四凶の半数は玉藻の下についてはいるものの完全に下僕になったわけではないと主張している。
茨木童子は二人の反応を黙って見ていたが、その点が心に残っていた。
(……面倒なのが増えたと思ったが、意外とどうにかなるかもな)
鬼童丸がアッパーカットをもろに喰らってダウンした時は驚いたが、あくまでも『四凶』とは強力な個が一箇所に集まっただけに過ぎない。
自分たちが玉藻を打倒する際に、命を投げ打ってでも自分たちの前に立ち塞がるようなことはない。茨木童子はそう考えて安堵する。
「…………」
「お、渾沌。帰ってきたね」
玉藻が顔を向けている茨木童子たちの背後に、ヌッと巨影が現れる。渾沌だ。
左腕で気絶した窮奇を抱えており、血に塗れた彼のベストを掴み直して玉藻たちの前に手荷物のように差し出した。
「おやぁ、派手にやられましたねぇ。あんなにやる気満々で暴れたのに……」
「東饗タワーを破壊したってニュース飛び込んできた時は驚いたけど……いや、これは鴉を褒めるべきかな? まさか窮奇を満身創痍にまで追い込むとは」
饕餮は渾沌にぶら下げられた窮奇に顔を近づけて、わざと聞こえるように嫌味を口にする。
玉藻は反対に、曲がりなりにも悪神と呼ばれていた四凶の一角を倒した鴉を称賛する。
鬼や鴉の再生は速いが、普通の妖はそこまでの修復力は持ち合わせていない。それは窮奇も同じであり、未だに出血は止まらず床には彼から滴り落ちてできた血溜まりが広がりつつあった。
「全く……。流石に東饗タワーをバラバラにされるとは思わなかったよ。これは……マスコミにはどう説明しようねぇ」
「流石に突風のせいってことにはできなさそうだよね。困った困った」
「そうするとどうなんだ? 管理してなかった会社(を買収してる玉藻)のせいになるのか? 被害を抑えられなかった東饗都のせいになるのか?」
「メディアに政府のせいとでも言わせておけば国民は納得する。どうせ機能不全なんだ、愚民のサンドバッグに仕立てて目立たせるぐらいでちょうど良いだろう瑞子殿」
四大財閥たちは口々に東饗タワーの対処について語る。
流石の玉藻でさえもここまで大きな被害を波風立たせず包み隠すのは難しい。原因については不明ということにし、どこか適当なところへ責任をなすりつける程度のことしか四人は考えつかなかった。
しばらく議論するが、やがて矛先は発端である窮奇へと向き直る。
「さっそく面倒ごとを増やしてくれたな、窮奇。私が悪魔とかじゃなくて良かったと思えよ。さっき死んだ妖は『あすこここ』に合体させると言ったが、やらかしがやらかしな分今からこの水槽に放り込んだっていいんだ」
「おやぁ〜〜、飼い主サマを怒らせてしまいましたねぇ窮奇ィ〜〜。怖い怖い」
「ンンンーーっ!」
(バァカがぁぁ!)
「…………」
饕餮と檮杌も窮奇を庇うようなことはしない。
『四凶』とは結局のところ、強力な四体の怪物をまとめて呼称したものに過ぎず仲間意識など皆無なのだ。
渾沌を除いて。
「……何だ、渾沌。本気にしたのかい?」
玉藻が窮奇に凄むと、渾沌は彼を掴んでいた手を引っ込めて再び脇に抱え直す。
窮奇を玉藻から遠ざけて守るかのように。
「……」
「……はぁ。鬼童丸、無言な者同士心で通じるものはないのか? 私にはさっぱりだ。渾沌が何考えてるのか」
「……」
「……鬼童丸もさっぱりわからんな」
渾沌と鬼童丸という寡黙な二人だが、玉藻では彼らと心を通わせることはできない。
鬼童丸の場合は茨木童子とはコミュニケーションは取るが、渾沌は短い間共に過ごしてきたものの、他の四凶とも滅多に意思疎通を図らない。
玉藻が四凶のために用意した部屋でも、一番な巨体を持ちながら部屋の隅に突っ立っているだけなのだ。
彼の能力と合わせて、玉藻からして一番不気味に思うのは渾沌だった。
「わかったよ……窮奇は渾沌に任せよう。ああ、それと饕餮。これ」
「んん〜〜?」
玉藻は饕餮にピッと黒い物体を投げ渡す。
それを器用に人差し指と親指でつまむようにキャッチした饕餮は、物体を凝視してその正体を探ろうとする。
「それはキャッシュレスカードってやつさ。現物としての通貨を使わなくても売買ができる代物でね、十億ある。四人で仲良く使っていい」
「おお〜〜っ! それはそれは。いやぁ、素晴らしい。感謝しますぅ、嬉しいですよ玉藻サン」
「ンンン!」
(おいっ、俺にも見せろっ)
「高級キャバレーにでも行ってくるといい」
一枚十億円分貯められたキャッシュレスカード。
それを簡単に饕餮たちに渡せるのは、玉藻の資産が計り知れないほど膨大であることを示す。
カードに喜ぶ饕餮は、大切そうにそれを持ったまま研究室の出口の方へと向かい出した。さっそく散財するつもりだ。
玉藻は暴れる檮杌も解放してやり、渾沌に「もう騒ぎは起こすなよ」と釘を刺して彼のことも見張るよう指示。四凶たちをその場から解散させるのだった。
「君も彼らをまとめるのに苦労してそうだよね」
月兎が玉藻に同情する。
「フン。わかってたことさ。千年以上も文明から隔絶されていたんだ、現代を生きる我々と色々乖離してる部分があるのは仕方ないのこと」
「それもあるけど、リードを繋ぎ続けるのが難しそうって意味だ。反旗を翻してきたら殺すのかい?」
「さあ……そもそも四凶は鴉と戦わせるために封印を解いたんだからな。面白いものを見せてもらえるなら、何でもいいとは思ってる」
「「…………」」
月兎と玉藻の会話を前にし、瑞子と茨木童子は初耳の情報に静かに驚愕する。確かに四凶が何故玉藻の元にいるのかという点については不明だったが、まさかこういう理由だったとは、と。
茨木童子は鴉にこのことを伝えようと考え、そして瑞子は──
(……鴉と鬼どもが組んでいることを今話したところで……俺は玉藻の……)
玉藻に良いように扱われている四凶の姿を目にしたことで、瑞子は少しだけ自分を俯瞰できた。
鬼と鴉の共闘を喋り、玉藻の制裁を望んでいる自身は結局、鴉の言うように超えられない玉藻という壁に屈し犬のように振る舞っている無様な敗者に過ぎない。
アンカーのように心に突き刺さった鴉の言葉は、奇しくも瑞子のプライドを守っていた。
「私たちが今注目しているあの鴉は、我々が弄んできた他の鴉たちとは違う。だから『四凶』を呼んだんだ。逆に言えば、彼らはあの鴉が死んだ瞬間用済みになる」
玉藻の顔に影が差す。
四大財閥たちはそれを察するが、何も言わなかった。
月兎でさえも、今の玉藻をからかったなら何かしら手が飛んでくると見越して自重していた。
「鴉が死んで、楽しみが終われば……あいつら全員消えてもらう。私の世界に、醜い獣は必要ない……」




