44.死の循環
「鴉!」
「決着はついたか?」
「……! 加山、覚」
コンクリートの塊に腰を下ろし、煙草を味わう鴉の元に加山と覚が走ってくる。
覚は肩に堂々と狙撃銃を担いで来たが、これは黄泉の産物。一般人の目には見えないため、余計な混乱を生む心配は無い。
「周りの人々や警官の移動は済んだわ。戦いが終わったなら、また彼らを呼んでまだ残ってる負傷者の救助や捜索を再開するけど……」
「ああ。戦いは終わった……。どっちかって言うと俺たちの勝ちだな。なぁおい、覚」
「ん?」
「俺たちがやり合ったあの妖怪、窮奇と名乗っていた。『四凶』のな」
「なにっ……!?」
「えっ、四凶……?」
覚は四凶を知っていたようで、鴉からその名前を耳にした時に顔色がやや青くなる。
加山も名前だけは知っていたが、それ故にあまりピンときてはいない様子。
鴉は言葉を続ける。
「詳しいことはわからないが、玉藻とも関係がありそうだ。仲間意識があるようには見えなかったがな。推察するに、玉藻が中国に渡り、封印を解いたとか……」
「半ば伝説の存在だと思っていたが、本当に実在して、尚且つ敵として相対することになるとは……。俺たちはいよいよとんでもない連中を敵に回したようだな」
「フン。社会を牛耳る『四大財閥』を相手してる時点でだろ」
「ねえ、二人とも。四凶って何なの? 名前は知ってるけど……」
「かつて中国で暴れ回った四体の怪物の総称だ。悪神と呼ばれ恐れられるほどの力を持った連中で、千年以上前に大陸の四方に封印されたらしい。だが、そいつらがこの東饗に……」
覚は腕を組んで唸る。
封印されたという伝説がある、悪名高い怪物たち。ただでさえ『四大財閥』を相手に苦境に立たされているというのに、そこへ更に敵が加わっているというのだ。
窮奇に至っては玉藻の部下であることを否定しながら鴉を目の仇にしていた。
三人にとって、いつの間にかより苦しい状況になっていたとわかっただけ有益な戦いだったかもしれない。覚はそう前向きに考えようとした。
「そういえば鴉。アンタが窮奇と戦う前、別の誰かが戦ってたろう」
「ああ、鬼だった。その辺に倒れてたはずだが……姿が見えないし多分助かっていて、逃げたんだろう。『赫津鬼会』のやつかもな」
「……そうか」
「ああ、それと加山。警察たちはもう呼び戻していい。救助は急いだ方がいいだろ。覚と一緒にまだこの辺を見て回ってるから、行ってこい」
「ええ、わかったわ。ありがとう」
赫津鬼会の名前を聞き、覚は思うことがあるような返事をする。彼と鬼の確執を理解しているため、鴉は特に気にすることもなく、加山にも救助活動の続行を促すのだった。
突如として起こった窮奇との戦闘だったが、鴉と覚の連携による迎撃。加山がその裏で人間を動かすことで、東饗タワー倒壊後の被害を抑えることができた。
彼らトリオ初めての協働作戦は成功に終わったのだった。
───────────
鴉と覚、加山が再び解散したのと同時刻。Nined Tailer Corporation本社ビル、地下六階にて。
「四凶にはもう見せたが、君たちにはまだ見せてなかったのを思い出してね。今までずっと黙ってきたし、いい加減見せないと申し訳ないと思って」
玉藻を先頭に、月兎、瑞子、茨木童子と鬼童丸。そして饕餮と縛られた檮杌が、薄暗く大量の機器が並ぶ空間を進んでいた。
そこは玉藻の研究室。
説明されずともそうであることは誰にでもわかるが、具体的に何を研究しているのか。瑞子と茨木童子がそう疑問に思った直後、その答えを社長直々に明かしてきた。
「うちの会社は基本、プログラミングだのソフトウェア開発だのインターネットサービスが主戦場だが、それは当然表の話。ここは私個人の施設でね、何をやっているのかというと──」
玉藻は立ち止まり、壁にあるスイッチの一つを押す。
電源が入り、彼らの先に広がる空間が白い明かりに照らされ鮮明になった。
そこで瑞子たちが目にしたものとは。
「な、何だこりゃあ……!?」
「……死んだ妖を回収して何をするのかと思っていたが……。こういうことだったか」
目を剥く瑞子。納得する茨木童子。
彼らの目の前に広がっていたのは、円筒状の大量の水槽とその中に沈められた死んだ妖怪の亡骸。
手術台のようなものの上に乗せられ、何本ものコードに繋がれた妖怪の亡骸。
夥しい数の付箋を貼られた妖怪の亡骸、その剥製。
これまで玉藻は鴉に妖怪を差し向けては殺され、そしてその死体を回収してきた。
そのために瑞子や茨木童子の力を借りることも稀にあり、玉藻はそうした協力をさせていた中で自身の目的を二人に一切説明していなかったのである。
四凶を紹介するついでだからと、玉藻は今回この施設も四大財閥の妖怪に見せたのだった。
「妖の死体を回収して研究してるのはわかったけど……具体的に何を調べてるんだい?」
特に驚く様子を見せない月兎が玉藻に問いかける。
「私が目指しているのはね……月兎。人間と妖の力の融合だよ」
「「「!?」」」
玉藻の狙いに驚愕する四大財閥。流石の月兎も目を見開く。
しかし語弊があったようで、三名のリアクションを見た玉藻はすぐに訂正する。
「ああーー、何も"妖の力を持った人間"を作ろうとしてるわけじゃない。人から妖になった人妖を深掘ればできなくもなさそうだが……。つまりは、人間の生んだ『科学』と、妖の持つ『神秘』のいいとこ取りだ」
「妖の神秘、か……皮肉な表現だ」
「……ああ。それには賛同するぜ、茨木童子」
「科学と……妖力の合体ってこと? サイボーグ妖でも作る気なの?」
「まぁ〜〜、月兎の言ったことにはちょっと近いかな。だがいきなりそこには行かない。今私が進めていることはだね、この先にあるんだ……」
そう言うと玉藻は更に先へ進んでいく。
四大財閥の妖怪たちは黙って彼について行く。
玉藻の妖力の縄でギチギチに縛られ、身動きどころか喋ることすらできなくなっている檮杌はともかく、饕餮は列の最後尾でニヤニヤと笑っていた。
その先にあるものが何なのかを知っており……そしてそれについて、彼個人が密かに思うことがあったから。
五分ほど歩き続けた先、玉藻の前には黒い布を掛けられた一際大きな水槽が現れた。
水槽の中の様子は布が隠しきれていない下の方を見ることでわかるが、この水槽だけは液体に満たされているわけではなかった。
そしてこの一つだけ、更に変わっている点が。
「……妖力?」
月兎が呟いた。
微弱だが、その水槽からは妖力が感じ取れた。
他の水槽には妖怪の死体が入っており、当然魂が無いのだからそこから発さられる妖力などあるわけがない。
つまり玉藻たちの前にあるこの水槽には、生きている妖怪が入れられているのである。
月兎の言葉を聞いた玉藻は笑みを浮かべながら水槽の布に手を掛けると、思いきり引っ張って取り払う。
隠された妖怪の姿が、彼らの前に晒された。
「「こ、こいつは……!?」」
「ひゃーー……玉藻、やってるねぇ」
「…………」
四大財閥の妖怪たちはそれぞれ驚きを見せる。
鬼童丸ですら、目を見開くほどであった。
「何年か前の話だ。この東饗に黒雲という妖が攻め入ってきてね。結構な被害を出された……。とりあえず季節が季節だったから突発的な熱帯低気圧ということにしてメディアに流させたが、覚えてるかな?」
「んなこと聞いてねェ! おい玉藻、こいつ、本当に黒雲なのか!? なんか色々混ざってんぞ!?」
呑気に説明する玉藻だったが、瑞子に遮られる。
しかし本題に入ることも不機嫌になることも無く、玉藻は彼を無視して言葉を続けた。
「まあその時に捕まえたんだよ。大妖怪と呼ばれるレベルの強さではあったが、私の敵じゃあない。捕まえて、大部分は削り取ってこの中に押し込んだんだ」
「ねぇ、玉藻。説明してくれよ。瑞子も僕も気になってるんだって」
月兎も瑞子に同調して玉藻を急かす。
「落ち着いて、まずは黒雲の説明からだ。一から千まで知りたいだろう? 黒雲はその名前の通り、真っ黒い雲あるいは霧状の妖だ。好きな形を取り、人間を害する。基本的に空に浮かぶ雲のように体積が大きく、そしてその分破壊力にも長ける」
「東饗に現れたのは、人間が集まる都心だからか」
「正解だ、茨木童子。捕まえたのは……2033年だから今から七年前のことだな。結構珍しい妖だが、瑞子も知ってるように知名度はある。黒雲は妖力を以て攻撃すれば破壊でき、時間が経てば再生もする。だが……この中に入っている黒雲は再生しておらず、加えて、雲の中に……見えるだろ? 祢々の脚が」
瑞子や月兎が知りたがっていた黒雲の詳細。それはまさしく、今玉藻が触れた部分である。
黒雲は玉藻が説明した通り黒い雲の妖怪であり、肉体、実体は持たない。
そんな雲の体の中に鴉によって殺された虫の妖怪、祢々の死骸が混ざっていた。
「これが私の研究だ。祢々だけじゃないぞ、他の妖も混ぜている……。妖相手にバイオテクノロジーの適応までやってるのさ」
「雲に虫を混ぜるのはバイオテクノロジー……なのか?」
「知らねェよ……。なんちゃって科学だろ」
黒雲の中を、祢々の脚や獣の妖怪の毛皮や尻尾、人の腕のようなものが泳ぐようにして現れては消え、現れては消えと蠢いている。
月兎と瑞子のツッコミを無視して、玉藻は黒雲の入っている水槽を撫でながら続けた。
「私はね、ぜひ自分の手で作りたいんだよ。私を脅かせる存在を。古今東西、史上最強の妖をこいつで……。名を冠するなら、そう。『あすこここ』」




