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暁の黄泉鴉  作者: マサイのゴリラ
東饗──『偽りの太陽』編
44/50

43.墜落

「消し飛べ鴉ゥッ!! "広莫風(クァンモウフォン)"!」


「くぅっ!?」


 膨大な妖力を昂らせ、窮奇の翼はどんどん巨大化していく。彼の周りに渦巻く妖力混じりの風も、更に勢いを増していく。


「ッ……!!」

(ま、まずい……! あれだけの妖力を爆発させられたら、ここら一帯が文字通り更地になるッ。俺の身も、魂灰(こんはい)だけで防御しきるのも……!)


 桃の婆から買った魂灰。

 鴉が懐に入れているのはたった小瓶二つ分。窮奇の放つ広莫風から体を守り切るには、ドラム缶一つ分あっても足りはしない。

 かと言って近くに遮蔽物も無く、あったとしても窮奇の暴風を防ぐことは叶わない。

 彼の放つ広莫風には、無数の斬撃が含まれているのだから。


「終わりだな────ッ……!!?」


「!? なっ……」


 突如、窮奇はガクンッと姿勢と崩す。

 下からその様子を見上げていた鴉も、今まさに大技を放とうとしていた窮奇が攻撃を中断してしまったことに驚きを見せる。


「なっ、何……!?」


 窮奇は自身の背後、左肩の方へ顔を向ける。

 なんと彼の妖力の翼に風穴が空いていた。

 穴は翼の根本の近くにあり、いくら妖力で動かしているとしても窮奇が翼を動かすことを阻害するのには十分だった。

 (ひとえ)に、窮奇には()()()()()()()()()


「うわあああッ」


「まさか……覚か! おい、聞こえるか! 生きていたんだな。流石だ、助かったぜ……!」


『ガガッ──ザ──ッ……ああ──任せ──』


 翼が左右非対称になり、咄嗟(とっさ)に妖力を補填することができなかった窮奇は地面へ真っ逆さまに墜落していく。

 覚の狙撃によって窮地を脱したと認識した鴉は、トランシーバーを握って覚に呼びかける。彼は確かに生きていたようだが、トランシーバーは衝撃で不調なのかノイズがかなり入っていた。

 

 覚はビルの崩壊に巻き込まれながらも、自身の身体能力をフルに活かして何とか無事に生き延びていた。

 流石に鬼には劣るものの、猿の妖怪であるために機動力はそれなりにあったのだ。

 地面に着地した覚はビルの瓦礫に紛れ、下から面積の広い翼を撃ち抜いたのである。


「ガハッ……あ、クッ……クソっ……!」


「地面にようこそ、風使い」


「! かっ、鴉……!」


「薄々思ってたが……お前、戦いに慣れてないだろ。動きが完全にど素人だ。能力に追いついてない」


「ああッ!? 何だと!?」


 地面に墜落した窮奇。その衝撃で横隔膜がひっくり返り、呼吸苦と咳に襲われる。

 そんな彼に刀を携えながら近づく鴉は、不意にこんなことを口にした。


「いや、言い方が違うか? 戦えてはいる……が、お前が今までどんな戦い方をしてきたのかがよくわかるんだよ。もしかして、力の無い人間しか殺してこなかったんじゃないのか」


「ッ…………!!」


「図星か。そう考えると二対一、接近戦、狙撃への対応も上手いこと順応していったとは思うぜ。だが、戦いは結果が全てだ。お前は今、地に落ちた」


 窮奇はこれまで何の力も持たない人間を相手にしてきた。

 妖力を感じ取ることはできず、剣や槍、弓といった西暦2040年からすれば原始的としか言いようのない武器を掲げて突進してくるだけの人の群れをである。

 つまり窮奇はこれまで人間相手の蹂躙だけをしてきた。自身と張り合える者との戦いは、これが初めてだったのだ。

 そしてその経験の積み重ねは鴉が察することができるほどに、彼の戦闘スタイルにまで滲み出ていた。


「王になるとかどうとか言ってたが、俺から言わせれば、お前じゃ『四大財閥』の相手にはならない。覚の支援があったとはいえ、お前より瑞子の方が……ずっと脅威的だった」


「くぅッ……!! 言わせてみりゃあ好き勝手によォ……!!」


 見下ろす鴉。見上げる窮奇。

 二対一の戦闘ではあったが、この立場の違いこそが結果。鴉が優位であり、窮奇は敗北まで秒読みである。


 鴉は刀を持ち上げ、窮奇の頭をかち割ろうと構えた。


「クソっ、"風狸(フォンリー)"!!」


「ふっ──」


 窮奇は咄嗟に両腕に風を纏い、両拳を同時に鴉へ突き出し打撃と螺旋(らせん)状の斬撃を浴びせようとする。

 しかし鴉に見切られ、後ろへ跳び退かれてしまう。拳は鴉に当たらず、渦巻く風は鴉のコートとシャツだけを破り去る。

 そして完全に無防備になってしまった窮奇に、鴉は獲物を振り下ろした。


「ガッ──ああっ……!」


 左肩に重い一太刀を受ける。

 僧帽筋、鎖骨を分断され、心臓よりもやや上部──傷口から噴水のように血が噴き出ており、大動脈弓にまで刃は届いている。

 そんな負傷を負ってしまい、窮奇の左腕も肩からちぎれかけていた。


「終わったな。覚、聞こえるか?」


『ああ──ょっとだ──えないが、雑お──』


「……駄目だ。さっぱり聞こえん。覚、聞こえてたらでいいが、こっちに来てもいいぞ。戦いは終わった」


『ガガッ──解した』


 覚の持つトランシーバーは相変わらずの調子だった。

 鴉は彼に窮奇を戦闘不能にまで追い込んだことを伝えると、再びトランシーバーを胸元に仕舞う。


「……ところでお前、何の妖怪だ? 風を操ってたが、鎌鼬(かまいたち)ではないよな。日本語じゃない言葉も使ってたしよ」


「…………」


「喋る気もねぇか」


 鴉の問いかけに窮奇は俯き、黙ったまま。

 興味からの質問だったが、鴉は彼が『四凶』であり、窮奇であることを知らない。中国から来たことは薄々気づいているものの、玉藻が彼らにどう絡んでいるかもわかっていない。

 その探りも含めての投げかけだった。


「……獣か。さっきまでの暴れっぷりから察するに」


「……!」


「王に固執してたらしいが、実質この国を牛耳ってる玉藻も多分()……。賢いやつがなるものだと思ってたが、玉藻が日本の頂点に立ってる辺り、皮肉だよな」


 鴉は懐から煙草、ライターを取り出す。

 葦の香りのする煙を吹き上げながら、窮奇と玉藻を比較する。

 何の気もなしに。


「……獣だと。俺が──」


「……?」


「獣だとッ!!?」


「っ!?」


 怒りに満ちた声色で吠え、妖力を一瞬解放する。

 土埃が舞う中、鴉は驚きつつも煙草を口から離さない。窮奇もその場から動いてはいなかった。


「俺は王だッ、血筋から定められた王だ! てめぇらみてえな木っ端とは次元が違うんだよッ!!」


「……」

(様子が……変わった……)


「獣、獣だとッ!? 理解しねぇなら教えてやる、王はただ一人、この窮奇だァッ!!」


 妖力を解き放つ窮奇。

 彼の周りにはつむじ風が吹き荒れ、上空へと螺旋状に塵が舞い上がる。

 肩の傷からも未だ止まらず流れ続ける血液も、この風に乗って空へと昇っていた。

 動かない左腕を差し置いて、何とか立ち上がると、窮奇は右腕を鴉に伸ばしながら迫る。その様はまさに幽鬼であった。


「──だが、お前は負けた。その傷じゃ碌に動けない上、こっちには(なかま)がいる。潔く逝けば良かったものを」


「フーーッ!! フーーッ!!」


 鴉の言葉は窮奇には届かない。

 目を血走らせ、鬼の形相で鴉に迫る。


「仕方ないな。首を()ねて楽にしてやれなかった俺にも責任はある。覚悟しろ」


 ぷっ、と煙草を吐き捨て、鴉は再び刀を構える。

 いつもなら即斬り捨てるところ、情報を得ようと()()()()()生かしていたのが面倒事に繋がった。鴉にしては珍しいことだった。

 手負いの獣は強い。

 これが正真正銘、最後の手合い──

 

「…………」


「……? どうした」


 突然、窮奇はぴたりと動きを止める。

 目の前で構えた自分が見えていないのか。鴉はそう感じたが、すぐにそれが間違いだったと気づく。

 窮奇の視線は鴉に向いてはいなかった。

 鴉の背後、それもやや頭上の方を見上げるように目を向けていたのだ。

 

「何を、見て────っ!?」


 鴉は窮奇の目線の先を追うように振り返る。

 彼の背後にあったのは壁、否、長身でかつ超肥満体の大男の腹だった。

 パツパツになった上着をなんとか腹が出ないように引き伸ばして着ており、顔は表情を隠すように不気味な模様が描かれた札のようなものが貼られていた。

 彼はただ黙って、窮奇と鴉を見下ろしていた。


「こ、こいつはッ!?」


 鴉は大男に確かに妖力を感じ取る。

 だがいきなり現れた彼の気配を感じることはできなかった。二人の近くにまで寄ってくる過程で、妖力にも気づかなかった。大男に気がつき、ようやく妖力も感じ取れたのだ。


「こ、渾と──」



 ドゴォォォン!!



「なっ…………!?」

(こ、こいつ、叩き潰しやがった! 仲間じゃなかったのか!? 名前を呼んだように聴こえたが……)


 大男──渾沌(こんとん)は窮奇と同じく『四凶』。

 彼は鴉の背後にいながら、その巨体を活かして鴉の頭を通り越して窮奇を思いきり殴りつけた。

 

 負傷から満足に動けず、反応もできなかった窮奇はそのまま渾沌の巨拳に押し潰され、アスファルトにめり込んで気絶してしまう。

 鴉は窮奇たち二人は仲間の間柄だと思っていたが、その様子を目にしたことで考えを改めかける。

 完全に考えを変えなかったのは、その後の渾沌の行動が理由だった。


「…………」


「……おい、何してる」


 渾沌は鴉を避けて窮奇の側にまで歩いていくと、アスファルトから彼を引っこ抜く。

 ぐったりとした窮奇を脇に抱えると、そのまま歩いて立ち去ろうとした。


「おい、俺の声が聞こえねぇのか。妖怪だろ」


「…………」


 渾沌は鴉を完全に無視している。

 ただ黙って帰路につくつもりだ。

 当然、鴉は彼らを逃がすつもりは無い。


「悪いが俺も武士ではないのでな。堂々と後ろから斬らせてもらうぞッ──」


 無防備に背を向けて去っていく渾沌。

 鴉は自分は卑怯だと(うそぶ)きながらも、渾沌に聞こえるほどの声量でそう宣言する。

 そして地面を蹴り、渾沌を窮奇ごと真っ二つにするため抜き身の刀を水平に構えて迫った。


「…………ッ!? なっ!?」


 鴉の刃が渾沌に当たる──と思えば、鴉は派手に空振りしてしまう。

 バランスを崩して転倒しそうになるが、なんとか持ち直してよろける程度にまで抑える。

 

「……き、消えた…………?」


 渾沌が先程までいた地点に視線を移す。

 渾沌も窮奇も、影も形も無くなっていた。そしてまた、二人の妖力も感じ取れなくなっていた。

 鴉は急襲に備えてしばらく警戒するが、渾沌が再びやって来ることはなく……。

 まんまと逃走を許したことを、認める他無かった。


「…………窮奇とか、言ってたな。まさか、玉藻……四凶を解放したのか……」


 鴉は血に汚れた刀を見つめ、呟く。

 敵は『四大財閥』だけではなくなった。

 その事実をなんとか呑み込もうとしていた。





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