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暁の黄泉鴉  作者: マサイのゴリラ
東饗──『偽りの太陽』編
42/50

41.『窮奇』

「ハハッ! やっぱこういうデカいのをぶっ壊すことほど気持ちのいいもんはねぇぜ!」


 未だ土埃が昇る東饗タワーの残骸の山。

 その上で窮奇は上機嫌に笑っていた。


 周囲の建物さえも巻き込み、無数の破片に分断、倒壊させられたタワーだがこれは当然彼の能力によるものである。

 人体だろうが自動車だろうが、たとえ333メートルの鉄のタワーであろうとも容易く切断する見えない刃。

 それを暴風と共に放ち、数百以上の死傷者も出していた。


「結構派手にやったつもりだが、流石にやって来るよなぁ? 鴉とやらは」


 東饗タワーの破壊は、道行く人間への苛立ちのまま衝動的に行ったわけではない。

 鴉を誘き寄せるという目的があった。

 普段は四大財閥がマスコミや警察に介入してその行動を抑制するものの、今回は窮奇が独断で強行したために情報統制が間に合っていない。

 鴉を誘き寄せることは達成しやすいものの、玉藻たちの怒りを買う可能性も大いにある。しかしそれは、窮奇にはまだ理解できないことだった。

 

「おーーい! 大丈夫か!? そこにいるあんた! 危ないぞっ!」


「ん?」


 土埃にシルエットが揺れる。

 目を凝らして見てみれば、窮奇の方へ手を振りながら警官が向かってきていた。

 どうやら窮奇のことを倒壊事故に巻き込まれた一般人と思っているようだった。


「うるせぇな……お呼びじゃねぇよ」


 窮奇は前方10メートル以上の距離にいる警官に向かって、デコピンのようにして人差し指を弾く。

 その動作は一瞬のうちに局所的な強風を生み、警官の上半身に直撃。そして粉々に吹き飛ばし、血や肉片をぶちまけ、残された下半身は力無く倒れた。


「上を飛んでるアレも、クソっ。耳障りでしかねぇ……」


 土埃が晴れゆく上空には三機のヘリコプターが。

 パラパラという騒音と共に、乗っている記者たちはカメラのレンズを地上に向けて惨状の報道をしているのだ。

 

 窮奇が封印された頃の古代中国には当然ヘリコプターなどという物は無く、どんな手段であれ"空を飛ぶ"ということは人間の夢でしかなかった。

 怪物に産まれ、力を持ち、その生まれを力の無い人間たちに対して威張り続けていた窮奇。

 彼からすれば、当時の文明力から逸脱しているとはいえ自分の頭上を飛び回る人間の機械など不愉快に感じないはずもなかったのである。


「消えろっ、"鎌鼬(レンヨゥ)"!」


 右手を空に向けて掲げる窮奇。

 彼の周囲につむじ風が巻き起こると、それは上空にまで及んでいく。

 風に当てられたヘリコプターは野菜のように細切れにされ、その残骸は風に流されて離れた場所へと落ちていった。

 数秒後に鉄塊が地面に直撃する音、爆発音が街に轟く。


「人間の武器……か。見てる分には面白いが、今俺は鴉しか楽しみにしてねぇのよ。場外で待ってるんだな」


 窮奇はそう呟きながら自身の前方に視線を向ける。

 完全に視界が良くなり、周辺の状況が目視でよくわかるようになっていた。

 黄色いテープがあちこちに貼られ、白と黒の鉄の塊がいくつも停まって東饗タワーの跡地を囲っている。


 だが、不思議なことが一点だけあった。

 窮奇は今目にしているバリケードテープやパトカーは、先程殺したようなこの場に到着した警官たちによって用意されたと最初に考えた。

 しかし、警官たちが目に入らなかったのだ。


「ククッ、来たか……!」


 窮奇は口角を上げる。

 包囲しているパトカーを乗り越えて、黒ずくめの男が刀を携えて彼に近づいて来ていた。

 

「お前が鴉か!」


「違うな」


「……あ?」


 窮奇の元へ歩いてくる、黒スーツの男。ガタイの良い、顎髭が頬まで及んだ強面が特徴的な中年である。

 鴉かどうかという質問に否定した彼は、妖力を放っていた。


「じゃあ誰だ?」


「『赫津鬼会(あかつきかい)』若頭補佐、嵐童子(あらしどうじ)。ここらは俺たちの領域(シマ)でな。ここまで派手にされては見逃せん。東饗タワーを破壊した辺り、玉藻草司の部下、ひいては四大財閥に関わりの無い妖と見た」


「……だったらどうだってんだよ」


「すまんが、死んでもらうぞ」


 嵐童子と名乗った彼は茨木童子の部下である鬼だ。

 皆途区は赫津鬼会の勢力の及んでいる地区であり、東饗タワーを破壊され妖怪の存在が衆目に晒されかねない状態は、彼らにとっても無視できなかった。

 茨木童子から窮奇を殺すようにという命令を受けたわけではないが、極道組織、四大財閥として嵐童子の行動は決して間違っていない。


「……ま、いいか。鴉が来るまでの退屈しのぎだ。やるならとっとと獲物を抜きな」


 窮奇は妖力を昂らせ始める。

 ずっと待っていた鴉ではなかったのは肩透かしだったが、人間に比べれば楽しむことはできる。そう考えたのだ。


「力の強い妖だろうが、俺も赫津鬼会においては鬼童丸(カシラ)に次ぐ実力を持つ。そう簡単に攻略できると思わないことだな……!」


「知らねぇよ、お前の何とか会も──カシラってのもよっ!」


 嵐童子に向けて、(むち)のように右腕を振るう。

 突風が巻き起こり、その中には見えない刃が無数に散りばめられている。

 当たれば細切れになることは確定だ。

 だが──


「遅い」


「!!」


 背後から嵐童子の声。

 咄嗟に振り向く窮奇だったが、その頬に力強い拳を打ち込まれて吹っ飛ばされてしまう。


「ぐはぁッ!?」


「まだまだっ……!」


 瓦礫(がれき)の山から放り出された窮奇。嵐童子も即座に地面を蹴って、空中の彼に飛びかかる。

 

「くらえぃ!」


「くぅッ……!!」


 嵐童子の振り下げられた拳が再び窮奇の顔面を襲う。

 しかし今度は嵐童子の腕を両手でホールドし、窮奇は何とかガードする。

 

「むぅぅんッ」


「なにっ!?」

(こ、こいつも……風を……!?)

 

 嵐童子は掴まれている右腕に妖力を込め始める。

 渦巻く妖力は風となり、その風圧は窮奇の手を押し除けようとしている。

 だが嵐童子のやろうとしていることは、彼の拘束を破るためではない。

 左腕にも妖力を込めて風を巻き起こすと、無理やり両拳を窮奇の胸に叩き込む。


「"風鬼拳(ふうきけん)"!!」


「ぅぬああああッ!!?」


 嵐童子の両腕を軸に、彼と窮奇の体の間に超極小の竜巻が発生。

 その衝撃によって窮奇は掴んでいた腕から手を離してしまい、思いきりアスファルトに体がめり込んでしまう。

 竜巻はそれからもアスファルトに叩きつけられた窮奇を襲い、彼を引きちぎり、押し潰そうと荒れ狂う。


「風鬼拳から逃れられた妖はおらん。このまま、ミンチにしてくれる……!」


「がッ、ぐぅ!? カハッ、クソっ……たれがァァっ!」


 嵐童子は竜巻の威力をじわじわと上げていく。

 その度にミシッ、ミシッと音を立てて窮奇の体はさらに地面へと沈んでいく。

 竜巻の下でもがく窮奇を見て、嵐童子は勝利を確信していた。この技から抜け出せた者は過去におらず、強力な技だと(おさ)たる茨木童子に認められてもいる。

 だからこそ、窮奇が()()()()()()()()()無駄だとたかを括っていた。


「ッ…………!!」


 窮奇は妖力を昂らせる。

 今度は腕ではなく、体の中心に──



「"広莫風(クァンモウフォン)"!」



 それは一瞬だった。

 爆発させる妖力を放出した窮奇。

 放たれた暴風は嵐童子の竜巻をかき消し、東饗タワー周辺の無事な建物にまで及んでいく。

 パトカーやビルの窓ガラスは一つ残らず破裂するように割れ、コンクリートの壁には無数の斬撃の痕が刻まれていった。


「ぐぅッ──!?」


 窮奇の放った暴風を間近で食らった嵐童子もタダでは済まず、全身に切り傷を刻まれる。

 人間ならばバラバラになっていたところだが、腕や脚を切断されなかったのは強靭な鬼の肉体のおかげである。

 だが風の勢いには流石に負け、嵐童子は上空に打ち上げられてしまう。


「さんざやってくれたなッ……!」


 竜巻から解放された窮奇は背後に翼を出現させる。

 背中とは密着していないその翼は妖力によって構成されており、羽ばたき一つでかなりの推進力を発揮する。

 打ち上げられた嵐童子めがけて、窮奇は勢いよく飛び上がった。


 迫る窮奇。

 嵐童子は咄嗟に腰に差した刀を引き抜き、応戦する姿勢を見せる。

 刀身に風を纏わせ、窮奇に突き技を放った。


「くッ──"迅突(じんとつ)"!」


 (きっさき)の狙いは窮奇の顔面。

 妖怪でも頭部を貫けば生存は絶望的である。


 しかし嵐童子の攻撃が窮奇に当たることはなく、窮奇は頭を傾けて刀を肩の上で素通りさせる。

 嵐童子が無防備となった刹那──窮奇は彼の体に触れ、妖力を解き放った。


「終わりだな。"鎌鼬(レンヨゥ)"」


「しまっ──」


 嵐童子の左脇腹を中心に、肉が細切れになっていく。

 攻撃が及ぶ範囲は急速に拡大し、左腕は輪切りにされて完全に使いものにならなくなってしまう。左大腿もだ。


「うッ、あっ……」


 ダメージを負った嵐童子は力無く地面へと落下していく。

 いくら生命力が強い鬼といえども、左上下肢と胴体の一部をズタズタにされてしまえば平気でいることはできないのだ。

 彼の落ちていく様子を見下ろす窮奇は、ほんの数秒の話とはいえ嵐童子の竜巻によって苦戦した雪辱の()()を晴らせ、少しだけ気分を良くしていた。


 嵐童子は瓦礫の山の中に落下した。

 そこから動くことはなく、気絶こそしていないものの息は絶え絶えとなってまさに死にかけ。

 鬼の再生力が無ければ放置しているだけで勝利できる状態である。


「へっ……雑魚が。せっかく調子に乗らせてやってもこの様かぁ? お前のボス共も意外と大したことなさそうだなぁ。えぇ? おい」


「ぐッ……! くっ……!!」


「運動にはなったぜ。お礼に楽にしてやるよ」


 嵐童子の傍に着地する窮奇は、彼の顔を覗き込んで煽り続ける。

 「調子に乗らせてやった」とは言うが、実際に嵐童子の"風鬼拳"によって負わされたダメージは本物だ。

 その借りを返さずにはいられなかった彼は、手刀に風を纏わせ、未だ動けない嵐童子に迫る。



 バキュゥゥゥゥン!!



「……今度は何だ…………!!」


 甲高い音が響いたと思えば、窮奇の耳を何かが掠めていった。

 耳輪(じりん)に細い横一文字の傷が走り、血が流れると、窮奇は苛立ちを最高潮に顔を上げる。

 

 目に入ったのは、彼に向けて銃を構えて歩いてくる黒ずくめの若い男。

 嵐童子とは違いスーツではなくコートに身を包み、そして妖力を放ってはいなかった。

 嵐童子は何とか首を反らし、それが何者かを目視で確認する。


「……か、鴉か……」


「なに?」


 嵐童子の呟きに反応する窮奇。

 苛立ちは消え、ようやく待ちに待った獲物に巡り会えたと、目の色が好奇と興奮で染められていく。


「おいっお前! お前が鴉か!?」


「……ああ。この塔を破壊したのはお前か?」


「そうさっ! お前を呼び寄せるために少し派手にやらせてもらったぜ。ずっと待ってたんだよ……お前のことをよ」


 歩んでくる鴉。

 完全に興味が彼へと移り、嵐童子を無視して瓦礫の山を降りていく窮奇。

 二人はいよいよ邂逅した。


「玉藻の部下か? 俺を待ってたのは、奴から俺を始末するように命令されたってことか」


「玉藻? ああ、あの狐野郎か。あいつは関係ねぇ……なんならムカついてぶっ殺してぇぐらいだぜ。お前を待ってたのは個人的な理由だ……」


「個人的な理由だと?」


「おうよ。俺は、()()()()()()()()。そのために邪魔者は誰だろうと殺すつもりだ。狐野郎も、ムカつく慇懃(いんぎん)野郎もデブも品のねぇゴミも……!!」


「…………」


「俺たちみてぇなバケモンを狩り続ける鴉も、俺の敵だ。まず先にお前を潰す」


 窮奇のことを知らない鴉は、狐野郎と呼ばれる玉藻のこと以外には全く心当たりが無かった。

 加えて、窮奇は(あし)の香りを纏っていない。つまり黄泉から蘇った存在ではないと、鴉もこの時点で理解していた。

 だが、明らかに敵意を剥き出しにしている彼との交戦を避けることはできない。それは自明であった。

 

「お前がなんで王を目指してるのかとか、色々聞きたいことはあるが……まずは叩きのめすところからだな。……始めようぜ」


「そうこなくっちゃあな! 喋るのはつまらねぇんだ! 期待してるぜ鴉……ぶっ殺してやる。せいぜい楽しませろよッ!」


 窮奇のその言葉が合図となり、鴉は刀を抜き、窮奇は妖力を纏った手刀を繰り出す。

 両者の獲物は素早くぶつけられ、黄泉の刃たる鴉と風の刃である窮奇の戦いが幕を開けた。



 四凶"風刃"

 窮奇


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