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暁の黄泉鴉  作者: マサイのゴリラ
東饗──『偽りの太陽』編
41/50

40.狼煙

 窮奇が玉藻の本社ビルを飛び出したのと同時刻。

 加山のマンションの自室にて、彼女と鴉、そして覚が集まって今後の対四大財閥の方針を話し合っていた。


 鴉の傷は完全に修復し、調子も万全。

 加山が集めた財閥に関する資料を基にして、妖怪たちの裏の顔、暗躍の証拠を集める算段を立てている。


「茨木童子率いる『赫津鬼会』はとりあえず向こうの出方次第になりそうだ。鴉に関しては、わざわざ鬼童丸が助けた辺り敵対することはないだろうが……問題は、ベラベラ情報を喋られた俺たちだな。加山さん」


「ええ。鴉と一緒にいるから私たちも殺されたりするようなことはなさそうだけど、警戒しておくに越したことはないわね」


 資料の散らかされたテーブルを挟み、椅子に座った覚と加山がそう言い合っている。

 加山の横では鴉が立っており、彼は静かに二人の会話に耳を傾けていた。


「だがそこで問題が一つ……」


「鴉のスマホよね」


 覚と加山は鴉の方へ目をやる。

 視線に気づいた鴉は、再び"桃の婆"から買ったコートの中からスマホ()()()()()を取り出し、テーブルの上に放り投げる。

 バキバキにひび割れ、水没して起動しなくなっている。もはやただのスクラップだった。


「桃の婆も取り扱っていなかった。再び鬼から貰う他無いな」


「無いとは思うが、鬼がアンタを頼ったのが『一目連龍』の襲撃のためだけとなったらそれは望めないぞ。そこの保証もされてないんだ」


「確かにな……」


 覚の言葉に頷きながら、鴉は腕を組み直す。

 鴉たちはこのスマホの素材は黄泉由来のものと推測しているが、桃の婆でさえも現物を見せても見当がついていなかった。

 つまり鬼たちは、スマホの素材を桃の婆以外から得たということになる。


 桃の婆は全ての鴉のための商人。

 鬼が他の鴉を捕え、桃の婆との繋がりを得ている可能性もあったが、秘匿義務のある桃の婆にその真偽を問うこともできなかった。


「とりあえず、鬼には受け身になるしかない。そして瑞子鳴河(みずこめいが)も、今関わりにいくのは危険だ。本社が半壊し、ニュースでも業務に多大な影響が及んでいると報道されている限り……これは俺たちのような存在に対する"警告"ととってもいい」


「そうね。そうなると、私たちが今狙えるのは玉藻と月兎……」


「玉藻は後回しでもいいだろう。やつの戦力は瑞子を大きく上回っている、らしい……。覚、俺の記憶を読んでみろ」


「ああ」


 覚は自身の目に妖力を込め、鴉を見る。

 彼の脳裏に流れ込んできたのは、地下治水施設で鴉と対峙する瑞子の映像。

 「玉藻が怖いか」という鴉の煽りに目に見えて激昂し、水の弾丸を連射してくる場面だった。


「……図星を突かれてキレる辺り、力関係はやはり玉藻が上か」


「そうなると、次に標的するのは月兎か」


「そうだな……。だが、月兎は──」


「四大財閥で一番情報が無い。顔写真も無いし、何の妖怪かもわからない……。わかってるのは『幻明芸能事務所』の社長であることと、覚が高橋警視から暴いた()()()()()()()()()()()だけ、ね」


 日本の支配者である四大財閥としての顔と、妖怪としての顔。月兎はそのどちらの顔も不明瞭だった。

 

「顔も容姿も隠されているとなると、例えば記者か何かとして直接芸能事務所に出向いても本人に会うことは叶わないだろうな」


 覚はため息を吐き、コップの水を飲み干す。

 加山も彼の言葉に静かに頷く。


「……鴉はどう思う?」


「敢えて誘うのも手だとは思うがな。加山が何も知らない(てい)でやつの根城へ向かい、俺と覚がやつを誘き出す。誰か一人でも外見を覚えられれば儲けものだ」


「待ってよ、顔を見たらまずいっていうの忘れたの?」


「……どうなんだろうな。具体的にどうなるのかわからないが、能力や妖術の発動条件がそこまで危険な妖怪なんて聞いたことがない。俺はむしろ試してみたいとすら思う」


「駄目よ、できるだけ安全な方法を選択しないと私は納得できないわっ」


「まあ、加山さん。落ち着いて。だが、アンタ一人で月兎の元へ行かせるのも危険だ。もっと間接的な方法でアプローチする必要がある」


 覚はテーブルの隅に寄せられた、丸められた地図を手繰り寄せる。

 それを広げて三人全員が見えるようにすると、彼は皆途(みなと)区のある地点を指差した。

 そこにあるのは、テレビ局だ。


「芸能事務所を構えている限り、こことは決して関係を切ることはできない。本人が来る可能性もゼロではない上、上層の人間なら直接関わったこともあるだろう。狙うはここだな」


「確かに……。『フシテレビ』ならあり得るわ」


「ここに張り込むってことか?」


「張り込みは現実的じゃない。やはり人間に近づく方がいい……。かといって、直球に月兎のことを尋ねに行くのも不自然極まるんだが」


 覚は腕を組んで黙ってしまう。

 そんな彼から視線を外し、鴉は加山へ「お前はどうだ」と訊く。


「鴉が普通の人間に見えないことを利用して、上層部に張り込むとか……。覚も会っただけで情報を取れるし。ただ、私は何もできないわ」


「潜入捜査はどうだ? テレビ局の職員として身分を偽れば、もしかしたら得られるものもあるだろう。長濱さんに頼んだりしたらいいんじゃないか」


「そうね……。それも手だとは思うわ」


 仮装身分捜査。

 それは情報や証拠を掴むために、機密情報を知り得る立場にいる個人や団体の信頼を得、取り入るために自身の身元を偽装する、または架空の身元を作り出し行う捜査のことをいう。

 

 覚は加山にテレビ局の職員に扮し、内部から月兎の情報を得ればいいと言っているのだ。

 刑事課は実際、この捜査方法は数年前から取り入れている。

 一時期流行った"闇バイト"の関係者を逮捕するのにも一役買ったこともあり、結果も出ていた。


「でも、警察の動きも玉藻たちにバレる可能性もある。長濱さんの手は借りれない。やるとしたら、私たちが個人でやるしかないわ」


(もっと)もだな。では、月兎の情報収集についてはその方針で行くとしよう。加山さんは局へ潜入し、鴉がついて行く。俺は妖力でバレる可能性も考慮して中へは入れないが、何かあれば鴉と共に対処する──これでいいか?」


「私は大丈夫よ」


「待て、俺も中に行くのか? 俺が纏ってる黄泉の香りでバレたらどうする」


「月兎は一度も死んだことのない(あやかし)だ。そしてそういう妖は黄泉の香りを知らず、嗅ぐこともできない。俺も鴉の香りはわかってないぞ」


「……そうなのか?」


 覚はスンスンと鼻を鳴らしてアピールする。

 妖力を発さない鴉だが、黄泉の香りで相手に存在をバレる危険性は常に抱えていた。だが相手によってはそれを考える必要がない。これは初耳であった。


「……鴉、月兎の打倒に協力してくれるのね」


「やつに近づけば他の妖怪の弱点や情報も手に入れられると踏んだだけだ。月兎が裏で具体的に何をしてるかは知らないし、使命も関係ないやつである以上興味も薄いが……だが、()()()()()()()()()。やるしかない」


「鴉……」


 高橋警視を問い詰めた際には、鴉は月兎の打倒に非常に消極的であった。

 しかし現在、加山と覚とチームを組み明確な協力関係にある以上は二人の方針を反故にはできない。『一目連龍』の件で助けてもらった恩もある。

 加山は鴉の言葉に安堵していた。


「……ん?」


「どうしたの?」


「いや、今振動が……。コップの水も揺れてたぞ」


 加山と覚は気がつかなかったが、鴉が言うには三人がいるマンションは微かに揺れていたらしい。

 加山はスマホを確認するが、地震があったという通知は来ていなかった。

 

「テレビだと速報が入ったりしているんじゃないか?」


「つけてみるわ」


 覚に促され、加山はリモコンを手に取るとテレビの電源を入れる。

 映ったのは昼前のニュース番組。先程話題にも上がった『フシテレビ』の番組だが、地震に関する情報は無かった。

 地震の規模が小さすぎたせいか、と鴉と加山は考える。


「鴉しか気づいてなかったってことは、震度は1とかかしらね。大したことなさそうだわ」


「だといいがな──」



『緊急速報ですっ』



「「「!!」」」


 番組から視線を外そうとする三人。

 しかしその直後、焦っているようなニュースキャスターの声とアラーム音がテレビから発され、鴉たちは再び画面へ目をやった。

 画面に映されたのは、空中からの映像。都市のど真ん中で膨大な灰色の土埃が立ち昇る様子だった。

 その周囲のマンションやビルを見る限り、ビル四棟が一気に倒壊したかのような。そんな跡地にも見えた。



『皆途区芝公園にいる方、またその付近にご用のある方は避難をしてくださいっ! たっ、たった今……『東饗タワー』が倒壊しました!」



 上空から見下ろすカメラ。

 それが捉えていたのは、土埃の中に見える無数の東饗タワーの残骸。

 真っ赤な鉄骨が血のようにも見え、東饗のシンボルの一つが無惨に破壊されていたのだった。

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