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暁の黄泉鴉  作者: マサイのゴリラ
東饗──『偽りの太陽』編
37/50

36.黎明

「覚、どこに向かう?」


「とりあえず石児威川(しゃくじいがわ)に沿って進もう。この川は喜多(きた)区にまで続く。最終的には墨蛇(すみだ)川に合流し、他の区へのアクセスもしやすくなる」


「わかった」


 鬼童丸と別れた覚と加山は至端区に入り、行く宛ても考えずにパトカーを走らせていた。

 覚の考えにより、移動が比較的容易になる川沿いを進むことに決める加山。

 石児威川は春には花見のスポットになり、この川を挟むようにして長屋のように店が並んでいる。昼間なら食べ歩きもできる場所だが、時間帯が時間帯のために人気の無い道路となっていた。


「鴉……起きないわね」


「そうだな。さっき担いだ時に傷を見たが、少しずつだが塞がってきてはいる。これから死ぬようなことはない」


「そう……。良かったわ」


 二人は互いに目を合わせず、車のライトが照らす夜道を眺めたまま話す。


 鴉と鬼が手を組んでいるとはいえ、加山や覚たちの味方というわけでは決してない。

 赫津鬼会の者があの場にやって来た場合、どんなことが起こるのか。何をされるのか。それは二人には全くわからなかった。

 逃亡のためにバタバタしたが、今は二人とも落ち着いて話すことができている。


「……さっき茨木童子に言われたことを気にしてるな、加山さん」


「心読まないでよ」


「すまない、クセだ」


「……私だってわかってるわよ。力をは無いし、私一人では四大財閥に立ち向かうなんて無理。でも……見てみぬフリなんて絶対できないの」


「…………」


 加山は明らかにトーンを落としてそう言った。

 覚は静かに彼女に流し目を送っている。

 覚が読んでいる加山の心の中では、先程茨木童子の口にした言葉、そして今日の午前中に鴉にもかけられた言葉が渦巻いていた。


「そうだな……。実際、アンタには力は無い。鴉と違って(あやかし)と対峙しても何もできないだろう。たとえ警官として銃を携帯していたとしても」


「……」


「だが、アンタにしかできないこともあるはずだ」


「それは鴉にも教えてもらったわ。彼が妖怪を殺して、私は人助けをする……。でも、私は東饗政樹病院での一件以来何もできてない。祢々(ねね)が神宿で暴れた時も、今回の一目連龍も……。何も関係無い人が大勢死んでいった」


「俺も救ってくれたろ」


「ううん、まあ……そうなんだけど……」


 人間か妖怪かの違いなのか。

 覚の感覚は加山とは若干ズレている。彼女はそう感じる。


「……俺がいたから、警察の闇に触れ、暴くことができた。俺がいたから鬼たちの目的を聞き出すことができた。加山さん、アンタにとってこれらは意味のないことなのか?」


「そうは言ってないわよ。ただ、私は人間を救いたい。その一心で鴉に付き添ってるのに、結実しない……。それが苦しいだけ」


「鴉が一人で戦う以上は、取りこぼす犠牲は仕方のないことだ。かと言ってアンタたちが二人一緒に動き続ければ鴉の動きが制限され、犠牲は増えると思える」


「…………」


「アンタは鴉を支えている。こうしてパトカーを出して彼を助けなかったら、鬼童丸と鴉は瑞子に殺されていた可能性が高い。今鴉が死ぬのと、これからも鴉が戦い続けられる状況、どっちが良い? アンタは意味のあることをしている。欲張り続けるのは良くない。それはアンタにとっての話だ」


 覚はポジティブだった。

 それは加山とは違い人間だからなのか、それとも鴉と加山の二人ほどの間柄でない故に一歩引いた立場で物事を見ているからなのか。加山にはわからないが、とにかく彼が彼女を元気づけようとしていることだけは感じ取れていた。


「これは、()()()()()アドバイスとして聞いてほしい。助けることだけに集中していれば、視野は狭まる」


「……どういうこと?」


「アンタのやろうとしていることは対症療法だろう。事が起こってからアクションを起こしている。もっと根本的なところから対処することを……考えてみたらどうだ?」


「根本的なところ……」


「血を流して戦うことは鴉に任せればいい。アンタは……人間として、文明に生きる者としてできることがあるはずだ」


 そう言いながら覚は自分の懐に手をやる。

 内ポケットを漁っているようだった。加山がそれを横目で見ていると、覚は銀色の物体を取り出した。

 録音機(レコーダー)だった。


 覚は再生ボタンを親指で押す。



『四大財閥が出来上がる前、我々、瑞子、月兎、玉藻の四勢力は日本の中で最も強力な妖として存在していた──』



「……!? なっ……茨木童子の! あなた、これ録音してたのっ!?」


「万が一を考えてな……。こいつは使える。加山さん、アンタにやろう。どう利用するかはアンタ次第だ」


 覚は茨木童子の話を録音していた。

 四大財閥の目的、誕生の経緯、そして正体が妖怪であるということ。彼らが日本を奪い合うために支配し、人間を貪り続けていること。その真実が記録されていたのだ。


 彼は加山に録音機を渡す。

 どう使うかは加山次第と、覚は言っていた。警察に提出して大勢の味方をつけるのも、メディアに流して社会的に財閥を孤立させるのも。

 だが、まだこれはその糸口の欠片の一つに過ぎなかった。


「……ありがとう、覚。私、頑張るわ。まだこれだけじゃ何をするにしても難しいけど……でも、きっと……」


「フッ……そうだな」


 加山の瞳にわずかながら光が灯る。

 それを目にした覚も、やや口角を上げるのだった。


「ん?」


 運転席に座る加山に顔を向けていた覚。彼はふと、あることに気がつく。


「何だ……? 東の空が赤い……火事か?」


「え?」


 運転席側の窓に赤く染まる空が目に入る。

 並木道に沿って並ぶ建物によって景色のほとんどは妨げられているため、空が赤くなっている原因まではよくわからない。

 しかし車の進行によって、ものの数秒で空が完全に窓に映ることになる。

 覚は前に体を倒していち早く景色を目にしようとした──


「ッ!!? なっ──」


「覚、どうしたの!?」


「加山さん、アレだっ。窓の外を見ろッ!」


 覚は切羽詰まった様子で加山に言う。

 彼女の肩にバシッと叩くように掴んで、自分が見たものを彼女にも共有しようとする。


「えッ──」




「た、太陽──!?」


 

 パトカーが建物の陰から出た途端、空を赤く染めるものの正体が判明する。

 東の空に、太陽が昇っていたのだ。

 ビル群の隙間から、夕陽のように赤く、しかし黒い部分もあり──どこか禍々しい印象を二人に与える。


「あ、あり得ない……今は、21時半だ……!!」


 パトカー内のデジタル時計を見ながら覚は呟く。

 「あり得ない」。この言葉に彼の今の感情の全てだった。

 妖怪は人間からすれば超常的存在。妖怪当人である覚もそれを熟知しており、大抵のことには驚かない……はずだった。


「加山さん、一旦車を停めろっ」


「え、ええっ」


 パトカーから出て様子を窺おうと覚は加山に提案する。

 加山も完全に太陽に気を取られていたため、彼の言葉を耳にした途端に急ブレーキを踏む。

 再びパトカーは建物の陰に入ってしまい、太陽は二人の視界から外れた。


 乱暴にシートベルトを外して、加山と覚はパトカーの外へ飛び出す。そして建物と建物の隙間へと急ぎ、東の空を見上げようとした。


「えっ」


「う、嘘だ……あり得ない。太陽が、消えた」


 空は再び漆黒に染まり、東饗の都市の光を吸い込んでいた。

 太陽は完全に消失し、あの赤黒い光も一切見えなくなっている。

 

「そうだ! ネットは!?」


 加山はスマホをポケットから取り出し、急いでSNSを確認する。

 真夜中の東の空、いきなり赤黒い太陽が出現したのだ。現実でもネットでも大混乱が起きているのは確実。しかし結果は──


「だ、誰も見てないの……? あの太陽を……」


「幻──だとしたら、俺たちは他の妖に目をつけられていると考えられるが……付近に妖力は感じない。さっきのは何だったんだ……!?」


 幻だというのであれば納得できる。

 加山と覚だけが目にして、それ以外の東饗の人間は誰一人として目撃していない。むしろ幻でなければ説明がつかない。

 他の妖怪、例えば玉藻や鬼の部下の妖怪が襲撃してきたその証拠である可能性もゼロではない。

 普通の人間には見えない。幻覚以外で太陽の正体を考察するとしたら、もう一つだけ。正体の候補はある。


「まさか……妖怪……?」


「太陽の妖怪、だと……そんなものが、いるというのか……」


 覚はにわかに信じられなかった。

 もしそんな妖怪がいるのなら、とてつもない妖力を発しているはずだった。玉藻や瑞子が放置しているわけがない。間違いなく、日本最強格の妖怪である。

 だが、彼は太陽にも妖力は一切感じ取れなかったのだ。


 一方で加山。彼女も妖怪についてはよく資料を漁り、日夜知識を頭に入れようとしている。

 妖怪への造詣が深い加山も、太陽の妖怪については一切情報を持っていなかった。

 ただ、一つだけ思い当たる節もあった。


("黒い太陽"……絵でしかみたことなかったけど、確か"百鬼夜行"の絵巻の最後に、あんな太陽が描かれてたような……。でも、あれは夜行の終わる合図、ただの太陽のはず)


 妖怪たちがある夜に街を練り歩く百鬼夜行。

 それは日の出を合図に解散、終わりを告げる。

 その様子が描かれた絵巻の最後に、加山たちが見た黒い太陽に酷似した太陽の描かれてたのを彼女は思い出していた。


「……! 鴉!?」

 

 ガチャリ、と音が聞こえて覚はパトカーの方へ振り向く。

 後部座席から、ふらつきながら鴉が出てきたのだ。


「加山……覚……」


「鴉! 大丈夫!? 痛みは引いた!?」


「いや……まだ死ぬほど痛いが、何とかな……。瑞子鳴河は、どうなった?」


「残念だけど……。鬼童丸があなたを助けてくれたのよ。彼とはもう別れたから、この場にはいないわ。とにかく、あなたが寝てた間のことを説明するから、パトカーに戻りましょう」


 加山は鴉に肩を貸し、再びパトカーの中へ連れていく。

 加山と鴉が乗り込む中、覚はその様子を黙って見ているだけだった。

 彼の中で引っかかっていたことがあったのである。

 それは()()()()()だ。



(どういうことだ……。あの太陽が出てから、鴉は目を覚ました。タイミングが合いすぎている。ただの幻でないことは明白だが、あれは結局……何だったんだ……。鴉とあの"暗い太陽"には、何の関係が……?)

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