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暁の黄泉鴉  作者: マサイのゴリラ
東饗──『偽りの太陽』編
33/50

32.撤退

「ここから生きて帰れると思うなよォ!!」


「…………」


 激しく妖力を放つ瑞子。

 水嵩が更に増し、もはや腰まで水に浸かるほどの水深になっているが、妖力はそれだけの水量を押し出し、彼を中心に波浪が起こるほどの威力である。

 しかしその威圧に鬼童丸は臆さない。

 鴉を抱え、黙って吠える瑞子を見つめるばかりだ。


「フン……」


「何だその目はァ……舐めてんのか」


 鬼童丸は変わらず無表情。

 その目線もまっすぐ瑞子を捉えており、瑞子からすれば何か言いたげに映っていた。

 尤も、鬼童丸が何かを考えていたとしてもそれが口にされることは決して無い。


「チィッ……死に腐れェェッ!」


 三度拾い上げた水鉄砲の銃口を鬼童丸に向け、高圧水を放つ。狙いは彼の脳天だ。

 だが、水流が鬼童丸を捉えることはなかった。

 彼の姿は一瞬で消え去り、水流は虚空を貫く。


 鬼童丸はどこへ行ったのか?

 瑞子は視線を下ろす。

 目に入ったのは、瑞子の懐で姿勢をとことん低くし、鬼火を纏った拳をその腹に叩き込もうとしている彼の姿だった。


「てめッ──うガァッ!?」


 燃える剛拳が瑞子の鳩尾(みぞおち)に突き刺さる。

 メリメリと音を立てて拳は腹にめり込ませ、鬼童丸はそのまま瑞子を上方へ吹き飛ばした。

 20メートル以上の高さまで飛ばされた瑞子は、そのままその天井のコンクリートに衝突。

 液体化して弾け飛んだ。


 瑞子の動きが封じられたこの一瞬。

 鬼童丸は鴉を抱えたまま、鴉が侵入してきた『虎水館』に続く階段を目指し始める。

 190cmほどの身長を誇る彼が腰まで浸かっているほどの水嵩だが、そんなことはお構いなしに出口のある方角へ体を向けていく。


「だからよォ……逃がさねェっつってんだろ」


 鬼童丸の背後で水が盛り上がり、瑞子の上半身が形作られていく。

 殴られたことによるダメージはあるが、腐っても瑞子は日本を支配する四柱の一角。

 その程度では揺らがない。


「水に浸かってる以上、もう俺からは逃げられない。種族としては最強と呼ぶに相応しい"鬼"であっても、水中では俺にゃ勝てない」


 喋る瑞子を無視して進んでいく鬼童丸。

 全く意に介してはいない様子。しかし、彼の歩みはいきなり止まった。

 水中で、何かが鬼童丸の足を掴んでいた。

 それはタコの足のように柔らかく、強い力で彼の足を引き止めている。

 瑞子の仕業だ。


「……!」


「鬼火を使おうが、妖力で鍛えたその腕力だろうが、所詮てめェは陸の存在。何よりの天敵は水!」


 瑞子が右手を持ち上げると、それにシンクロして彼の横で水の塊が盛り上がっていく。

 水はやがてあの巨大な虎の前脚となり、力強く指を引き締めた()に。

 

「集まれば重く、どんなものでも押し流す。呑み込んじまえば、あらゆるものを底に沈めるッ。実体は無い。蒸発させようと消えはせず、蒸気となり……天すらも左右する、それが水だ! 俺はその()()!」


「…………」


「天地万象の支配者だァァッ!」


 瑞子は勢いよく腕を振り抜く。

 それと同時に水の虎の前脚も動き出し、鬼童丸に向かって猛進する。

 足の動きを止められている今、大質量、ハイスピードで突進してくる水の塊に襲われるのは危険だ。

 動かない下半身と動かされる上半身は慣性により分断されかねないのだ。


「フッ──!」


 鬼童丸は右腕に鬼火を纏わせると、裏拳を振るって虎の拳を迎撃する。

 鬼火の熱によって虎の前脚は蒸発し、高熱の蒸気を噴き上げる。

 

「甘ェな!」


 下半身を水に変化させた瑞子が、上空へと飛び上がる。

 すると水蒸気は彼の方へと集まっていき、巨大な高熱のつむじ風を巻き起こした。


 鴉を守らねばならない鬼童丸に対し、この攻撃は非常に効果的だった。

 水に捕まった下半身はつむじ風否、もはや竜巻となった瑞子に引き寄せられて鬼童丸と鴉の二人は空中へ持ち上げられてしまう。


 負傷の激しい鴉を、鬼火による高熱が再び刺激する。

 鬼童丸の頑丈の体は熱ではびくともしないが、渦巻く蒸気の中に混ざった、高速で飛び回る水の弾丸によって抉られていった。

 竜巻はまるで、拷問のための檻のようだった。


「ハハハハハハァァーーーーッ!! どうだァ!? 熱が効くとでも思ったか!? 蒸発という現象すらも! 俺の掌の上にあるんだよォ!!」


 鬼童丸は何とか鴉を離さないように手に力を込めて掴み直し、彼を覆い隠すようにして抱き寄せる。

 その間にも飛び交う水の弾丸によって鬼童丸の体は血を噴き上げ続けるが、音を上げるようなことも無ければ、痛みに呻くようなこともない。それが鬼童丸という鬼だった。


 だが、彼は黙ってやられるだけの妖ではない。

 鴉を抱き寄せて自分の体を盾にして守っているこの姿勢、これは攻勢に出るためのものでもあったのだ。



 ボッ、ボッ、ボッ──!



「……? 何だ……?」


 突如、鬼童丸の周囲に火の玉が浮かび始める。

 竜巻の中心でそれを見ていた瑞子は警戒するが、鬼火の玉はどんどん数を増やし、やがては三十ほどにまで。

 竜巻の中にあるというのに、なんとその勢いに影響されることはなく、その場に留まり続けていた。

 そして次の瞬間──


「ハッ、まっまさかッ!?」


 鬼火の一つが眩しく輝き、膨張したかと思えば、爆発。

 それに連鎖して他の鬼火も同じように爆発を始め、爆炎が竜巻を逆に覆い尽くしてしまう。

 蒸気と水の渦は炎に乗っ取られ、最終的には竜巻を完全に吹き飛ばすほどの大爆発を起こすのだった。


 これが鬼童丸の作戦。

 鴉を守る体勢は鬼火の爆発に巻き込まないためであったのだ。

 この自爆によって瑞子はバラバラになって吹っ飛んでしまい、鬼童丸たちはようやく解放され、空中から着水した。

 

「…………」


 鬼童丸は右腕に鴉を抱え直し、彼の体がダメージの蓄積によって消滅を始めてないかを確認する。幸い、そんなことは起きてはいなかった。


 瑞子はまだ姿を現さない。

 鬼火は鬼の妖力の込められた火であるため、魂灰と同じく瑞子に負傷させることができるのだ。

 今が好機と見た鬼童丸は鴉を担ぎ上げ、その水の深さなどものともせず、自らの脚力で無理やり水中を走り出す。

 虎水館に続く、螺旋階段のある出口に向かって。



『グゥオオオオオオッ!!!』

 


 鬼童丸の後方から、地下空間全体を揺るがすほどのあの咆哮が轟く。

 瑞子の虎だ。


 だが鬼童丸は振り返らず、走行スピードを上げる。

 水嵩は腹部まで迫っているというのに、陸上を走っているかのような速度だった。




『『『オオオオオオオオオオオオォッッ!!』』』




 疾走する鬼童丸。

 彼の周囲の水が次々と盛り上がっていく。

 姿を見せるのは、あの水の虎の群れだ。


 巨大な虎たちは爪を、牙を、瞳を剥き出しにし、鬼童丸に次々と飛びかかっていく。

 家屋のような巨体がいくつも襲い来る中、その後方からは瑞子が津波を引き起こして巨大な水の壁まで迫ってきていた。


「フゥッ!!」


 鬼童丸は左手、両足に鬼火を纏うと、襲ってくる虎たちへの迎撃を開始する。

 次々と虎たちの頭部を蹴り、拳、掌底をぶつけるかあるいは鬼火を投げつけて粉砕し、消滅させていく。

 迫り来る虎の群れは溶け合うようにして一つの、さらに巨大な多頭の怪物となって襲ってくるが、鬼童丸は脚で薙ぎ払うように鬼火を放って牽制。

 虎を破壊しつつ、出口を目指し続ける。


 


 どれだけ走り、戦っているか本人にもわからない。

 数十の虎を相手し、消し飛ばしてもまだまだ湧いて出てくる。

 しかし鬼童丸の目には、ようやく階段に通ずる扉が見えてきていた。

 水に浸かり、扉下部の三分の一ほどは見えてはいないが。

 

「させねェぞ……!」


 瑞子は扉前にも虎を生成し、門番のようにして鬼童丸を待ち構えさせる。

 

「…………」


 左手に妖力を溜め、(たぎ)る鬼火を生成する鬼童丸。

 扉前の虎が高らかに咆哮を上げ、彼に向かって突進してくる。

 鬼童丸も鬼火を掲げて、虎に向かって走る。


『ガァアアアアアァァッ!!』


「フン!」


 迫る虎の大口。鬼童丸はその中に鬼火を腕ごと押し込んだ。

 鬼火を叩き込まれた虎は体の内側、首の辺りから熱され、ボコボコと沸騰していく。

 その状態変化の様子はやがて虎の全身に広がり、白い泡で体が満たされると、爆発して消滅した。


 門番のが消えた扉。鬼童丸はそれを思い切り蹴飛ばして開けると、何十メートルも上まで続く螺旋階段を見上げる。

 扉の外からは津波が押し寄せている。

 ものの数秒で階段に到達するほどの速さで迫っている。


 鬼童丸は脚に力を込めると、全力で地面を蹴飛ばす。

 そして上へ上へと続くその縦穴の壁を蹴飛ばしながら、高速で地上を目指した。

 まるで忍者か、(ほとばし)稲妻(いなずま)のような軌道を描いて。


 

 ものの数秒で地上に到達した鬼童丸は、その蹴りの勢いを殺さぬまま虎水館の天井を突き破って上空に飛び上がる。

 下を見れば、瑞子の虎。彼らが鬼童丸と鴉を追って、狭い縦穴を我先にと何頭も迫り上がってきているのがわかった。

 鬼童丸は最後の仕上げと言わんばかりに再び手に鬼火を生成すると、地上を目指す虎たちに向けて投げつける。


 高速回転する鬼火の玉は虎の群れを突き破り、貫通し、螺旋階段の半ば辺りに到達すると同時に爆裂。

 妖力の爆炎に呑み込まれ、虎たちは跡形もなく消え去るのだった。


「鬼童丸!」


「……!」


 虎水館の屋根に着地した鬼童丸。

 そんな彼を呼びつける声が、建物の外から聞こえてきた。

 顔を出してみれば、そこには一台のパトカーが。


「乗って!」


 窓を開けて彼に向かってそう言ったのは、なんと加山だ。

 運転席には彼女が乗り、その隣には覚が乗っている。鬼童丸に対しては難しい表情を浮かべているが、加山と共に鴉と彼を助けに来たのだ。

 

 虎水館から飛び降りた鬼童丸はパトカーの後部座席のドアを開くと、その中に鴉を押し込む。

 そして自身はパトカーの上に飛び乗ると、運転席の窓を叩いて「車を出せ」と合図した。


「行くわよ」


 加山はアクセルを思い切り踏んづけ、急発進させる。

 パトカーが虎水館を離れると同時に、その建物の周りにいくつも巨大な亀裂が入り、倒壊を始める。その上、亀裂の中から水が溢れ、噴き上げてもいた。


「加山さん、俺が誘導する。俺は妖力を感知できるからな……。それと、鬼童丸には中に入るよう言ってくれ。これじゃあ目立つ」


「わかったわ」


 瑞子の地下からの攻撃は感知可能な覚に誘導してもらうことで回避、鬼童丸はどこかから敵がパトカーを見つけるということも考慮し、中に入れさせる。

 彼は彼で見張りのつもりで車体の上に上がったらしいが、鬼童丸は加山に言われるとすんなりと聞き入れ、窓から後部座席に滑り込んだ

 

 ひとまずは神宿区から出ることを目指して、加山はパトカーを走らせる。

 鬼と鴉の一目連龍水道襲撃事件は、これをもって、失敗に終わったのだった。

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