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暁の黄泉鴉  作者: マサイのゴリラ
東饗──『偽りの太陽』編
32/50

31.『水虎』

 せっかく拾い上げた拳銃を再びコートの内にしまい、鴉は刀を構え直す。

 瑞子は鴉のその様を見ながら、ゆっくりと彼の方へ歩み始めた。


「……今ので調子づかせちまったなら、そいつは大きな勘違いだってことを教えてやらねェとな」


 瑞子がそう口にすると、首元の傷が徐々に形を崩し始める。

 ゴボゴボと水のように泡を立てながら傷が(うごめ)き、弾丸を体外に吐き出す。

 そして、傷は完全に修復された。


(……傷を治したのか。距離があった分、威力は落ちていたはずだが──灰を使用していてもやはり……)


 魂灰は妖怪の力をある程度打ち消すことができる。

 他の物質と同化し、ダメージを負わせづらい妖怪に明確な傷を与えられる効果。

 妖怪の用いる妖術を相殺する効果。

 それらの効果は使われた灰の量にも()り、瑞子に与えた傷はそのために小さかったのだ。


 瑞子は鴉に声が十分届く位置に着くと、再び大型水鉄砲の銃口を鴉に向ける。


「かかって来い、鴉。てめェの手はわかってるぜ。祢々(ねね)に致命傷を与えた手榴弾を使ってきてもいい。てめェが死ぬことに変わりはねェからな!」


「…………」


 挑発する瑞子。しかし鴉は動じない。

 ここに来る前に、祢々との戦いは玉藻から他の四大財閥に見せられていたという話を聞いていた。

 瑞子が知っていてもおかしくないとわかっていたのだ。


「まあ、好きにしろ。俺にもプライドがあるんでな、てめェごときに全力は出さない……」


 

「──だが殺すのは本気で、だ」



「っ!?」


 瑞子が水鉄砲の引き金を引けば、音速を超える速度で水流が撃ち出される。

 顔に照準が合わされており、鴉は被弾寸前で何とか頭をズラして回避。

 

「あっ、危な──」


「死ね」


 この一瞬で瑞子は鴉までの距離を詰め、彼の懐で銃口をその心臓へ向ける。

 回避のために構えを崩した今の鴉は無防備だ。


「うッ……ガハッ!?」


 心臓に二度目の攻撃を受けるのはまずかった。

 いくら再生できるとはいえ、致命傷レベルの負傷を何度も受けては膨大な体力を消耗し、やがては動けなくなる。


 鴉は敢えて足を滑らせ、再び体勢を崩す。

 銃口から放たれた水流は心臓を外し、右胸を貫いた。

 右肺の中を高速で水が貫き損壊、血液の濁流が肺の中を駆け巡り、喀血(かっけつ)してしまう。

 

「間一髪で心臓を外したか。だが……頭を吹っ飛ばされて動けた鴉はいない!」


「ぐうぅっ……!?」


 体勢を崩した鴉は体の左側から床に倒れていく。

 瑞子はそんな鴉の落下を勢いづかせるように、彼の右の側頭部へ水鉄砲を押し付ける。

 放たれる高圧水で、頭蓋骨も脳もぶち撒けさせるつもりだ。


「ぬぅぅあああッ!!」


 これまでで最大の命の危機に、鴉は倒れゆきながらも渾身の力で刀を振るう。


 刃は確かに瑞子を捉えていた。

 だが手応えは一切なかった。

 刃が瑞子の体に当たる瞬間、彼は自身を一瞬のうちに()()()()()へと変化させ、刀に纏わりつくようにして攻撃を回避したのだ。


 液体化した瑞子は鴉の刀を素早く離れると、鴉の後方で着地し、再び元の形を取り戻していく。


「ハッ、甘いな鴉」


「ハァ……ハァ……! くっ……!」


「んん? 不思議そうな顔してんな。魂灰のかかった刀で斬られたはずなのに、血の一滴も流していない……。簡単な話だぜ。俺はてめェに斬られたわけじゃない。さっきの内にてめェの灰を全部洗い流してやったんだよ」


「何だと……!?」


 鴉は刀に目を向ける。

 確かに、表面にあるはずの灰は全て瑞子の水で流されており、その代わりに水滴だけがあった。


 刃で触れられていたにも関わらず、斬られるよりも速く相手の力を失わせる。

 並の妖怪にできる芸当ではない。


「だが、お前もこの二丁の銃を手放さざるを得なかった……。さっきのはあくまでも緊急離脱。お前も攻撃手段を失ったわけだ」


「本当にそう思うか?」


「なに?」


 瑞子が持っていた大型水鉄砲は、鴉の足元に散乱している。

 つまり、現在の瑞子には武器が無い。

 鴉はこれを好機と捉えているが、瑞子の反応はそれを否定していた。


 水のフードとその中で揺らめく水面で彼の顔は見えないが、その声色から鴉を嘲っているのは想像に容易い。


「俺はこの東饗中の水道を牛耳ってる……この都の水は、全て俺の支配下なんだよ。それで、だ」


 瑞子は右手をもたげ、鴉の後方──頭上へと掌を掲げる。

 その先には、この地下施設に何本も(そび)え立つコンクリートの巨柱の一本が。


「この場所は、()()()()力を最大限活かすことができる。何故か?」


「!!」


 瑞子は再び、あの膨大な妖力を解放する。

 すると、地響きと共に地下空間全体が振動し始めた。

 それと同時にコンクリートの柱にもヒビが入り始め、今にも壊れそうに──。


「この柱の一本一本が水道になっているからだ。つまり、こいつらを壊せばッ!」


 瑞子が更なる妖力を発すれば、轟音と共に周囲の柱が倒壊していく。

 そして柱の中から大量の水が溢れ出した。

 

 硬い柱の中に閉じ込められていた水はより広い行き場を得たことで、地下空間全体に流れ出す。

 洪水のように床に広がる水流は鴉と瑞子の足元も浸からせ、徐々にその水嵩(みずかさ)を増していく。

 最終的には鴉の膝下まで水が及んでいた。


「くっ……!?」

(これでは、足を取られて碌に動けない……! それに水を支配するということは……)


 もはや、鴉の命は完全に瑞子に握られたと言っても過言ではない。

 当の瑞子は、腕を組んで余裕そうに鴉を見つめていた。


「どうだァ? これでもまだ俺を殺せると?」


「殺せるかどうかなんてことはどうでもいいっ。ここまで来たら、俺にはお前を殺す以外の選択肢は残されちゃいない……! 殺してやる」


「わかってねェな。だが……何となく、俺もてめェのことが気に入ってきたぜ。この状況、他の鴉なら完全に腰を抜かして絶望してるところだが、お前は違う。ここで死ぬのが惜しいもんだ……」


 瑞子は組んでいた腕を解くと、地下空間全体に広がった水に妖力を流す。

 すると瑞子の背後で渦潮のように水流が渦巻き、水上竜巻のように空中へと持ち上げられていく。

 

「こっ、これは!?」


 水上竜巻を中心に、膝下まで及んでいた水が丘のように膨れ上がり、そして徐々に形を成していく。

 それは巨大な獣。

 上半身のみの、巨大な、水でできた虎だった。


「絶望しろ」



『グゥオオオオオオオオオオッ!!!』



 強靭な前脚。凶悪な顔。体高は10メートルはある。

 大口を開き、猛々しく咆哮を放てば、鴉の体はその音圧でビリビリと痺れる。

 それどころか、コンクリートでできた天井や壁すら揺れている。


 本人すら無駄としか思えなかったが、鴉は刀を構えて戦闘の意思を見せた。


「くっ、クソっ!」


「そんなチンケな刀でどうにかなるもんじゃねェよ。ま、せいぜい頑張りな」


 瑞子が指を鳴らす。

 それを合図に、虎がついに動き出す。


『オオォオオオオゥッ!!』


「や、やるしか──」


 水とは言え、鋭い牙の並ぶ口を広げて襲いくる虎。

 その勢いはまさに津波そのもの。高速道路を走る大型トラックが突っ込んでくるよりも更に強力な、水の爆風。


 一瞬で迫る虎の牙。

 鴉はそれに刀で応じようとするが、超人レベルの腕力と剣の腕をもってしても水の猛獣を止めることはできない。

 彼はあっという間に虎に呑み込まれ、空中へと吐き出されてしまう。

 宙に放られた鴉を、虎は再びその牙で狙う。


「うあああああアァッ!! うがッ!! ガッ、ああアアァァっ!!?」


 宙に放り出された彼は完全に無防備。

 虎はそんな鴉に喰らいつき、何度も何度も噛み砕く。

 バキバキと音を立てて胴体の骨を噛み砕かれ、肉は断裂寸前で腹から背にかけていくつもの穴が空く。


「フフ……」


 再び腕を組み、愉快そうに笑みをこぼす瑞子。

 鴉の反撃が一切許されない攻撃ですら、彼の全力には遠く及ばない。


 水の虎は鴉を噛むのに飽きると、ボロボロになった彼を再び空中へと放り投げる。

 ボロ雑巾のような姿になり宙に放られた鴉に、いよいよトドメの一撃を刺そうとした。

 それは、いわゆる猫パンチ。

 猫パンチと言えども、巨大な水の塊が鋭利な爪を伴ってぶつかってくる、規格外の威力だ。


「ぅあッ──」


 

 ドゴォォォォォン──!



 鴉が声を上げる間もなく、彼は虎の前脚に潰されコンクリートの柱に叩きつけられる。

 崩れる柱。そこから更に水が溢れ出す。


「……フン。終わったな」


 崩れていく柱の瓦礫(がれき)と共に、動かなくなった鴉も水の中に落下する。

 水面にぷかぷかと浮かび、鴉はピクリとも動かない。

 傷口からは(おびただ)しい量の血が流れ、彼の周りを赤黒く染め上げる。


「姿が消えてない辺り、まだ生きてはいるのか。まあ、あの様子じゃあほっといても死ぬな。これで鴉も終わり……鬼共も、茨木童子を潰せば終わり、か」


 鴉は霊体。

 死ねば霧散し、消滅する。

 死んだとしか思えない状態になっているが、形を保っている以上はまだ気絶したままだ。


 瑞子は一仕事終えたような感覚であった。

 大蝦蟇の負傷も小規模ではないながらも、心配は不要なレベルである。

 大蝦蟇の様子を見に行ってから、()()()()()()()を殺そう、瑞子はそう考える。

 そしてこの計画を立てた茨木童子だ。

 あれも必ず殺すと、心に決める。


「……ん?」


『グゥ……』


 本社に戻ろうとする瑞子だったが、ここである違和感を抱く。

 自分の頭上に、妖力を感じたのだ。水の虎も怪訝そうに天井を見上げる。

 分厚いコンクリートの天井のために、具体的に誰の妖力かはわからない。

 だが、地下の瑞子にまで届くほどの妖力を発しているということは、その妖力の主は大妖怪クラスであることが考えられる。


「……誰だ……?」


 妖力は瑞子へどんどん近づいてくる。

 つまり、地上から穴を掘るようにして地下へ進んできているということだ。

 

「近い……!」


 ものの数秒で妖力の主は天井を突き破って姿を現すだろう。

 それを見越した瑞子は、水を操作して放置していた水鉄砲一丁を右手に引き寄せる。

 そして貯水部に水を集め、いつでも発射できるよう準備する。


 そして次の瞬間──



 ドゴォォォォォン!!



「っ!? てめェは!?」


 天井を突き破ってきた者。

 その正体には見覚えがあった。

 数分前、一目連龍本社で交戦し、触れたもの全てを削り破壊する激流の結界に閉じ込めたはずの者。

 茨木童子の、()()()()()()()


「鬼童丸ゥッ!」


 瑞子は銃口をすぐさま頭上へ向ける。

 上から降ってくる鬼童丸を、下から水で串刺しにし貫くつもりだ。


 だが、鬼童丸も無策ではない。

 その右手には燃える火の玉が。


「フッ──」


「んなっ!?」


 鬼童丸は自身の下に立つ瑞子に向けて、燃える妖力の塊──鬼火──を投げつける。

 攻撃のために意識を割いていた瑞子の反応は遅れ、迫る鬼火を完全には回避できず、そのダメージを負ってしまう。


 鬼火の威力は瑞子の想像以上だった。

 水面に着弾すると同時に爆発するかのように水蒸気が上がり、瑞子のそばに控えていた虎も鳴き声を上げて形が崩れていく。

 鬼童丸はそんな中を突っ切って着水すると、気絶して浮いている鴉を目で探す。


「てめェ……やりやがったな……! あの結界からどうやって……!」


 放たれた水蒸気が渦巻き、一箇所へと集まる。

 そして人型の形となっていくと、色が付き、瑞子は水のベールに包まれた元の姿に戻る。

 しかし鬼火によって負傷はしており、彼の腕は中度の火傷を負っていた。


 鬼童丸を睨みつけて問いただすが、思うような答えが得られるわけがない。彼は喋らないのだから。

 瑞子を無視して鴉を拾い上げ、左脇に抱える鬼童丸。

 そんな彼の姿を見ていた瑞子だが、あることに気がついた。

 鬼童丸の肌だ。


「……まさか」


 降ってきた鬼童丸は上裸であった。

 その体の表面をよく見ると、薄らとした傷痕が見える。修復しかけの傷である。

 つまり鬼童丸は、本社を覆った激流の結界を力づくで突破してきたというのだ。

 自身の頑丈さと再生力にモノを言わせ、突破してきたのだ。

 

「クソったれが……! 鬼童丸ゥ、てめェらやっぱり組んでやがったんだな。舐めやがって……! 鴉と妖が組むなんざ、何考えてやがんだァ!」


「…………」


「……てめェの無口も、いい加減うんざりだ。いいぜ、お前らはここで殺し、後でじっくり茨木童子を問い詰めてやる! 生きて帰れると思うなァ!!」

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