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暁の黄泉鴉  作者: マサイのゴリラ
東饗──『偽りの太陽』編
27/50

26.覚のジャーナリズム

「それで、俺が呼ばれたと」


「ああ。頼むぞ」


 午前十一時を回った頃。

 神宿警察署の前に二人の男の姿が。

 尤も、そのうちの一人は誰の目にも見えない鴉。

 もう一人は猫背でガタイが良く、夏にも関わらずコートを羽織っている三十代後半辺りといった見た目の男。


「それにしても、よく俺のいた場所がわかったな。鴉」


「何にも無い日は暇で仕方なかったからな。お前の拠点を探してたのさ。心を読める能力、いつか役に立つと思っていた」


 鴉と話しているのは(さとり)

 祢々(ねね)が襲撃してきた昨晩、彼と別れてからずっと鴉は覚の居場所を探ろうとしていた。

 その結果、覚は斗島(としま)区のある建物の屋上、そこにあるコンテナハウスの中に住んでいたことを突き止めることができた。


 鴉から貰った煙草を香代わりにし、比較的弱い妖怪を遠ざけ、鬼たちの嗅覚も欺いていた。

 加山と長濱と別れた鴉は、さっそく覚を警察署へ連れてきたのだった。


「想像できていたことだったが、実例を聞いてみると中々ショッキングだな。本当に玉藻が関わっているなら、俺もアンタたちもタダじゃ済まなそうだが……その辺りは大丈夫か? 鴉」


「構わん。加山もあの長濱という男も、覚悟はできている。後はお前がどうするかだ。()()()()()()な」


「意地悪い鴉だな……」


 覚は下唇を突き出し、呆れたような顔を見せる。

 というのも、覚を今回の件に付き合わせるのに鴉からある交換条件が提示されたのだ。

 以前、覚は鴉に自身に代わって死んだ妖怪たちの仇を取ってほしいと乞われたことがある。

 その時鴉は彼の願いを拒み、非難したが、今回は条件付きで覚の願いを聞き入れたのだった。


「いずれにせよ、鬼は倒すつもりではあった」


「だったらそれは聞き入れたとは言わんだろう……。行き着く場所が結局同じなだけで。まあ……俺としてもお前たちと協定を結べるのなら断る理由が無い」


 茨木童子率いる鬼たちは、覚のように一度も死んだことのない妖怪を集めて捕虜とし、奴隷のように働かせていたという。

 その過程で覚の同胞たちは死んでいき、彼はその仇を望んでいた。


 鴉はその仇討ちを引き受けたが、彼としては最終的に鬼とも敵対するつもりでいた。

 結局既定路線ではある。


「まあいい。では、行こうか鴉」


「ああ、二人が待ってるからな」


 鴉と覚は警察署へと足を進める。

 中では加山と長濱が待っている。

 警察の闇を暴くために、覚は妖力を昂らせた。



───────────



 長濱と加山はエントランスで二人を待っていた。

 ベンチに座り、覚の到着を今か今かと待ち侘びていたようである。

 覚とその横にいる鴉が自動ドアから入ってくるのを目にした加山は、長濱に声をかけて立ち上がり、共に二人の元へと歩み寄ってきた。


「ありがとう、覚。来てくれて」


「構わん。アンタには助けてもらった借りがあるからな、加山さん」


 覚は加山に手を上げて「気にするな」とジェスチャーを行う。


「加山、この男が……?」


「ええ。この人……いえ、妖怪ですね。彼こそ、心を読むことができる妖怪の覚です」


「よろしくお願いします、長濱修(ながはまおさむ)さん。()()()()()()会談は任せてください」


「っ……!? 俺や警視の名前を……。本当に、心が読めるのか……」


 覚はニヤニヤしながら長濱へ握手を求めた。

 身長180cmを超える長濱を、妖怪らしいニヒルな笑みと共に見上げる覚。

 そんな彼の様子が不気味に思え、ぶるりと身震いする長濱だったが何とか握手は交わすことができた。


「それで、どこまで準備ができているんです?」


「ああ、警視には既に客が来ることは伝えてある。約束の時間までもう五分程度だ」


「ほう。結構時間ギリギリだったようだ。危なかったな、鴉」


「フン」


 時間ぴったりにこだわるきらいがある鴉だが、ここでもそのこだわりが出てしまったようだ。


「行こうか。警視の部屋まで案内する」


 長濱を前にして、四人は歩を進める。

 うち一名は覚と加山にしか見えず、うち一名は完全なる部外者。

 しかし加山と長濱が連れていることで、目を惹きこそすれど呼び止めて阻もうとしてくる者はいなかった。


 エレベーターを使い、ものの十数秒で目的地のある九階に到着する。

 重要な管理職の集まるフロアなだけあり、エレベーターを出てからの空気は静かでやや重い。

 加山も少しだけ緊張しているのか、体が強張っていた。


「……着いたぞ。ここだ」


 エレベーターを降りてすぐの廊下の突き当たり。

 そこまで歩いていくと、扉の前で長濱が小さな声で言った。


「警視は中にいるんですね?」


「ああ。さっきも言ったが、一応客が来ること自体は既に伝えてある。覚さん、よろしく頼む」


「鴉、中に妖怪の気配ってあったりしないかしら? 念の為聞いときたいんだけど……」


「妖力は感じられない。よっぽど隠すのが上手い妖怪でなければいないだろう」


 鴉は覚に目をやる。

 それに気づいた覚も、鴉の言ったことに同意するように頷いた。

 四人全員、入る用意はできた。

 そう判断した長濱は「では入るぞ」と合図をし、両開きの扉をノックする。


『入りなさい』


「失礼します」


 扉の奥から男の声が聞こえてきた。

 了承を得られた長濱が扉を開けば、四人の目の前にまさに偉い管理職の部屋、といった具合の広い部屋が。

 扉の正面、その奥にはデスクがあり、窓ガラスからの逆光を受けながら小太りの中年の男が座っている。

 部屋の左手側には二つのソファとそれを挟むように置かれたテーブルと、壁側には本棚に詰め込まれた大量の本やファイルが目に入る。

 右手側には観葉植物やガラス張りの棚、壁には大きな額縁に入った「真実無妄」という揮毫(きごう)が飾られていた。


「長濱くんに、加山くん……そして、そちらの男性が私に用があるという方かな」


「はい。さと……里山雅人(さとやままさと)さんです。ジャーナリストだとのことで」


「ジャーナリスト……?」


 長濱が咄嗟に覚を偽名で紹介する。

 しかし、ジャーナリストという点で警視は訝しむ。

 今回警視は長濱から客が来るということしか伝えていなかったが、蓋を開けてみればそれは記者だったのだ。

 つまり正規の手続きを行わずに取材に来たという設定になる。


「忙しい中お時間を取っていただき、誠に申し訳ありません。ご協力感謝いたします。私、ネットニュースの記事を執筆しております里中です」


 覚はペコリと礼をする。

 流石に名刺までは用意できていなかった。


「あーー……それで、里山さんでしたね。長濱くんもだが……本当に困りますね。色々と事情を隠してやって来られては。記者の方には、エントランスの受付やホームページから取材の手続きをしていただきたいと案内をしているはず。例外は認められない。申し訳ないのですが、本日はお帰りください」


 警視──高橋渉(たかはしわたる)は閉じていたノートパソコンを再び開き、中断していた作業を再開しようとする。

 しかし、覚は退かなかった。


「本当に申し訳ない。しかし、ほんの少しだけ質問に答えていただければよいのです。お時間は五分もいただきません」


「そう言って一時間、二時間と粘るのが貴方たちだ。ジャーナリスト魂と言うのですかな。見上げたものです。私は考えを変えるつもりはありません……」


「受付を通さなかったのにはワケがあるんです。ぜひ教えていただきたい。五日前の、西神宿建物三十棟破壊テロの件について」


 覚の言葉を聞き、高橋はピクリと眉が動かす。

 開いたノートパソコンを再びパタリと閉じ、覚と長濱をジロリと睨みつける。


「何でも、警察の死傷者は70人にも上るのだとか。テロは警察が到着するより前に起こり、多くの建物が倒壊した後に警察が来たとのことですが……それならどうして警察に死傷者が出たのでしょう?」


「その場に留まっていたテロ組織の構成員との戦闘の結果だ。悲惨な犠牲だったと感じています」


「それは聞いていた話と違いますね。長濱さんからは、集団ヒステリーによる相互殺傷の結果だと聞いています」


「長濱くん……これは情報漏洩だぞ。捜査や事件のデータを記者に横流しにしていたのかッ!」


「っ……!」


 高橋はデスクを拳で叩き、長濱を叱責する。

 だが長濱も負けはしない。

 これは確かに、明確な規約違反である。

 普通なら停職、いや賠償やクビだってあり得る。

 上官の言葉に何とか耐え、彼は覚の言葉を待つ。


「うーーん? 自身の部下に嘘をついていたということでよろしいですか? お二人の間で齟齬(そご)が生じるのはおかしいですね」


「……事件の詳細については機密事項です。事実を簡単に外部へ漏らさないよう歪曲した情報を流布することもあります」


「……なるほど……。納得しました」


「「えっ…………!?」」


 覚は何とそれ以上の追及をやめてしまう。

 長濱と加山は思わず驚きの声を上げた。


「それなら良かった。では、里山さんには早いところお帰りいただいて……。長濱くんと加山くんは、ここに残りなさい。わかったね?」


「くっ……!」


「…………!?」

(覚……どういうつもりなの!? 心を読んだんじゃないの? あなたがここでやめたら、何の意味も無いじゃない!!)


「覚……」


 覚はまたペコリと高橋に礼をすると、長濱、加山、鴉の三人の間を通り抜けて部屋の出口へ歩いていく。

 高橋は目の前にいる二人の警官に対し、怒りに燃えた目を向けている。

 二人の処分は確実である。

 長濱はともかく、加山も協力していたものと高橋は判断したのだ。


「では……」


 覚は扉の前で立ち止まり、取っ手に手を掛ける。

 その状態で振り返り、後ろの四人に向けていった。


 

「玉藻草司によろしくお伝えください。今回の事件、隠すのが大変だったでしょう。八千万ではなく、もっと欲しいと我儘を言ってみてはいかがでしょうか」



「「「なっ……!?」」」


「なぜ……そのことを!?」


 覚がそう口にした瞬間、警官三人は驚愕する。

 誰より驚いたのは、警視その人であった。

 「どうして知っている」と口にしてしまったことで、加山と長濱はバッと高橋の方へ振り向く。


「警視……まさか本当に!!」


「やはり……わかっていたんだなっ!? この事件をっ、隠そうとしていたんだなッ!! 高橋ィィ!!」


「うおおああっ!?」


 長濱は怒りに身を任せ、デスクに身を乗り出し高橋の胸ぐらを両手で掴み掛かる。

 寝不足の状態もあり正常な判断ができないのもあるが、殺されていった同僚たちの無念を更に踏み躙られた。

 その怒りが最も強かった。


「落ち着けっ、落ち着いてくれッ長濱!」


「落ち着くかぁッ!」


「まっ、さっき言った通りだ。加山さん。彼は玉藻から八千万貰って、この件を隠していた。娘さんが大学に入る時期らしいんだが……多分これは()()ってやつだな」


「裏口入学までさせようとしてたの……?」


「今回だけじゃないぞ。病院火災の時も同じぐらいの額貰っているな。しかも、貰っているのは彼だけじゃない。警察の上層部のほとんどが、同じ状況だ」


 覚は再び加山の隣までやって来ると、高橋を妖力の込められた目で見つめ続けて次々と暴露していく。

 加山も引き気味であった。


「おっ、お前……! 何者だ……!? どうしてっ、そのことを知って……!!」


「ん? ああ、俺のことかね?」


 覚はとぼけたように高橋に訊き返す。

 そしてニヤァと口角を上げると、高橋に言い放った。


「俺は覚。心を読むことができる。人間の本音、本心を全て把握することができる……"妖怪"だ」


 妖怪というワードを聞き、高橋の血の気が引いていく。

 覚の前に隠し事は通用しない。

 だが、暴いた後でどうするかもまた問題である。



 そして、鴉の服の中のスマホには一件のメールが入っていた。



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