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暁の黄泉鴉  作者: マサイのゴリラ
東饗編
2/29

1.東饗という都

 時は2040年。

 50年以上前に起きた、あの弾けるような好景気を迎えた日本は、その勢いを増して世界トップの経済国となった。

 アメリカ、欧州、中国、インド、石油輸出国……。それら全てを跪かせて。



「よお、姉ちゃあァン。どう? オレらと一緒に遊ばない? 酒代もつよ?」

「朝までパァ〜〜っとやろうよォん」


「え〜〜。どうするどうする?」

「いいじゃンよぉ。ケッコーイケてる顔してるしぃ〜〜」



 疑問に思った者もいる。爆発的なものとはいえ、ただの好景気で世界の中心に最も近かった国々を追い抜かすことなどあるのだろうか。

 その疑問を解決できた者はほとんどいない。

 今の日本は世界の中心。否、()()()()だった。



「そっちの娘はどーよぉ? 一緒に来いよォ」


「えっ……いや、私はもう門限だし」


「いいじゃんか〜〜。堅っ苦しい親御さんだねえ。でももう二十歳(ハタチ)ぐらいっしょ? 子どもじゃねンだからさ」


 

 北米は焼け野原。オーストラリアは海の底。

 欧州の街はもぬけの殻。大陸は更地に変えられた。

 そしてその事実を知る日本人は少ない。ラジオやテレビ、新聞は日本の外について報じないのだ。

 連日連夜、取り上げられるのは芸能人の番組や歌謡ショウ。国内で起きた事件については、もはや取り上げても埒が明かない。



「ほらァ……これ。()()あるよ。いいじゃん、来いよ。オラ。今の日本はさ、金が全てなのよ。わかる? 俺、あの毛利商事のお偉いさんのコ・ド・モ。ついて来る方がイイと思うけどな〜〜」


「そ、それでも迷惑! 私、カレいるし」


「ああん? ハッ、どーせ貧乏彼氏だろ? カバンも大したモンじゃねぇし服も……。あんま良いの買ってくれないんだ? ケチだねぇ」


「ああ、もううるさっ! 明美、一香、私もう帰るから」


「えっ、洋子ほんとに帰んの?」


「もちっとアタシたちと遊んでこーよ、ねぇ」



 金が全ての社会。それに間違いはない。

 日本が何故こうなったのか。それは金を持つ者たちによる策略……。政府も司法も、金の力で屈服させた者たちの謀。

 『四大財閥』。それが今の日本の支配者たちだ。



「逃さねーよっ」


「きゃあっ!? はっ、離してッ」


「よく見たらさぁーー、君三人の中でいちばん可愛いじゃん? ねぇ、一緒に来てくれよ。金はたくさんあるし、俺、彼氏クンよりも色々と自身あるんだけどな〜〜」


「知らんし! クソっ、マジ離せっ!」


「ははっ、活きが良いな。オトした時が楽しみだわ。ヨっちん、たくさんクスリ用意しとけよ」

 

「あいよ。へへへ……」


 男三人と女三人。ネオンの輝く夜の街で出会ったしまえば、起こることは一つだけ。

 リーダー格の男の趣味でもある。

 見た目は良い。金もある。

 まるでこの時代に選ばれ、産まれてくることが約束されていたかのような順風満帆な人生。

 好き勝手振る舞っても、金で誰も彼もを黙らせられる。

 今夜のディナーは確保した。ホテルに行って、一晩目の前の女をドロドロにするのが楽しみだ。男は笑みが止まらなかった。



 ボタッ──



「あ?」


 突如、男の右肩に何か水滴が落ちてきた感覚が走る。

 雨か? と一瞬考えるが、それにしては感じ取れた水滴一つ分の大きさが全然違う。大き過ぎる。

 男は自分の肩峰に目をやる。

 白いスーツだとよく目立つ。水滴が落ちた箇所は青と緑の混ざったようにケミカルで毒々しく変色していた。


「なっ、なん──」



 ボトッ!



「あぐッ!?」


「み、ミッチん!?」


 何が落ちてきたんだと、男が空を仰いだ瞬間。

 あの毒々しい液体の塊が、今度は男の顔面に落下してきた。


「ぎゃあああっ!? あががっ、ああァアアアア〜〜〜〜ッッ!!?」


「ミッチん!? おい、大丈夫かよッ!」


「ァアア熱いッ!! 熱ィイィイ死ぬゥゥゥゥゥウウッ!! しっ、じぬッ!! がオォォがぁとっ、とげッ……!! ぐあッ、ギィィッ」


「「「キャアァァーーーーッ!!!」」」


 液体はドロリドロリと男の顔全体を呑み込むように垂れていく。

 肉が焼けるような音と臭いを発しながら、男はもがき苦しむ。

 だが周りの女や取り巻きは彼をどうすることもできず、ただ黙って見ている他なかった。

 やがて声も発さなくなった男は、ガクガクと膝を振るわせて地面に倒れるのだった。




 時間帯は真夜中。

 ネオンの光で昼のように、いや、昼時以上に明るい街は、闇の世界である黄泉からやって来た鴉にとって居心地が悪かった。

 テナントも入らず、廃墟となった四階建ての建物の屋上にて、鴉は遠い空に羽ばたいていく鳥を見つめている。


「……黄泉の香り」


 真っ黒い軍帽と軍服、コートに身を包んだ男は呟く。黄泉の香りは、あの鳥の方角から漂っている。

 探していたのはアレだ。

 黄泉の国から逃げ出した、既に亡き者である妖怪。

 鴉はビルから飛び降りると、鳥の妖怪を追って駆け出した。



───────────



「はーー。こりゃひでぇな」


 人目につかない路地裏で、男が呟く。

 頭が溶け、肩あたりの骨が丸見えになっているという凄惨な死体を見下ろしながら。

 しかもそれは一つだけではない。

 男の死体が二つ、女の死体が一つ。

 交番に駆け込んできた男女三人の通報を受けて、来てみればこんな()()()が散らかっていた。

 ベテランの刑事でも、流石に驚きを隠せなかった。


「なんだっけ。空から何か降ってきたかと思ったら、それに当たった奴らが溶けて死んだ……んだっけ?」


「ええ、そういうことだそうで」


「溶かしたブツの正体は?」


「強力な酸性の薬品であることはわかりました。しかし、更に詳しい特定までは……」


「んなもんシロートでもわかるわ……」


 死亡してからの経過時間は三時間。

 警察署の近い歓楽街での事件ということもあり、刑事と鑑識の到着も早く、さっそく事件現場の検証が行われていた。

 しかし始めたばかりということもあり、現場に居合わせた六人中三人が死亡し、争った形跡なども無いことから進展はほとんどなかった。


「交番に来た三人とホトケの三人。それ以外はこの路地に近づいてないことは監視カメラの映像でわかってる。だが……」


「この場所自体はカメラに映らないこと……ですか」


「察するにナンパ中だったんだろーな。男女の人数然り、場所もそうだ。この男の財布の中身もパンパンだった。多少強引な手を使ってもバレづらいよう、ここに引っ張ってきたのかもな」


「しかし、そうなるとホシは?」


「あの三人の中にいるに決まってんだろ。もしくは、三人全員か。この男、毛利商事の上層部の関係者らしい。金のトラブルかもしれないな」


「へぇ、あの毛利商事の……」


 刑事と鑑識の一人がそんな風に喋っている中、別の刑事が死体の近くである物を発見した。

 手袋をして摘み上げたそれは、黒い鳥の羽。


「……ん? おい、加山! 勝手にいろいろ触ってんじゃねえ! 現場を荒らすなとどんだけ言やわかるんだっ」


長濱(ながはま)刑事」


「あ?」


「犯人の目星がつきました」


 加山と呼ばれた女性は、摘み上げた羽を男性刑事、長濱の目の前に突き出して言った。

 長濱と先程まで喋っていた鑑識は、加山の言葉を聞いて頭に疑問符を浮かべる。長濱はというと、「また始まったよ……」と頭に手をやった。


「……一応聞いてやるよ。誰なんだ?」


()()()()()()の仕業です」


「「…………」」


 加山の答えを聞いた二人は顔を見合わせ、沈黙。

 共に行動することの多い長濱からすれば、加山のこうした発言はむしろ平常運転だ。だが、それはそれとして当然のことながら彼女には辟易していた。


「人を一瞬で溶解させ殺すこと……。薬品を使うにせよ、人間でも困難です。あの三人や、周囲を調べてもそうした薬品を所持していた形跡はありませんでした」


「そうだな。持ってはいなかった。処分した可能性は高いがな」


「交番に来た三人がグルで薬品を用いて殺害したとしましょう。しかし彼ら六人が争った形跡もありません。被害者のうち二人は男性ですが……抵抗も許さずに殺せるものでしょうか」


「さあな! それを今検証してんだろうが!」


 長濱は加山にイラつき、怒鳴る。

 しかしそんな彼を意に介さず、加山は羽と、建物に挟まれた夜空を見上げて口にする。


「あの三人は言っていました。空から液体が降ってきて、それが彼らを溶かし殺したと。この羽の持ち主こそ、その犯人だと考えます」


 加山の直感はそう言っていた。

 この黒い羽も、自分たちの知る生き物のものではない。自分たちの想像を超える何かが、この『東饗(とうきょう)』にいる。その痕跡に違いないと、加山は信じて疑わなかった。


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