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暁の黄泉鴉  作者: マサイのゴリラ
東饗──『偽りの太陽』編
17/50

16.胡鳥の夢

 始まりは、欲望と思い上がりだった。

 およそ100年前の大戦。

 鴉の脳裏に映っていたのは、その戦火だった。


 世界を巻き込む、歴史上最も大きな戦争。

 男たちは皆兵士となり、女も構わず働かされた。

 童さえも、武器を手に握らされた。

 勝てるわけがないと口にしたならば、兵となることを拒んだならば、彼らは全員()()()()()と烙印を押される。

 それはまさしく生者の地獄だった。


(……誰だ)


 次に目の前に現れたのは、一人の女性だった。

 真っ白な空間に、鴉と二人きりだ。

 彼女の顔は墨で塗りつぶされたかのように隠されている。

 だが、かろうじて口元だけは見えた。笑っていた。

 頭には布を被り、額に結び目を持ってきている。

 麻でできた地味な色の和装をしているが、畑仕事でもしたのか手や腰にしている前掛けは茶色く汚れていた。


(……なんで笑ってる? 俺に?)


 声は無い。

 だが女性は確かに、鴉に優しく笑いかけていた。

 まるで彼女は彼を知っているよう。

 鴉は彼女を知らない。いや、覚えていない。


 その直後、女性の体から血が噴き出す。

 至るところからだ。特に、背中からは一度噴水のように鮮血が噴き上がった。

 鴉は目を丸くしてその光景を見ているばかり。

 体が動かない。強制的に見せられている。


(やめろ──!)


 咄嗟に叫ぶが、何にも届かない。

 白い空間は燃え盛る夜の戦地に変わり、女性は土の上に倒れてしまう。

 辺りを見渡せば、無数の死体が焦げた草木と共に散らばっていた。

 

 そして、鴉は気づく。自分の服装の変化に。

 いつもの黒コートと黒い軍帽は無くなっていた。

 周りの死体と同じく、緑色の軍服と軍帽を身に着けている。


(……あれは……)


 女性の体が、崩れる砂像のようにして消えていく。

 視線を上げれば、女性の倒れていた場所から3メートルほど前に一人の兵士が膝を突いていた。

 血まみれで、天を仰いで慟哭している。


(そうだ、あれは…………)


 鴉はここでようやく全てを察した。

 これは、自分の過去の光景だ。

 

(あれは……俺だ)


 自力で思い出せることはほとんど無い。

 だが、確かに思い出せることもある。

 目の前の兵士は、過去の自分だ。

 何があったかは思い出せない。だが、どうしようもないほどに、絶望に打ちのめされていたのはわかる。


 兵士の視線の先へ、鴉は背後へ振り返る。

 東の空。夜が明ける、その瞬間の光景だった。



「『絶望を明かす』」



 鴉と兵士の声が被る。

 これが鴉の始まりだ。兵士が憎んだ世界への呪いは、誓いとなって。

 "黒い太陽"が彼に微笑んだ。



───────────



「ん?」


 モニターを見ていた玉藻が違和感を抱く。

 祢々の視界に異常があったわけではない。

 祢々はずっと目下のガレキの海を見渡しており、周囲にコンクリートの粉塵を巻き上げている。

 問題はモニターではなく、彼の()()()()にあった。


(今の感覚……妖力か? ほんの一瞬だけ、とてつもない何かの気配を感じた……。瑞子と茨木童子は気づいていないらしいが。異質な何かが……)


 瑞子と茨木童子のワイプに目をやるが、何かあったような様子は無い。

 モニターの映像の主である、祢々にもだ。

 

(……この東饗に、私以外の"大妖魔(だいようま)"が……?)



───────────



「おい、どうなってんだこりゃあ……!?」


 目の前に広がる光景を目にして、感嘆の声を漏らす男が一人。

 大規模な爆発があったかのように何十軒もの建物がガレキと化したその一帯には、消防車やパトカーが何台も集まってきていた。

 

「長濱刑事! 火や黒煙は一切見当たりません。しかし道路に走った亀裂などから、爆発事故というよりは局所的な強い地震が起きたかのような……」


「今は原因なんてどうでもいい! 二次被害に注意しつつ負傷者優先で対処しろ。負傷者が先だ! 散れェッ!」


「「「はい!」」」


 長濱の鶴の一声で、数十人という警察官は散り散りになって人々の救助にあたる。

 消防に原因究明や分析を任せ、二次的な被害が起こらないよう対策を練ってもらう。

 プロにはプロの仕事をやらせ、自分たちはその手足となって動く。

 長濱のやり方は、あの病院火災の時から変わらない。


「何がどうなってんだ最近! 病院といい、神宿(しんじゅく)は今呪われてんのか!?」


 長濱はコンクリートの塊を蹴飛ばす。

 あの病院火災、理事長である玉藻は何者かによる爆発テロと結論づけていた。

 しかし現場ではそのような痕跡は見つからず、警察、消防、誰もが首を傾げていたのだ。

 そして上層部から、あの一件は爆発テロとして処理すると片付けられてしまった。


(クソっ……。今となっちゃあ、加山の言うことも馬鹿にできなくなってきた。俺だってあり得ねえって思ったが……だが……!)


 生き残った看護師たちの証言だ。

 ICUに現れた医師が、なんと猿の化け物に変身した。そしてそいつがいた部屋から、爆発が起きたのだと……。


 極限状態の中で幻覚を見たと言う者もいるが、それなら時系列がおかしい。

 爆発が起きた後の話ならそれは通る。だが、猿の化け物が出たというのは爆発の前のことだ。

 長濱の中でこれが引っかかっていた。


 優秀なはずの加山という婦警が、信じて疑わない妖怪の存在。

 それが長濱の頭の中でチラつく。


「……あいつがいたら……いや、待てよ。こういう面倒な状況にあいつを野放しにするのも気が引ける……」




 ガレキをどかして道を拓いたり、負傷者に肩を貸して歩く警官たち。

 きちんと全員が白いヘルメットを被り、救急キットを持って負傷者に応急処置を行うことも忘れない。

 そんな中、二人の警官があるものを見つける。


「お、おい……何だ、これ……」


「気持ち悪いな……。虫の脚か? デカすぎる」


 一人がガレキの中で見つけた、巨大な節足。

 カブトムシの脚が人間の片脚並みに巨大化したかのようなそれであり、その付け根側にある切断面からは黄土色の液体が垂れている。

 人工物というにはあまりに生々しく、確かに先程まで何かの生物の一部として機能していたと思わされる。


「……デカいゴキブリだったりしてな。ほら、この辺飲食店多かったしよ。繁華街のネズミみたいにブクブク太ってても違和感ないだろ?」


「やめろ馬鹿! 何でもいいからさっさと捨てろよ、バッチぃな。ほら、この辺のコンクリートどかすぞ」


 二人は脚を近くに放ると、道を塞ぐガレキをどかし始める。

 ガレキは膝下ぐらいの高さで、頑張れば跨げる程度だが、足を怪我した人間ではそれは難しい。

 早くどかして通路を確保しなくては。

 だが、その近くでそれを行うのは避けるべきだった。


『ねぇぇーーっ、ねーーっ』


「ん? なん──」



 シュパァァァァン!



「う、うあああああッ!!? 田辺ぇーーっ!!」


 突如頭上から不気味な声が響いたと思ったら、相方の首が宙へ吹き飛ぶ。

 切断面は完璧に平ら。

 そしてそこから噴水のように血が噴き出し、彼の顔を真っ赤に染め上げる。


「なっ、何だコイツッ!?」


『ねぇぇえあああ?』


 警官は腰を抜かし、後ろ手を突いた状態で後退(あとずさ)る。

 目の前に突如現れた、人面の巨大な蝿のような化け物。

 それが羽ばたく音は落ち葉を吹き飛ばすブロワーのようにうるさく、そして蟲の羽音らしく忌避感を掻き立てる。

 祢々は鎌状の前脚を器用に使い、斬り飛ばした頭を拾い上げた。


 警察がやって来たと知った祢々(ねね)は、一度その身をガレキの山の中に隠して様子を窺っていたのだ。

 そして彼らが非力な人間の集まりとわかると、再び姿を現した。



 妖怪でも朝から活動していると流石に腹が減るらしい。

 祢々は拾った頭を空中に放り投げると、その裂けた口でキャッチし、バリバリバキバキと音を立てながら食べ始める。

 目の前の怯える人間に見せつけるように。

 

「ヒッ、ヒィィィィィィッ!! た、助け」


『ねぇぇねぇぇねえええエエッ!!』


「ぎゅばッ」


 遅れて悲鳴を上げる警官。

 頭の最後の一片まで呑み込んだ祢々は、彼を頭から縦に真っ二つに切り裂いてしまう。

 左右に体が開いて倒れ、血の池が出来上がる。

 祢々は地面に降り立つと、広がった血液を青紫色の舌で舐め取り始める。無論、死体にも(かじ)りつく。


 遠くから人間の声が聞こえてきた。

 祢々が顔を上げればその先には、今の悲鳴を聞いてこちらに注意を向けている人間たちの姿が。

 それを見た妖蟲は口角を上げ、妖力を昂らせる。

 悪夢の始まりだ。

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