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暁の黄泉鴉  作者: マサイのゴリラ
東饗──『偽りの太陽』編
16/50

15.『鳴く妖蟲』

『ねぇーーっ、ねぇーっ』


「…………」


 明らかに人間のものではない口元と声色だが、確かに「ネーネー」と鳴いている。

 妖蟲、祢々(ねね)はその鳴き声から名前を付けられたのだ。

 祢々切丸(ねねきりまる)という大太刀が存在するが、祢々はそれにまつわる妖怪。

 一人でに動き出したその刀が、山や川を飛び越え続けやがて祢々を討伐したという。



 鎌状の前脚を擦り合わせながら、歪で醜悪な口元をニヤケさせて鴉をじっと見つめている。

 一応人面であるが、そこはやはり蟲。

 鴉からして思考を読むのが難しい。

 だが、それが珍しい相手というわけではなかった。

 妖怪にも多く、知性なき獣のようなものたちは存在している。


『ねッ、ギギギギッ!』


「!」


 祢々は構える鴉に正面切って飛びかかる。

 二つの鎌を広げ、挟み切るつもりだ。

 しかし、簡単に捕まる鴉ではない。


「ふッ──」


 素早く身をかがめ、その頭上を祢々が通過する。

 蟲の妖怪の倒し方は知っている。硬い甲殻に覆われている──すなわち昆虫の類の──妖怪は、馬鹿正直に頭や背中を叩っ斬ろうとしても無意味だ。

 柔らかい腹、あるいは関節を狙う。

 祢々の下に来た鴉からは、現在狙い放題だ。


「しぃやッ!」


『ねッ!?』


 鋒を上に向け、刀で祢々を突き上げようとする鴉。

 狙いは柔らかそうな腹……だったが、それに反応できた祢々は体の向きを高速で90度回転させる。

 狙いが外れ、祢々の脚の一本だけが刀の餌食となって千切れ飛んだ。

 本体は無傷だ。

 

 そして鎌の刃ではない側で薙ぎ払い、それが鴉の横顔にヒット。

 大したダメージも衝撃もなかったが、一瞬彼はよろめいてしまう。だがこれは十分な隙となった。


『ねェェギャァァッ!!』


「ぐっ!?」



 ガギィィンッ!



「あ、危な──」


『ねぇぇぇええっ!』


「うぐあっ!」


 祢々は鎌を薙ぎ払った勢いを殺さず、体をぐるっと一回転させる。

 そしてそのまま、もう片方の鎌で鴉を頭から縦に真っ二つにせんと振り下ろした。


 鴉はなんとかその一撃だけは刀で防いだものの、防御姿勢は完璧ではなかった。

 刀を横に構えて、上からの斬撃を防いでいる。

 つまり今のままでは、下からの攻撃には無防備ということ。


 祢々は自身の腹の先端もとい尻を振り抜き、サマーソルトよろしく鴉の顎を打ち上げたのだ。

 

(こ、こいつ……知性の無いタイプの妖怪だと思ってたが、存外考えてやがるッ……! 武器として変形してる前脚以外を、まさか攻撃に使うとは)


 バク転し祢々から距離を取り、再び刀を構える。


 鴉としてはやりづらい相手だった。

 彼の経験則から言えば、形が人に近い妖怪や人語を扱う妖怪というのは基本的に頭が良く、戦い方も多様なものとなる。

 例えば武器を使ったり、手を使う以外にも本来戦いのために発達していない器官で頭突きや蹴りを放つ等。そんな例は多い。


 だが、明らかに姿が人外かつ言葉を話さない妖怪は獣と同じ。

 狩りや戦いのための器官や能力だけを使う。

 この祢々は、それに当てはまらないのだ。


「……脚は一本もらった。俺は正直お前をナメてたが、それはお前も同じらしいな。さっきの面はどうした?」


 祢々が言葉を理解できるかはわからない。

 鴉は挑発するかのように言葉を投げかける。


『ギギギ……! ねェェェねェェェ……!』


「ずいぶん余裕の無い顔だな。もっと楽に狩れると思って()()()()()()()()?」


 祢々は目を血走らせ、ギリギリと歪な乱杭歯(らんぐいば)を軋ませる。

 先程までの笑みは消え、脚を斬られた怒りを顔に滲ませていた。

 鴉にとっては助かりもする。

 祢々にとって、何が怒りの起点なのか。どんなダメージなら通用するのか。それが一度にわかったのだから。


(だがそれはそれとして、こいつの攻撃はさらに増す……。間違いない。怒りは力を生む。パワーこそ大したことはないが、気をつけるべきはスピードだ)


 最初にくらった祢々の不意打ち。

 あの時妖力は近くに感じなかったが、一瞬で距離を詰めてきた。

 あれが本来のスピードと思えば、先程の攻防の比ではない。さらに過激な攻撃を浴びせてくるに違いない。

 鴉は警戒を強めた。


『ねェェェェェッ……!!』


「っ……!?」


 祢々は低く唸り始める。

 それと同時に、彼の発する妖力がボコンっと膨れ上がるように増大。

 さらには彼らが屋上で戦っている、その建物……いや、周囲の大地が揺れ始めた。



───────────



「今回の祢々はずいぶん短気だねぇ。久々に傷つけられたからか」


 真っ暗で広い部屋の中、巨大なモニターを眺めながら玉藻が呟く。

 今回の戦いもまた、玉藻が魃や姑獲鳥を鴉にぶつけた時のように彼の遊びと試行の一環であった。

 

『脚斬られるのは重傷じゃねぇのか? まァ、祢々のやつも鴉のことをなめ腐ってたのが悪いがな』


 別の場所で玉藻と同じ光景を観ている者がいる。

 瑞子(みずこ)と茨木童子だ。今回は月兎はいない。

 モニターに映る映像は祢々の視界を玉藻の力によって共有しているものであり、それを三名で同時視聴していたのだ。


 モニターの中にはワイプのようにもう二つの画面があり、それぞれに瑞子と茨木童子が映っている。

 右目から首にかけて大きく抉れたような傷跡のある男、瑞子が玉藻に尋ねた。


『しかし次送るのが祢々で良かったのか? あいつ、()()()()だろ? これでもう鴉のこと殺すだろ』


「おや、君はてっきり嬉しく思ってるものかと……。鴉に魃をやられた借りがあるじゃないか。忘れたのか? 浮かばれないねぇ」


『だからそれはテメェがやったことだろうが!!』


 ダン! とテーブルを拳で叩く音が鳴り響く。

 近くに置いていたコップはその衝撃で小さく跳ね、中に入っていた水が宙へ飛び出してしまう。

 しかしそれらがテーブルの上に溢れることはなく、フワフワと滞空していた。


『俺んとこの(あやかし)を軒並み洗脳してして持ち帰りやがって……!」


 瑞子は怒りで声を震わせ、怨嗟を吐く。

 洗脳は玉藻の能力の一部だ。尤もそれほど特別なものではなく、相手の妖力と魂に干渉して手駒にする程度。


 玉藻でなくとも、彼と同程度の妖力を持っていれば後は技術だけの問題となる。

 しかし、玉藻の妖力はそもそも桁外れの領域にある。四大財閥の中では頭三つほど飛び抜けたトップだ。


「ふふ……皆、君に対する忠誠が足りなかったようだね」


『だからテメェが無理やり……』



「この世は()()()()()が支配できる。(いただき)に立てるのは、誰よりも抜きん出た強者だけだ。君の配下の忠誠が足りなかったというのは、すなわち、君の実力不足に他ならないのでは? 口でしかどうこう言えない弱者ほど、見苦しいものはないね」



『っ……!! チィッ!』


「ははっ、冗談だってばさぁ。私が無理やり連れてっただけだし、君は厄介だよ。ある意味、この東饗を一番牛耳れてるわけだから」


 玉藻はわざとらしくおどけて言うが、その目は一切笑ってはいなかった。

 言い返せなくなった瑞子は通信の切断ボタンに一瞬手を伸ばすが、ギリギリでプライドが制止し、引っ込めることに成功した。


 玉藻と瑞子がそうしている間、ずっと無言を貫いていたのが茨木童子だ。

 彼は昨晩鴉と手を組んだ後で、すぐに祢々を鴉に送るという話を玉藻から受けた。

 元々捕まえた鴉を玉藻に渡すというつもり(鴉との取引が決裂した際の口封じのために)だったが、ならばすぐに鴉を見つけてやると、祢々の話が出てきたのだ。


(……正直肝は冷やした。この状況、玉藻は全てを知った上で祢々を送ったとも取れる。今まで、祢々(あいつ)は玉藻の興味が失せた鴉を始末することしかしていなかったからな……)


 茨木童子はデスクにパソコンを開き、それで映像を観ていた。

 自分を映すカメラにそれが映らないよう注意しながら、デスクの下でスマホの画面を操作する。

 打ち込んでいたのは命令。

 宛先の欄には鬼童丸の名前があった。

 彼は鬼童丸に何かを頼むつもりだ。


「……おや、茨木童子は何をしているんだ? なんか左手がモゾモゾ動いてるように見えるけど」


『……わかるだろ。夏場は()()()んだ。通気性の良いズボンか下着があったら教えてくれ』


「あぁ、なるほどね。でもそれなら、もっとわからないように()()べきだろうさ? 鬼ってのは品が無いねぇ。蛮族だからか」


 サラッと鬼を愚弄する玉藻だが、茨木童子は一切意に介してはいなかった。

 鬼童丸に送るメッセージを打ち終わり、指令を飛ばす。

 

(祢々は厄介だ……俺たちが知る玉藻の手駒の中でも特に……。生き延びることは当然だが、逃すようなこともするなよ、鴉。奴は必ず殺せ)



───────────



『ねェェェェェアァァァアアッ!!』


「な、何だ……!? この揺れは!?」


 祢々の妖力は高まり続ける。

 それに伴い、建物の揺れも更に増す。

 立っていられないわけではないが、腰を落として軸がブレないようにしていた鴉も、つい体勢を崩してしまいそうなほどだった。


「くっ……! 何かわからないが……やられる前に首をッ!」


 祢々は滞空しながらひたすら声を上げているばかり。

 妖力の高まりと揺れに驚いていた鴉だったが、祢々が動かないというのなら今は絶好の機会だ。

 鴉は揺れに膝を突きながらも、一瞬で足を踏み締め直し、そして祢々に飛びかかろうとする。


 しかし次の瞬間。




『ア゛ァ゛ァ゛ァア゛ア゛ァ゛アァァァッ!!!』




 ビギビギビギビギィィッ!!



「うあっ!?」

(足場が、崩れっ──!?)


『ネェ゛エエエエエアアァァァアァッ!!』


「なッ……!?」


 頭が潰れるかと思うほどの声量で祢々が絶叫したかと思えば、建物に亀裂が入り始め屋上が崩壊。

 足場を失って落下する鴉が目撃したのは崩落していく建物。そしてそのガレキの間に見えた、周囲の建物も同じようにして崩れていく様だった。

 

 それだけではない。

 巻き上がったコンクリートの粉塵が渦を巻き、祢々の周りに無数の槍のようになって固まっていく。

 そしてそれらは高速で射出され、鴉を貫かんと上から降ってくる。


「まずッ……!!」

(空中じゃ避けられな──)



 ドスドスドズゥゥッ!



「ッ……!! がッ……」


 コンクリートの槍は鴉の体に打ち込まれ、更には落下するスピードを加速させる。

 何とか頭や胸に刺さらないようには避けられたが、腕や肩、脇腹には杭のように打ち込まれている。

 鴉はガレキの海に真っ逆さまに落ちていった。


『ねぇェェエぇえええ……!!』


 祢々を中心に半径100メートルほどの辺りにかけて。一帯はガレキだけが存在していた。

 十階を超えるような建物はほとんどなかったものの、それでも三階建て以上の高さである構造物しか無かった場所だ。

 上空から見れば、祢々の力の及んだ範囲と被害は丸わかりである。


 祢々は再び妖力を昂らせる。

 周囲の大きなガレキは粉々になり、祢々の近くで集まり、渦巻き、波打っている。

 これが祢々の本来の能力だ。

 岩や砂、大地にまつわるものを自在に操ることができる。

 現代では、アスファルトやコンクリートでさえもその対象になっていた。


「……うっ……ぐッ、くそ……」


 ガレキに埋もれた鴉は力無く呟く。

 遠くから、消防車のサイレンが鳴り響いていた。

 


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