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暁の黄泉鴉  作者: 雅移 悟李羅
東饗──『偽りの太陽』編
13/86

12.取引

「た、助けるって……私はどうすればいいのよ……!」


「はぁ……はぁ……!!」


 息苦しそうにする浮浪者。

 しかし妖怪である彼に助けを求められ、鴉も鬼童丸と交戦している現在、自身が何をすべきなのか加山はわからなかった。


 助けたいと思う、自身が助けるべきと思う人間はここにはいない。

 鴉に加勢しようにも、自分が行ってどうにかなる相手ではないのだ。鬼ともなれば。


 すると、地下駐車場の方から爆音が轟いた。

 硬い大質量のもの同士が、物凄い勢いでぶつかったような。

 そうした音だった。


「っ……!? 今のは……!?」


「……まさか…………」


「か……鴉は!? 鴉ッ!」


「行くなっ! ここで待っていろ……。奴の狙いは鴉だけだ……わざわざ死に行くことはない……」


「でも!」


 浮浪者は加山の服を掴んで制止する。

 鬼童丸のことを知る彼からすれば、鴉が勝ったとは到底思えなかった。

 故に、加山を行かせて自身も助けてもらうチャンスを見逃すことはできなかった。


 駐車場から足音が響いてくる。

 何かを引きずっているような音も、足音に混ざって聞こえてくる。

 二人は息を呑んで、音の主が陰から姿を現すのを待った。


「……っ!!」


「か……鴉……! そんな……!」


 姿を現したのは鬼童丸だった。

 彼は刀を納め、右手で気絶した鴉を引きずっていた。

 鴉の服はボロボロで、外傷も見受けられる。

 一方で、鬼童丸は頬の辺りに血が流れたような()しか見当たらない。無傷であった。

 おそらく戦いは一方的なものだったのだろう。加山と浮浪者はそう思わずにはいられない。

 

「き、鬼童丸……!」


 鬼童丸は浮浪者にチラリと目をやる。

 目が合い、冷や汗が溢れ出る。

 頼むから何もしないでくれと、浮浪者は心の中で手を合わせて懸命に祈る。


 その思いが届いたのか、鬼童丸は彼から視線を外してそのまま二人の間を堂々と歩いていく。

 まるで眼中に無いかのように。


 浮浪者も、加山も、動くことができなかった。

 鬼童丸の放つ妖力が、彼らの体を押さえつけていたのか。

 それとも鴉を簡単に打倒できる力強さに対する恐怖が、彼らの体を縛りつけたのか。

 どちらかはわからないが、二人の間を鬼童丸が完全に通り過ぎるまで、加山と浮浪者は立ち竦むばかりだった。



───────────



 薄暗い部屋の中。

 冷たい床と壁が、ただひとり残された者を取り囲む。


 部屋のど真ん中に寝かされた男、鴉は、左手の甲を彼の持っていた刀で突き刺され、釘のようにして床に固定させられていた。

 そして彼の目の前には煌々と光を放つ、スマートフォンが一台。画面が鴉の方に向くようにして、椅子の上に立てかけられていた。

 鴉の指がピクリと動く。

 そして頭も持ち上げる。鴉が覚醒した。


「うっ……ぐ……」


『……ようやくお目覚めか。かれこれ六時間は寝ていたぞ。外ももう夜だ』


 鴉が上体を起こそうとするも、左手に刀が突きたてられているせいで動けない。

 顔を上げれば、画面に映っている何者かが鴉に対して小言を漏らす。

 目覚めたばかりで視界が不鮮明だが、声の主が男だというのはわかった。


「……誰だ……お前は」


『お前たちが探していた者だ。嗅ぎ回っていたろう? 歌武伎町を。わざわざ顔を見せてやったんだ。よく見ろ……』


 鴉は目を凝らし、画面の男を注視する。

 黒スーツ姿のその男は、分厚いオフィスチェアに腰を深く沈めて鴉を睨みつけていた。


 襟には金色のピンバッジのような物があり、そして……右袖は力無く垂れ下がっていた。

 隻腕であった。

 鴉は理解する。画面の中のこの男こそが、昼間加山と共に探していた、茨木童子。


「茨木、童子か……」


『ご名答。暁グループ代表、及び赫津鬼会会長、茨木童子だ。うちの若頭、(せがれ)殿が失礼したな』


 茨木童子がそう言うと、彼の側に鬼童丸が立つ。

 倅殿というのは彼のことらしい。

 相変わらず表情が無く、じっと虚空を見つめている。

 鴉をこの部屋に運んだのもおそらく彼だろうが、それは茨木童子の命令だろう。

 気持ちのこもっていない謝罪を簡単に口にする辺りから、鴉はそう察する。


「俺をこの部屋に閉じ込めて……何のつもりだ、お前ら……!」


『閉じ込めたことに大した意味は無い。ただ、お前とぜひ取引がしたいと思ってな』


「取引だと?」


『ああ。きっとお前にとっても悪くない内容のはずだ。四大財閥を全員倒すつもりというのなら、俺たちと一時手を組もう……そういう話だ』


「なに……!?」


 茨木童子の率いる『暁グループ』も四大財閥に数えられる。

 自分の会社も含めて鴉が倒そうとしているのを理解した上で、茨木童子は敵である彼と手を組もうというのだ。


 鴉の頭の中は驚きの感情で満たされる。

 手を組む、組まない以前にそのようにして茨木童子に何のメリットがあるというのか。

 何かが隠されている。

 そう思わずにはいられない鴉は、茨木童子の言葉を鵜呑みにすることはできなかった。


『お前の纏う黄泉の匂いは、とっくに玉藻や他の奴らの鼻に触れている。俺たちとお前の関わりを悟られないよう、こういう形で話し合う必要があった。まあ、我々の拠点の位置を教えたくないのもあるがな』


「何だと?」


『この前の、東饗政樹病院での戦い。あれは玉藻の手の上で踊らされていただけに過ぎない。奴の遊びだ』


「遊び……」


『玉藻は最も食えない奴だ。裏で何を考えているかわからん……それは月兎もだが。俺たちからしても奴らは邪魔な存在なんだよ。俺たちもお前と同じく、奴らを始末したい』


「だから俺と手を組みたいと?」


『ああ。この国を賭けた……この国の頂点に立つ者が誰か、それを巡る冷戦が今行われている。一石を投じるには、お前の存在が不可欠だ』


 『ニンテラ』の玉藻草司。

 『一目連龍水道』の瑞子鳴河。

 『幻明芸能』の月兎。


 彼らを打ち倒し、茨木童子は日本の頂点に立つと、そう言った。

 冷戦状態。すなわち、現在四大財閥のトップの間では睨み合いが続いているということだ。

 その拮抗状態を鴉を交えることによって崩すというのが、茨木童子の目的だった。


「…………」


『何もこの場で返事を貰おうだなんて思っていない。どうせお前も今すぐ答えを出せやしないだろう。このスマホを持って行け。連絡手段だ』


「その前に」


『ん?』


「取引っていうなら……互いの得が明瞭であるべきだ。俺はお前らを手伝うだけか? 四大財閥の長たちを殺すのは俺の使命のうちだが、()()()()()()()()()()()?」


『……どういう意味だ?』


「お前以外の奴らを、お前と手を組んで倒すのは良い。だが、最後に残ったお前も殺せなければ、俺に得があるとは言えない。まさか自殺でもしてくれるんじゃないだろうな」


 確かに四大財閥のうち三者を殺せるのは鴉にとってのメリットではある。

 だが、残る茨木童子までも殺せなければ取引は成立しないというのが鴉の言い分だった。


 なんとも強欲で、身の程を弁えない主張。

 しかし鴉も、取引という名目で茨木童子の走狗になることは望んではいなかった。

 財閥の大妖怪たちを殺せるとしても。


『フン。威勢がいいのは結構だが、お前はまだ現実をわかりきってはいないようだ。お前一人の力じゃ、財閥は一つも崩せない。倅殿に負けるようではな……。つまり、お前は使命を果たすには俺と手を組むしかないわけだ』


「……それなら、こっちも教えてもらおうじゃないか。お前らと手を組めば、他の三つの財閥は崩せるのか。その根拠を」


『…………』


「……無いのか?」


 まさかの沈黙。

 茨木童子は面白くなさそうな顔をするばかりだった。

 鴉にとっても、この無言の返答は意外だった。


『確実に勝てるなら、お前と組もうとは思わない。だが、お前がいるだけで全てを変えられる。特に玉藻は、お前の存在を面白がってるからな……』


「面白がってるだと?」


『俺と倅殿が暴れるだけじゃ、総攻撃を受けて潰されかねん。だがお前がいれば、少なくとも玉藻は直接手を出すことはしない。月兎の奴も、表立って俺たちと敵対はしないだろう。そうすれば残るは……瑞子のみ』


「……計画は、あるようだな」


『ああ。良い返事を期待している』


 鴉は手から刀を引き抜く。

 赤黒い血がボタボタと垂れ、そのうち刀に付着した血液を払うと鞘に納めた。

 そして立ち上がり、スマホを手に取る。


「……返事はもう決まった」


『ほう』


「手を組んでやる。いや、お前の走狗になる」


『…………つまり手駒になると?』


「ああ。お前の頼みを聞いてやると言っているんだ。だがもちろん、タダでは聞かない。そこは当然だろ。報酬は……お前の首だ」


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