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暁の黄泉鴉  作者: マサイのゴリラ
東饗──『偽りの太陽』編
11/42

10.影を追って

「"茨木童子"……隠す気がカケラも無いな」


 鴉は呆れた様子を見せる。

 仮にも人に化けている妖怪が、しかも中でも有名な者が、その名前を一切隠すことなく堂々と掲げている。

 妖怪たちの事情を知る鴉からすれば理解が及ばない。


「自分から殺しに来てくださいって言ってるようなものよね。(あなた)からすれば」


「まあな」


「どうするの? まずはほぼ黒確定な暁グループとニンテラのどっちかを調べた方がいいと思うけど」


「ここからどっちが近い?」


「ニンテラ……と言いたいところだけど、ある意味では暁グループの方が近いわね」


「どういう意味だ」


 Nined Tailer Corp.本社は血代田(ちよだ)区にある。

 それに対して暁グループ本社は墨陀(すみだ)区に。

 加山の住むマンションの近くにある神宿(しんじゅく)区からは血代田区の方が確かに近い。

 しかし、彼女は墨陀区にあるはずの暁グループ本社の方が近いと言う。何故なのか。


「さっき言ったこと、覚えてる? 暁グループ……特に茨木童子にはある噂があるのよ」


「ああ、言ってたな。それに関係するのか?」


「ええ。茨木童子は、公にはなっていない極道組織のトップという話よ」


「極道? それはまた……」


「あなたが思ったこと当ててあげる。どうして自分の名前を隠さないような妖怪が、裏社会でコソコソするようなことしてるのか……でしょ」


 自分の行いを周知されたくない場合に偽名を使ったり、そのための組織に身を置くというのは理解できる。

 だが茨木童子の場合は別だった。

 真の名を晒した上で堂々と人間社会に生き、しかし裏の顔も存在はしている。

 何を隠したく、何を隠すつもりも無いのかが一切わからなかった。


「で? その茨木童子が、どうして玉藻よりも近くにいるってことがわかる?」


「茨木童子のそのもう一つの組織は、この神宿にあると言われているのよ。反社の巣窟、そう呼ばれるほどこの街はそんな輩で溢れてるわ」


「なるほどな……。だがその言い方だと、問題の拠点の場所はわからないように聞こえる。目星はついてないのか」


「……残念だけど」


「まあ、噂程度で収まってるならそんなもんだと思ったぜ。歩くしかないわけだ」


 鴉は壁に立て掛けておいた刀を手に取り、腰に差す。

 茨木童子の写真と、暁グループの資料も折りたたんで懐にしまった。

 そして真っ黒い軍帽を被り直し、再びベランダへ出ようとする。


「ねえ、私も行くから玄関から出入りしましょうよ」


「……了解した」



───────────



 加山のマンションを出た二人は、歌武伎町の縁をなぞるようにして歩いていた。

 ヤクザと思しき怪しい人物が出入りしていないか。

 鴉の鼻に黄泉の香りが引っかからないか。

 そうしたことを確認するため、しらみ潰しに歩くことに決めたのだ。


 真上から降り注ぐ日光がビルのコンクリートやアスファルトに熱を与え、加山の頰を汗で濡らす。

 鴉も格好が格好のために、滝のように汗を垂らしながら歩いていた。


「……水分、いる?」


「結構だ。俺が飲むのに金はいらんだろう」


 普通の人間には見えない、幽霊のような存在だ。

 水を飲みたい気持ちは鴉にもあるが、わざわざ加山に金を払ってもらう必要はない。

 勝手にどこかで盗み飲むつもりでいた。


 だが、加山は警察だ。

 幽霊だろうが妖怪だろうが、それを目の前で容認するわけにはいかなかった。


「どこかから盗もうっていうなら私が許さないわよ。あなた、一応私が警察だってこと忘れてないかしら」


「俺だってそもそも人間じゃねぇよ。お前らの法律で縛られる義理はない」


「それでもお金のシステムは人々の生活を支える大切なものなの。遠慮しなくていいから、私が自販機で買ってあげる」


 加山は近くの自動販売機に寄って行く。

 鴉は「はいはい」と乗り気じゃないことをわざとらしく態度に出しながら、彼女の後について行った。

 加山はメロンサイダーを、鴉は麦茶を飲みながら再び偵察を始める。


 平日の昼間ともなると遊びのために私服で街を歩く人間は見るからに少なく、客引きや危なげな外国人なども活発ではなかった。

 そしてもちろん、反社組織の人間と思しき者も。


 むしろ二人の方が怪しまれていたぐらいであり、道ゆく人や物陰にいた者たちは彼らをじっと、訝しむように見つめていた。

 だが、二人はそれに気づいてはいない。

 ただただ歩き回っているだけという時間に、鴉がいよいよ音を上げる。


「加山、これでは埒が明かん。いつまで経っても茨木童子の根城が突き止められないぞ。諦めて玉藻の方に行くか、別行動を取った方がいい」


「気持ちはわかるけど、落ち着いて。そんな簡単に拠点が見つかったら極道組織のボスだっていう話も噂じゃなく実話として広まってるはずだわ。だからこうしてじっくり隅々まで見て回るんじゃない。でも……やり方を変えた方がいいのは私も思うわ」


 二人は一旦足を止め、建物の陰に入って思案する。

 鴉の鼻にも黄泉の香りは引っかかっていない。

 妖力を感じ取れてもいない。

 近くに妖怪がいないことは明白だった。

 鴉は建物をよじ登り、その屋根に飛び乗る。


「ちょっと鴉っ!」


「お前は下から探せ。お前より自由に動ける俺は上から街を見る」


「待ってよ! もし何か見つけても私はあなたに連絡する手段が無いわ! それに妖怪に会っても対処もできない」


 加山の言う通りだ。

 鴉からすれば妖怪を殺すことは自分一人でできることだが、街については加山の方が詳しい。

 それに人間を巻き込むことになれば、彼女の手があった方がいいとも思っている。

 鴉も言い返すつもりだったが、それは叶わなかった。


 やはり別行動はやめた方がいいか。

 鴉が一瞬、選択に迷ったその時だった。



「おらぁ! てめぇいい加減にしろよォ!!」



「えっ」


「……何だ」


 近くで男の怒号が響き渡る。

 トラブル発生。

 加山の頭にはこの言葉がさっと浮かび上がった。

 しかし鴉は。


(妖力……!)


 鴉は建物と建物の間を跳び越し、声の聞こえた方へと駆ける。

 加山も彼のただならぬ反応を見て察し、鴉を追って走り出した。


 現場はほんの三十メートルほど離れた路地裏だった。

 ビル下の地下駐車場が半分見えており、建物と建物に挟まれて陰になっていた。

 おそらくそこに追い詰められたのだろう。

 スーツ姿で屈強な肉体を持つ、強面の三人の男たち。そして彼らに囲まれる薄汚い格好をした浮浪者がそこにいた。

 

「やめなさい!」


 駆けつけた加山が男たちを制止する。


「ああ……? 何だおめえは」


「警察よ。あなたたち、彼に何をしているの!」


「警察だ? ちっ……私服警官か……」


「なぁ、おい。どうする? ()()()()()()()()()()()()……。奴を呼び寄せるまで粘るか?」


「ああ……見たところ仲間はいないらしい。そうするとしよう……」


「……? 何をコソコソ話してるの!」


 三人は加山に会話の内容までは聞こえない声で相談する。

 何かを待っていたようだが、それは加山のことではないらしい。


 現在加山は停職中であるが、今の状況を鑑みれば警察として男たちを止めるべきである。

 長濱も、この場に居合わせれば後で何かは言うだろうが、彼女を止めることはしないだろう。


「加山!」


 上から鴉が降ってくる。

 加山の横に着地すると、目の前の四人を一瞥し何となくの状況を察した。

 すると、突如男たちの様子が変わる。


「……おい、ずらかるぞ」


「ああ」


「あっ……待ちなさい!」


 三人は地下駐車場へ続く隙間へ身を滑らせて入り込み、逃走した。

 加山もそれを追おうとするが、彼らの脚はかなり速く、彼女も地下駐車場に入ろうとした頃にはその姿は既に暗闇に消えてしまっていた。

 加山は直接追うことを諦め、回り込むためにその場を離れようとする。


「鴉、あいつらを追うわよ!」


「お前が行け」


「なっ…………! あいつら、あなたのことが視えてたわ。あなたが来た瞬間逃げてったのよ。妖怪じゃないの!?」


「ああ。あいつらは違う」


 妖怪であろうがなかろうが、加山は逃げた三人を追う必要はある。

 それは妖怪が視える者としてではなく、警察として。


 だが彼女の中では疑問が生まれ、それが体を動かそうとするのを阻んでいた。

 彼女はてっきり妖怪の気配を察知したから、鴉が駆けて行ったものだと思っていたのだ。

 しかし、例の三人の男は妖怪ではない。

 なら、妖怪の気配は……?


「妖怪は、こいつだ」


 鴉はその場に座り込んでいる浮浪者に歩み寄り、彼を指差した。

 ボロボロの服装で、何日も風呂に入っていないらしく肌も汚れて黒くなっている部分がある。

 髭も伸び、顔の全容もわからないがおそらく壮年期辺りの……そんな男だった。


「あんた……鴉か……」


「ああ」


「そうか……なら、早くここから逃げた方がいい……」


「なに?」


「俺は……()だ。あんたを誘き寄せる罠だ、これは……!」


 加山も二人に近寄り、状況を呑み込もうとする。

 浮浪者は呼吸器系が悪いのか、息を途切らせながら鴉に訴える。

 

 鴉は彼の主張の意味を呑み込めないでいたが、後にすぐに理解した。

 浮浪者の彼は被害者だ。

 鴉をこの閉塞した空間に誘き寄せるために利用された、哀れな妖怪だったのだ。


 全ては、鴉を始末するための罠。


「加山、退()けェ!!」



 ドゴォォォォン!!



「きゃあッ!!?」


 突如、鴉の頭上を影が覆う。

 それと同時に彼は加山を蹴飛ばし、浮浪者の服を掴んでその場を跳んで離れた。


 何かが鴉の居た場所に降ってきた。

 そしてそれは、強烈な妖力を放っていた。

 浮浪者よりも、姑獲鳥よりも、魃よりも。

 ずっと強い、燃えるような妖力だった。


 土埃が晴れると、その者の姿が露わになる。


「え……に、人間?」


「違う。こいつは確かに妖怪だ。それにこの妖力の()()()……! おそらくは……」


 中から現れたのは、日本刀を持った男。

 推定二十代ほどで整った顔立ちをしており、首から下では筋肉質な胴体がはだけたスーツとシャツの間から見えている。

 彼はギロリと鴉を睨みつけると、刀を振り上げ、彼に切り掛かる。

 

「ぐぅッ……!!」


「鴉!」


 男が土の地面を蹴れば、瞬間的に、爆発するように土埃を巻き上げ、その場所は大きく窪む。

 人間の脚力ではまずこうはならない。


 鴉も鞘から獲物を引き抜き、振り下ろされる刀を防ぐ。

 鴉も人間に比べればずっと強い。

 腕力も、脚力も超人レベルである。

 だが上からのし掛かる男の圧倒的な腕力に、鴉は苦悶の表情を浮かべて何とか耐えることしかできなかった。


「ぬうぅぅあぁッ!」


「……!」


 鴉は刀で防いだまま、脚をふりぬいて男の鳩尾に蹴りを喰らわせる。

 男は怯みはするもののそれがダメージになったわけではないようで、表情も言葉もなく、鴉から数歩下がり彼を睨みつけるばかり。


「はぁ……はぁ……。くっ、なんてパワーだ……」


「鴉、そいつは……!?」


「……今ので確信に変わった。こいつ、"鬼"だ」


 ついに姿を現した。

 鬼。つまり、茨木童子に、彼ら二人は近づいていたということだ。尤も、見事に罠に嵌る形でだが。



 赫津鬼会若頭"災いの(せがれ)"

  鬼童丸(きどうまる)



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