9.四大財閥
魃の引き起こした病院火災から一夜明け、東饗政樹病院は完全に封鎖され、消防士や警察、その他関係者らが対応に負われていた。
独断行動し、消防士たちとともに院内に突入した加山は当然厳しく叱責され、数十分に渡り長濱からの怒声も浴びせられた。
いくら犠牲者数を抑えられたとは言え、命令違反であることには変わらないからである。
彼女もそれには一切言い訳もせず受け止め、その様子を鴉も少し離れたところから見守っていた。
彼らが追うべき相手は見つかった。
問題は、どのようにしてそれらの尻尾を掴むかであった。
翌日、しばらくの間停職処分となった加山は自身の住むマンションの一部屋で、紙媒体の数々の資料をテーブル上に広げていた。
そこにやって来る予定である、客を待ち侘びて。
午前十時を時計の針が指すと同時に、部屋の窓がノックされる。
「あ、待って。今開けるわ」
加山は鍵を解錠し、窓を開ける。
7階のベランダからやって来た尋常でない客人は、土足のまま部屋に足を踏み入れる。
そういう文化が無いわけでなく、単に靴を脱ぐのが面倒なだけ。
そもそも土も石も付いておらず、付くはずもないのだから。
「時間ぴったりだったわね、鴉」
「そういう約束だろう」
鴉は壁に刀を立て掛け、テーブルに広げられた資料に目をやる。
どれも小難しいことばかり書かれた、鴉一人では読み込みにどうしても時間のかかる代物であった。
「……で、何だったか。お前の見立てでは、『四大財閥』とやらが妖怪どもの巣窟として怪しいんだったな」
「そうよ。魃が確かに四体と言っていたなら、その可能性が高いと思ってるわ。あの四つの企業はどう考えてもおかしい……。昨晩の火事があったのも、四大財閥と数えられるうち一社が関係してるわ」
そう言って加山はテレビのリモコンを手に取り、電源ボタンを押す。
画面に映し出されたのは、鎮火され、ところどころが煤で黒ずんでいる東饗政樹病院。
ヘリコプターに乗ったリポーターが上空からコメントを残していた。
「今まで感じていた違和感があった……。この大病院で爆発と火事が起きたのに、上を飛ぶヘリコプターが一機も無かったわ」
「どういうことだ?」
「規模の大きい火災では、必ずと言っていいほどマスコミはヘリを飛ばして報道するわ。鎮火作業の途中であっても。でも昨晩は、そんなヘリは見当たらなかったし、あなたと妖怪が戦ってる映像のアーカイブも無かった」
何か事件があれば飛びついて来るマスコミが、今回の火災だけは控え目だった。
加山の中ではそれがどうも引っかかっていた。
マスコミを操れる。昨晩、屋上で遭遇した青年はそう口にしていた。
そんな者がこの世にいるとしたら、その膨大な経済力で日本を支えている四大財閥しかあり得ない。
彼女はそう結論づけていた。
すると、テレビの画面が切り替わる。
夥しい数のフラッシュが焚かれながら、長いテーブルに白衣を着る人物が並んで座っているのが目に入った。
そしてその真ん中には、整った顔立ちをした金髪の男が。
「あれよ」
「何が?」
「例の四大財閥、『Nined Tailer Corporation』の社長。玉藻草司」
『今回の、東饗政樹病院の爆発及び火災事故は誠に残念でなりません。ただ今警察と協働し、早急な原因究明に努めている次第です』
玉藻と院長、医師たちは立ち上がり、深々と頭を下げる。
そして再びフラッシュの嵐が巻き起こった。
『今回の事故について病院側の過失は無いのでしょうか!』
『警察との調査では病院の機器や設備の不備が原因ではないと結論づけられました。第三者による、何かしらの工作であったという線で現在調査を行っています』
会見会場ではどよめきが起こる。
『もし本当にこれが爆弾などによる人為的な事件だとしましょう。これは防げてた事故ではなかった、ということなのでしょうか?』
『どういった意味でしょう』
『事前に犯行声明や脅迫文といったものが病院に送られていなかったのか、ということです。入院患者や病院の周囲の恐怖を煽らないために敢えて秘匿した結果、惨事が起きてしまったのではないのでしょうか』
『それはただの憶測ですね。病院側……我々は何の情報も持ち合わせてはいませんでした。電話や紙媒体で脅迫文が送られたという事実はありません。そのような形跡も既に調べましたが、結果的には無いものだという結論に至っています』
『被害者となった患者や遺族の方々へ何か一言!』
『……何者かによって引き起こされた事件とはいえ、病院とは本来、患者様もとい人々をあらゆる危機から護るための機関。我々には大きな責任があります。スタッフ、入院患者の被害者の皆々様、ここに深くお詫び申し上げます』
玉藻は再び深く頭を下げる。
フラッシュの連続で、画面から放たれる光は最高潮に。
耐え難くなった加山は思わずリモコンの電源ボタンに指を伸ばし、プツンと切ってしまった。
「……どうだった?」
「テレビ画面を介しては黄泉の香りや妖力なんてわかったもんじゃない」
「そう。まあ、当然よね……」
「だが、"玉藻"と名乗るのは度胸があるな」
鴉はテレビへ向けていた体を翻し、加山の広げた資料の山に向き直る。
そして、玉藻の顔写真の載った企業のHPの印刷された書類を手にして言った。
「九尾の妖狐を知ってるか? 平安の時代、その美貌と頭脳で当時の上皇を誑かし、命を狙ったとされる女がいた。その正体がそれだった。女の名は──」
「玉藻御前、でしょ?」
「ああ。証拠も無い、偶然かもしれない……だが、可能性はある。ましてやこの国の頂点に近いというのなら尚更だ。あれは傾国を狙う大妖怪だからな」
Nined Tailer Corporation、通称『ニンテラ』はデジタル家電製品やプログラミング、コンピューターゲーム開発及び販売を行う株式会社として一般には知られている。
その裏で社長である玉藻は幅広く事業展開しており、病院の経営までもその一つであった。
鴉はバサっと手にした紙をテーブルに放り、そして新たな資料を手にする。
「どんどん教えてくれ。次はこいつだ」
「瑞子鳴河。株式会社、一目連龍水道の社長よ。この東饗の水道インフラを整えたのは、彼のその民間企業なのよ」
「水道を? それは政府の仕事じゃないのか?」
「上下水道、工業廃水用水路を整備したのはそうよ。でも、国は四大財閥に屈した。最初は水道じゃなくて不動産屋だったんだけれどね。莫大な資産を築いたと思ったら、彼は東饗都に水道の民営化を訴え、その運営権を買い取った……」
不動産で莫大な資産を築いた後は、その金を使って民間の水道会社を経営し始めた。
水道に余程のこだわりがあるというのか。
東饗中の水道を意のままにしたいとも思わなければ、普通最も儲かる手段を手放してでもインフラ整備に手を出そうとはしないだろう。
あるいは、金だけでなく、インフラのためにあらゆる土地に手を出したのだろうか。
「……こっちは? トップの顔写真が無いが」
「幻明芸能事務所。わかる? アイドルとか俳優を売り出してるのよ。全国トップクラスのアイドルばっかり出してて、業界はほぼ独壇場。でも意外なことに、社長はメディア嫌いで写真の一つも無いのよ」
「社長の名前は?」
「月兎。本名も晒したくないみたいで、アイドルみたいな芸名で名乗ってるわ」
国内最高峰のアイドル事務所の社長。
一般人のファンを味方につければ、金や力を得るのに苦労はしない。
それに公な場に掲示する顔写真が一つも存在しないというのも、怪しすぎる点ではある。
その中で最も売れているアイドルグループは『朧GENEI』らしいが、加山はファンではないらしい。
「……こいつで最後か」
「暁グループね。飲食や建築、衣服、出版。何にでも幅広く手を出して店舗を構えてる。確かに一つの事業に依存しては簡単に経営が傾いてしまうけど、それでも広すぎるわ」
「トップは」
「……彼の名前はそのままよ。それが本名だって本人も言ってるけど、世間は信じてない。それに、黒い噂も付き纏ってる。他の社長や企業は私たちが疑ってるだけだけど、彼だけは違う」
「……なるほどな」
鴉は暁グループの情報の書かれた書類を手に取る。
幻明芸能と違い、顔写真もついている。名前も。
写真だというのに、見るその人を睨みつける鋭い眼光と険しく眉間に寄せた眉が威圧感を放っている。
そして彼はスーツを着ているが、右腕の袖は力無く垂れ下がっていた。
つまり、隻腕だ。
「暁グループ代表、茨木童子……か」




