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RCA

理性と理論の違いについて考える

理性は感情に起源を持つ判断技術であり

理論は理性という判断技術により構築された公式だ

私は根っからの依存体質だ

それは遺伝子レベルで刻まれた先天的な性質だ

私はこの体質や幼さを理論理屈で締め殺してきた

けれどこれらは私の感情であり

理性は感情に由来している

つまり感情を縛る事で理性を制限している状態なのだ

私は常に論理的な思考をするけど理性的ではない

だから感情をコントロールする事ができなかったんだ

本来それは理性によって行う事であるのに

私はそれを論理で模倣しようとして失敗してきたんだ

論理の言語を感情の言語に翻訳する必要があるのは

日本語と英語みたいに根本が違うからだ

仮に私の言語が理性によるものなら

きっとスペイン語とポルトガル語の様に

どこか通ずる部分があったはずだ

私は論理的思考を重んじ、感情を排斥して判断を下す

君は感情的思考を重んじ、感情に由来する理性を下す

この違いが認識の齟齬を生んだのだ

私は論理的観点から感情処理の必要性を判断した

しかし感情的観点から見ると、その判断自体が

その処理と君の存在意義は同一であると示す事になる

最悪の例え話だが

私は君とセックスする以前に、自ら性欲を処理する必要があり、その手段として任意の媒体を利用した

しかし君にとってそれは急迫不正ではなく

AVやエロイプはセックスと同等だったのだ

感情の話をすれば、私だって嫌な気持ちになる

君のための感情的思考を怠ったために表面化した

君の気持ちをその他大勢の他人と同様の

論理に基づく体裁などで計ってはいけなかった

君の言葉で言うと、私は身勝手だった

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