お祝いと告白
合格発表を確認した後、私は颯太兄ちゃんに連絡する
“第一志望、合格したよ”
“おめでとう!桜咲受かるなんてすごいな”
“ありがとう。約束、覚えてる?”
“覚えてるよ。どこか行きたいとこある?”
“駅前に新しくできたケーキ屋さんがいい”
“いいよ。迎えに行く”
迎えに行くという言葉がなんだかうれしい。
約束の日、お母さんが合格祝いに買ってくれた白いワンピースを着て出かける準備をする。
インターフォンが鳴り、お母さんが「颯太君来たわよ」と声をかけてくれる。
急いで玄関に向かうと、颯太兄ちゃんは少し驚いた顔をする。
「なんか、いつもと雰囲気違うな」
「そうかな。変?」
颯太兄ちゃんはゆっくり笑って
「いや、女の子らしくてかわいいと思う」
と言った。この人は本当にこっちの気も知らないでこういうことをさらっと言う。
だけど、かわいいなんて初めていわれたからとてもうれしい。
「ほら、だいたい会う時は道着だからさ」
といたずらっぽく笑う。
「行こうか」
「うん」
颯太兄ちゃんの車に乗ってお店に向かう。
今日は昼間だから、運転する颯太兄ちゃんの顔がはっきり見える。
運転する横顔もとてもかっこよくて私はドキドキする。
そんな私に気づくこともなく、颯太兄ちゃんは私が行かなかった期間の道場の様子などを話している。新しい人が入ったこと、ずっと道場に来ていた近藤さんが転勤で道場に来れなくなったことなど、私が道場に復帰しやすいように話をしてくれているように感じた。
何気ない優しさが私の心を温かくする。
お店に着くと、颯太兄ちゃんは携帯の画面を上にして置く。
「招集かかりませんように」
と携帯に向かって言うので私は笑ってしまう。
ケーキを待つ間も、食べている間も、話が途切れることが無く、とにかく楽しかった。
「すごくおいしかった」
「よかった。この後まだ時間ある?」
「うん、特に予定ない」
「合格祝いになんか買おうと思ったんだけど、高校生の女の子に何買っていいか分からなくてさ。一緒に買いにいこうかなと思ったんだけど」
今日はこんなに幸せでいいのだろうか。
「いいの?」
「うん、もちろん。何か欲しいものある?」
「えっと、じゃあ、この近くにある雑貨屋さんで選んでもいい?」
「いいよ」
二人で雑貨屋に行って選ぶ。なんだか本当にデートみたいでうれしくてドキドキする。
「私これがいい!」
花柄のかわいいパスケースに私は一目ぼれする。
パスケースなら、毎日持ち歩くし、通勤時にいつも見るものだからそのたびにうれしい気持ちになれそうだ。
「分かった」
笑顔で言ってちゃんとプレゼント用に包装を依頼してくれる。
「はい、合格おめでとう」
「ありがとう」
今までで一番うれしいプレゼントだった。
「これあげる」
私は用意していたものを渡す。
「お守り?御守護って書いてある」
「颯太兄ちゃん刑事課に移動するって聞いたから。危ないことから守ってくださいって祈っておいた」
颯太兄ちゃんは嬉しそうに笑ってくれる。
「ありがとう。これがあれば守ってもらえる気がする」
「体に気を付けてね」
私の父もかつて刑事だったから、心配だった。
「うん、ありがとう」
颯太兄ちゃんは私の頭を優しくなでてくれる。
このままずっと一緒にいられたら幸せなのにな、と思う。
帰りの車内は行きとは違って少し寂しさを感じる。
颯太兄ちゃんが念願の刑事になれたことはうれしいけれど、きっと道場にはあまり来なくなる気がするから、また会えない日々が続くんだろうなと想像できる。
「招集かからなくて良かった」
颯太兄ちゃんは安心したように言う。
「私ね、今日、すごく楽しかった」
私は素直な気持ちで言う。
「良かった。俺も楽しかったよ。」
「なんかデートみたいだったね」
私はドキドキしながら言う。
「いい練習になった?」
笑いながらさらっとこういう残酷なことを言うので、私は拗ねてしまう。
「本番も颯太兄ちゃんがいいな」
どうしても、言わずにはいられなかった。
「どうした、急に?」
颯太兄ちゃんは笑った。全然私の気持ちには気づいていない。
「私ね、颯太兄ちゃんのことずっと好きなんだ。小さいころから。その好きは、男の人としてってことで。私、颯太兄ちゃんの恋人になりたい。」
私はできるだけ自然な話し方で伝えた。
怖くて颯太兄ちゃんの方を私は見ることができない。
しばらく沈黙があって「それはできない」と、いつになく真剣な声で言う。
こういわれることは分かっていたけれどやっぱり悲しい。
「15歳だから?」
「うん、それに、そういう風に考えたことないから、春華のこと」
思ったよりもはっきり言う。うやむやにしないのがこの人の優しさで、そういうところも好きだ。だけど、私の心はダメージを受けている。
「二十歳超えたら考えてくれる?」
「それは…確約できない」
変に期待を持たせるようなことを言わないのは颯太兄ちゃんらしいし誠実だと思った。
「じゃあ、二十歳になったらもう一回告白する。それまでは、もうこういうこと言わない。その間に颯太兄ちゃんが結婚したら何も言わずに諦める」
「二十歳って、五年も先だよ」
颯太兄ちゃんは心配するように言う。
「もう十年くらい片思いしてるから、五年なんて私にしたら短い。」
ふと、颯太兄ちゃんの方を見ると、横顔からも顔が赤くなっていることが分かる。
少しは、意識してもらえただろうか。
もしそうだったらうれしい。
今までみたいに頭をなでてくれたり、こうやってどこかに連れて行ってくれることは、まじめな颯太兄ちゃんはしてくれなくなると思う。
それでも私の心は思ったよりも穏やかだった。勢いで告白してしまったけれど、伝えたことも後悔していない。颯太兄ちゃんがもし結婚してしまったら、きっと一生伝えることができなかったと思うから。
言ってすっきりした私はもしかしたら自分勝手なのかもしれない。
困らせただけなのかもしれない。
だからこそ、もう20歳まではこういうことは言わないし、颯太兄ちゃんに彼女ができても、結婚しても何もしないと決めた。
それが自分勝手な私の精いっぱいの誠意だ。
しばらく沈黙が続いていつの間にか私の家に到着していた。
運転が静かで穏やかだから止まったことにしばらく気が付かなかった。
「聞いてくれて、ありがとう」
そう言って私は颯太兄ちゃんの車から降りようとすると颯太兄ちゃんが「待って」という。
「俺も真剣に考える。だけど、この五年の間に春華に俺以外に好きな人ができたとしても、それは自然なことだと思うから、だから、そうなってもそこは気にするな」
そう言って颯太兄ちゃんは穏やかに笑う。いつもとは少し違う大人な笑顔だと思った。
十五歳相手に真剣に考えるなんて、どこまで誠実なのだろうか。
笑って冗談で流すこともできたはずなのに。
そしてこんな時まで私を気遣ってくれる。
「ありがとう。真剣に考えてくれるのうれしい。私ね、気持ちは変わらないと思う。だけどそれは私の気持ちだから。颯太兄ちゃんにいい人ができてもそれはしょうがないことだっていうのはちゃんと分かっているから。」
颯太兄ちゃんにいい人ができるなんて気がおかしくなるくらいに嫌だけれど、でも、私のことを気にして誰かを好きになる気持ちを制限することはもっと嫌だと思った。
だから、私は笑顔でその言葉を言うことができた。