予期せぬ来訪者
県大会はベスト8止まりだった。最初は調子よかったのに最後の方はもうボコボコにされた、と言う感じで、正直、自分の未熟さを思い知らされた。身体能力の低さ、経験値、そしておそらく練習量もすべてにおいて負けていると思い知らされた。もっとできることがあったはずだ、と思うとどうしようもなく悔しい気持ちになる。
メンタルは割と強いほうだけれど、さすがに落ち込んだ。毎回欠かさず通っていた道場も初めてずる休みした。落ち込んでいる私を見かねたのか、父もたまには休んだって良いと言った。
机でぼーっとしていると家のインターフォンが鳴る。宅配便かな、と思っていると母が私の部屋に来る。
「颯太君来てるわよ」
驚いて母の後ろを見ると颯太兄ちゃんが立っている。
「よ、春華」
いつものように爽やかに笑う。
「お茶でも持ってくるわね」
「あ、すみません急にお邪魔して。お気遣いなく」
「あら、良いのよ。ゆっくりしていって」
なんだかちゃんとした大人みたいなやり取りをしているな、と思った。
「びっくりした」
「道場行ったらいないからさ。めずらしいな、と思って」
私と部屋に二人きりでも颯太兄ちゃんはいつも通り普通だ。私は平静を装っているけれど、内心すごくドキドキしていた。
「県大会、悔しい負け方したから、落ち込んじゃった。もっとやれることがあったはずなのに、って後悔も多くて。中学最後の大会だったのに」
颯太兄ちゃんには素直な気持ちを言えるということに自分で驚いてしまう。
「そうか、それは、悔しいな」
「うん、やっぱ地区予選とは違うね。全く歯が立たなかったな」
「そうかな、俺はそうは思わなかったけど」
どういうことだろうかと私は颯太兄ちゃんを見上げる。
「見に行った、県大会。」
「全然、気が付かなかった」
「集中してたし、邪魔しないようにと思って声かけなかった」
「中学生の県大会なんて見に来るんだね」
「春華が出るから、気になって。」
それはどういう気持ちなんだろうか。
「相手はさ、春華に隙を見せるのが怖くてとにかく打ち込んでるように見えたよ。対策、されていたんだと思う。その前の春華の試合にあっちの監督見に来てたし」
「そう、なのかな…」
「そういう場合も想定して稽古するべきだったな、ってさっき師範と話してた。つまりさ、春華は俺たちが思う以上に強くなってたってことだと俺は思う」
あぁ、颯太兄ちゃんは指導者として話をしに来たのだと私は気が付いた。
責任感強いから。
でも、たとえそうだとしても、私はとてもうれしかった。
試合を見に来てくれたことも、こうやって話に来てくれたことも、剣道の選手としての私を評価してくれたことも。
どんな理由であれ、ただ会えたことだけでもうれしい。
私が望む形ではなくても、少しでも気にかけてくれることが、涙が出そうなくらいうれしい。
私はやっぱりこの人が大好きなんだと思い知らされる。
何か言おうとしたとき、颯太兄ちゃんの携帯が鳴る。
「分かりました。十五分あれば行けます」
警察官の顔つきになる。私の初めて見る顔もやっぱりかっこよかった。
「呼び出された、話の途中でごめん、俺、行くな」
颯太兄ちゃんは苦笑いして言った。立ち上がった颯太兄ちゃんの袖をとっさにつかんで私は声をかける。
「来てくれてありがとう。元気出た。」
そう言い終わって袖から手を離すと、颯太兄ちゃんは笑顔で振り返って私の頭をいつものようにポンポンと優しくなでる。
「また、一緒に稽古しような、春華」
いつもよりも優しい声に聞こえて、颯太兄ちゃんが帰った後も私はドキドキしていた。
そして、その日颯太兄ちゃんが言った言葉一つ一つと頭をなでてくれた時の感触を何度も思い返した。
思い返すたびに心がキュッとなってドキドキする。
彼女がいても、私を恋愛対象に見てくれなくても、それでもやっぱり私は颯太兄ちゃんが大好きだ。