県大会に向けて
それから、一年後、私は中学三年生になった。
切ない気持ちを抱えながらも、勉強と特に剣道をがんばった。
何かに打ち込んでいると、つらい気持ちから解放された。
そのかいあって、三年生になって初めて地区予選で優勝し、県大会を控えている。
いつものように道場に行くと、颯太兄ちゃんが来ていた。相変わらず周りに人が集まっている。
ただ、あの告白以来、湊はその輪に入っていかなくなった。
その様子を見ると心が痛んだ。
「春華、久しぶり、元気だったか?」
いつものように颯太兄ちゃんは笑顔で話しかけてくれる。
「うん、元気だよ」
彼女がいるってわかっていても、やっぱり会えると嬉しい。
でもやっぱり心が痛むのを強く感じる。
今は、ただ、この会える貴重な時間を大切にしよう。
そう何度も自分に言い聞かせる。
いつか恋愛対象に見てもらえる日が来るかもしれないから、
その時のためにもいい関係でいたい。
可能性はわずかかもしれないが、わずかでもまだ可能性があると信じたかった。
「大会近いんだってな」
「うん、いい結果残せるようにがんばる」
「応援してる」と笑顔で言ってくれる。
颯太兄ちゃんの一言一言がとてもうれしいし、心が温かくなるのを感じる。
「颯太兄ちゃんがそういってくれると頑張れる気がする」
私は颯太兄ちゃんをまっすぐ見て笑顔で言う。
颯太兄ちゃんはハハハ、といつものように笑って頭をなでてくれる。
いつかこれを照れ笑いに変えたい。
そんなことを考えてしまう。
休憩時間になると颯太兄ちゃんの彼女の話をしている。
「俺のことはいいから」
と颯太兄ちゃんは話をそらそうとしているが、明らかに照れているようだった。
照れる、ということは、颯太兄ちゃんは彼女のことが好きなのだろう。
その現実を突きつけられる。
「大丈夫か」
あの告白以来、颯太兄ちゃんの彼女の話が出るたびに湊は気にかけてくれる。
その優しさには心が締め付けられるけれど、でも素直に嬉しかった。
自分がつらいということを分かっている人がいることは、それだけで心強いものなんだな、と感じる。
「ありがとう、大丈夫。好きな気持ちは変わらないから、今は我慢するしかない。」
「そうか。強いな、春華は」
湊はかすかに微笑んで言った。
それは、私に頑張れと言ってくれているような気がした。
ずっと不愛想なやつだと思っていたけれど、あの告白をきっかけに本当は不器用なだけで優しい人なんだな、と知った。
「とにかく、今は県大会がんばる」
「そうだな、がんばれ」
湊は穏やかに笑った。
湊のおかげで気持ちの切り替えができた私は師範に声をかけて次の大会の相談をする。
「まず、県大会に行けば、全員が春華より身体能力ははるかに優っているということを頭に入れなさい。お前の強さは戦況を正しく見極めて的確な判断ができることだ。勝機は必ずあるから頑張りなさい」
「身体能力はどうやったら向上しますか。」
私は強くなりたい一心で聞く。
「ここまで来ると、相手よりも身体能力を上げることは難しい。努力は皆おなじようにしているからな。お前は筋肉も付きにくいし、そこを上げることに集中してもしょうがない。とにかく格上の相手と戦うことに慣れて経験値を積むのが得策だ。自分の得意なところで勝負するんだ」
得意なことで勝負する、か。私は運動神経がそこまでよくない。平均的だと思う。
筋肉が付きにくい、と言うのはいつも筋トレに付き合ってくれる父にも言われたことだったから納得した。
だからそこでは戦えない。
私はいつも剣道の試合ではひたすらチャンスが来るのを待つ。
相手が隙を見せるまで。
それまでは相手に1本とられないようにひたすら守る。
あまりかっこよくないけれど、それが平均的な身体能力の私が唯一勝てる戦い方だ。
恋愛にも通じるものがあるように私は思った。
「颯太、春華が大会近いから相手してやりなさい。格上と戦う練習だ。」
師範が颯太兄ちゃんに声をかける。颯太兄ちゃんは、はい、と笑顔で応じる。
一緒に稽古できるのがうれしい。
相手をしてもらうからには、少しでも多くのことを得て結果につなげたい。
「春華、県大会出るんだってな、がんばれよ」
本当に応援してくれている目だった。
颯太兄ちゃんは県大会で3位になっていたから、私もそこを狙っていきたい。
なんて考える。
「うん、がんばる」
颯太兄ちゃんはその日とことん稽古に付き合ってくれた。
稽古の時は厳しいけれど、それは私が大会で納得できる結果を出せるようにしてくれていることが分かっているので、その厳しささえも嬉しい。
そしてやっぱりすごく強い。
颯太兄ちゃんから学べることをすべて吸収したくて私は集中する。
とにかく今は剣道をがんばるときだ。