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ショートショート4月〜5回目

ヤセタルゼとヤセタルワは俺が生んだコドモ

作者: たかさば

 ……俺には、子供が2人いる。


 1人はヤセタルゼという名の、30キロの男子。炭水化物全般が大好きな、食欲旺盛な子だ。

 もう1人は、ヤセタルワという名の20キロの女子。スイーツ全般が大好きな、幸せそうにものを食べる子だ。


 二人とも、さびしい独身貴族の生活を豊かにする、愛らしい子供たちである。

 姿かたちこそ目の当たりにしたことがないが、確かに俺が生み出し、俺と共にある…いや、あったという方が正しいのかもしれないな。


 ……俺がヤセタルゼを生んだのは、今から8年ほど前の事だ。


 少々自分語りのようなものをさせてもらうと…、俺は昔からデブで、子供の頃からまるまるとしていた。

 小学生の時はおやじよりも大きなサイズの服を着ていたし、中学校の制服は特注だったし、高校の制服も特注だった。 他の生徒に比べて金がかかって仕方がないと、小ぢんまりとしているお袋にしょっちゅうギャーギャー言われたのをよく覚えている。


 痩せている時代を経験しないまま大人になり、大学生の頃には身長173センチ、体重90キロを超えた。

 もうじき三桁だなとツレと笑い合っていたのだが、四年生の四月、事態が急変した。作業着が用意できないという理由で、就職の面接をお断りされたのである。しかも、一件ではなく、三連続だった。


 同級生たちが続々と面接に出かけはじめてようやく、俺は自分の今の状態のヤバさに気付き、痛感することになったのだ。


 この世界で暮らす大多数の人達は、皆同じような背格好で暮らしていて…体のサイズに合わせて衣服を作るような事はしないものなのだと。

 どれほど実績や自信や適性があろうとも、制服が入らなければ雇用しない企業は珍しくないのだと。

 大きな体で嬉々として食べ物を頬張る姿は、ごく普通の食事量で満足している人たちにとってドン引き案件でしかないのだと。


 かなりへこんで、相当落ち込み、げっそりしているはずなのに…俺の食欲は微塵も衰えることはなかった。ストレスのせいか食べるスピードが加速し、あっという間に100キロを超えた。


 いよいよ6Lサイズのボトムズが入らなくなり、俺は一念発起した。

 ダイエットというやつを、生まれて初めて決意したのである。


 大学の片隅にある、ショボいジムコーナーに通いつめることを決めた。

 朝一、大学の門が開くと同時に体育館棟に行き、一限目ないし二限目が始まるまで体を動かした。

 ラジオ体操、ストレッチ、トレッドミル、ウエイト各種、エアロバイク…、完全にド素人だったが、筋トレ部のメンバーのアドバイスを受けることができた事もあり、俺は着実に体を引き締めていった。


 もともと一切運動をしてこなかったことと、大食漢のわりには甘いものよりごはんが食べたいタイプで、スキキライがない事が功を奏したのだ。

 八月になる頃には見た目もかなり変わって、身軽になった。


 大学内でかなり注目を集めるようになり、ボチボチ鼻が高かった。

 さらに、面接でダイエットをがんばっていることを伝えたところ努力が認められ、内々定をもらうことができた。


 10月、筋トレ部の部員やOBたちに、お祝いパーティーを開いてもらう事になった。

 ハイボールを飲みながら、キュウリの一本漬けやキムチ、具だくさん豚汁にエビとブロッコリーサラダ、とうふステーキなんかをつまみに、盛り上がる面々。皆きちんと節制しつつ、しっかり楽しんでいて好感度は高かった。


「すげえ!マイナス30キロ?!頑張ったな!」

「もともと過体重で基礎筋肉があったからねえ…」

「脂肪って鍛えれば筋肉に成る…ってホントだったんだ!!」

「30キロと言えば子供一人分だぞ!!!」

「北野、お前…子供産んだみたいなもんだな…」

「ちょっと待って、子供って3キロぐらいで生まれてくるもんなんじゃ…?」

「せっかくだし、子供に名前つけてやれよ!!」


 酔っぱらいのただの悪ノリだ…とは思ったのだが。

 俺はノリノリで…自分の生み出したものに、名前を付けたのだ。


 絶対に痩せると誓ったあの日を思い出し…、『ヤセタルゼ』という、名前を。


 腹筋を撫でる時に、ヤセタルゼを感じ。

 太ったやつに出会うたびに、ヤセタルゼを愛おしく思い。

 筋トレを休みたくなった時には、ヤセタルゼの姿を思い浮かべて根性を出し。

 炭水化物を食べすぎた日には、ヤセタルゼの姿を思い浮かべて反省し。


 ヤセタルゼは、俺の大切な子供になったのだ。


 食品メーカーに就職した俺は、支給された制服に身を包み、仕事に精を出した。


 就業時間の都合で毎日のトレーニングができなくなり、休日にジムに行って汗を流すようになった。

 摂取カロリーを考えて暴飲暴食をしない日常を送りつつ、定期的に体を動かす、毎日。


 体型はキープできているはずだった。

 しかし、加齢に伴い…少しずつ、脂肪がつくようになってきてはいたのだ。


 運動習慣をもう少し増やしたいと思い始めた頃、会社で一大プロジェクトがスタートした。

 スイーツ部門の新規参入が決まったのである。


 今まで鮮魚の加工と総菜メニューの開発が主だった仕事だったのだが、「甘いものが好きじゃない、ほとんど食べる習慣のない人の方が冷静に判断してくれそうだ」という理由で、まさかの準リーダーに抜擢されてしまった。


 ただでさえジムに通う日数が減って、身体がたるみ始めた時。

 甘いものを摂取する機会が爆発的に増え、新規事業という事で休みを返上するパターンも少なくなかった。


 事業が落ち着くようになるまでのおよそ半年間で…、俺はすっかり身を肥やしてしまった。


 産業医の先生から「急激な肥満は体に負担がかかる」と説教され、俺はまたもや一念発起した。

 車で30分の距離の会社に、ジョギングで通う事にしたのである。


 着替えを持ち込むのが少々大変ではあったが、宿直室のシャワーをフルに活用させてもらった。

 やや急ピッチではあったが、運動を習慣付けることに成功した。

 行きと帰りで合わせて15キロの道のりは、俺の体を順調に引き締めてくれたのである。


「すごいですね、マイナス20キロ…なかなかできることじゃないです!20キロと言えば、私が小学三年生の時の体重ですよ?!それを落とすだなんて…尊敬します!!」


 目をまんまるにして俺を褒めていた産業医の先生が、やけに大喜び?はしゃいでくれて、可愛らしかったので…つい。


「あはは、僕、また…子供生んじゃったみたいです」

「…子ども???」


 つるっと、ヤセタルゼの事を口にすると…先生はちょっと不思議そうな表情を見せた。

 いつものしゃきっとした空気が、なんだか…年相応というか、とても新鮮だったのだ。

 次に診察を待っている人もいるというのに、大学時代の思い出を口にしてしまった。


「じゃあ、二人目のお子さんですね!!お名前は…ヤセタルワちゃんかな?フフ…」



 なかなかノリのいい先生だな、そんなことを思ったんだよなあ……、あの時。



「パパー!!ママがおにぎりいくついるってー!!」

「あのね、ミワね、おにぎりひとつでいいの、でね、甘い玉子焼き、作ってもらうの!!」


「ごめんだけど、パパー、お茶作ってくれる?!手が離せなーい!!」

「わかった、任せて。マサキ、ミワ、水筒持ってきてー」


「「はーい!!!」」


 ……俺には今、二人、子供がいる。


 1人は、ごはんが大好きな男の子。

 1人は、甘いものが大好きな女の子。


 ヤセタルゼとヤセタルワを生んだ俺のもとに産まれて来た、かみさんとの間に授かった…大切な子供たち。


 俺は今でも、ヤセタルゼとヤセタルワの事を口にする。

 かみさんと話してると、ついついいろんな思い出が浮かんできて…盛り上がっちゃうんだよなあ。

 なんだかんだ言って、二人は縁結びの神様みたいなもんだからさ。


 子どもたちも、ヤセタルゼとヤセタルワの話を聞くのが大好きなんだ。

 もしかしたら、自分たちのお兄ちゃんお姉ちゃん的な存在に思っているのかもしれないな。

 ヤセタルゼとヤセタルワは…立派に家族の一員なんだよね。


 …俺は子ども好きだから、これからまた家族が増えるかどうかは、神のみぞ知る…ってところだ。


 俺自身は……もう、子供を生むつもりはないけどね。


 今の身長173センチ、体重は71.2キロ…うん、たぶんきっと、大丈夫。

 ヤセタルゾも、ヤセタルシも、ヤセタルモンも…、生まれる予定は…ない!!


 健康管理にうるさいかみさんがいるから、たぶん、大丈夫だろ。


 ……とはいえ、心がけってのは必要だ。

 俺はピクニックから帰ったら、ジムのプールに行って400メーター泳ぐことを決め…。


「はい、お茶持った、リュック持った、おやつも入れといたよ!!ママ、お弁当は?」

「今できた!あ、こっちのリュックに入れて持って行くね!ハイ、じゃあ、パパと一緒に車に乗ってよー!今日はママが運転するからね!」


「「「はーい!!」」」


 息子と娘と手をつないで、玄関に向かったのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 絶妙なネーミングセンスはもちろん、ダイエット中の人間の多くが憎んでしまいそうな自分の脂肪を大切な子供に見立てる発想がユニークで魅力的でした。 北野が初めてのダイエットに成功できたのは、他で…
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