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「notice」

作者: 東雲蒼


  『notice』





                  7月19日


プルルル、プルルル...

定期テストの前日。22時半。スマホが鳴る。絵里だった。

何だまたか、そう思いながらシャーペンを置いた。


絵里は幼稚園の時からの幼馴染だ。幼い頃からボーイッシュで、とても明るく、そして何より優しい。小学校、中学校とずっと仲が良く、高校に関してはどこに行くかなど特に話をしていなかったのだが、いざ新しいクラスへと入ってみると絵里の姿を見かけ、本当に驚いた。入学当初は人気女子グループの中にいたが、最近は絵里はひとりぼっちだ。何か事情があるのでは、と、聞かないようにしている。

そういえば最近、この一年で身長が154cmから164cmまで伸びたと自慢された。確かに背が伸びたとは思っていたがまさか10cmも伸びていたなんて、いや何でも成長期が中3からなんて遅すぎるんじゃないか、とすごく驚いた。それに、164cmは自分よりも身長が1cm高い。男として少々情けない。

さて、絵里の話はこれくらいにして時間を進めよう。


「ねぇ知ってる?空を泳ぐクジラに触れると願いが叶うってさ。一緒に探しに行ってみない?」


電話に出ると、毎回すぐにこういう夢のような話を投げかけてくる。ここでツッこみ、そして軽くあおるのがいつもの流れだ。


「何言ってんの、空を泳ぐ鯨なんていないし、それとも明日が期末テストだから頭がおかしくなってるの?」


「えぇ…いたっていいじゃん?それに、そういうことをすぐに言うから、海斗は学校でつまんない奴って呼ばれているし、友達も超少ないんじゃないの?けどな〜もしも願いが叶うなら、私はとにかく美味しいものを食べまくる!例えば燕グリルのハンバーグとか、銀だことか、カツカレーとか...飲み物だったらスタバのフラペチーノも!」


確かに自分は自他共に認めるつまらない奴だ。目立たない服装が好きだし、地味な趣味もいくつかある。例えば、貝殻集めや音楽作り。登山に天体観測、写真撮影、キャンプ等だ。ついでの話だが、自分はキャンプ部目当てでこの高校に入学した。絵里も同じで、二人ともキャンプ部に入部することになった。だが正直、火傷したり、虫が嫌いとか言って、絵里に足を引っ張られる未来が見えている。


「っていうか海斗は何を願えばいいと思うわけ...?あ!あと、明日の朝いつもみたいに電話出起こしてね、よろしく」

「了解」

そして、自分なら何を願うかを考える...


クラスで一番人気のりんちゃんとデートする。なんたって顔がタイプすぎるし、スタイルもいいし、性格も可愛いし。もしも本当にデート出来たら一生の思い出となるだろう。(そういえば絵里はりんちゃんととても仲が良い。羨ましい。)



「どうせ願いが叶うのなら、お金では買えないものにしたほうがいい、と思う。例えば、好きな男とデートをするとかね。俺なら、とりあえずりんちゃんとデートするね」


「....え...りんちゃんと?」

「そうだよ?りんちゃんって男子からモテモテなんだぜ」

「...へ〜そうなんだ。わかる、私も好きだよ...でもそっか...海斗が...」

「ごめん、なにか気に障った?」

「いや、大丈夫だよ。気にしないで、明日テストだし、そろそろ寝ようかな。」

「...そう?分かった。じゃあ、お休み。また明日。」

プツッと電話が切れる。

一体何が絵里の気に障ったのか考える。優しい絵里のことだし、きっと嘘をついているのだろう。

数秒考え、思った。


「もしかして、絵里って俺のこと好きなんじゃね?」


しかし、絵里が恋をしているなんて想像がつかないし、本人に聞く事は流石に出来ないし…

その時、時計が目に入った。23時を過ぎている。

「え?そんなに電話してたっけ!?それに、明日はテストだし、早く寝ないと。」

部屋の電気を消し、寝床につく。

今日は何時間も勉強したので、疲れていたようだ。寝床に入るとすぐに、さっきの会話がぐるぐる頭の中を回る。絵里が俺を好き???ん??ちょっとうれしいような、照れくさいような...りんちゃんが好きだなんて言わなければ良かったかな、と後悔の念が回りながら、何者かに誘われるような感覚と共に、眠りの世界へと入って行った。

 

 

気づくと空の中にいた。海ではなく、空の中だ。爽やかな水の音。冷たい空気。なぜか落ち着いている心。直感的に、夢だと認識する。

この世界は透明な地球のように丸く大きく、外は宇宙のような紫色に染まっている。その大きな透明の世界の中に幾千の透明の球があり、そのうちの一つに、夢の中の自分は今、存在している。もっとも、その小さな球ですら、なかなかの大きさだが...


上下左右どこを見ても「蒼」。上には少し雲があるが、360度全て「蒼」で満たされている。


まさに「蒼ノ世界」そう呼ぶのにふさわしい。


ゆっくりと流れるわた雲と、見渡す限りの「蒼ノ世界」は、自分が思い描いた空、いや、海の情景そのものだった。 自分は、青い眼光が光る小魚や、エイのような生き物に、囲まれている。

下には、ジンベイザメのような巨大な魚が、他者を圧倒する風格を纏いながら悠々と泳いでいる。

落ちるわけでも、溺れるわけでもなく、重力という言葉を世界が忘れて、まるで始めからそうだったかのように、時とともにただ漂う。

やがて、遠くから街が流れてくる。静かに回転しながら近づいてくる球には、三角屋根の家々が立ち並び、窓からは生活の明かりが漏れている。だが、人の気配をまるで感じさせない静寂に包まれた街だ。

自分は、つま先からそっと降り立つ。地面だと思っていた場所は鏡のような水面で、つま先が触れた瞬間に波紋が広がる。



すると、どこからか船の汽笛のような低音が鳴り響く。

大気を揺らしながら近づいてくる音の正体は、すぐにわかった。 雲だと見間違えてしまうほど巨大な生き物、空を泳ぐ鯨だった。


夢とは己の世界である。己が自由に考えたこと、思ったことをそのまま描き出せる。自分は、きっと寝る前に絵里が言っていた、「空を泳ぐクジラに触れると願いが叶うってさ」という話に感化されてしまったのだろう。

と同時に、ここまではっきりと認識できるのかと、不思議に思う。だって、どうせ夢に過ぎない。起きたら何もかもすぐに忘れてしまうのに。

そんな事を思っているうちに、

「この世界に迷い込んでしまったのか?」

と頭の中で声が響く。上を見上げるとそこには、世界の「蒼」を全て凝縮したような、見たことのない色をした鯨が、こちらを見つめている。

自分は怖気付いて、自然と敬語になってしまう。所詮夢なのだから、敬語など使わなくても構わないのだが。


「この世界?ここはどんな世界なんですか?」


「ここは君の夢の世界だ。私から君に伝えたいことがある」


「なんですか?」


「常識を疑え、そして、ありのままを受け入れろ、そうすれば、世界はもっと自由で深いものになる」


一体何を伝えたかったのか、真意がうまく掴めない。


「では、君へ伝えたいことは伝えた。私はこれで失礼する。」


「あ…あの、最後に一つだけお聞きしてもいいですか?」


「何だい?」


「もしも、僕が貴方に触れる事が出来たら、願いは叶いますか?」


この世界、この鯨は絵里が話していたものなのか。確かめるため、その問いを、鯨に投げかけた。


「いや、私は夢の中にしか現れないから、触れることはできないだろう。夢は、自分の力で叶えるべきものだ」


この世界、この鯨は絵里が語っていたものとは少し違うようだ。


「ではこれで失礼する。また会おう。」            


その瞬間、この世界は幕を閉じた。





ピピピピ…ピピピピ…

耳元で鳴り響く電子音に、起こされる。目覚めて数秒、脳がまともな思考力を取り戻し始めると共にスマホのカレンダーを確認する。今日は7月19日。今見ていたのは所詮ただの夢であることは理解している。しかし、本当に夢なのかを疑ってしまうほどの鮮明さ。部屋が真っ暗なのも原因なのかな....。ん?真っ暗?って言うか7月19日?おかしい!そもそもアラームが鳴ったってことはもう朝のはずなのに。時計を確認すると、ちょうど24時を回ろうかというところだった。間違えてアラームをかけてしまったのかな…。もう一度寝よう...

「常識を疑え」って結局何を伝えたかったんだろう…

またあの世界に行ってみたいな...

数分かけて、自分は「今度こそ」深い眠りについた。


                  7月20日

ピピピピ…ピピピピ…

耳元で鳴り響く電子音に、起こされる。目覚めて数秒、脳がまともな思考力を取り戻し始めると共にスマホのカレンダーを確認する。今日は7月20日。

きちんと眠れた事を確認すると、絵里に電話をかける。

プルルル、プルルル、プルルル...「ただいま、電話に出ることができません...」

あいつ、電話をかけてやったのに出ないじゃないか...自分で言ったくせに忘れるのって、小学生男子かよ。

そんな事を考えながら、さっと体を起こして、朝の支度を始める。自分は朝に強い。これは他人に誇れる数少ないことの一つだ。朝の支度をささっと済ませ、学校へと向かった。


_______________________________________________________________________


10分後。学校へ到着。教室のドアを開けると、そこには朝に弱いはずの絵里がいた。

昨日の気まずい電話のあとで少し関わりづらいが、いつもと変わらないように努める。

やはり絵里は自分のことが好きなのか??だが、やっぱり自分はりんちゃんが好きだ。

絵里は幼馴染の域をでない。


絵里が電話に出なかった理由は、やはり昨日の電話が気まずかったからだろう。

自分は、いつも通りふるまうべきだと考えた。


「お前、一人で起きれたなんて、成長したな」


「え?いやいや誰目線だよ!海斗は私の親?」


「いやいや、何で今日は早く来たんだ?テストがあるからか?」


「そうそう、けどめんどくさいし、漢字とか英単語とか全然やってないな~...」


「後々のためにも、最低限のことはやっといた方がいいと思うけど?」


「え〜やりたくないな〜...あ!じゃあすぐに点が取れるやつとか何かないの?公式とかさ!教えて!」


「えっと、まずこれは…」

暗記すべき公式を一つ教えていると、開始5分前のチャイムが鳴った。


「こっちはこっちなりに頑張るから、海斗は海斗なりに頑張ってね!」


「了解。じゃあ、またテストが終わったあとで。」


絵里が会話のペースを作ってくれたので、なんとかいつもと変わらないようにする事ができた。ほっとして、一気に疲れた。いやいや、そんなこと言っている場合ではない。

今は目の前のテストに集中すべし。全ての教科において平均点以上を目標に掲げ頑張っているんだ。そして、テストがスタートした。



_________________________________________________ 



最後の科目が終わり、クラスから喜びや悲しみといった様々な声が飛び交う。まさに動物園。

そんな中、絵里はひとりぼっちだった。


「絵里、テストは出来た?」


「疲れた...」


「大丈夫か...?」


「6コマ連続でテストって...この学校おかしい...」


実際、普通の高校であれば、2〜3日に分けるはずだが、この学校は1日で行う。意味不明だ。

「それな。まあ、疲れたから早く帰るわ。またな」

「え!はっや!ちょっとまって!」

「はいはい。」

自分の爆速下校準備に驚いたのか、尊敬しているような目でみられている。

どうせ尊敬されるならもっと実用性がある事で尊敬されたいが…

とそこで、準備が終わった絵里が来て、二人で校門を出た。


「ねぇねぇ海斗!テストが終わったってことは...?」


海斗&絵里「夏休みだ!」 

「夏休みと言えば~?」


海斗「海だ!」

絵里「山だ!」


海斗&絵里「えええええええええ!!」

まさかのシンクロ。

「いやいや!絶対海だろ!スイカ割りとか、日光浴とか」

「いやいや山でしょ!夏に一回でいいから登ってみな!超涼しくて最高だよ!ってか、どうせ海斗が海を好きな理由は、りんちゃんとかを海に誘って水着見たいからでしょ。ホント最低!」

「いや心外だなぁ!」

「信用できないなぁ…」

海派と山派の話でこんな疑惑まで浮上してしまうとは。

「じゃあ、絵里が海を嫌いな理由は?」


「その、まぁ、嫌いなものは嫌い。」

「いや理由になってない!」


「理由は…………」

数秒の間、絵里は下を向きながら考える。

その少しの間に、違和感を感じた。

「えっとー…その…あれだよ、日焼けすごくしちゃうじゃん?だから嫌い」

絵里は、うつむきながら、そう言った。

「あー確かにね、水着姿はさ、日焼けするわな。」

「そうなんだよね、そもそも、私水着自体嫌いだし第一泳げないよ、金槌だし」


とそこで、分かれ道に差し掛かる。自分はこのまま直進。絵里はここで左に曲がってお別れだ。

「じゃあね海斗。また明日」

「またな」


絵里がいなくなり、考える。

実際のところ、納得はしていない。絵里の前では話を合わせたが、自分たちは小学生の頃、よく一緒に市民プールに行っていたではないか。

うつむいていた時、絵里は何を考えていたのだろうか…もしかして

好きである幼馴染の自分に対して、恥ずかしい気持ちがあるのかな?


これだと、最初に話そうとしなかったことと、少しの間があったことの理由に説明がつく。

なんだか、今回の国語のテストは高得点を取れた気がした。

 「なんか…絵里ギャップ萌えで可愛かったな…」

不意にそんな言葉が出てしまった自分に驚く。

なんて事を言っているんだ自分は。自然とニヤけている自分の顔をたたきながら、家に着いた。

「はぁ、疲れたな、ゆっくり休もう」

鍵を『ガチャ』っと開け、『ギギギ…』という音を鳴らしながらドアを開ける。『ギィ……』という音と共にドアが閉まり始め、『バタン』とドアが閉まった。


____________________________________________________________________________________



                 7月23日

ピピピピ…ピピピピ…

耳元で鳴り響く電子音に、起こされる。目覚めて数秒、脳がまともな思考力を取り戻し始めると共にスマホのカレンダーを確認する。今日は7月23日。

2日間の自宅学習日が開け、今日明日とテスト返却。

それに2日間とも3時間授業で、その後は終業式を挟んで夏休みだ。

正直なところ、テストは1日で6コマすべて受けさせるのに、テスト返却は2日に分ける意味がわからない…できることなら、テスト返却を1日にまとめて、少しでも早く夏休みになってほしいものだ…まあそのおかげで、今日発売の [東雲蒼しののめあおい]作 『 notice』がいち早く読める。

授業が終わり次第、モールにあるみらいや書店へ買いに行き、家で一日一章づつゆっくり読むつもりだ。

東雲蒼さんの小説の魅力はなんといっても、主人公の微かな心情の揺らぎの描写だ。どんな人でも、一度は東雲蒼さんの小説を読んでみてほしい。他にオススメなのは、『x+y>✕<x+x』、『日本国憲法第19条』で、性的マイノリティ等を社会的弱者の立場から描いたポップな小説で、中高生にも読まれている。

おおっとすまない、話題が逸れてしまったようだ。時間を少し進めよう。


今日は、テスト返しのみなので、心が軽い。パパッと朝食を食べ、学校へと向かった。


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「はぁ…やっぱり国語が苦手…」

ため息混じりに呟きながら、モールへの道を一人で歩く。


テストの点数は下記の通りだ。

国語64点

数学91点

英語81点

物理93点

歴史86点

政治・経済79点


国語は記述の部分で点数を落としてしまった。物語文が苦手なので、しっかり復習しなければ…

そんな事を考えていると、モールに到着し、書店へと向かっていたところで…

不意に見覚えのある顔が視界に飛び込んでくる。

「あれ?絵里!」


「ああ、海斗」

片手にピンク色のフラペチーノを持った、絵里がいた。


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「海斗は何を買いに来たの」

飲み切ったフラペチーノのゴミを捨てながら聞かれる。

「今日は推し作家の新作小説の発売日なんだ。だからみらいや書店に買いに来た。絵里は?」


「え?それって、東雲蒼さんだったりする…?」


「え…なんで分かったの!?」

絵里に一発で当てられて、動揺を隠せない。

「理由?えっと、あの……さっきたまたま広告を見たから」


「え?広告?見せて」

ついにそこまで有名になったのかと嬉しさが込み上げてくる。

「あ、えっと、広告はさっきネットで見たやつだから、消えちゃった」

この目で確かめる事はできなかった。まあ、広告が出ていたと言う話を聞けただけで、もう自分にとっては大満足だ。

「じゃあ俺はみらいや書店に買いに行ってくるね。絵里はどうする?」


「私?じゃあトイレに行ってからみらいや書店に行こうかな」


「じゃあ待ってるから、一緒に行こう」


と絵里はトイレに向かった。いったん多目的トイレに入ろうとしたようだが、すぐに女子トイレに入りなおした。

「何やってんだあいつ」

と不思議に思った。

しばらくして、絵里がトイレから出てくる。

「ありがとう、行こう」

自分たちは書店へと向かった。


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「これだよ、東雲蒼さんの新作」

書店に着くと、入ってすぐのところに東雲蒼コーナーがあり、『notice』は探す間もなく見つかった。

「おお、めっちゃ分かりやすく売ってるじゃん」


「それはそうだろ、だって今日発売なんだよ?」


「確かに」


「ちょっと待って、もしかして絵里が言っていた広告ってこれのこと?」

本の隣に置いてあったパンフレットを開くと、中から綺麗なイラストと共に、「7月23日発売![東雲蒼]作 『notice』」と書いた紙が出てきた。

「え?あぁ、うんうん。それだよ。その広告」

と少し微笑みながら頷く。

「記念として持って帰ろうかな」


「海斗はどれだけ東雲蒼さんの事好きなの」

呆れるような口調で言われたので

「さぁね?」

と返してやった。


「絵里はどうする?『notice』買う?」


「そうだな、海斗が好きな作家さんなら興味あるし、試しに買ってみる」


「分かった、じゃあ、2冊買ってくるから、絵里は少し待ってて。お金は後でもらうよ」


「了解!」


レジは思ったより混んでいて、5分かかった。

「お待たせ、はい、『notice』。あと、550円頂戴」


「ありがとう。じゃあ、私は服見てくるね、次会うのはキャンプの時だから…明後日かな、またね。読み終わったら感想を言い合おうね」

絵里が手を振ったので

「じゃあな、また明後日」

と、手を振り返した。


_______________________________________________


                7月25日


ピピピピ…ピピピピ…

耳元で鳴り響く電子音に、起こされる。目覚めて数秒、脳がまともな思考力を取り戻し始めると共にスマホのカレンダーを確認する。今日は7月25日。昨日の夜はキャンプが楽しみでなかなか眠りにつけなかった。


今日から1泊2日のキャンプだ。キャンプ部には40人の部員がいる。男子25人、女子15人だ。3年生にとっては、受験勉強前の最後の思い出づくりの場で、毎年何組かカップルができるらしい。事前に用意しておいたしおりなど様々なものが入った大きなリュックを持ち、学校へと向かう。学校から「星降る森キャンプ場」まではバスで行く。部員は、各自、自分のテントや寝袋を持ってきている。キャンプファイヤーや、BBQなどはみんなで行うそうだが、他人のテントに入るのは禁止。キャンプの醍醐味である、寝る前のボードゲーム大会が出来なくなった以上、景色や自然を楽しむようなソロキャンプに近い。

自分はそもそも友達の数が少ないし、その数少ない友達も他の部に行ってしまった。はっきり言って、絵里くらいしか『友達』と呼ぶことができないので、もはやソロキャンプと評してもいいのかもしれないな…

とそんな事を考えていると、学校に着いた。

停まっているバスに乗り込むと、顧問の本田先生がいた。

本田先生は、25歳の独身の男の先生で、国語を教えている。趣味はギターでみんなから慕われているお兄ちゃん先生だ。

「おはようございます」

と挨拶をして、自分の席へと着席する。

すると、急に睡魔が襲いかかってくる。眠れなかったツケが回ってきたのだ。

朦朧とした意識の中で、絵里は間に合うのだろうか、と心配しているうちに、ストンと眠りに落ちてしまった。

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「ほら海斗、起きて。着いたよ、流石に寝過ぎじゃない?」

肩をトントンと叩かれ、不意に目が覚めると、通路には絵里が立っていた。どうやら、キャンプ場に着くまでの2時間ずっと寝てしまっていたらしい。

「ありがとう」

荷物をまとめてバスを降りると、そこにはまるで風景画に出てきそうな広大な平野が広がっていた。周りに人工物は最低限の電灯と、トイレ、後は無駄に大きなシャワールームの建物くらいしかない。

空は雲ひとつない快晴で、ギラついた太陽が目に入ってきた。

夜になったら、キャンプ場の名前の通りさぞかし美しい星空を見られると確信する。


「皆さん集合してください」

本田先生の掛け声があり、自分たちはすぐに集まる。

「伝達事項があるのでよく聞いてください。

1つ目は、テントの場所についてなのですが、フリーサイトなので、サイト内であればどこに張っても構いません。

2つ目は消灯時間についてです、消灯時間は21時です。それ以降はなるべく静かにして、明かりも必要最低限にしてください。22時以降はキャンプ場内の電灯もすべて消えてしまうので、トイレに行きたくなった場合、懐中電灯を持って行った方がいいと思います。トイレに行ったら、星がたくさん見えるぞ。

3つ目は他のお客さんに絶対に迷惑をかけないようにしてください。以上3つを守るようにお願いします。忘れてしまっても、ルールや予定はしおりに書いてありますのでよく目を通しておいてください。では解散」


本田先生は早口で喋ってすぐにどこかへ行ってしまった。先生が着ているtシャツには、大きな流れ星のバックプリントがついていた。

まずはテントをどこに張ろうかと考えていると…


「海斗、テントの場所、隣にしない?」

ちょうどいいタイミングで絵里が話しかけてきた。

「いいよ、どこに張る?」


「あのへんとかどう?」

と絵里が指差した方向を見ると、星空を楽しんでくださいと言わんばかりに綺麗に上が開けた場所があった。

自分はすぐに賛成して、早速テントを張り始めた。



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数ヶ月ぶりのテント張りに苦戦してしまい、普段なら30分で出来るのに、今回は1時間もかかってしまった。

持参の昼食を食べて疲れた体を休ませながら、もう一度しおりのルールと予定表に目を通しておく。



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          予定表


11時ごろ到着予定。            

①テントを張る

②昼食(①②合わせて13時半まで、余った時間は自由)

③山コース、川コースの選択プログラム(飲み物持参、何をやるかはお楽しみ)(14〜16時)

④夕食(BBQ)(16〜18時)(班の4人メンバー全員が集まったら早く食べ始めても良い)

⑤キャンプファイヤー、3年生有志によるかくし芸大会(18~19時)

⑥就寝準備、自由時間(19〜21時)

⑦就寝(21時〜日の出)

朝食(パン)(7〜8時)

⑨テントの片付け(10時まで、余った時間はフリー)

12時ごろ学校到着予定

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        ルール

①他のお客さんに迷惑をかけないこと

②トイレ、シャワールーム、展望台、管理棟などの公共設備に用がある場合、なるべく混雑していない時間帯に行くこと

③事故が発生したら第一に管理棟に連絡すること、火の始末はしっかりと

④自由時間はサイト外に出てもよいが、絶対にキャンプ場外に出ないこと

⑤消灯時間は22時なので、それ以降は明かりを極力つけないように

⑥フリーサイトなのでどこにテントを張ってもよい、ただし他人のテントに入るのは禁止。


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昼食を食べ終わり、腕時計で時間を確認すると12時過ぎだった。キャンプ場をぐるりと一周でもしようかな、と思い、カメラを持ってテントから出た。すると、テントを固定するための釘打ちの作業で手間取っている絵里の姿が目に入ったが、手伝いはいらない、というので、ならばと、その場を後にした。

途中で、高3で学年一位で東大合格間違いなしと噂されている九爾来先輩と一緒になった。

「先輩の苗字って珍しいですよね。くじらいって、絶対読めません」

「だろぉ?うちのご先祖様は捕鯨船に乗ってたらしくて、最初はあの鯨っていう漢字だったんだけど、鯨を取るのが可哀想でツラく思ったひいひいじいちゃんが漢字を無理やり変えたらしい。そんなことより、今夜の俺の出し物期待しとけよ?絶対ウケるからな」


そんなこんなで30分ほど周りを散策し、方角や山の場所などを頭にインプットした。山が映った綺麗な写真も何枚か撮ることができた。

満足して、自分のテントに戻ると…まず初めに目に飛び込んできたのは、ぐにゃぐにゃでなにやら歪な形をした絵里のテントだった。

「あ、海斗!見て!人生初のテント完成。初めての割には意外と上手くできたでしょ?」


「あーうん。うまいと思うよ、うん」

見たところ、釘の打ち方、方向がバラバラで、上手く役目を果たしていない。

「釘の打ち方を変えるだけでかなり見栄えも寝心地も変わるからさ、テントの釘もう一回俺が打ち直して教えるから見ててよ」


「本当?」


「もちろん」


「わかった。見ておく。」

その後、自分は頑張って絵里に釘の仕組みから、どう打つのが1番抜けにくいのかまで教えた。結構時間を食ってしまったかなと、時間を確認すると、なんと13時40分だった。

「14時まであと20分しかない。急がないと」


「やば、私は川コースだけど、海斗は山コースでしょ?」


「うん。山コース。集合場所間違えないように気をつけるんだぞ」


「わかった。じゃあ後でね、BBQの時にどんなことやったか教えてね」


「把握。じゃあな」


____________________________________________________________________________________


選択プログラムの山コースの内容は、標高が元々高いここから、さらに2〜300m上の山まで登山をするという内容だった。正直、キャンプ場の周りの山で、昆虫でも捕まえるのかな…と思っていたが、完全にナメていた。

まあ、登山自体は慣れているため、なんてことない。しかし気がかりだったのが、この暑さだ。夏の登山は初めてなので、すぐにばてそうだ。だが実際は、全然ばてることはなく、むしろ超涼しかった。自分でもよく分からないのだが、そう思ってしまったことがなぜか少しだけ悔しい。

下山中、少し開けた場所に、小さな丘のような場所を見つけた。そこには4つのベンチと、2つのテーブルがあり、旧展望台と書かれた看板があった。そこで一休みした後、元の場所まできっちり下山。解散して今に至る。


自分のテントに戻り、着替えて休憩する。

解散した後、シャワールームを使おうとしたが、20人程が並んでいたので一旦諦めて、夕食の後にもう一度行くことにした。

夕食までの待ち時間の間、持ってきた『notice』の続きを読む。

今読んでいる3章が最終章で、なかなか読み応えがある。1章、2章で展開されてきたかなりの量の伏線が、ひとつ、またひとつとつながって、だんだん意味を成してきている。だが、自分はやっぱりこっちの方が…と没頭していると、すぐに30分が経ってしまった。

残り10分で夕食(BBQ)だし、行かないとな…自分はすぐにテントを後にした。絵里はテントにはいない様子だった。


____________________________________________________________________________________


BBQ会場の自分の席に行くと、テーブルには既に生の肉と野菜、ご飯がおいてあった。

夕食は4人班で食べる。テーブルのこっち側と向こう側に2席ずつあり。向こうの席には、他のクラスの男子二人組が座っていた。当然、面識はないので、適当にあいさつし、自己紹介をした。ちなみに自分の隣に座るのは…もう説明するまでもないだろう。

あぁ、絵里はそろそろ来る頃かな、と思っていると、

「お疲れ」

と絵里が、声をかけてきた。

「絵里ぎりぎりだね、どうだった?」

そんなたわいもない会話をしながら、絵里は隣に座り、自分は肉、野菜を焼き始める。BBQというわりには、なんだか肉が薄くてしょぼい。まあ、部活のキャンプだし、もともとあまり期待してはいないのだが。

今、男子は二人でなにやら盛り上がってるし、絵里はもくもくとご飯を食べているし、自分は一人みんなのためにご飯を食べる暇もなくせっせと肉を焼いてあげている。こいつら一体何様なんだ。

挙句には「海斗肉焼くのうまいな、もっと焼いてくれ」とか言い始めた。

俺の分の肉は絵里が確保してくれている。



「そういえば、絵里は川コースで何したの?」


「そうだ、川コースは釣りしたよ」

釣りって…山と川で難易度違いすぎでは?

「いいな、山コースは登山だよ?」


「へぇ!それはお疲れ!暑かった?」


「いやまあ、涼しかった」

素直に感想を伝えると

「でしょ?超涼しくて最高だったでしょ?私が言ったとおりだったでしょ?」

ニヤリと絵里は笑った。山派vs海派の戦い、山派の勝利にてこれにて終了。



「絵里は川でどんな魚を釣ったの?」


「あゆとか、ニジマスとかかな、結構釣れたよ」


「へーすごいじゃん。釣りのセンスあるんじゃない?」


「ないない、食べ終わったから、私が交代してあげる、海斗は食べな」


「いや、絵里食べるの早すぎじゃない?」

腕時計を見ると、17時だった。

「海斗が肉を焼いてくれて助かったよね~お二人さんもおなか一杯?」


確かに食べ終わっていないのは俺だけのようだ。

「海斗、バーベキューの後、見せたいものがある」


「なんだろうな、期待しておくよ。」

表向きは何も意識していないようにふるまったが、内心めちゃめちゃドキドキしている。

もしかして人生初の愛の告白を受けるのだろうか。そう考えながら、急いで残りを食べて、後片付けをし、すぐにキャンプファイヤー会場へとみんなで移動した。


キャンプファイヤーはキャンプ部恒例のイベントで、夏キャンプ、冬キャンプでも毎回行われる。

高3の夏のキャンプは最後なので、先輩たちは最後に楽しい思い出を作ろうとかなり気合を入れているそうだ。本田先生がキャンプファイヤーの火をつけて、僕たちはそれを囲んで座った。先生はおもむろにギターを抱え、今流行りのwhitestarの「shooting star」と「truth」を弾き始めた。そして三曲目は、本田先生オリジナルの「高3頑張れソング」という応援歌を披露し、高3のかくし芸大会がスタートした。

10名の先輩たちが、内輪にしかわからないが、めちゃくちゃウケる学校内エピソードを元にしたお笑いや、プロなのかと思うくらい美しく華麗なマジックや、三人組によるヒューマンビートボックスや、ブレイクダンスを披露した。隣にいる絵里もものすごく笑ったり、感心してなかなかご機嫌だ。そして最後に九爾来先輩の番だった。先輩が登場した瞬間、一瞬の沈黙の後、大歓声が起きた。

先輩は、ばっちりメイクし、金髪ロングヘアで、ドン・キホーテで手に入れたのであろう胸と股間にホタテ貝がついた水着姿で「こんばんわ、くじらいちゃんよ?うふん?可愛いでしょ?素敵?ここだけの秘密なんだけど...あたしってぇ~オカマなの...」といいながらみんなの周りをくねくねと踊り歩く。

自分を含めた一年生はみんなびっくり。呆然と口を開けていたがだんだん笑いがこみあげてきて、爆笑しながら絵里を見た。絵里も「ありえないよね」と笑っていたが、自分には、絵里の顔は怒りとも悲しみとも言えない複雑な表情に見えた。


キャンプファイヤーが終わり、各自テントに戻り、自分の時間を過ごす。

絵里は心なしか元気がないように見えた。


「さっき見せたいって言ってたものなんだけど、これなんだ」

そう言いながら、絵里がテントの向こうから手招きをしている。

行ってみると、

「じゃじゃーん!天体望遠鏡!」


「おぉ...」

なんだ、告られるかと思ったのに...まぁ違って少し悲しいけどほっとした。自分はやっぱりりんちゃんが好きだ。

絵里が天体望遠鏡を持っているなんて思ってもいなかった。


「絵里も天体望遠鏡持ってるんだ、倍率マックス何倍?」


「確か100倍だったはず…ってもしかして海斗も持ってるの…?」

と恐る恐る聞いてきたので、

「うん。300倍のやつなら、家にあるよ」

とドヤ顔をして言い放つと、

「負けたんですけど…」

結構ダメージを食らったようだ。

「俺のやつ大きすぎて持ち運びできないからさ、キャンプとかに持っていけるのは魅力的だな」

慌ててフォローして、なんとか空気を保つ。

「そうでしょ、実はこの望遠鏡、今日みたいなキャンプに行く時に持っていこうかなって思って買ったの、だけど、正直言って星についての知識は全然ない。確か海斗は小さい頃から好きだったよね?」


「そうだね、今になってもたまに夜空を見上げてぼーっとしたり、星座を探したりとかはしてるかな。それに今日はカメラ(夜空撮影用一眼レフ)を持ってきたし、きっと綺麗な写真がいっぱい撮れるよ」


「カメラも持ってるんだ…すご…」

と感心されたので

「趣味だからね」

とキメ顔をしてやった。

そして木星に焦点を合わせてあげた。

そして、木星に見飽きたら、次は土星に合わせてあげるよ。言った自分に、絵里の尊敬のまなざしが向けられているのを感じた。


                  19時30分

日が沈み、だんだんと夜空の全貌が見え始める。

今日はちょうど新月で、快晴、標高も高く、

夜空の写真を撮るのにこれ以上ない条件が揃っている。さすがは「星降る森キャンプ場」といったところか。

一旦絵里とは別れて、カメラを準備し、純粋に夜空を楽しむことにした。


周りから子供の笑い声や、焚き火のパチパチした音が聞こえる中、

ただひたすらに夜空を眺める。

最初はぼーっと上を眺めて時間を過ごして、次はカメラを構えて無心で写真を撮る。相当な時間を費やして100枚は撮っただろうか、自分でも撮りすぎなことは分かっている。

しかし、どうしても自分は夜空、いや、星空に魅せられてしまう。


自分は、幼い頃から星空が好きだった。暇さえあれば、よくベランダから星空を見ていた。

星空は不変。幼い頃見た星空と全く同じ景色を今の自分は眺めている。そう考えると、素直に夢を見ることが難しくなってしまった今の自分に、あの頃見ていた夢を思い出させてくれるような気がする。そんなタイムマシンのような星空が、自分は好きでたまらない。

それに…

そこで腕時計を時間を確認すると、20時30分だった。

まずい、就寝時間まで残り30分だ、体感時間では1時間くらいしか経っていないのに今のうちに歯磨きを済ませておかないと…

自分はすぐに洗面所に行って歯磨きを済ませた後、絵里の望遠鏡を土星に合わせて、自分はテントに入った。



           


                21時30分


就寝時間になり、薄暗いテントの中で『notice』の最後を読み終えた。

読み終えた達成感と名残惜しさで感傷に浸りながら、寝袋の中で目を瞑る。

まさか主人公が男じゃなくて女だったなんて。毎回東雲蒼さんの話にはオチに驚かされてしまう。そういえば、『notice』ってどんな意味だっけか。スマホで調べたら、「気づく」「告知」等の意味があった。

だんだん意識が遠のいてくる。どこかで感じたことのある、何者かに誘われるような感覚と共に、自分の意識は完全に途絶えた。






気づくと、「蒼ノ世界」にいた。

周りを見渡すと、小魚が泳いでいて、下を見ると自分は今浮いていると分かる

またこの「夢」の世界に来たんだ。何となく感動を覚えた。

自分が思い描いた空、いや、海が周りにただ存在していて、現実世界ではありえないことが起きている。なのに、なぜか自分は落ち着いている。

そして自分はまるでこの世界の創造者のように、たった一人、存在している。すると、

どこからか船の汽笛のような低音が鳴り響く。

その音を聞いた瞬間、あっと思った。

大気を揺らしながら近づいてくる音の正体は、すぐにわかった。

それは、あの、空を泳ぐ鯨だった。


「やぁ」

鯨は優しく語りかけてくる

「またお会いしましたね」


「単刀直入に言おう、きみは、あの助言の意味に気付けたかね?」

あの助言、きっとそれは、「常識を疑え、そして、ありのままを受け入れろ、そうすれば、世界はもっと自由で深いものになる」のことだと思う。自分、よく覚えてたな。

「いえ、まだです」

正直にそう答えた

「そうか、実は、私は今日、君にその意味を伝えようと思い、ここへ来たんだ」

自分は、身構える

「絵里は本当はもっと輝ける」


「え…?」

今なんと言ったこの鯨、絵里?

「きみと絵里が会って話した内容をもう一度思い出すといい、きっと何かが閃く」

やはり絵里と言っている。

一旦深呼吸をして、鯨の言うことを理解しようと努める。

まず…この鯨と出会う直前、自分は絵里と電話をしていた。

心に引っかかったことは、好きな男子とデートした方がいいとか、自分がりんちゃんを好きだとか言った後に、変な反応をしていたことぐらいか。

次の日、テストが終わった後、海派と山派で言い合ってたな、絵里は泳げるはずなのに、金槌とか言ってたっけ。

その次に会ったのはテスト返しの日。放課後みらいや書店に行こうとしたら、絵里とばったり会って一緒に本を買った。確か絵里が多目的トイレに入ろうとしていて面白かったな。


それくらいだろうか、残念だが自分は全く閃かない。

「閃きません」

正直に鯨に告げる。

「閃かないか?ではヒントを授けよう、お前の知っている絵里は本当の絵里か?」

その言葉を聞いた途端、頭の中が真っ白になった。本当の絵里じゃないってことは、何。絵里は妖怪?宇宙人?確かに自分は絵里のことをそこまで理解していないかもしれない。けど、確かに絵里はつかみどころがない部分がある。

もしかしたら、鯨の言うように、自分はいろんなことを勝手に決めつけていただけかもしれない、そう、勝手に結論づけていた自分がいた。


「絵里ともっと話をしてみます」

「そうか、では私の役目はもうおしまいだな、きみはもうじきすべての答えに辿り着くことができるよ、残りは君自身で学び、考えるんだ。では、達者で。」


その瞬間、この世界は幕を閉じた。


____________________________________________________________________________________


薄暗い視界の中、自分の意識はすぐに覚醒した。時計を見ると、午前3時。

目覚めてすぐ、今見た夢の内容を整理する。

前回の時と同様に、夢の内容は鮮明に記憶に残っている。

「常識を疑え、そして、ありのままを受け入れろ、そうすれば、世界はもっと自由で深いものになる」この助言は絵里に関して、と鯨は言っていた。

自分が思い込んでいたことの本当の答えはいったいなんなんだ?

絵里ともっと話そう、と考えながら、テントの外に出る。

外は新月も重なったからか、本当に真っ暗闇で地面も何も見えない。

ふと上を見上げると…そこには想像もできないほどの美しい満天の星空が広がっていた。真上には青白く流れているような天の川、無数のきらめく光が、まるで空にもうひとつの東京が覆い被さったように、そこにはあった。


その時、

「海斗?」

不意に絵里の声が聞こえてきた。

「絵里?なんでこんな時間に外にいるんだ?」

絵里のテントの方に近づくと、そこには、椅子に座って上を見上げている絵里がいた。

「それは海斗もでしょ、初めての寝袋はうまく眠れなくて…けど、そのおかげでこんなに綺麗な星空が見れて、満足してる。海斗は?」


「俺は、ちょっと変な夢を見てさ、一旦深呼吸しに外に来ただけ。そしたら本当に綺麗な星空を魅せられちゃって、今こうやって眺めてる。」


「まさに満天の星空だね」

その時だった、自分の頭にふとある考えが浮かぶ

「ねぇ絵里、ここから歩いて5分くらいのところに、もっと綺麗に星が見えるところがあるんだ。その望遠鏡持って一緒にいかない?俺は自分のヘッドライトとカメラ持ってくよ」


「本当?先生にバレない?」


「バレるわけないじゃん。行こうぜ」


「分かった」

絵里は、すぐに望遠鏡を担いで、自分の後をついてきた。

肩にカメラを下げながら、ゆっくりと歩く。

「絵里、着いたよ」


「結構登ったね、ここは…旧展望台?」

そう、自分が山コースを下山中に見つけて休んだ場所だ。

「絵里、空を見上げてみな」

その星空はさきほどの場所から見ていた星空と比べ、さらに輝いていた。

周りは、無音。自分と絵里が発する音以外、何も聞こえてこない。

2人は、ベンチに座り、ただひたすらに上を眺める。

きらきらと満天の星が、地球とは比べ物にならないくらい輝いている。

「ねぇ海斗、どうして星が好きなの?」

不意に絵里が聞いてきた。

「正直自分でもよく分からない。けど、自分は変わったものが好きなんだ。例えば、貝殻集めとか、音楽作りとか、普通の人があまりしなさそうな、珍しいことが好きでさ。星もおんなじ理由だよ。夜の世界の中で、光り輝く星を見ると、なんだか気分が高ぶるんだ。自分もあの星みたいな存在になりたいってね」

「へ~」

「変わったものが好きって言ってたけど、普通じゃないものは好き?」

絵里は興味津々で聞いてきた。

「いいよ、なんて言うのかな、自分はさ、どちらかと言うといつも目立たない方の人間でしょ?そんな自分だから、理想は特別なところがあって、唯一無二の存在みたいな、そんな人、ものが好きなんだ。普通じゃないものとか、変わってていいじゃんそれが個性なんだから」

自分がさっきの鯨の話を思い出しながら一通り理想論を語り終わると、なんだか絵里は不思議な顔でこちらをみていることに気づいた。


「絵里、どうかした?」

「いや、なんでもない、けど、海斗ならいいかなって思って」

その時の絵里の顔は、なんだかとても嬉しそうだった。

「え?なんのこと?」


「...実は私ね...女じゃないの」


返す言葉が見つからない。

「ど…どう言う意味?」

頑張ってどうにか会話を繋げる。

「実は私、ここ最近、気づいたの、体は女だけど心は男だってことに」


「へ…?」

その言葉を聞いた途端、頭の中のパズルが完成した。鯨が言っていたことがつながった。電話の時に絵里が変な反応をしたこと。それは自分が、「好きな男子」と言ってしまったからだ。海派と山派で言い争いになった時も、海は水着で体を露出させるから嫌だったんだ。それに、モールで会った時に、多目的トイレに入ろうとしたことも。そのすべてが、この一つの答えに合致する。それは、「絵里が女ではなく、男だ」という、常識を疑わなければ絶対に見つけられない答えだ。

自分は絵里になんて言ったらいいかわからない、が、これだけはわかる。それは、絵里は今まで相当葛藤をしてきたのだろうな、と言うことだ。

「どう、特別でしょ?」

絵里は笑ってそう喋りかけてくる。

自分もつられて笑ってしまう。

そんな絵里を自分はいいと思う。好きだと思う。味方でいてあげたいと思う。助けてあげたいと思う。一生の友達でいたいと思う。

「ああ、特別だな」

自分は笑顔でそう答える。

もう一度上を見上げると、星空が絵里の勇気を称えるかのようにさらに輝いていた。時計を見ると、4時をすぎたところだ。もうすぐ日の出の時間。

「ねぇ絵里、鯨に会うことはできた?」

ふと思ったことをそのまま口に出す。

「いや一度も、会ってみたいなぁ…」


「鯨ならそこにいるよ?ほら」

自分は星空を指差す。

「何言ってんの、嘘つかないでよ」

「嘘じゃないよ、そこには鯨座があるんだ」

秋の星座を夏に見る方法。それは真夜中眠い中で耐えること。

4時になれば、十分見ることができる。

二人で鯨座を見上げていると、突然流れ星が一つ、線を描いて大空を横切った。

まるで鯨座の星の一つが落ちてきたように見えた。「願い事!せーの!」


海斗&絵里「りんちゃんと付き合えますように!!!」


「え?」と言った自分の顔を覗き込んで絵里が囁いた。


「notice?」







































「え、もしかして、俺たちライバル?」


「闇深いね」



                     end.







                           written by: 東雲蒼


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[一言] やるやん
[一言] やるやん
2024/01/01 15:57 退会済み
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