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【04】目の上のたんこぶ

 時は、ニールがブラックムーンストーン子爵邸から出て行った時までさかのぼる。


 ニールの来訪は、昼時より前のタイミングであった。

 その日はブラックムーンストーン子爵家の人々は皆屋敷の中にいたので、昼時になれば全員が食堂に集まった。最後のニールの言葉に惑わされて酷く混乱したままのカリスタはその席で父と母と祖父と祖母にニールから言われた言葉を告げた。

 父はニールの言葉をそのまま伝えたカリスタに、目を見開いて言う。


「何がどうしてそうなる?」


 カリスタと全く同じ感想だった。

 そして恐らく、この場にいるブラックムーンストーン子爵家全員が思っている事でもあった。


「……分かりません」


 家族に吐き出したことで多少冷静さを取り戻したカリスタは溜息をついた。

 祖父と祖母は、言葉を失って顔を青ざめさせたまま何も言わない。そんな中、母がことさら大きく溜息を吐いて、祖父と祖母を睨むように見た。


「お義父様、お義母様、まさかですがヘレンとニールを結婚させて、爵位を彼らに譲ると?」

「まさか!」

「ありえないわ……」


 長年ブラックムーンストーン子爵家を守って来た祖父は、母の言葉に反射で叫び返してやっと再起動したようだった。祖母も弱々しい声で祖父に同意するものの、祖父ほどの力強さはなかった。どちらかというとしなしなになってしまった花のようだった。

 祖父が立ち上がり、家令に指示を飛ばす。


「ヘレン、ヘレンは何を考えている? ヘレンはどこだ! ヘレンを呼べ!」

「父さん、ヘレンはまだ貴族学院だ」


 確かにヘレンはブラックムーンストーン子爵家にいるもう一人の少女だ。カリスタより三歳年下で、まだ貴族学院を卒業していないので日中は貴族学院に通って勉学に励んでいる。……はずだ。

 ヘレンの性格を思い出したカリスタは、彼女が真面目に努力しているか不安だが。


 学院に行っているのを知っているはずの――というかそもそもヘレンが貴族学院に通ったのは祖父母の強い強い意向の元なのだが――祖父が家令にヘレンを呼ぶよう命令したという事は、それだけ彼も混乱しているという事だろう。父が頭を抱えつつそれを宥めた。


「……これも、貴方たちがヘレンを甘やかした結果なんじゃないか?」


 父が祖父母を睨みながらそう言えば、祖父母は血の繋がった息子を睨む。息子の言葉に込められた厭味皮肉を感じ取ったからだ。


「そんな事は!」

「ないとでも。欠片も?」

「……」


 怒鳴った訳ではないが、強い口調の父に、普段は強気な祖父も、祖母も、何も言い返せなくなって口ごもる。

 普段であれば、父もここまで言わなかっただろう。貴族の家というのは結局は当主の権限が最も強い。いくら一人息子とはいえ、カリスタの父はまだ次期当主という立場でしかない。最終決定権は祖父にあり、父もある程度の所で妥協して祖父に従う様子を見せる事が多かった。そんな父が祖父相手に怒りすら滲ませて言葉を重ねている。

 父は、己の両親が何も言えずに黙り込む姿を見て溜息を吐く。横の席に座していた母が、そっと父の腕に手を添えた。


「貴方。落ち着いて。まずはツァボライト家に手紙を送らなくては」


 この場合におけるツァボライト家というのは、二つだ。一つは勿論ニールの生家であるツァボライト男爵家。しかしツァボライト男爵家の人々は、ニール以外は領地で暮らしている。そこまで手紙を早馬で届けても、往復で五日ぐらいはかかるだろう。即座の返事には期待できないが、それでも連絡は早いに越した事がない。

 もう一つが、ニールが王都で暮らしているツァボライト子爵家の人々。ツァボライト子爵はツァボライト男爵家(ニール)とブラックムーンストーン子(カリスタ)爵家の婚約を繋いだ仲人でもある。婚約を解消するというのなら彼らに一報を入れなくてはならない。


「分かっている。父さん、よろしいですね」

「当然だ」


 僅かに立て直した祖父がそう答えを返す。


「この婚約は個人の感情に起因するものではない。家と家の契約に基づくものだ。それを事前の通達もなしに解消を告げるなど、こちらを馬鹿にしている!」


 祖父が憤慨気味に叫んだ。

 確かにその通りだ。ツァボライト家側で何か事情が変わっての解消だったとしても、当主同士で事前に通達等があるはずだ。それが筋というもの。そのような相談もなしに勝手に解消というのは、ブラックムーンストーン子爵家が下に見られているという事になる。面子を重んじる貴族にとっては酷い侮辱だ。……そこまでは意識が回らなかった事に思い至り、カリスタは遅れて羞恥心を感じた。すぐに訪れる未来ではないとはいえ、カリスタは将来的にはブラックムーンストーン子爵家を継ぎ、女子爵となる。だというのに、己の家が馬鹿にされてもまともな文句の一つも言わなかったとなれば、カリスタの方にも非があると揚げ足を取る者もいるだろう。何より同じ一門の人間が、そんな事を許すわけはない。祖父母も父母も、カリスタの不足よりもニールのとんでも発言に気を取られているが、カリスタは甘い考えでいた自分を叱咤した。


 娘がそんな風に考えている横で、祖父母と父母は話を続ける。


「まず急いで両ツァボライト家に連絡を入れねば」

「それと、ヘレンとニールそれぞれからも話を聞かなくては」母がそう言った。「ニールには私と旦那様が会い、言葉の意味を問いますわ。ヘレンはわたくし達よりもお義父様とお義母様の方が嘘偽りなく答えるでしょうから、お二人が事情を聞きだしてくださいませ」

「ああ……分かった」


 祖父はそう答えたけれど、祖母はまだ現実が受け止められないように呆然としたままだ。


 婚約解消だけならばこうも混乱する筈がなかった。それもこれも、ニールの発言――カリスタとの婚約を解消し、次にヘレンと婚約を結び、ブラックムーンストーン子爵家を継ぐという意味にしか聞きとれない言葉のせいだ。


 どうしてニールがそんな事を言い出したのか分からない。ヘレンと結婚したとしても、彼はブラックムーンストーン子爵家を継ぐ事など()()()だ。確かにヘレンはブラックムーンストーン子爵家で暮らしている。けれど彼女は、ブラックムーンストーン子爵家の令嬢ではないのだから。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >>その日は世間的には休息日と呼ばれる日であり、 >>「父さん、ヘレンはまだ貴族学院だ」 矛盾してる。 [一言] 一気見中です。 面白いです。 あと誤字報告に入れましたが、妹の旦那は…
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