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【04】バルバラの生から死Ⅳ

 バルバラが三年生になり、数か月経った頃。両親が死んだ。事故死であった。


 所用で橋を渡っていたところ、その橋が突如崩落したのだ。両親だけでなく、当時橋を使っていた人の多くが川へ落下し、命を落とした。


 橋の老朽化が原因であった。前々から問題視されていたのに、誰もそれを直そうとしなくて後回しにしていた。結果として、少なくない人数が死に至った。誰に責任があるのだと被害者遺族の怒りは燃え上がり、故郷は今大騒ぎらしい。


 両親の死にバルバラは大いに衝撃を受け、呆然として何も手につかなくなってしまった。


 両親の葬式には辛うじて親族の大人だけが参列したが、誰もかれもがバルバラをまともに見ようともせずに去っていった。面倒な事に巻き込まれたくないという様子が明らかであった。


 両親の死によって、バルバラは二つの問題から貴族学院に通い続ける事が困難になってしまった。


 一つは金銭的問題。

 父母は確かに学院に通うためのお金を貯めてくれていたが、それは入学金を含めておおよそ二年分ほどの学費であった。バルバラが入学後も生活を切り詰めてお金を貯めてくれていたものの、卒業までの日数の学費とバルバラの生活費を考えると、足りない。

 万が一生活費を現在下宿状態である伯母一家が無償或いは借金のような体裁で受け持ってくれるとしても、伯母一家では学院に通い続けるだけの学費を捻出する事は不可能。結果的に、卒業まで学院に居続ける事はほぼ不可能であった。


 二つ目が、後見人の問題である。父の死により、バルバラは貴族としての身分を失う事となった。つまり今のバルバラは、平民なのである。

 貴族学院に通えるのは貴族と、貴族の後見を受けた平民だけ。過去、問題なく過ごしていたとしても、今後バルバラが何かしら問題を起こしたとき、責任を取る大人がいなくてはならないのだ。

 祖父母が生きていれば喜んで引き受けてくれただろうが、祖父母は既に亡く。

 そして父方の親族たちはその後見を引き受けたくなく、そっぽを向いていた。駄目元で本家にも連絡してみたが、すげなかった。

 バルバラには、貴族が投資したいと思えるような旨味は特になかったのだ。

 バルバラが突出した才能を持つものであったなら引き受けてくれる者はいたかもしれないが、バルバラはそんな才能ない。努力でやっと、平均より少し上の成績が取れるようになってきた所である。

 もはや唯一の味方といえるのは母方の伯母夫婦だが、伯母夫婦は平民だ。貴族学院に通うための後見人にはなれない。


 結局、バルバラは貴族学院を退学するしかなかった。


(もっと学びたかったのに。あと二年もなかったのに。卒業出来てさえいれば、私一人でも、なんとか生きていけたのに)


 退学と卒業では全く違う。

 退学は――今回のような場合であれば、事情を説明すれば同情してくれる人もいるだろう。

 だが、大半の場合は「本人に何か問題があって止めたのでは?」と取られる事だろう。


 あと約二年だけでも、貴族学院で学べたら――そう思いながら、バルバラは貴族学院を後にするしかなかった。



 ■



 両親の死後、バルバラは伯母夫婦の元を出る事を決めた。平民の常識から考えれば、バルバラの年齢は独立していてもおかしくない年頃だ。学院に通い続けられない今、伯母夫婦にこれ以上迷惑をかけられない。

 何より、傍にいては伯母夫婦からすら邪険に扱われるかもしれない。

 バルバラに残った唯一の優しい親族からも冷たく扱われたくなかった。


 そうして貴族学院を退学後、バルバラは王都の貴族の屋敷にて、下級の使用人として働き始めた。

 所謂下っ端のメイドである。

 主人一家の前に出る事もなく、毎日毎日下女と言われる最下層の使用人たちとほぼ同列で仕事をしていた。


 元貴族といえど今は平民。貴族学院に通っていた過去はあるものの、卒業出来ていないので学力なども保証されない。

 むしろ、下女扱いで雇われなかっただけまだ幸運であっただろう。


 とはいえ、最初に働きだした家は貴族の中でも下層の家だった。王都に屋敷を持っているだけ、バルバラの生家よりは裕福なのは間違いないが、それでもジュラエル王国全体から見れば下の方。

 つまり、金銭的に苦しいような家ばかりであった。


 バルバラの生活は苦しかった。伯母夫婦の元で、どこかの店で働くという手もあっただろうと今になってみれば思える。


 そんな風に過ごしていたある日、使用人たちが全て集められた。そして家をまとめていた執事から、この屋敷を売り払う事が決まったと告げられた。

 つまり、この屋敷の維持のために雇われていた使用人たちはクビという事である。

 幸いにも紹介状を書いてもらえたので、バルバラは即その紹介状に書かれた家に駆け込んだ。


 他の使用人たちもその家に駆け込んだ。駆け込まれた家の執事は迷惑そうな顔をしていた。恐らく使用人の受け入れ自体は話に聞いていたのだろうが、ここまでの人数とは思っていなかったのだろう。

 その後、元の家で高い地位で働いていて仕事が出来ると思われた数人と、若さ故にバルバラとほか数人だけが正式に雇われた。他の者たちは雇えない、と追い払われた。


 そこでの生活も、楽なものではなかった。金銭的には厳しいし――何せ王都は家賃も物価も、故郷の町と比べても高いのだ――仕事も大変だ。

 そして、また、屋敷がなくなる事になってクビになった。


 バルバラは何度も転職を繰り返した。

 途中で気が付いたのは、いつ王都の屋敷を手放すか分からないような貴族と付き合っているのは、殆どが同じように屋敷を手放す可能性を持つ貴族らしいという事だ。

 その結果、移動しても移動しても、そう遠くない未来に屋敷を手放すことになり、屋敷の維持のためだけに雇われているバルバラのような下級の使用人はいらなくなってしまう。


 辞めたのは自分の希望ではないものの、短い期間で色々な場所を点々としていれば、新しい受け入れ先での印象も悪くなってしまう。

 特に貴族の使用人なんてものは、信用が大事だ。簡単に職を手放すのなら口も軽そうだ――なんて、バルバラは先輩たちに囁かれながら必死に仕事をこなした。


 そうして働き始めて数年後。

 いくつめの職場か分からない家で働いていた時だった。

 他所の家の使用人が、手紙を届にやってきた。

 たまたま手が空いているのがバルバラだけで、バルバラはお客様を応接間に案内する。


「暫くこちらの部屋にてお待ちくださいませ」

「分かりましたわ」


 頭を下げてすぐに出ていこうとしたバルバラを、その客人は引き留めた。


「あの……違っていたらごめんなさい。貴女、バルバラ様ではなくて?」


 名前を当てられてバルバラは振り返った。そしてその使用人の顔を見て、アッ、と声を漏らす。


「メリッタ様……?」

「矢張り! そうではないかと思ったの!」


 それはメリッタ・インディコライトであった。


 この時は流石に双方仕事中であったが、後日、メリッタから誘いがあってバルバラはなけなしのお金で指定されたカフェへと向かった。


 そうして二人は再会を喜び、昔を懐かしんだ。


 メリッタは予定していた通り、インディコライト男爵家――あの、ザブリーナという令嬢の家にて働いているのだという。バルバラはメリッタから近況を聞かれた時は、濁した。だが濁せば十分に、相手には伝わった事だろう。喜々としては語れぬ状況であった、という事が。


「また会いましょうね」


 とメリッタには言われたが、バルバラからすれば気持ちは有難くも、何度もこのようなカフェに来る事は無理だった。


(もうしばらくメリッタ様のお顔を見る事もないわね)


 ――と思ったメリッタだったが、そこからそう時間がかからず、バルバラはメリッタに会う事となった。


 働いていた家の主人たちが、夜逃げしたのである。


 知らぬところで借金を抱えていたそうで、それは綺麗な夜逃げであった。使用人だけが取り残され、その屋敷内部に借金取りが押し入ってくる。

 主人たちはお金になりそうなものは大半回収していたようで、その残ったわずかな調度品なども借金取りが持って行ってしまった。


 バルバラだけでなく、使用人たちは皆困った。

 紹介状をもらえていなかったからだ。

 これでは、次の職場を探すのに大きなマイナスイメージを抱える事になる。


(どうしたらいいの。どうしたら――)


 ぐるぐるとバルバラは悩み、そして、恥を晒すと覚悟してメリッタへと筆を取った。


 メリッタは事情をよくよく分かってくれた。何せメリッタが手紙を届ける程度には、メリッタの仕えているインディコライト男爵家も、逃げた主人一家と関りがあったのだ。

 幸いにもバルバラの主人一家の逃亡でインディコライト男爵家がダメージを負ったという事もないらしく、メリッタは少ししてからある家を紹介してくれた。


 ――ザブリーナ様を覚えているかしら。ザブリーナ様は今、ルーベライト子爵家に嫁がれているのよ。お話をしたら、ルーベライト子爵家で雇ってもよいと仰ってくださったわ!


 そんなメリッタからの手紙を握って、鞄一つしかない荷物を抱えて、バルバラはルーベライト子爵家の王都の屋敷にたどり着いた。


「まあいらっしゃい。メリッタからは事情を聞いておりますわ」


 ザブリーナは憔悴しているバルバラをそう言って受け入れてくれた。更に、バルバラが様々な家で働いていた事や貴族学院を退学になったものの在学中にそれなりに良い成績を修めていた事を考慮してくれて、今までよりも上の地位の使用人として雇い入れてくれた。


「あ、ありがとうございます。ありがとうございますッ!」

「礼は仕事の成果で返してくださいな」

「はい!」


 こうしてバルバラは、ルーベライト子爵家で働くようになった。

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