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【02】バルバラの生から死Ⅱ

 貴族学院での生活は思っていたよりずっと順調であった。

 勉学は難しく手一杯となってしまいがちであったが、伯母一家からのサポートもあり、意外となんとかなった。


 伯母夫妻は子がいなかった事も良かっただろう。もし子がいたならば、自分たちは平民として暮らしているのに、居候の従姉妹が毎日貴族学院に通っているなんて、嫉妬しない訳がないから。


 バルバラは学院で何人も友人が出来た。


「バルバラ様、本日提出の課題終わりまして?」

「ええなんとか。メリッタ様は?」

「まだあと少しありますの~! 昨日ほぼ徹夜しましたのに~!」


 メリッタ・インディコライト男爵令嬢は、バルバラが貴族学院で知り合った友人の一人だ。たまたま、受講する授業の被りが多く、過ごす時間が多い事で特に親しくなった学生である。


 他にも特に親しくする数人の友人と日々を過ごしながら、バルバラは自分の未来をどうしようかと悩んでいた。

 学院に入ってから暫くして、バルバラは貴族学院が教育機関の側面以外に、学生同士の交流の中から、将来の部下や結婚相手を探す場になっているという事に気が付いた。


「この前コルテン様が下さりましたの」

「良いですわね。わたくしはこの前ベルギウス様が」


 友人たちに誘われ、学院内で行われている茶会に参加するのは数度目だが、殆どが恋愛話である。

 婚約者がいる者は婚約者の話を。そうではない者も、あの方がかっこいい、この方がかっこいい、なんて話ばかりである。


 誰がかっこいいという話自体はバルバラも楽しく参加出来るが、「バルバラ様は婚約者はいつごろ決められる事になっておりますの?」なんて聞かれると、困ってしまう。


 令嬢の大きな進路は、二つだろう。

 つまり結婚か、就職かである。


 だが生まれ持っての令嬢で、平民がほど遠いような人物であればあるほど、皆、結婚相手を探すことに熱中しているように思われた。

 彼らからすれば平民になって、働くなんて事が許せない事なのかもしれない。


 むろん、結婚しても働かない訳ではない。

 ただ、結婚した後の最も重要な仕事は嫁ぎ先の家を守る事だ。

 夫の子を生むという最大の仕事をこなしつつ、家の中の処理を行う。また、家門の立場を確立させるために、貴族夫人として交流する事も重要である。


 とはいえ、全ての貴族夫人がそんな生活をしているわけでもないとバルバラは知っている。

 書類上は、バルバラの母も貴族夫人である。とはいえ、貴族同士の交流など皆無で、平民だった時と変わらず母も外に働きに出ている。

 そうなる可能性の話なんてものは会話で出てこないので、表には出さないようにしているのか、全く想定していないかのどちらかだろうと思われた。


 そうした、結婚相手を探す令嬢を見ていると、バルバラの中でもある程度気持ちが固まった。


 やはり、就職だ。

 一般的に平民の殆どは、親と同じ職に着く。親がその職に縁がない状態で働くというのは、まず、働き口を探すだけでも大変だ。そして大半が、肉体労働だろう。

 肉体労働そのものにバルバラは抵抗感はない。しかし貴族学院でしっかりと学んだという実績を持てれば、平民社会においては高給取りの部類に入る仕事をこなせるようになる。


 金は大事である。


 バルバラの両親が散財する性質でなく、子のためにコツコツと貯められる人たちだったからこそ、バルバラは貴族学院に通えている。

 やはり金が稼げるようにはなりたいと思った。

 そも、そうした金を稼げる人間になるために、貴族学院にいるようなものである。


(とはいえ、流石に王宮の文官は……目標が高すぎるかもしれないわね)


 自分で身を立てる形で一番に思いつくのは、文官となる事である。その中でも最高峰の職場は、王宮だ。そこで働ければ、収入は安定する事は間違いない。

 ただ問題は、この国で文官となるには、かなり高い成績を求められるという点と、貴族という身分の保障が必要になる。


(今の成績だと、夢のまた夢よね)


 平民たちの中では、バルバラは最も頭の良い子供であった。祖母の教育で苦労なく文字が読め、計算だって簡単に出来た。

 しかし貴族学院に来た事で、自分のしてきた事は貴族にとっては基礎、当たり前でしかない知識であったという事をつくづく痛感している。


 更に、身分の保証も難しいところだ。

 まだまだ先の話ではあるが、父が亡くなると誰か別の人に身分の保証してもらわなくてはならない。安全性の問題から、文官や侍女などは、貴族の身分が必須なのだ。

 この国では女性でも爵位を得る事が出来るので、例えば父が生きているうちに文官になり、成果を上げ、一代限りの爵位を得るという道もなくはないが……自分に出来るとは、バルバラには到底思えなかった。


(頑張れば出来はするかもしれないけど)


 そうまでして王宮の文官そのものになりたいかと言われると、やや、気持ちは否定に傾く。

 激務だとも聞くし、何より、バルバラには王都は少し騒がしすぎる。もう少し自然が多い、田舎で暮らしていきたいとも感じるのだ。


(お父様とお母様に相談して、町での働く口を探してもらおうかしら)


 文字が読めて計算も出来て、学院の卒業した経歴があれば、町で役人みたいな事は出来るだろう。

 女でも十分、一人で生きていける金を稼げるはずである。


 バルバラは、そんな風に自分の未来を考えていた。



 ■



 メリッタとバルバラが横に並んで学院の廊下を歩いていた時の事である。

 前方から歩いてきた一人の令嬢に、メリッタが飛びついた。


「ザブリーナ様!」


 メリッタがザブリーナと呼んだのは、水色の髪に赤い瞳の令嬢であった。バルバラたちより上の学年だろう。

 二人が楽しく雑談しているのを、バルバラは少し離れた位置で黙って聞いていた。


 会話の内容から分かったのは、どうやらザブリーナはメリッタの本家の令嬢であるという事だった。

 メリッタはバルバラと違い、両親がどちらも貴族家生まれの家の令嬢だ。そして代々、本家に仕えている分家でもあるという事は知っていた。


(インディコライトってどのような家だったかしら?)


 貴族社会の中で生きていく事を想定していなかったバルバラは、メリッタの家の詳しい関係性など覚えていない。

 なのでメリッタの家格がどの程度か――ここでいう家格は勿論、爵位の話ではない――が思い出せず、それゆえに会話している相手であるザブリーナの家格がどの程度かも分からなかった。


 まあでも、確か、インディコライト家そのものがトルマリン家の分家だという話だったから、爵位的には一番高くても子爵位だろう。それでもバルバラからすれば、普通は手が届かない高さの人物であるが。


「バルバラ様。バルバラ様! こちらに!」


 そんな風に考え事をあれこれとしていた所、急にメリッタに名前を呼ばれた。

 メリッタの横に並べば、メリッタはザブリーナにバルバラの事を紹介した。

 緊張していたが、祖母のお陰で失態なく挨拶が出来た。


 この時の会話は当たり障りない会話であったが、ザブリーナがインディコライト男爵令嬢だという事は分かった。


 男爵家の本家に、男爵家の分家がいくつも繋がっているわけだ。


(私の家もそんなものだけれど……末端での本家分家って、どうにもややこしいわね)


 バルバラの家も、本家分家の関係を語るのであれば、同じようなものである。

 つまり、男爵である祖父が当主の家の分家として、バルバラの父が当主を務める男爵家があるような形になる。


(男爵より下があれば、上下関係がもっと分かりやすくなったでしょうに)


 恐らくこの国の多くの人や外国人が一度は思う事を、バルバラは思った。


 この国の貴族の爵位は五段階しかない。

 王家の姫または王子の臣籍降下で起こされる公爵家。こちらは現在、複数存在している。

 国の建国にかかわった由緒ある三つの侯爵家。公爵家に対して三つしかないものの、多くの分家や孫分家を持ち、一族そのものの勢力は公爵家に全く劣っていない。

 そして、その他様々な由来でこの国の貴族となった、伯爵家。

 伯爵家らの分家として立ち上げられた子爵家。

 そのさらに下に、分家として立ち上がった男爵家。


 新たに爵位を頂く場合、一番頂きやすいのが男爵位だ。独立の際に最初から子爵位以上を得ようと思っても、かなりの功績がなければ認められない。

 

 他国では騎士そのものが爵位になっている騎士爵なるものや、様々な功績に合わせた独自の爵位。或いは辺境伯、なんて爵位もあるらしい。どれもジュラエル王国にはない爵位だ。


(まあ、私みたいな一国民が考える事を、今までのもっと偉い人が考えていないはずはないのだし)


 この国の仕組みが何百年と変わっていないのであれば、何かしらの理由があるのだろう。


 ザブリーナと別れた後、メリッタは更に詳しく自分の家の環境について語ってくれた。

 ザブリーナの家はインディコライト一族トップであるインディコライト子爵家の分家であるが、ザブリーナの祖父の才覚によって分家の中でも最も財力を持つ家なのだという。

 分家の中でも特に力がある家の分家なのはメリッタの中で特に重要な事のようで、ザブリーナの家の素晴らしさをバルバラに対して語っていた。


「私、学院を卒業したらザブリーナ様のお家である男爵家で侍女として働きますの。本当はもう少し早く、行儀見習いから始めたかったのですけれど、親が行儀見習いから始めるよりも、学院を卒業した方が箔もつくと言って……。別に、箔が欲しければ、ザブリーナ様のお家で働くだけで十分だと思うのですけれどね。でも学院もザブリーナ様のお近くにいれる場所と考えれば、悪くはないですわね~」

(ああ……)


 この話を聞いていた時、バルバラはメリッタと自分の間に、大きな差があると気が付いた。

 引き攣りそうになった頬を隠しながら、バルバラはメリッタと他愛ない話を続けていった。


 伯母の家に馬車で帰ったバルバラは、制服を脱いで部屋着になり、ごろりとベッドに寝転がってから今日の事を思った。


(……思い返せば、メリッタ様は初めて会った頃から大して授業に真剣ではなかったわね)


 自分は勉強に必死過ぎて気が付かなかったが、メリッタにとっては貴族学院に通う事よりも、本家の人間とお近づきになれる方が大事なのだろう。

 学院に通える事に心の底から喜ぶ人間がいる一方で、学院に入る事にそこまでの価値を感じない人もいる。


(なんだか、胸がムカムカするわ)


 バルバラは親が必死にためてくれたお金と、祖母が孫に嫌がられても仕込んでくれたマナーのお陰で学院に通えている。

 でもメリッタからすると学院は別に通わなくてもいいようなものである。

 その事が、バルバラの胸に影を落としていた。

 ゴロリと寝返りを打つ。

 今日も課題をこなしていなくてはならないのに、この日だけはどうしてもする気が起きなかった。


 結局課題をこなさないまま寝たバルバラは、次の日初めて課題を締め切りに提出できなかった。

 幸いにも普段のバルバラの授業態度が良く、課題の提出も欠かした事がなかったので、教授は大きな失点とはしないでくれたのだった。

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