【01】バルバラの生から死
※この話単体では救いありません。死ネタになります。苦手な方もいらっしゃるため、追記させていただきます。恋愛要素もありません。
前話までの雰囲気のお話とは全く違います。
本作品はありがたくも書籍化していただいておりますが、書籍版はなろう版と物語の大筋は似ているものの、大幅に改変してお送りしております(分かりやすい例えですと、主人公の容姿なども違います)。
なろう版のカリスタとイージドールのお話などは、今後更新する予定は、現時点ではありません。
バルバラはジュラエル王国の、とある貴族の一族の末端の末端に生まれた。
貴族は特権階級であるが、子々孫々繁栄して一族の数が増えれば増えるほど、その特権を享受できない人間が増えてく。
バルバラは、殆どの面でその特権を享受できない立場で生まれた。
父は生家からは何も引き継げる遺産がなく、一度平民となった人物だった。
その後も腐る事なく長年仕事をまじめに務めた事を評価されて爵位を得たという人物である。
母は父が平民になった後に出会い結婚した、生粋の平民であった。
そんな両親の元にバルバラは生まれた訳だが、貴族という肩書を持つだけで、その生活は殆どが平民そのものであったのは想像に容易いだろう。
ジュラエル王国において爵位とは、条件さえ満たせれば比較的容易に手に入るものであり、それすなわち生活の保障には全くならない。中には平民と同等、或いは平民以下の生活を送っている貴族も多いのだ。
そんな生まれのバルバラを憐れんだのは、父方の祖母である。
父方の祖母は平民生まれ平民育ちの母に貴族らしい矜持を持つ事は強要しなかったが、仮にも貴族令嬢として生を受けたバルバラには貴族のマナーを覚えるべきだと強要した。
「バルバラ! 貴女は貴族令嬢なのですよ!」
そんな決まり文句の叱責を、バルバラは何度受けたか分からない。
幼いころ、バルバラは祖母が大嫌いであった。
あれは駄目、これは駄目、もっとこうしなさい。
祖母は口うるさく、バルバラの生活に縛りを設けた。口調や言葉についても、母や周囲の子供たちと同じような喋り方をしてはいけないと、やたらと言われたものであった。
考えても見てほしい。
周囲の子供たちは「父ちゃん母ちゃん」「じいちゃんばあちゃん」と家族を呼んでいるのに、自分だけが「お父様お母様」「お爺様お婆様」などと家族を呼ばなければならないのを。
周りの子供たちからは殆ど同じような生活をしているのにお高く留まっている、貴族サマだからな、などと馬鹿にされ、恥ずかしくてたまらなかった。
ちょっとはしゃいで崩れた口調をしたのが祖母にばれれば、それはそれは怒られるのだ。
母は貴族である祖母には逆らえないし、父はどちらかというと祖母の教育方針を支持していたため、幼いころのバルバラは制約が多いこんな家、早く出てってやると思うようになっていた。
「貴族っていったって、私は木の根っこの根っこなのに」
バルバラは何度もそう思った。
貴族だからと、祖母という家庭教師によって幼いころから文字を覚えさせられて数字の計算を教えられていた彼女は、貴族の中にも多くの理由から上下がある事をよくよく理解していた。
貴族と平民の差は歴然としてあるが、貴族の中にも本当の尊い人物と、とくにそうではない人物がいるのだ。その分かりやすい違いが、爵位の継承可能かどうかの決まりだろう。
ジュラエル王国の爵位は、子々孫々引き継げるものと、本人限りで引き継ぐ事が出来ないものがある。そして前者を所有する人間と後者を所有する人間では、後者の肩書を持つ貴族の方が圧倒的に数が多い。
勿論、バルバラの父も後者である。
バルバラが貴族令嬢という枠組みに入っているのは、あくまでも父が男爵位を持つ貴族であるから。つまり父が生きている間だけの、期間限定の貴族令嬢なのである。
「なんで私ばっかり、こんなに机とにらめっこしなくちゃいけないの?」
バルバラは外ではしゃぐ同年代の子供たちが羨ましくて仕方なかった。
母にもっと遊びたいと訴えても、「勉強出来るってとても幸せなことなのよ」と言われるばかりで、バルバラの気持ちなど分かってくれなかった。
■
その気持ちに変化が出るようになったのは、もう少し大きくなった頃である。
このころにはバルバラもある程度要領よくなり、祖母の前ではあまり失態を犯さないようになっていた。
ようは、祖母の目や耳に平民みたいな言動をしたバルバラが入らなければいいのだ。
祖母は仮にも貴族なため、バルバラの近所の子供たちや大人と直接会話をすることは殆どない。
なので家の中ではちゃんと貴族令嬢らしく振る舞っていれば、祖母がバルバラの言動には気が付く事はないのだと、バルバラは気が付いたのだった。
これはいい事ずくめだった。祖母はバルバラが自分の望む通りの貴族令嬢になったと思って怒る事は減ったし、バルバラは我慢するのは家の中だけと区切りをつけられる事でストレスが減った。
そんなある時、町中を近所の子供たちと歩いている時の会話で、バルバラは驚く事となった。
町で定期的に開かれている露店には、近隣から出稼ぎに来た者が営む露店が並んでいるので基本的には顔ぶれが一緒だが、完全に同じものばかりではない。時折、遠い地域から旅をしているのだろう店がやってくる事もある。
その露店の通りを歩いていた時、バルバラは見慣れぬ露店がある事に気が付いた。どこの店だろうと思って、店に掲げられている看板を見ると、どうやらバルバラも辛うじて名前が知っているほどの南の地域から来た店らしかった。
バルバラは友人たちを呼び止めて、その露店を指さした。
「あらっ、みてよ。あの露店、わざわざ南から来たのですって。南で食べられている人気の食べ物って、どんなものかしら」
「え、なんでそんな事分かるの?」
「え? なんでって、看板に書いてあるじゃない」
「そうなの? 私読めないから分からないわ」
それはバルバラにとっては衝撃だった。
バルバラにとっては、世の中に溢れている文字は全て理解の出来る言葉である。勿論知識不足で知らぬ単語の時は意味が分からないが、それでも単語を作っている文字そのものは理解出来ている。
しかしそれは貴族の一般的な価値観であり、平民にとっては当然ではなかったのだ。
もっと発展した大きな規模の町の平民なら、多くの者が文字も読めるのかもしれない。しかしこの地域では特に大きな町とはいえ、バルバラたちが暮らす町はジュラエル王国の地方にある町だ。平民たちの多くは日常的に使う簡単な単語しか知らず、自分の生活圏にない単語は読む事も聞く事もあまり出来ないのだ。
むろん、計算も簡単な事しかわからず、バルバラが祖母にさせられていた乗算除算など、当然分からないという状態であった。
幼いころは皆どうせ知らず、大した違いにはならなかったが、年を経るごとにバルバラが祖母に仕込まれた勉学は、他者とバルバラの違いとを明確にするようになった。
(お母様やお婆様が言っていた事は、正しかったのかもしれない)
生まれて初めて、勉強をしていた事に価値を感じたバルバラは、今までは受け身でしかしなかった勉強を、自分から進んでするようになった。
これまでは課された宿題をなあなあに「とりあえず解きました」という程度しかこなしていなかったバルバラが率先してこなす事に、祖母はそれはそれは喜んだのだった。
■
バルバラのデビュタントはそれはそれは小さな貴族のパーティーで行われた。というか、祖父が開いたごく身近な親族や友人しかいないパーティーでドレスを着たのが、バルバラのデビュタントとなった。
貴族としてのマナーを習得出来ていない母は不参加で、バルバラは父に手を引かれてパーティーに参列した。
パーティーの参加者は全員、バルバラ親子と同じような身分の貴族たちである。
つまり、一代限りの爵位を持つ貴族と、その配偶者や子供たちである。
同年代の子供たちで固められ、初めて会う遠縁の親族なども顔を合わせたが、その視線は、バルバラを見定めるような視線や、見下すような視線ばかりであった。
「バルバラさんは、髪の手入れはされていないのかしら?」
一人の令嬢がそう言って、クスクス笑った。
残りの子供たちは釣られて笑う者と、笑いはしなかったが黙っているだけの者に別れていた。
手入れはしている。今日だって、バルバラの髪の毛は母が丁寧に梳いて括り上げてくれたのだ。
なのに何故そのような事を言われたのか分からなかったその言葉を帰り際に父に言うと、父は酷くショックを受けたような顔をした後、バルバラを抱きしめた。
「お前の髪はお母さんに似ているだけだ。そんな悪口、気にしなくていい」
悪口であるとハッキリ父に定義された事で、ようやくバルバラは気が付いた。
貴族の基礎的な話を祖母から聞かされた時の事を思い出したのだ。
ジュラエル王国の貴族は皆、それぞれ家名となっている宝石と同じ色の髪または瞳を持っている。両方がその色である事も少なくない。
バルバラは髪は平民である母と同じ茶色で、瞳は、父や父方祖母と同じ少し薄い青の瞳なのだ。
つまりあの時の令嬢は、バルバラの中に流れる平民の血筋を揶揄したのである。
バルバラは今まで髪の色からどうこう言われたことは一度としてなかった。
瞳に関しては「綺麗だね」と言われる事はあったが、それぐらいだ。逆に、瞳ぐらいしか褒められる所がないのかと顔の造形の普通さを悲しんでいたぐらいだった。
そんな経験しか持たなかったために、知識として貴族たちが髪の色や目の色に拘っている事は知っていたものの、令嬢の言葉の意味が分からなかった。
(なんて意地の悪い人だろうか)
あの令嬢がどんな家かは知らない。まあ、バルバラの家よりは裕福なのだろう。
だが立場はそう変わらないはずだ。あちらとて、親は爵位を持つが一代限りのもの。娘である令嬢は親が生きている間に爵位を持つ人間と結婚でもしなければ、親の死後はただの平民になるのだ。その時には、貴族の家名を名乗る事すら許されなくなる。
そして、令嬢と共にバルバラを笑った者たちや、笑いはしなかったが黙っていた者たちを思い出す。
(貴族ってあんなのばかりなの?)
貴族そのものに対してバルバラがよくない印象を抱くようになった切っ掛けは、このころの出来事だったのかもしれない。
■
デビュタントをすませた後、バルバラはいつも通りの生活に戻った。平民と同レベルの生活をしているバルバラの家には、招待状なんて届かない。もしかすれば届いていたかもしれないが、少なくともバルバラはそうした話を聞かなかった。
そうこうしているうちに、バルバラは貴族学院に入学できる年齢が近づいていきた。
「バルバラ。貴族学院に入学したいかい?」
ある年父にそう言われたバルバラは、すぐに、
「うん」
と答えた。同時に、
「でもお金は大丈夫なの?」
とも尋ねた。
貴族学院の名前を知らぬ人間は、ジュラエル王国にはいないだろう。平民だって知っている。
ジュラエル王国で最も古く名誉ある教育機関、それが貴族学院だ。
名前から貴族専用に思えるが、現在は学費を支払えて後ろ盾を持っていれば、平民だって通う事が出来る。
とはいえ、その学費は安くはない。
平民たちにとってはとても高い壁を越えねば入学も在学も出来ない場所だが、バルバラの家のような末端貴族からしても、入学させるには多額の金がかかる。入学金や学費だけでも高額で、更に、卒業までの最短四年間分、子を王都に滞在させなくてはならない。
遠方の家がある者ほど、通う事が困難になるのだ。
勢いのある返事と、現実的な事を気にする娘に、父は苦笑しつつ「問題ないよ」と答えた。
「お前が生まれた時から、お金を貯めていたんだ。お前のお婆様も、お前は勉強が好きなようだから学院に行った方がいい。その方が、将来の選択の幅が広がると言ってくださっている。お前が行きたいのであれば、入学出来るように準備をしよう」
「家はね、私の姉夫妻が今は王都の端で暮らしているの。そこに居候出来るようにお願いしてあるから、大丈夫よ」
バルバラは両親の言葉に大いに喜んだ。
母方の伯母夫妻は以前は近隣に住んでおり、よく顔を合わせていた。気心の知れた間柄であり、安心である。
その後バルバラは入学試験も無事に通過し、貴族学院の学生として王都に向かう事となった。
追記
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
以前より、わざわざお読みいただいた方を、良くないお気持ちにさせてしまった事例が複数ありました。
その為、読者の皆様に向けて、追記させていただきます。
このページ以降のお話は、書籍発売時に合わせて更新した番外編になります。
繰り返しになってしまいますが、前ページまでお読みいただいた作品とは、繋がりは 全く ありません。
雰囲気も異なり、全く別の作品という形になっております為、ご注意ください。