ツケを払わせる
.......やってしまった。
つい、助けた子供に魔王だと名乗ってしまった。
悪人をボコして舞い上がっていた。というより少し苛々していて、その発散に魔王ムーブをしてしまったのだ。幼い子供....シエラちゃんから助けにきた大人に魔王の存在が伝わり、こんな小さな子供にっ....!という展開を生み出す。
まさに魔王ムーブといえるだろう。
ちっちゃい子を怖がらせるのは心が痛んだが、僕のような悪い人に近づかないようにするための必要経費だったと思って欲しい。はい、僕が悪かったです。
謝罪も大事だけど、苛々した原因も大事だと思う。あの場面を目にして、僕は想像以上にムカついた。子供が襲われているというのもあるし、何より僕の中の琴線に彼らは触れたのだ。
彼らのようなマフィアが世の中に蔓延っていることは知っている。それが裏社会というものの在り方だというのも分かっている。
だが、その所業を目の当たりにして、僕には我慢できなかった。
子供を売るなどという、くだらない悪事を働く人間を見過ごせなかった。借金で売られた子供ならまだ分かる。だが、何の罪もない者を裏に引き摺り込むのなら話は変わってくるだろう。
僕は魔王を目指している。
その過程で一般の言う"悪"に手を染めることもあるかもしれない。今はないが、すでに覚悟はできているというのは言うまでもないことだ。だが、僕には僕なりのルールがある。
そこに正義も矜持も美学もない悪ならば、僕が見逃すことはない。低俗な悪など僕の描く世界には必要ないのだから。
そのためにも、まずは近場の芽から潰していこう。
マフィアもヤクザも嫌いじゃないが、僕に手を出したのだ。下の者のやったことは、上の者が責任を取る。社会の常識だが、裏社会ではそれが如実に表れるものだ。
魔王に手を出したケツは、きっちりと払って貰おうじゃないか。.......間違えた、ツケだ。
「おいおい、何だぁテメェ!」
僕の前に、黒い服を着たイカつい兄ちゃんが立ちはだかる。身長が低いから、見下ろされているのだが気分が悪いな。前世で低身長だった人の気持ちが良く分かった。
僕は今、さっきぶちのめしたマフィアの本部に訪れている。
皇都の煌びやかな表通りとは違い、荒廃を感じさせる裏通りにある建物だ。場所はさっきの一味に優しく聞いたら教えてくれた。最後は気絶させて騎士の人に受け渡したが、殺さなかっただけ感謝していることだろう。
普通に見ても巨大な建物であり、このマフィアがどれだけ勢力を拡げているのかがよく分かる。まあ、僕の城には遠く及ばないけど。
なんたって魔王城だからね!こんなちゃちい建物と一緒にしないで貰いたいものだ。品が違うだろう品が!
あぁ....話が逸れた。怖いお兄さんに話しかけられていたんだった。
「ボスを呼んでくれないかな?用があるんだ」
前世なら睨まれただけで震えていたであろう屈強な男。だが、今の僕にとっては子供と変わらない脅威度だ。どもるようなこともない。
しかもどうだ、相手の方が僕の偉大さに恐れ慄き言葉を発することさえ——。
「ぎゃっはっはっは!!お前みてえなガキが何ふざけたこと抜かしてんだ?今なら見逃してやるからさっさと帰れ!」
大声で笑い、彼は僕を突き飛ばす。すぐに僕から目線を外し、そこらにいた部下に命令し始めた。
「おい、お前ら。死体はちゃんと処理しろっつってんだろ。余計な火種を残すんじゃねえ。俺もこれから仕事だから——あ?」
「ふふふ、ふはははは!!!」
「何だぁ?コイツ。急に笑い出しやがって、イカれてんのか?」
なるほどなるほどなるほど。
こんな扱いを受けたのは生まれて初めてだ。この魔王である僕を子供扱い........。
万死に値するっっ!!
「そこの、コイツをさっさと摘み出せ.....?」
腰につけた剣を抜き、目の前の男の喉を切り裂く。信じられないものを見たような顔をしながら、男の首から鮮血が溢れ出す。
忙しなく職員が動いていたのとは反対に、全ての動きが止まった。
「なっ!?てめぇ!!」
一拍遅れてその場にいた全員が武器を取り出す。ナイフ、棍棒、パールのような物、剣、魔法の杖など、種類は様々だ。
近くにいた者から武器を振り翳し、襲いかかってきた。
「「死ねぇ!」」
「うるさいな」
軌道を見切って躱し、お返しにと顔面に拳を叩き込む。手加減せず殴ったため顔面は陥没し、後ろにいた男どもをまとめて吹き飛ばした。
僕としてはボスを説得できれば満足だったのだが、こうなってはもう話など聞いて貰えないだろう。カッとなってやったというのはこういう事か......酔っ払いになった気分だ。
向かってくる敵を斬り払いながら、僕は考える。
前からそうだが、僕は人殺しというものにまったく忌避感がない。獣を狩っている時と大した違いは感じないし、最初に人を殺したのなんて五歳より前の話だ。
少し躊躇はしたが、それはちゃんと殺せるかの心配だった。
殺しきれなければ、自身に危害が及ぶ。それが本能的に分かっていたから、僕は本気でやった。必要以上に魔力や身体能力を駆使し、完膚なきまでに粉砕したのだ。
見るも無惨な死体が目の前に転がっていても、僕は何とも思わなかった。吐き気を催すこともなければ、人を殺した罪悪感に押し潰されるようなことも特にはない。
それは僕が元々おかしいからか、それとも僕が魔人だからか。判断は付かなくとも、大体の想像はついている。
僕はこれまで、悪人しか斬っていない。
だから罪悪感もなかった。やっていることはゴミ掃除と変わらない。
僕の美学に則り、悪人は殺しても構わない。という区分に分けられているのだ。
しかし、僕だって悪事を働いたら成敗!みたいなことはしない。殺すのは、誰かを殺したことがある者だけだ。罪には罪を、暴力には暴力を、殺意には殺意で返すのが魔王流。
さすればここは——。
「罪の宝庫、ってところだね」
すぐに分かる、ここにいる全員に染みついた死臭。人を殺した者にしか見られない特有の雰囲気。ブチギレていたとしても、そのラインは読み違えない。
すれ違い様に首を切り落とし、続いて飛んでくる炎魔法を魔力で迎え撃つ。大して魔力が込められていない魔法など、僕の魔力で包めば霧散する。
というか、こんな室内で炎魔法なんて使うんじゃありません!燃え移ったらどうすんの!
子供でも分かる事だが、今彼らは酷い錯乱状態にある。僕を倒すことに躍起になり、周囲のことなど考える暇もないのだ。
だが、今この屋敷が燃えてしまうのは僕に取っても都合が悪い。通りに騒ぎが広がるのはごめんだ。まだそこまで目立つわけにはいかないのでね。
目の前に立つ男を斬り殺し、横から襲い来る男を蹴り飛ばす。ただの蹴りだが、僕が放てば必殺の一撃だ。男の身体はくの字に折れ曲がり、壁に勢い良く激突した。
「次ぃ!!.......ってあれ?」
叫んでみたが、敵になりそうなのは誰もいない。全員が床に倒れ伏し、床と壁はすでに血塗れだ。僕は気をつけていたので剣にしか血が付着していないが、何も知らない人が見ればここは惨殺現場になるな。
そこに1人佇む魔王......いいね。こんな場所にいるのは気分が良くないけれど、そう考えでもしないと殺人なんてやってられない。
もう雑魚はいないようだ。ここから逃げた者もいるかもしれないが、そこまで追うつもりはない。ここで逃げ出すのは、闇社会に深く染まっていないマフィアだけだ。
マフィア業から手を引き、真っ当に生きるのなら僕から文句はない。これまでの悪行は恐怖で帳消しにしてやろう。
さて。これで敵がいなくなったかというかと言えば、そうではない。最後にここが残っている。
「失礼しまーす」
豪華な装飾で彩られた扉を3回ノックし、返事を待たずに中へと入った。ごてごてとした金の置物が多い、趣味の悪そうな部屋だ。
しかも良く見たら半分くらいはメッキじゃないか。なんて見栄っ張りなんだ。実家の隣に住んでいるお婆さんだってこれほどじゃなかったぞ。
「ああん?どんな敵かと思えば.....ガキじゃねえか」
「御託はいいよ。さっさとかかってきな」
マフィアのボスに相応しい、イカつい顔とガタイをしている。
「そう急ぐこともねえ。テメェくらいのガキなら何人も殺して——」
「ああ。もういいよ」
名前も知らないボスの首がずり落ちる。
はぁ.....余計な話をするんじゃなかった。やはり救えない悪人と話すのは不快だ。聞いてもいない屑のような行動を胸を張って大声で話す。
それだけで分かるものだ。そいつが殺されて然るべき人間だと。
最後は呆気なかったが、これでやっと一件落着だ。
「そう、思ったんだけどな.....」
魔力を円状に散開させる魔力探知術。5年前の物を技術化したこれによると、現在外には数十の人間が集まっている。この屋敷を囲むように配置されていることから、たまたま団体客がこの近くを通ったというわけではないだろう。
どうするか。
そう思った瞬間、僕の近くに一つの魔力反応が出現した。