ネクストステップ
目の前で、信じ難い出来事が起こった。いや、起こされたと形容する方が正しいだろう。
1人の少年の手によって、殺風景だった山が巨大な城へと変貌した。字面だけでもおかしいが、アルベドが驚いたのはアレスの魔力量、そして魔力制御技術だ。
竜という種族の性質上、彼らは幼少の頃から魔力というエネルギーに触れて成長する。魔人族、人間族などとは比べ物にならない魔力親和率......つまり、魔力の使いやすさには一日の長があるのだ。
だというのに、アレスはアルベドを圧倒的に超える魔力を持ち、さらにそれを精密に具現化して見せた。ここまでならば、アルベドとて不可能というほどの御技ではない。まあ、実際に行えば戦闘はおろか、立つことすらもままならなくなるくらいには消耗するだろうが。
しかし、アレスにそんな様子は見られない。魔力を消耗して崩れ落ちるどころか、こちらを向いて不敵な笑みを浮かべたのだ。
それだけで、アルベドはアレスと自分の間にある彼我の差を理解した。途轍もなく大きな差を。
「さて、改めて自己紹介といこうか。僕はアレス。魔王アレスだ」
そう宣言するアレスに、アルベドは自然と頭を垂れていた。
魔王城建設から一ヶ月。
僕は城の中央に位置する玉座の間で、1人豪華な椅子に座っていた。
金を基調としつつも所々に黒が織り込まれ、魔王の玉座であることを忘れさせない。頑丈さは折り紙付きで、竜のブレスでも破壊することはできない強度を誇る。
それでいて、座り心地は最高。ふかふかとしたクッションが腰と背中にかかる負担を軽減してくれるという優しい設計だ。
そんな玉座に、背中を預けてだらりと座る。
「暇だ......」
おっと、つい本音が漏れてしまった。
考えても見て欲しいが、ここは大森林のど真ん中にある。そのため周辺には魔物が棲みついているのだが、僕が彼らに遭遇することはほとんどない。
森の主であるアルベドを倒したことは、すでに森の中で周知の事実として広まっているようだった。アルベドは同じ魔物類として王のように扱われていたらしいが、僕は別だ。アルベドを倒したとはいえ、気配は紛れもなく人間。
人間ではないにしろ、魔物達が近寄ってくることはなかった。野生の勘というものはやはり馬鹿にはならないようである。
なので森の主の地位を巡って戦うこともなく、今のように「暇だなぁ」と物憂げに呟くことしかできないのだ。
ここまで堕落し切った姿を見せながら言うことでもないが、僕だってこの一ヶ月何もしていなかったわけではない。アルベドに修行をつけてやったりして忙しかった。彼ももう1人で練習できるようになったみたいで、こうやってダラけている暇がある。
アルベドとの訓練。それは、彼の頼みから始まった。
「アレス。暇なら我に修行をつけてはくれまいか」
「修行?」
「うむ。貴様と戦って痛感したが、我にはまだ成長の余地がある。特に魔力の使い方、あれについて教えて欲しいのじゃ」
「うーん、いいよ!」
アルベドは魔王の最初の配下なのだし、相応の実力を付けてもらおう。そんな思い付きが、僕の重い腰を動かした。アルベドが強ければ強いほど僕も助かるし、配下の頼みを無下にするほど僕は薄情ではない。
「まず前提の話をするけど、僕の魔力操作は今まで君が使っていたものとはまったく違う。僕のやり方を覚えたいなら、今までの考え方を変えてもらうことになる」
見たところアルベドが使っていたのは、この世界におけるスタンダードな魔力操作だ。魔力を身体に纏わせることで身体能力を強化し、魔力を変換することで魔法を引き起こす。
簡単で、単純で、威力も出すことができる。実に効率的なやり方だ。
だが、僕は違う。
使えるようになれば簡単。問題はそこに至るまでの過程にある。それが僕の使う魔力操作術だ。そして、その核となるのが魔力色を発現させられるかどうかなのである。
幸いアルベドは竜族の中でも魔力量が多い方だったので、二週間もすれば魔力色を発現させることができた。色は美しい銀色で、アルベドの黒い体色に良く映えている。
「魔力色を発現させられたら、後は反復練習だね。普段から使う魔力を色付きにするんだ」
そこからは意識の問題だ。凝縮させた魔力をただ纏うのではなく、自らの筋繊維一本一本を強化するように魔力を身体の中で組み上げる。そうすることで、通常ではあり得ないレベルの身体強化が可能になった。
これは発想の勝利というか何というか、僕が転生者というのも合わさっているのかも。
アルベドは簡単に魔力色を発現させたが、これが人間となるとそうはいかない。そもそも、凝縮させるための魔力が足りないのだ。色を発現させるという工程の前にすら辿り着けない者がほとんどなので、僕のやり方は人には推奨できないのである。
基本的な事を教え終わると、アルベドはそこから1人で修行をし始めた。順調に実力をつけていっているようで、僕としても鼻が高い。
——のだが、暇なものは暇だ。
この調子でいけばアルベドは更に強くなる。僕も毎日の修行はやめていないので同様だ。ならば、そろそろ魔王としての活動を開始しても良いのではないか。
思い立ったが吉日という格言に基づき、僕は外で訓練をしているアルベドの所に向かった。
「旅、か」
「うん。君もかなり強くなったみたいだし」
溢れ出る魔力を制御しながら会話を続ける。銀色の魔力が様々な形に変形し、アルベドの魔力操作の精密さを表しているようだ。
「魔王とは言ったものの、僕達には何もかもが足りないからね。城はあっても人材、金、何より敵すらもいない。だから僕が探しに行こうと思って」
「反対することはないが.....その間我は何を?」
「城の守りを任せたい」
魔窟の森を抜けた先にある巨大な黒城。そこに守り手として登場する黒竜!
かっこよすぎる。僕の理想そのものだ。やはりアルベドを仲間にできたのは行幸だな。
「......分かった。それで、最初は何処に向かうのじゃ?」
何か含みがあった気がするが、気にしないことにする。
最初に行く場所についてはかなり悩んだのだが、さっき決めた。
魔王として行くのではなく、今回は偵察だ。
「聖教国フェルディアナ、かな」
この時、僕は知らなかった。というか今になっても知らないが、僕の軽率な行動がのちに各国を巻き込む騒動になると。