第一歩
5年が経ち、僕は十歳の子供へと成長を遂げた。
身長はあまり伸びていないが、知識も武力も5年前から大幅に増加している。それこそ、僕の望む程度の力が手に入ったのではないかと思う。十歳の小さな肉体だが、改造を施すことで筋肉量は常人を遥かに凌駕する。それと同じように魔力量も伸びているため、そこらの武人など相手にならない。
あれからも通りすがりの盗賊だったりとか発生した魔物やらと戦ったが、全て圧勝。それも、ほとんど魔力を使わずにだ。身体強化くらいはしたけども、それ以外には使用していない。
取り敢えず、僕は順調に成長しているということだ。
家には母さんと父さん、エレナがいる。姉さんはすでに家を出た。昔からの夢である騎士団への入団を果たしたのだ。入団試験は家族で見に行ったが、相手の人だけじゃなくて試験官の人も姉さんの強さを見て引いていた。
そりゃ、木剣で石の壁をぶった斬ればそんな反応にもなる。対戦相手の人はそれで戦意喪失していた。可哀想に、普通にやれば受かってたと思うんだけど。
その人は帰り際に背中をポンと叩いて励ましてあげた。
三歳上である姉さんが騎士団に入り、そろそろ僕も行動を開始すべきだと判断した。僕ももう十歳なのだ、夢を叶えるには充分な年齢だろう。何より僕は魔人族だし、もう親元を離れてもおかしくない時期だ。
「体に気をつけるのよ?」
「寂しくなったらいつでも帰ってきていいんだからな!」
「うん。分かった、ありがとう」
玄関先で両親に手を握られながら別れの言葉をかけられる。2人の顔に涙はなかった。それだけ信頼してもらっていると思うと、感謝の念しか浮かばない。前世で孤児だった僕に取っては実に新鮮な気持ちだ。
「じゃあね、2人とも。それにエレナも」
母さんの後ろにしがみついていたエレナがひょこりと顔を出す。僕より少し身長が低いエレナの頭を撫で、僕は家族に背を向けた。
「じゃあなー!」
「いってらっしゃーい!」
そんな温かい言葉を背中に受けながら、僕は旅立ったのだった。
倒した竜の背中に座りながら、昔のことを振り返る。昔といっても、つい一ヶ月前のことだけど。
魔王になるため、まず最初に何をしよう。そう考えてやってきたのがこの森だ。人間族と魔人族の領地に挟まれた、いわゆる不可侵領域。あまりにも鬱蒼と茂った木々や、その間を跋扈する魔物達のせいで開拓不可とされた森だ。
その名も、アルベド大森林。
森だけではなく岩場など様々な地形に富んだ地域で、それはそれはありとあらゆる魔物の巣窟となっていた。
その中でも、森の名前の由来ともなっている竜が開拓における最大の障害だったのだが......僕の下で完全に沈黙を貫いている。
「はぁ....もうちょっと強いかと思ったんだけどなぁ」
「ぬぅ.....ここは!?」
独り言で呟いただけだったのだが、下方から低い声が聞こえる。戦闘中にも聞いた、あの声だ。
「あれ?君生きてたんだ」
「ふぎゃっ!何で貴様がここに....」
声をかけてみると、怯えたような目を向けられた。まったく、失礼しちゃう!僕のような愛らしい子供を見てそんな顔をするなんて。
「なんでって、これからどうしようか悩んでただけだよ。にしても竜って頑丈なんだねえ。君、僕の配下にならない?」
「わ、分かった!」
「そっか、やっぱりこんなこと急に言っても.....え?」
殺したつもりがピンピンしていたのでスカウトしてみたのだが、まさかオーケーを貰えるとは思ってもみなかった。ダメ元だったにも関わらず、そんなすぐに返事を貰えるとは。
「いいの!?」
「ま、まぁ.....我は貴様に負けたしな。敗者は勝者に従うのみよ」
竜って結構武闘派な種族だったんだなあ。そうでもなければ人間族の伝承によく出てきたりはしないか。
「そんなことよりも、我を一撃でのすとは貴様は何者なのじゃ?」
「僕?僕は魔王だよ」
「魔王.....というと、魔人族の」
「いや、そっちじゃない。僕が目指すのは太古の魔王だ」
大陸史に残る、太古の魔王。
今や伝説上の存在ではあるが、大昔には人に仇なす魔王がいたとされている。人々を恐怖に陥れ、世界の半分を支配した悪辣の化身。
手記に残っている内容からすれば、僕の目指す魔王像そのものなのである。
「ほう.....」
「あーっ!その目、信じてないでしょ!」
ニヒルに宣言して見せたのだが、じとりとした目で見られてしまった。手っ取り早く信じさせるには.....そうだなぁ、当初の目的を果たそうか。
「よし分かった。ここら辺で見晴らしの良い場所ない?」
「見晴らしの良い場所.....あの山の向こうはどうじゃ?」
竜.....そういえば、名前を聞いていなかった。
「君、名前はアルベドで合ってるの?」
「うむ。いかにも、我がアルベドじゃ」
竜改めセルベドに教えてもらった所へ2人で向かうと、そこには切り立った崖があった。山から丘状に崖上まで伸びており、頂上まで行けば森林が一望できる高さだ。
こうして見ると、まさに大森林という言葉がよく似合う。僕は魔力によって浮遊し、アルベドは巨大な翼をはためかせながら上から崖を見下ろす。
広さも申し分ないし、ここなら大丈夫かな。
「ここで何をするつもりじゃ?」
「まあいいから見てなって」
アルベドにそう言い残し、僕は下へ飛び降りた。土壌の硬さも問題ないし、景色も良い。実に相応しい場所だ。
満足気に微笑み、地面に手を当てる。イメージは今まで何度もしてきた。どんな大きさか、どんな色か、どんな構造か。わざわざ建築学の本を読んでまで、僕にはやりたいことがある。
うん、構想は完璧。あとは実行に移すだけだ。
セーブしていた魔力を解き放ち、両手にそれを集めていく。魔力は凝縮され、徐々に黒い光を発し始めた。
魔力色——と僕は読んでいるのだが、魔力は一定値まで圧縮、凝縮すると色彩を持ち始める。僕の他にできる人がいなかったので確かではないが、恐らく色は人によって異なるものだろう。
もちろん、ただ色がつくだけではない。それだけならばこうも高らかに説明できまいよ。
色がついた魔力は、通常の魔力よりもあらゆる効果が強化されるのだ。纏うことによる身体強化が主な使い道ではあるが、それだけでもその効果は計り知れない。もっと様々な効能があるかもしれないが、現状手に入る情報で分かっているのはこれくらいだ。
そして僕の魔力色は黒。魔王っぽくてかなり気に入っている。
立ち昇った黒色の魔力が、崖と山を包み込むようにして広がっていく。それと同時に、大きな揺れがくる。地鳴りのような轟音を立て、空気が振動し始めた。
「な、何をやっている!?」
上からアルベドの焦った声が聞こえるが、無視だ無視。今、僕はこれまでにないくらい集中している。なんせ一度間違えればそこでゲームオーバー。また良い場所を探さなければならないのだから、気合いも入るというものだ。
揺れは次第に大きくなり、僕の魔力もぐんぐんと消費されていく。魔力枯渇などこの数年間一度も味わっていないが、久々にその片鱗を見ることになりそうだ。
黒いモヤと化した魔力は、段々と輪郭がはっきりし始めてきた。
僕は家を出て、魔王への道を突き進む。そう決めたのなら、さっさと行動を起こすのが僕の流儀だ。
ならば、今の僕にできて、かつ魔王になるために必要なことは何だろう。
答えは直ぐに出た。
そうだ、城を建てよう、と。
美しい黒い光沢はそのままに、まるで要塞のような堅牢さを。王の名に相応しい巨大さと、荘厳さ。それらを兼ね備えた魔王城。
素晴らしいっ!僕の想像通りだ!魔力を半分以上消費しただけはある!
「あり得ん....こんな巨大な建造物を、魔力のみで....」
いつの間にやら地上に降りてきていたアルベドを見て、思い出す。セルベドの名前は聞いたが、僕はまだ名乗っていなかった。
「さて、改めて自己紹介といこう。僕はアレス。魔王アレスだ」
その時の僕は、最高の笑みを浮かべていたんじゃないかと思う。