将来のこと
剣にべったりと着いた血を振るってはらい、鞘に納める。父さんの物を勝手に持ち出したので、バレると少し都合が悪い。それに、僕の身体ほどもある剣をどうやって使ったのかと追求されても面倒だ。
証拠は完璧に隠滅するに限る。帰りに川で洗っていこう。
にしても、最後の男は魔法使いだったとは。しかも風属性なんて、応用も効くし使い勝手が良さそうだ。羨まけしからん。
強さで言うなら父さんと同レベル。姉さんはギリギリ勝てないくらいか。体格差ってのはどうしても戦いに影響する。成長すれば僕みたいにボコせるんじゃないかな。
「死体は埋めとくとして....」
震脚によって一撃で穴を掘り、そこに男達の死体を投げ込んでいく。少しやり過ぎたかもしれない。久々の戦闘でハイになってたのもある。けれど、そうされても可哀想とはまったく思えない。
穴を埋め、異質な存在感を放つ馬車を見る。まあ、その原因については予想がついているけど。僕がここに来てから、すぐにコイツらを殺す判断をした一番の要因と言ってもいい。これが無くても、あんな怪しい集団は処理すべきだっただろう。
全面を覆うようにして掛けられた布を剥げば、一層臭いが濃くなった。そこに押し詰められていたのは、おびただしい数の死体。遠くからでもこの死臭を感じることができたのは、この馬鹿みたいな数のお陰だ。
「全部魔人族のものか.....ん?」
さっと見渡すと、いくつか見知った顔があった。あれは確か、隣町の門番だ。隣町に以前、父さんと一緒に行った時に会釈したくらいの仲である。
だが、心が痛むとか、怒りで頭が真っ白になるとかはない。冷たいことを言うようだが、所詮は他人だ。目の前で殺されそうになっていたならともかく、自分の知らない場所で死んだ他人にまで涙を流せるほど高尚な正義感は持ち合わせていない。
しかし、なぜ死体なんかをコイツらは運んでいたんだ?奴隷にするために魔人族を密猟しにくるならまだしも、何の役にも立たない死体をわざわざ危険を冒してまで運んでいた理由とは。
うーん....ダメだな。今の僕じゃ知識が足りなさすぎる。ぱっと思いつくのは母さんの部屋で見た生贄を必要とする魔術だが、魔人族でやる意味が分からない。
人間族と魔人族の間にある溝は、決して浅くない。それを加味すると、どう考えたって人間の生贄を用意したほうが楽だ。
あぁ.....母さんの部屋にそんな物騒な文献があった理由は聞いていない。だって怖いから。
なんにせよ、僕も警戒した方がいいかもしれない。ウチの村が襲われれば、流石の僕も手加減はできないし。無論、家族だったりにバレないように、だけど。
熟考してしまったが、僕は狩りの最中なんだった。それにさっと帰らなければ家族に心配されてしまう。余計な心配をかけるのは僕の本意ではないし、用事は手早く済ませなければ。
「.......無意味かもだけど、安らかな眠りを」
一応死体の前で合掌し、それが終わると掌を向けた。僕の魔力によって死体の山は崩れていき、風によってその破片が飛ばされていく。それは幻想的な光景——とは言えない。
辺りに血が飛び散っていなければさぞ美しい光景だったのではないだろうか。台無しにしてしまったのは申し訳ないが、コイツらの手から取り返したことで水に流して欲しい。
「うわっ汚っ!」
よく見ると、僕の服も血で汚れている。あれだけの数を斬ったのだから当たり前といえば当たり前だが.....これも洗って帰らなきゃな.....。
面倒臭いなぁと肩を落とし歩き出すと、足元からチャリンという音がした。
「......コイン?」
落ちていたのは、銀に光る一枚のコインだ。髑髏が2本の剣によって貫かれており、まともな装飾ではないことが窺える。微かに魔力の残痕を感じることから、ただのコインではないと推測できた。
恐らくは先程殺したリーダーの男の所持品だろう。弄ってみても、コインは何の変化も起こさなかった。だが、何らかの意味があるはず。そう信じ、僕はコインを持ち帰るのだった。
「おかえり!お兄ちゃん!」
服の剣を洗って家に帰ると、早速三歳になるエレナが抱きついてきた。三歳とはいっても、人間と一緒にしてはいけない。エレナも魔力を扱えるので、腹に響くような衝撃がきた。
普通の人間なら吹っ飛ぶような抱きつきも、僕は衝撃を後方に逃すことでやり過ごす。魔力で強化して受け止めないのは、反作用の法則でエレナが傷つくのを避けるため。それと、僕がどれだけ魔力を扱えるのかを隠すためだ。
今は僕の腰に抱きついて頬擦りをしているエレナだが、これでも魔法使いの端くれである。リスクヘッジの観点からも、母さんやエレナの前で僕は魔力を基本使わない。使わなくても何とかなるので特に不便はないのだ。
「今日の夜ご飯は焼き魚だってー!」
「焼き魚って言っても、どうせ剣魚でしょ?」
今度は僕によじ登っているエレナと話しながら、家族がいるリビングに向かう。剣魚とは、村の近くにある湖に生息する魚だ。ヒレが剣のように鋭いのでそういう名前がついている。正直言ってあまり美味しくない魚種だ。
「ただいまー」
「あら、お帰りなさいアレス。もうすぐ夕食よ〜」
「うん。今日は何も取って来れなかったや、ごめんね」
「そんなこと気にしなくていいのよ。狩りは父さんの仕事なんだし」
帰り道は急いでいたので、動物を狩っている暇がなかった。母さんはいいと言ってくれるが、少し申し訳ない気持ちになる。
「姉さん達は?」
「外で訓練してるわ〜」
げ、またかよ。午前中もやってたのに.....。やっぱりあの2人は脳筋だ。僕に言えたことではないが、やり過ぎではないだろうか。子供ならもっと遊べばいいのに。
「元気だねぇ、2人とも」
「クリミナは騎士団に入りたいらしいのよ〜」
「ふーん」
騎士団、というと国のか。僕の住んでいるここは辺境も辺境だが、一応魔人族の国に所属している。姉さんはそこの騎士団に入りたいのだろう。国属なら食いっぱぐれることもないだろうし、実に安定した就職先と言える。
そこまで考えてるわけじゃないと思うけど、姉さんの腕前なら楽勝のはずだ。大人になった時には国の中でも有数の使い手になっていると思う。
今すぐじゃなくても.....僕も将来の夢とか決めなきゃなあ。魔王になるってのは確定事項だけど、母さんや父さんにそれを正直に言うわけにもいかない。
なぜなら、ここが魔人族の国だから。
国を名乗っている以上、ここにはもちろん王様がいる。魔人族の国ヘルレギスの王。略称として、魔王と呼ばれることもあるのだ。正確にはヘルレギス国王なのだが、民のほとんどは魔王様と呼ぶ。
僕が魔王を名乗れば、魔人族とも人間族とも敵対しそうだ。まったくもって大歓迎。敵は多い方がいい。
とにかく、魔王になるんだ!とでも両親にいえば、国家転覆を宣言しているようなものである。とはいっても、僕はまだ五歳だ。考える時間は充分にある。
いざとなれば、適当なことを言って誤魔化すしかない。親孝行もしたいと思っているので、魔王になったら金稼ぎもする必要がある。お金はいくらあっても困らないからね!
「どうしたの?アレス」
「お兄ちゃん変〜!」
「いや、何でもないよ」
これからも魔王を目指すために精進しよう。
そう決心してから、実に5年の月日が経過した。