階段には気をつけろ
何の因果か因縁か。僕は死んで、異なる世界に転生した。それも剣と魔法のファンタジー世界に。
僕の死因に関してはあんまり気にしないで欲しい。雨の日に住んでいるアパートの階段で足を滑らせたのだ。まったく、あれは階段がボロかったのが悪いと思う。足を乗っけたらネジが外れるなんて思わないじゃないか!
そのせいで死ぬなんて死んでも死にきれないよ。まあ、現に転生してるわけだけど。
その事に気がついたのは、目が覚めてかなり直ぐだった。それはもう驚いたものだ。死んだと思って目を開けたら、目の前に見知らぬ美人な女性がいるのだから。その少し下には、美女によく似た女児がいた。
それがマッマだったり姉だったりもするのだが、あの時は混乱したなぁ。母乳を与えられている時など、そういったプレイに目覚めてしまったのかと驚愕に襲われたりもした。しかし、よく考えれば僕にそんな相手はいなかった。
そもそも、学生なのでそういうお店には入れない。
天涯孤独の身とやらだったので、死んで誰にも迷惑をかけなかったのは良かったと思う。いや、死んでるんだし良くはないか。
少ししんみりした気分になってしまったので、テンションを上げていこう。さあ!僕の家族構成を紹介しようじゃないか!
母、エルン!黒髪の美人!母さんの前で胸の話は厳禁だ!父、ダン!赤髪のおっさん!筋肉野郎!姉、クリミナ!多分将来は母さん似の美人に育つ!妹、エレナ!父譲りの赤髪!ちっちゃくて可愛い!
無駄にテンションを上げる必要はなかったかもしれない。急に真顔になってしまった。とまあ、そんな5人家族でやっている。
今世の僕は、アレス・ベルギウスという名前を授かった。苗字があるからと言って貴族とかではなく、ただの農民だ。驚くぐらいに農民なので、完全に村落の一員である。
田舎なので、皆好きな名前を名乗っているのだ。それを咎めるような人もいないし、もう好き放題。
僕の家族事情はそこまでにして、本題に入りたいと思う。
それこそ、日本には存在し得なかったエネルギー。この世界がファンタジーたる所以。僕の求めていた力。
それ即ち、「魔力」という。
纏うことで身体能力を強化し、練り上げ、変換することで魔法となる。誰しもが体内に持つ力。それが魔力だ。
これの存在を知った時、僕は歓喜した。それはもう、ハイハイで家の中を駆けずり回った。母さんにしこたま怒られた。それも最早良い思い出だ。
そりゃ生まれて半年しか経ってないのにハイハイするなんて危ないか。あ、言い忘れていたが、この世界における僕は人間ではない。人族という分類には入るものの、魔人族と呼ばれる種族なのである。
魔力との親和性が高く、身体能力も人間より高い。成長が人間よりも速いというのも特徴に挙げられる。最初は人間じゃないのか......なんてショックを受けたりもしたが、今となっては魔人族で良かったとさえ思う。
魔力との親和性。それを信じ、僕は取り敢えず魔力を感じ取る所から始めてみた。赤ん坊なのでする事もないし、ちょうど良い鍛錬だったのではないだろうか。
そうして一ヶ月。僕は魔力を感知することに成功する。数あるライトノベルと同じく、魔力は身体の中に存在していた。もやもやと体内に感じる異物質。それが魔力だったのだ。
日本には魔力が存在しなかったので、すぐに気がつけたのかもしれない。後々母さんに聞いたところ、常人で魔力を感じられるようになるには5歳辺りが普通らしい。それも魔人族の基準ではあるが。
人間となるともっと遅いのだとか。やはり魔人族こそ至高!
魔力を感じられるようになれば、あとはひたすら増量とコントロールだ。.....まるで体重の話みたい。
鍛錬についてだが、魔力を動かし、練り上げ、放出する。基本はこの3ステップに分けられる。僕は早く魔力を使いたかったので自己流でやっているが、良い子は親御さんから教えてもらうんだぞ!
魔力を動かすのと練り上げること。この二つは正直言って楽勝だった。一度感じてしまえば魔力も身体の一部に他ならない。腕を上げるのと大した違いはなかった。
一番難しかったのが放出で、これが二歳になるまで僕は出来なかった。その理由としては、どうやって体内に存在する魔力を外に出すのか?という疑問だ。思いついたのは口から出すという方法。もちろんダサいので却下した。
二歳にもなると、せがめば親も魔法を見せてくれるようになる。そこで放出というステップを見つけたのだが、いかんせんそれができない。
僕は絶望した。丸一日不貞寝するくらいには絶望したのだ。そして、気づいてしまった。なぜ僕は、魔力が体内にしかないなどと錯覚していたのだろうか、と。
晴天の霹靂である。
そこからは速かった。空気中に浮かぶ微小な魔力を集め、身体の外側に纏わせる。それを飛ばす。以上!
だが、僕のこれはやり方としては間違っている。よく考えれば分かるのだが、このやり方はあまりにも効率が悪い。やだね、二歳児が効率とか言ってるの。
だから、僕は素直に聞いてみることにした。「魔力の使い方教えて」と。父親は脳筋なので、母さんに質問した。
「あら〜アレスったら勉強熱心なのね。いいこいいこ」
精神年齢が何歳だろうと褒められるのは嬉しい......ってそうじゃなくて。赤ちゃん返りしそうになってしまったが、当初の予定通り魔力の放出を見せてもらうことに成功した。
「僕はなんて馬鹿だったんだ.....」
これでは父さんを脳筋と馬鹿にできない。あんなに簡単なことが分からなかったなんて。
魔力とは身体の中に存在しつつも、実体をもたない。ならば、内側から外側への移動もできるということになる。微粒子レベルの物体なら身体の隙間を通って体外に排出されるように、魔力も外側に纏うことができるのだ。
自分がどれだけ阿呆だったのかを実感し、僕は最後のステップである放出もマスターし終えた。
だからといって、魔力の訓練が終わりというわけではない。鍛えれば鍛えるほど強くなる。それが魔力なのだ。なので今は総量を増やすために訓練している。
魔力を練り、全身から放出しながら父さんと姉さんの訓練を眺めるのが僕の日課だ。
幾度となく目の前を横切る剣閃は、木剣のはずなのに落ちていく葉っぱを両断する。踏み込んで振り下ろし、それを避けられたとみるや切り返しに転じた。そこから剣を逆手に持ち替え、父さんの喉元に向かってそれを振る。しかし、難なく受け止められてしまった。
今の攻防を行なっていたのが、六歳の少女といえばその異常さが伝わるだろうか。
庭にある良い大きさの石に座ってみているのだが、やはり姉さんは化け物だと思う。
父さんあれでも村の警備隊長という立ち位置にいる剣客だ。そこらの魔物と比べれば断然に強い。だというのに、姉さんは齢8にしてそんな父さんまともに打ち合えている。
僕も大概だが、それは前世の記憶があるからだ。姉さんの方がやばい。
「アレスー!あんたもこっち来なさい。訓練するわよ!」
「えぇ.....」
いつの間にか2人の立ち合いは終わっており、姉さんに引きずられながら僕もやるはめになった。剣術なんてまさに男のロマンなので、僕もすでに修練を始めている。
父さんや姉さんの訓練を見て我流で改良しているので、腕前としては2人を凌いでいると言って良い。身体能力面の問題は、魔力によって解決している。つまるところ、僕は一家の中で一番強いのだ。
「ほら、ちゃんと持ちなさい!」
子供用に短く削られた木剣を手渡される。
さて、真面目にやれば神童とか言って面倒なことになるし.....やっぱり今日も、適当なところで負けるとしますか。
あと一話