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魔王のすゝめ!  作者: 糸緒菓子
10/10

スカウトの天才

 顔を少し横に傾けると、そこを鋭い突きが通り抜けていった。続いて下からの切り返しをいなしながら、それと交差するように相手の頬を切り裂く。


 急に部屋に入ってきた騎士団長さんだが、この人かなり強い。僕とまともに斬り合えている時点で相応の実力は持っているし、太刀筋に迷いがない。


 まあ、僕と比べるとまだまだだ。

 シンプルな魔力込みの身体能力も足りないし、技術も拙い。何より、間合いの取り方が致命的だ。魔法という概念のせいなのか、自分に最も合った間合いというものを認識していないように感じる。


 戦闘において、間合いを間違えることは命の危機に直結するもの。一歩踏み出せば首を斬られる。一歩下がればこちらの剣は相手に届かない。


 普通ならそんなミスはしないが、高速な剣戟の中ではどうだろうか?


 自分と相手の間にある正しい距離を測り、その時その状況に対して最高の間合いを確保することは剣士に取って、武人に取っての命題だ。


 距離というなら対人コミュニケーションの命題でもある。僕は人との間合いは図りかねるが、敵との間合いは誤らない。そのための訓練を重ねてきた。


 しかし、彼女にはそれができていない。感覚的に少しは意識しているようだが、まだ重要度を理解していないようだ。


 それも全ては魔法の存在が原因だろう。

 魔法は熟練した者ならノータイムで発動することができる。魔法の強さとは威力の高さでも、範囲の広さでもない。


 間合いを一瞬で潰せる効果である。


 5年前、僕はそう結論づけた。

 遠距離魔法に限らず、様々な魔法効果は間合いという概念を貫通する。そのため、僕が間合いをズラしてやれば——ほら、この通り。


 目の前で彼女の剣が空振った。


「ぐっ!」


 悔しそうに歯噛みしているのを見ていると、段々気分が良くなってきた。別に僕に嗜虐趣味があるとかではなく。


 この余裕を持って対処している感じ、中々に強者感が出ているんじゃないか?


 まだ魔王と公式に名乗ることはできなかったが、これも悪くない。予行練習にもなるのでいい体験だ。こんな無口キャラを魔王軍に入れたいなぁ。


 ボロボロのマントに、顔はよく見えない。そして卓越した実力を持っている.....いやぁ、絶対どこかでそんな人材を見つけよう。


 あと、この人を見てて思ったけど騎士もいいよね。

 暗黒騎士!みたいな感じでいてくれると箔がつく。魔王軍といえばだし、欲しい人材リストに加えておこっと。


 なんならこの人を勧誘したい気持ちでいっぱいだが、聖教国の騎士団長ともあろう人が僕の誘いに乗るとは思えない。いや、でもダメ元で勧誘してみようかな....。










 ただ、焦燥感だけが募っていく。

 未だ一度も剣を当てることができず、相手の動きに翻弄されるのみ。


 実力はあちらの方が上だと思っていたが、まさかここまで隔絶した差があるとは想像だにしていなかったから。


 手加減されている——カレンがそう感じているのも、勘違いではない。現に、剣を空振らせるという隙を見せてしまったにも関わらずアレスは動かない。


 歯を食いしばり睨むと、微笑を浮かべた口元が目に入る。


 "そんなものか?"


 言外にそう言われている気がして、カレンは一層振るう剣を速くしていく。しかし、その合間を縫ってアレスの刃がカレンの首元に突きつけられた。カレンは反射的にその場を飛び退く。


 掠るだけの小さな一撃だったが、首元についた傷以上の意味がそこにはある。


(また....手を抜かれた)


 アレスが本気ならば首を落とされていても不思議ではなかった。自分から挑んだはずだというのに、相手に本気の一端すらも出させることができていない。

 不甲斐ない自分が嫌になる。


「.......一つ、提案がある」


 余計な思考を振り捨てようとすると、アレスがボソリと口を開く。訝しみながらも、続きを促すようにカレンは動きを止めた。


「.....俺の仲間にならないか?......正確には俺たちの、だが」


 無駄に喋るのが遅いことなど頭には入らず、頭を疑問符が覆い尽くす。この男は何を言っているのだろうか、と。


 つい先程まで斬り合っていた相手を仲間にしようとするなど、常人のやることではない。そして、複数形ということはこの男は何らかの組織に属している。カレンはそう推理した。


(これほどの男が所属する組織だと?碌なものではない)


 聖騎士団長としての矜持もそうだが、カレンにも譲れないものがある。答えを待っているアレスが、何故自分を仲間に誘ったのか。


「馬鹿にするのも大概にしろ....!」


 それは、仲間にしたあと裏切られても大した痛手にはならないから。自分がカレンより圧倒的に強いと思っているからこそ、そんな言葉が吐けるのだ。


 カレンを包む魔力が重みを増し、背中に魔法陣が構築される。使う予定ではなかったが、魔法を行使することを決意した。教皇からの許可は出ていないが、ここで負けるよりはマシだろうと判断した結果だ。


 魔法陣から計八本の光の刃が出現する。

 それはカレンを取り囲むように浮遊し、剣を構えると同時に切先がアレスを捉えた。


 世にも珍しい聖魔法。

 それがカレンの有する魔法属性だった。


 先程よりも加速し、カレンはアレスに向かって剣を振るう。魔法に面食らった様子で剣を受け止めたが、即座にアレスは身体をのけ反らせる。


 直後、八つの剣閃が走った。

 アレスの鼻先を通過し、背後にあった壁が切り刻まれる。そこから太陽光が指し込み、カレンを照らした。


 その姿は聖騎士の名に違わない。


 気圧されたかのようにアレスが一歩下がると、またもやそこを光の刃が急襲する。


 意識が光刃に向いた瞬間カレンは走り出し連撃を見舞うが、ぎりぎりのところで回避された。攻撃は当たらないが、それも時間の問題。


 数にして九本の剣を、永遠に避け続けることなどできはしない。意識を割かねばならない物が九倍に増えた以上、人間ならばいつかは集中力の限界がくるのだ。


 ただ惜しむらくは——相手が人間ではなかったことか。


 閃光のような刃も、キレを増した剣も、全てが躱される。既に掠ることすらもなくなっていた。


 まるで動きを読まれているかのように。


「はぁ....はあっ!」


 ずっと魔法を使っているせいか、カレンの息は荒くなっている。再び剣が虚空を斬った。


 男には息切れした様すらも見られない。最初と変わらず、悠々とそこに立っている。


「.......君が光の刃を動かしている以上....一本の剣と大した変わりはない」


 あまつさえ、そう言われる始末。

 斬りかかりたくとも、避けられ、反撃されるのが簡単に想像できる。


「....無駄な時間を過ごした。....そろそろ終わりに——」


 その言葉を言い切る前に、カレンは駆け出す。狙うはただ一つ、男の首。ではなく、足を払うように剣を薙ぐ。


 かといって、そんな攻撃が今更届くはずもない。跳躍することで、男は宙に逃れる。


「掛かったな」

「!」


 その瞬間、床を切り裂くようにして光の刃が飛来した。空中に浮かび、回避は不可能。それに加えて他の刃も男を狙っている。


 不可避の攻撃。

 そう確信したからこそ、次に起こったことがカレンには信じられなかった。


「.....小癪な」


 男が宙を蹴り、魔力を込めた剣を振るった。竜巻のような魔力が巻き起こり、ラップ音を立てて光の刃が破壊されていく。


 あまりの威力にカレンも吹き飛ばされ、ボロボロになった部屋の壁に激突する。地面に崩れ落ちると、男の方から一枚のコインが飛んできた。


 小さな金属音を奏でながら、コインはカレンの横に転がり落ちる。そこに描かれていた模様を見て、カレンは目を見開いた。


「魔神教......?」

「なに?」


 呟いた途端、頭上から声が降る。

 いつの間にか男は至近距離に接近しており、カレンを見下ろしていた。反応できなかったことを悔やみつつ、手に持った剣を振り上げる。


 あえなく避けられるが、もはや驚きはない。気がつけば、落ちていたコインは消えていた。


「.......今のは悪くなかった。だが、まだ足りない——」

「大丈夫ですか!団長!」


 男の声を遮るようにドアが開き、2人の兵士が部屋に飛び込んでくる。


「来るな、お前達!」


 自分だけならまだしも部下まで危険に晒すことはできない。叫ぶと2人は足を止める。


「.......潮時か....」


 黒い魔力が部屋の中に吹き荒れ、その場にいた全員の視界を染める。男に近づくことはできず、防御を余儀なくされてしまう。


「......消えた」


 魔力が止むと、男の姿は影も形もなくなっていた。

 

「団長!ご無事ですか!?」

「ああ、私は大丈夫だ。それより、逃げた男を捜索しろ」

「はっ!下の者達にも伝えてきます!」


 部下が去っていくとを見送り、カレンは部屋を見回す。机や椅子などは大破し床に転がり、本棚は切り刻まれて紙がそこらに散らばっている。


 そんな惨状を見てカレンは——


「ふふふ。はははははははは!!」


 笑い声を上げた。

 まったくもって敵わなかった。効果的な一撃すらも相手に負わせることができず、実力差というものをハッキリと分からせられた。


 騎士団長として上り詰めたつもりでいた。しかし、それは大きな間違いだ。上には上がいる。それが証明されたから、カレンは笑う。


「これだから剣はやめられない」


 兄を超え、父を超え、近頃は張り合える相手がいなかった。今日のことは、筆舌に尽くし難いほど貴重な出会いだ。


 再びあの男と相見えることを、次は本気で死合えることを願い、カレンは空を見上げる。


 聖騎士団長 カレン・シュトール。

 彼女は生まれながらの戦闘狂(バトルジャンキー)だった。








「くしゅんっ!」


 そんなものに目を付けられたのにも気が付かず、アレスは「風邪かな?」などと肩を震わせるのだった。

 ギャップ萌えです。

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