第1話
「あっつぅ…」
照りつける太陽。いつも通りのダンジョン。
基本的にダンジョンの中の天候は変わることはない。
どうせなら、くもりにしてほしかったものだ。
心の中で俺は一人、ごちる。
まるで新入生の門出を祝うような雲一つない快晴。
この「サクラダダンジョン」は初心者ダンジョンと呼ばれていた。
春先には、若い冒険者がけっこういるが、夏の今頃にはここに通う人はいなくなっている。
ダンジョンは俺の貸し切りだった。
出現するモンスターも特に強いものもいない。
冒険者を夢見たみんなが想像するようななんの変哲もないダンジョン。
俺の日課はこのダンジョンに出かけることだった。
カスライムを一閃
ラヴィットを一閃
ザコブリンを一閃
ルーティン化された熟練の動きでモンスターどもを屠りながら、ダンジョンの奥へと駆ける。
汗が流れる。
命をかけた戦いを制した冷や汗ではない。
暑い中、体を動かしたら汗ぐらい流れる。
ただの生理現象。
初めて、このダンジョンを訪れた時はあんなに感動したのに…
天下を取ってやる、どこまでも駆け上がってやる。あの頃の「僕たち」は無敵だった。
いつからだろう、命を懸けるのが怖くなったのは…
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初めて、サクラダダンジョンに来た。目に映るもの全てがまぶしく見えた。
「すごいよ!! タッくん! これから僕たちの華々しい冒険者生活が始まるんだ!!」
そう言うと、タツキは僕とは対照的に不機嫌そうになった。
「あんまりはしゃぐなよ。サエナ。初心者だと思われる」
実際初心者じゃんと僕は思ったけど黙っておいた。
ここで言い返すと言い争いになるのは長年の経験で分かっている。
「ほら、あそこ。水まんじゅうみたいな物体。あれ、カスライムだよ。意外におっきい」
水色のモンスターを指さす。中の黒いのがコアらしい。
「知ってるよ。攻撃力も速さも低いが。ヌルヌルした体を切るのはなかなか難しいらしい」
言いながらタツキは走り出し、その勢いのまま剣を横に薙ぐ。
しかし、刃はカスライムの上を滑る。舌打ちをするタツキ。
カスライムがタツキの背中にタックルしようとする。
「悪質タックルは犯罪!!」
追いついた僕が剣を振り下ろす。完璧に捉えた…
カスライムは両断されることなく、弾丸となってタツキの背中に突っ込む。
僕のパワー+カスライムのタックル=カスライムホームラン
必殺技が完成した瞬間である。
グワーッ
これがカエルが潰れたような声ってやつか。
「だれがカエルや!! 俺の防御力がなかったら背骨が折れとるわ!! 初陣で殺す気か!! ドアホ!!」
「あっでも!!カスライムも倒せたみたいだよ!!やったね」
カスライムが光となって天に昇っていく。
タツキがポーチの中を確認するとドロップアイテム「スライムの粘液」が入っていた。
どうやら今のは僕が倒した判定ではないようだ…
「なんかわたあめみたいなのがいるね」
白いモフモフから棒が突き出している。
お尻をこっちに向けていて、まだこちらには気付いていない。
「あれはラヴィットだ。よし、次はサエナがファーストアタックしてくれ」
さっきみたいな目にあったら、たまらないからなと続けた。
OKとうなずき、二人でそっと近寄る。射程圏内にはかなり遠い。
ラヴィットはまだこっちに気付いていない、耳がヴィンとたった。
赤い目と角がこちらを向いて、突進してくる。
ヒィっと短い叫び声をあげて横に回避しながら切りつける。
後ろにいたタツキも、逆に足を切り返す。
致命傷には至っていない。ラヴィットがまた突進してくる。
「まっすぐ来るから避けるのも余裕だぜ!!猪突猛進バカが!!」
タツキがカウンターで切りつけてひるませる。
「ウサギだけどね!!」
そう言って致命の一撃を入れるとラヴィットが光になる。
今度は僕のポーチの中に「ラヴィットホーン」が入っていた。
初ドロップアイテムGETだぜ!!!!
「ザコブリンの腕、すごい筋張ってて手羽先みたいだね」
なんか貧弱だなぁ。
「さっきからモンスターを食べ物に例えるのやめないか? 今から殺すんだから」
タツキが少し呆れながら言う。
食べるという行為は生き物を殺すということだ。
モンスターは倒すと光になってしまうから直接的に食べることはできない。
しかし、モンスターを殺すことで僕たちは経験値を得る。
モンスターを栄養として、冒険者は強くなる。
だから、無意識にモンスターを食べ物として認識していたのかもしれないなと僕は思った。
そんなことを考えているとタツキがザコブリンを倒して戻ってきた。
「あーあアイテムドロップしなかったぜ」
このダンジョンのモンスターは3種類だけで、どれも苦戦するようなことはなく、ボスまで難なく辿り着くことができた。
僕たちは調子にのっていたのかもしれない…
それをすぐに後悔することになる。
シュゴーレムと戦い、
僕たちは知る、ダンジョンの本当の恐ろしさを…
なんてことはなかった。
シュゴーレムも体は岩みたいにでかくて、硬かったけど。その場から動かないし、動きは速くない。
首の後ろにある弱点のコアに気付けば楽に倒すことができた。
「なんだよ、ドロップも宝箱もなしかよ」
ついてないなぁ。とタツキがぼやく。
「ここのボスはそもそもドロップアイテムも宝箱もないらしいよ」
まあ、サクラダダンジョンだし…
そんなことよりも僕はもう次のダンジョンのことで頭がいっぱいだった。
―僕が捕食者から被捕食者に回るまで、あと100日―
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サクラダダンジョンのゴールに待ち受けているのは、尖塔が目立つ教会。
神殿のような巨大な建造物。
中に入ると、シュゴーレムが出現する。
種が分かれば、これほど簡単な敵はいない。
どんな強そうな敵でも弱点を見つければ倒すことができる。
まさに初心者にうってつけのダンジョンだと言える。
建物の上部、ステンドグラスの窓から差し込む光はとても神秘的である…
奥には女神のような石像が俺たち冒険者を見守ってくれている。
初めて来た時は、こんなの見る余裕なんかなかったな…
あの頃は目の前のことに夢中で周りを見る余裕なんて…
なにか違和感があった。なにかシナプスとシナプスがつながりそうな感覚。
そういえば最初から変だった。
このボスは一体なにを守護っているのか…
倒しても、アイテムをドロップしたり、宝箱が出現したりもしない
部屋の真ん中から動かない。
近くに来た侵入者を追い払うように攻撃する。
まるで、そこにあるナニかを守護るように…
ハッとして天を仰ぐ。
ステンドグラスから差し込む光は、シュゴーレムの上の箇所に集中している。
また、今まで俺たちを見守ってくれていると思っていた女神像の視線もその一点と交錯する。
そこからの行動は速かった。
いつもなら動きの緩慢なゴーレムの後ろに回り込んでコアを破壊するところ、コアを踏み台にしてジャンプして手を伸ばす。
喋らないはずのゴーレムが叫んでいるかのように感じた。
手が虚空をつかむ。なにもない…
一筋の光明が見えた気がした。藁にもすがる思いだった。
その虚しさを晴らすように、落下スピードを加えてコアを砕く。決まったニヤリ
ボスを倒すと、奥にポータルが出現する。
「帰るか…」
あれ?
いつのまにかベールのような布を手に握っていたことに気づく。
俺はポータルに吸い込まれながら
すげえ手触りいいな、天の羽衣ってこんなのかもと思った。
ポーチに入れると、表示されたのは…
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透明マント レア度10
身に付けることで、他者からの五感を遮断するマント
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このたった一つのアイテムが俺のさえない冒険者人生を一変させることになる。