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9.カメラを、なぜ?

 モブ男子君改め、モッシュは子爵家の長男だが、わたしと同じく婚約者がいない。


 ただ、放任気味のうちの家とは違い、彼の父は「この在学期間中になんとしてでも婚約者候補を挙げろ」と彼をせかしまくっていたらしい。


 まぁ上に割と優秀な兄がいるわたしと、多分後継であろう長男のモッシュじゃ立場が違いすぎるからね。

 行き遅れが家にいるのと、お家断絶の危機じゃ危機感が全く違う。モッシュ父がそうなるのもわかる気はする。


 ただこのモッシュ君、極度の人見知りだった。特に女性とは全く話せないという。


 モッシュは思った。『自分には婚約者候補を探すなんて無理だ』と。


 一年次はそれでも頑張って話しかけていたというが、残念ながら話題が続かない。

 話題が続かないせいで自信をなくす。そしてまた女性が苦手に、さらに余計話せなくなる、という負のループにおちいっていた。


「今の話は分かりましたが……婚約者探しと、今回の話が一体どう関係しているのでしょうか?」


 わたしの指摘にモッシュは身体をびくつかせる。

 あ、ごめん。女の子苦手だったんだわ。


 でも相当切羽詰まってるのはわかるけど、どこをどうやったらカメラを盗むことに繋がるのか全く想像がつかない。


「話してください」とアルに言われ、モッシュはもごもごと再び喋り出した。


「し、進級して、私は毎日焦っておりました。やはり、か、会話が続かないことにはどうしようもなく……そんな時でした。道端に落ちていたハンカチを拾ったのは」


 ん? なんかどんどん話のスケールが小さくなってない? 気のせい?


 首をかしげそうになるも、また話が進まなくなったらややこしい。口を挟みたくなる気持ちをグッと抑えた。


 モッシュの顔がやおら赤くなっていく。


「そ、そのハンカチはある伯爵家の御令嬢のものでした。届けたところ大層喜ばれて……あ、あんな笑顔を向けられたのは、う、生まれて初めてでした」


 うん、なんかほっこり系の話だった。


 どストレートに行けばその伯爵令嬢に恋に落ちたモッシュ君は、どうにか振り向いてもらうために会話が苦手という弱点を克服する、みたいなのが王道だよね。


「ですが、相手にはこ、婚約者がいて……わ、わた、私は思い至ったのです……!」


 うんうん、恋に障害はつきものだしね。障害に負けずに頑張ろう、ってそういう話だよね。


 こぶしを握りしめたモッシュは表情をさらに輝かせた。


「そ、そうだ、落とし物で会話と、笑顔が引き出せたなら、お、落とし物を拾えばいいのだ……! 落とし物がなければ、落としたことにしてぬ、盗めばいいのだと……!」


 ……は?


 モッシュの言ってることの意味がわからず、わたしはぽかんと口を開けた。


 どう考えたらそんな犯罪容認のアクロバット論法になるのか分からない。それだけ親のプレッシャーが辛いのか?

 いや、それにしても元々かなり極端な思考の持ち主では……。


 わたしは顔をひきつらせながら椅子を後ろに引いた。

 ピアは無表情だが、アルに至っては『ダメだこいつ』という表情で彼を見てる。


 分かる。私もこの人、ダメだと思うの。


 そんなどんよりとした雰囲気に気づかず、モッシュはなおも喋り続ける。


「じ、実際、これで御令嬢と会話もできるようになりましたし、だいぶ打率上がったんですよ!」


 打率いうな、打率。この世界で野球見たことないぞ。


「ただ、そ、そういった方のほとんどは婚約者がいまして、な、なかなか仲をふか、深めるまでには至らなかったのです。な、なので最近では婚約者がいない方をリリ、リストアップして、順番に盗ませていただいてた次第でして、その最後が、そ、その、フィーレ子爵令嬢でして」


 なにその順番に盗ませていただいたって。

 君のモラルと常識、誰かに盗まれちゃったの?


 なるほど、大体話は分かった。

 落とし物きっかけに会話ができると踏んだモッシュは、自作自演でとりあえず好みの令嬢にアタックしまくってたと。

 で、ほとんどが婚約者持ちだったから今度は婚約者のいない女子を狙ってた。そして今回はわたしの番だった、と。


 ……ん?


「でも明日から長期休暇でしょう? きょう盗んでもわたしに話しかけられるのなんて休暇後ではないかしら?」


 抑えきれず口から出た疑問に、それまで饒舌だったモッシュはカメが首を引っ込めるように黙った。

 代わりに、少々うんざりとした表情でアルが答える。


「彼の領地はフィーレ子爵領に隣接していますからね。もし帰省するのであれば道中、共にすることになると思いますし、帰省しないのであれば、フィーレ子爵に面通しついでにミレディ様が大事にしているキャメィラを渡し、恩を売る……そんなところかと思いますよ」


 彼の言葉にモッシュはわずかながらうなずいた。


 なるほど、だからカメラか。


「……かといって、下着を盗った理由にはなりませんが」


 納得しかけたわたしは再び顔をひきつらせた。

 たしかにそれはそうだわ。若干頬を染めているモッシュの表情からして、なんとなく想像はつくが、わざわざ説明されても嫌なので黙っておこう。


 というか、隣の領地のひとだったんだ……みんな似たり寄ったりの印象でわからなかったよ。

 そういえば、以前父が「近隣領地の貴族子息からどうしてもお見合いしてほしいと頼み込まれたけどどうする?」と聞かれたことはある。


 もちろん、お断りした。その人がモッシュかどうかは知らないが、断った過去のわたしグッジョブ。


「お話はよく、分かりました。わたしとしましては所持品が無事に戻ってきましたし、事情を考慮した上、わたしやフィーレ家に今後一切関わりを持たない、という条件でこの件は不問にしたいのですが……」


 ちらり、とアルの方を見る。

 さすがにモッシュとは、これ以上関わり合いにならない方がいい気がする。

 そんな考えが伝わったのか、目があったアルは小さくうなずいた。


 うん、これで手打ちということで……と思っていたのだが。


「お、お待ちください」


 異議を唱えたのはモッシュだった。


「と、ということはつ、つまり、私とこ、婚約はしてくださらないのですか?」

「え?」


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