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8.カメラを捜索したいのですが

 意気込んで女子寮を出てきたはいいものの、わたしは途方に暮れていた。


 学院は広大な敷地を高い塀で囲われており、簡単には侵入できない。さらに、去年ローランが入学したことで警備も厳重になった。侵入できたとしても、女好きな世紀の大怪盗でもない限り十中八九捕まる。


 出入り口は正門のみ。その正門の警備にも聞いてみたが、今日は誰も出入りしてないらしい。


 ……となると学内の人間が怪しい。


 そこまではわかる。ただそこから先、ただの子爵の娘が一体どう動けばカメラまでたどり着けるのか考え付かなかった。


「うーん……どうしたもんかしらねぇ」


 わざとらしくのんびりと呟きながらも、内心はらわたは煮え繰り返っている。ただ、焦っても仕方がない。

 できたら寮の門限である日没までにどうにかしなければ。しかしそんなに時間はない。


 正門からふらふらと、カメラ落ちてないかなぁと探しながら歩いていると、


「ミレディ様?」


 と声をかけられた。


 この声はアルだ。


 振り返ってみると、口元にいつもの笑みを浮かべる彼と、彼のメイド──といっても、彼よりも遥かに年上の初老の、ちょっとイカツイ女性──が立っていた。


「こんなところでいかがされました?」


 こんなところ、と周囲を見渡せばそこは見慣れた男子寮の前だった。もう少し進めば、いつもアルと会っていたテラスだ。

 どうやら無意識に普段通りの行動をしていたらしい。


「え、と……ちょっと考え事を」


 言い淀むわたしを、こげ茶色の瞳が捉える。


 あんまり見つめないで欲しい。わたしは視線を外した。


 彼を写真に収めたい、と思った時からどうも彼に見つめられると調子が狂う。

 当のアルはいつも通りなのに、わたしだけが落ち着かない気分になるのはちょっと不公平だ。


 そもそも彼に正直に説明すべきか。

 カメラをなくした、盗られた、なんて同志として幻滅されまいか。

 そんなことが頭をよぎる。


「……キャメィラはどうされたんです?」


 ゔ。


 痛いところをつかれた。


 彼と写真を楽しむ約束以外は、常にカメラを持ち歩いていたわたし。

 そのわたしが、なんの約束もしていないのに男子寮前をカメラなしでウロウロしていることを、アルは不審に思ったのだろう。


 いつもの口元の微笑みが怖い。無言だから尚更怖い。全てまるっとお見通し感がすごい。


 ……ええい! こうなったら仕方がない。


 わたしは半ばヤケクソで、彼に事情を説明した。









「……なるほど。それで」


 一通り説明を聞いたアルは、考え込むように口元に手を置いた。口調は硬い。


 ううう、これ怒られる? 「見損なったぞミレディ!」とか言われるやつ?


 内心ビクビクしていると、見かねたアルのメイド──ピアというらしい──が彼に耳打ちをした。アルは一瞬ハッとするようにこちらに視線を向けると、すぐにいつものにこやかな笑みを見せた。


「ああ……安心してください。僕も一緒に探します。人手は多い方がいいでしょう」


 柔らかくいう彼に、ほんの少しだけほっとする。


 カメラの行方は見当もつかないが、アルと探せるなら少し希望は見えてきた。

 なにせ彼は頭がいいし視野も広い。そして顔も広い。彼ならば何か妙案を出してくれるに違いないという信頼があった。


「ありがとうございます。ホント……キャメィラとアルバムのついでに下着まで盗むような変人がこの学内にいるなんて……」

「ちょっと待ってください。……下着?」


 わたしの言葉を遮って、アルは一歩前に出た。


 しまった。言うつもりはなかったのに安心したらついうっかり。


 彼の口元に珍しく微笑みがない。驚いているのだろうから当然といえば当然なのだが、先程の怖さとはまた別の、妙な真剣さを感じる。


「え、あ、その……」

「……下着を、盗られたんですね……?」


 アルは珍しく鋭い視線をわたしに向けた。

 背後からゴゴゴ、と黒いオーラが噴き出ている気がする。心なしか後ろで控えるピアも彼の気迫に引いているように見える。『なんで黙ってた……?』と上司にでも詰められている気分だ。


「……はい……あまりに、はしたないと思い黙ってました……」


 観念したわたしはうなだれた。


 ぶっちゃけ、下着が盗まれたのは大したことじゃない。ただ貴族の娘から「下着盗まれちゃった」なんて言われたら、アルくらいの年頃の男子は戸惑うと思ったから黙ってただけなのだ。

 それがこんなに怒られることだとは。思ってた反応と違う。


「ピア」

「はっ」


 気まずい沈黙をアルの短い言葉が破る。

 呼ばれたピアは懐から分厚いメモ帳を取り出すと、パラパラとめくりやがて目当てのページを彼に差し出した。


 彼はちらりとそれを一瞥(いちべつ)すると、「この者を」と一点を指した。


「御意」


 無駄のない動きで一礼すると、ピアは男子寮へと入っていった。

 リアもできるメイドだが、ピアのそれは洗練されていて全く隙がない。まるで軍人だ。


「ミレディ様」


 ピアに感心していると不意に名前を呼ばれた。びくり、と反応し顔を向ける。


 うう、怒られる……。


 と、思いきや、彼はいつもの優しげな笑みを浮かべていた。










 ピアが男子寮へと向かって間もなく。


 わたしたちはテラスで優雅にお茶をしていた。


 いや、ゆっくりしてる暇ないんだけど。


 日没まであと1時間、といったところだろうか。一刻も早くカメラを探したいわたしを制し、アルは「焦る必要はありません。少し待ちましょう」とお茶を勧めてきた。


 なんだろう、上機嫌にも見えるけどやっぱり黒いオーラが見える気がする。


 待ちましょう、というのはピアのことだろう。誰かを連れてくるのだろうか?

 まぁ探すのに人手は多いに越したことはないけど、1人増えたところで1時間で見つかるんだろうか……? というかあのメモ帳には一体何が書かれているのか……。


 などと思っていると──。


「アル様」


 背後からピアの声が聞こえた。

 振り向くと、彼女の手には見慣れたカメラとアルバムが抱えられていた。


 そして彼女の隣には見慣れない男子生徒が、真っ青な顔で立ちすくんでいる。

 モブ男子にありがちな茶色の短髪に茶色の瞳。前髪長めのアルとの違いはワンレンの前髪に困り眉くらいだ。


 顔色と状況からして、彼が『人手』ではないことがすぐに理解できた。


「あ……」

「まずはご確認ください。こちらの品々でよろしいでしょうか?」


 ピアはわたしに近づくと、テーブルの上にカメラとアルバムを丁寧に置いた。戸惑いつつもカメラを手に取り、アルバムをめくる。


 うん、これはわたしのだ。傷もない。アルバム写真も抜けたところはない。


 無事だ。よかった。


 うなずくと、ピアは「こちらも」とポケットの中から包みを取り出した。

 白のハンカチに包まれたそれを、テーブルの上で広げようとすると、手で制された。


「こちらはお一人でご確認すべきかと」


 有無を言わさぬその表情に、わたしは再度うなずいた。


 ……多分これ、中身下着だわ。そりゃ年ごろの男の子の前で堂々と広げるものではないね。

 すまぬ、なんか色々と配慮してくれたみたいで申し訳ない。


 席を外し、物陰で確認する。思った通り、下着だった。

 丁寧にたたまれている。ピアがやってくれたのだろう。ソツのない仕事に賞賛の拍手を送りたくなる。


 ひとの家のメイドの手をわずらわせてしまった申し訳なさと、うっかり口を滑らせた自分を呪いたさで、気分はすっかりブルーだ。


 男子生徒おかかえのメイドだけは、男子寮に入れる規則でよかった。もしアルが連れてたのが従僕とかだったら、男性に下着をたたませることに……。


 考えれば考えるほど土下座したくなってくる。ごめんなさい。


 しかし、どうしてあのモブ男子君はカメラとアルバム、ついでに下着を盗んだのか。

 全然知らない生徒だったけど、個人的にわたし、何か恨まれてた? 家同士の因縁でもあった? 金目当て? それともたまたま?


 というか、どうしてアルはあの男子生徒が犯人だと分かったんだろうか?


 下着を見つめながら色々と考えを巡らせても答えは出てこない。


 うん、直接本人たちに聞いてみよう。


 わたしは回れ右をして、テラスへと向かった。


「…………そんな理由でこんなことをしたんですか?」


 彼らの方に近づくと、アルの冷静な低い声が聞こえてきた。

 口元の笑みは相変わらず。むしろ意識的に口角を上げているように見えるが、声色は明らかに怒気をはらんでいる。


 モブ男子君は椅子に座らされていた。その背後にはピアが仁王立ちで控えている。体格いいからか、威圧感すごいね。


「そ、そんなことと言われましても……! 私や家にとっては一大事なのです! アレんんんん」


 声を張り上げようとしたモブ男子君の口を、背後からピアの手が覆う。大きいから鼻まで塞ぎそうだ。さすがに死んじゃうからやめてあげて。


 ジタバタするモブ男子君に、アルは平坦な口調で


「アル・マーディ、ですよ? 男爵家のしがない五男です。そのおつもりで」


 と変な自己紹介をする。

 必死にこくこくとうなずいたモブ男子君。アルの目くばせを受け、ピアは手を離す。解放されたモブ男子君は、幾度も咳き込みながら肩で息をした。


「しかし、そうなるとやはり兵につき出すほかありませんね」

「お、お待ちください……! それだけは、それだけはご勘弁を……!」


 すがるように頭を下げるモブ男子君を突き放すように、アルは席を立とうとした。


「あの、お待ちください、アル様」


 わたしの声に、ぴたり、と動きを止める一同。

 アルはすっ、と顔をこちらに向けた。表情はいつも通りだが、有無を言わせぬオーラが漂っている。


「なんでしょう?」

「一応、わたしも当事者ですので、どうしてこのようなことになったのかお聞かせ願いたいのですが……ダメ、でしょうか?」


 気圧されないよう、うつむき加減に頼み込む。


 正直、カメラが無事に返ってこなかったら犯人は万死に値するとすら思っていたが、無傷で戻ってきた時点でもういいかな、とも思っている。

 ただ、もし恨みや因縁でもあるなら今のうちに解決しておきたい。解決が無理なら、今後の対策のためにも理由くらいは聞いておきたい。また何かされても嫌だし。


 わたしの意図が伝わったか伝わらなかったかは分からないが、アルは小さく息を吐くと「わかりました」と座り直した。


 わたしも彼の隣の席に着くと、モブ男子君の顔をのぞきこむ。


 うん、やっぱり知らない人だ。

 というか、モブの顔はみんな似たり寄ったりで、アルくらい毎日会ってないと見分けがつかない。特に男子は、同じような髪型のモブが多いので、女子よりも見た目での判別が難しい。


「では、お話し願いますか?」


 わたしの促しに、モブ男子君は困り眉をさらに下げ、気まずそうに話し始めた。

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