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5.カメラの同志が増えました

 中庭の騒動があってから数ヶ月後。


 比較的温暖な気候のこの国でも、いわゆる秋、という季節が来ていた。


 わたしは相変わらずカメラ片手に、イベント撮影や聖地巡礼をしていた。


 聖地巡礼は春のうちにあらかた終わっていた。が、季節によって風景の雰囲気が全く違うということに気づいてからは、意識的に巡礼し直している。

 やっぱ全季節コンプリートしたいよね。


 ハノンとローランは着々と愛を育んでいる。

 やはり他の攻略対象とのイベントは極端に少ない。顔見知り程度の関係性だ。


 ローランとお近づきになればなるほど、エリミーヌとその取り巻きからの風当たりが強くなる。当然、エリミーヌがイベントに絡んでくることも増えた。


 アルバムの中にも、彼女の嫌がらせシーンが写った写真が何枚かある。あまり気持ちの良いものではないが、撮った写真は全て現像、全てアルバムへ、がわたしのモットーだ。


 ちなみにわたしは騒動があってから、よっぽどでない限りフラッシュを焚かないようにしている。

 他の人ならいざ知らず、エリミーヌにカメラのことが知られたらカメラ壊されそうだし。


「さて、と……もういいかな」


 ひとしきり撮り終えた私は、切り株に腰掛けると大きく伸びをした。


 今いるのは学院の中にある丘の頂上だ。


 丘、といってもそこまで大きいものではない。一本の大樹が頂上に生えているだけで、庭師が毎日整備している中庭に比べると殺風景だ。

 ゲーム内では『告白の丘』と呼ばれていたが、そんな呼び方をしている生徒には今まで出会ったことがない。婚約者が決まってる生徒が多いのだから、当たり前と言えば当たり前の話だった。


 秋の澄んだ空に、赤や黄の葉がひらひらと舞っている。

 約一年後、この木が花で満開になる頃にヒロインは攻略対象に告白し、学園生活を終える。順当に行けばハノンはローランと結ばれることになるだろう。


 紅葉の季節の告白もいいなぁ……


 ……などと思っていた。


「こんにちは」


 不意にかけられた声に、わたしは振り向いた。


 わたしよりも少し濃い茶色の短髪と揃いの瞳、整ってはいるもののこれといって際立ったところのない顔立ち。

 この世界のモブ男子にありがちな特徴だ。


「こ、こんにちは」とわたしは返し、切り株から立ち上がった。


 男性にしては小柄だが、身長はわたしよりも高い。学院の制服を着ているところを見るに同い年か一個上だろう。

 表情は微笑で固定。これもモブにありがちだ。


「いい天気ですね」

「そ、そうですね……」


 彼はわたしに近づくと、大樹の幹に手をかけた。


 表情が変わらないからか、何を考えているのかよくわからない。学院の他のモブ生徒たちも、ほとんどがそういった印象だった。


「ところで、こんなところでおひとりで何を?」


 彼はわたしの顔をのぞきこむように首を傾けた。


 う……どうしよう……。


 わたしは内心たじろいだ。


 カメラのことは学院の生徒には異国のアクセサリーだと説明している。エリミーヌに壊されたらたまらないからだ。

 メインキャラや聖地を写す時くらいしか使わないので、その説明でも一応、納得してもらえている。おまけに、前世からの存在感のなさと量産型モブ顔のおかげで、今のところカメラや写真のことはバレていない。


 とはいえこの丘で何をしていたかと聞かれたら困る。つい先程までカメラを構えていたのだ。それを見られてたとしたら、そこを突っ込まれたとしたら本当のことを言わざるを得なくなる。


 いくらモブ生徒とはいえ、一度誰かに言ってしまえばエリミーヌの耳に入るかもしれない。


 こんな時に限ってリアはいない。


 というか最近、聖地巡礼についてきてくれないのよね。おひとり様でも楽しめるからわたしはいいけど。


 押し黙ったわたしをしばらく見つめていたモブ男子生徒は、「ああ」と何かに気づいたように声を上げた。


「申し訳ありません。名乗るのを忘れていましたね。僕の名は……アル。マーディ男爵家の五男です」


 機会的に会釈をした彼、アル。


 マーディ男爵家……聞いたことがない。ということは、最近爵位を与えられたばかり?


 ま、いっか。知らない貴族なんてたくさんいるしね。


 わたしも制服の裾を持ち挨拶する。


「ミレディ・フィーレ、と申します。フィーレ子爵家の長女です」

「フィーレ子爵家……といえばあの異国との商いに大活躍の。どうりで見慣れないものをお持ちだと思った」


 アルの視線は、わたしの腹部あたりに垂れ下がるカメラに注がれていた。


 あ、まずい。


「そ、そうですわね。オホホホホ……」

「……ですが、ここは日中でも人が来ません。フィーレ家のご令嬢ひとりとはあまりに無用心かと。寮までお送りいたしますよ」


 冷や汗を流すわたしに、アルは変わらぬ微笑を向けたまま手を差し出した。


 あれ? もしかして、わたしがひとりでいるのを見つけて心配してきてくれただけ……? 実はいい人……?


「あ、ありがとう、ございます。お願いいたします……」


 いぶかしみながらも、わたしはその手を取った。







 ──それから数日後、聖地巡礼をしているとアルにまたも出会った。


 その数日後も、そのまた次も…………。


 その度に二、三、言葉を交わしては一緒に寮に帰る。

 不思議なことに、彼が声をかけてくるタイミングは決まって写真を撮り終えて一息ついている時だった。


 ……うーん、これはもう、アルはカメラのことを知ってると見て間違いない気がする。というより、知っててあえて聞いてこないんじゃ……?


 話している限り、彼は悪い人ではない気がする。

 むしろ「この裏に崖があって危ないです」と忠告してくれたり、「ここから見る夕焼けは綺麗ですよ」と写真にインスピレーションを与えてくれる。


 ……彼になら教えてもいいんじゃないか。


 そう思ったが吉日、早速寮に比較的近い聖地に現れたアルに、思い切って打ち明けた。


「……ということで、これはカメラ……じゃなくて、キャメィラと言って物事の一瞬を切り取って写真……絵として保存する異国の機械なんです」


 わたしは、今まで撮った膨大な数のアルバムの中から厳選した数冊を彼に差し出す。


 彼はいくつかをパラパラとめくると、「本当に、本物みたいですね……」と感嘆の声を上げた。心なしか口元の微笑も深くなっている気がする。

 どうやら信じてもらえたらしい。


「あの、ただこれは異国のもので、この国ではまだ流通しておりません。父は商品として売り出す前にあまり悪評が立ったら良くない、と最低でも流通経路の確保までは秘匿すべきと言っておりました。なので……」

「ええ、秘密にしましょう」


 あっさりと頷いたアルに、わたしは目を丸くした。


「え、いいんですか?」


 さっきの長々とした言い訳は嘘だ。流通経路など一生確保されない。

 父は言った。「これはよっぽどのことがないと売れない」と。わたしは売れると思うのだが、商才の確かな父が言うのだからそうなのだろう。


「ええ。フィーレ子爵の怒りを買いたくはありませんし、それに僕個人としては……」


 彼は意味ありげに言葉を切ると、アルバムを手に取った。


「フィーレ子爵令嬢の作品をもっと見てみたい。だから口外しないと約束しましょう」


 力強くうなずく彼の姿に、抱いていた警戒心が薄まっていく。


 父が黙っておけって言ったってのは嘘なんだけど……。


 でもま、いいか。黙っててくれるなら非常に助かる。


「あ、ありがとうございます!」


 にこり、と笑ったアルに思わずどきり、とする。

 モブとはいえ前世基準なら並以上の容姿だ。その笑顔の破壊力も攻略対象には及ばないものの、並以上であることは間違いない。


 それに、何気に写真を褒められたのは初めてだ。

 リアしか見せたことがないので当たり前だが、彼女は「はいはいすごいですねーその熱意を婚約者探しにも少しは割いてくださいねー」と冷めた反応をされるのでなんとも味気ない。


 アルの新鮮な反応に、ちょっと舞い上がってしまったのかもしれない。


「あの……アル・マーディ様、実はもっと写真あるんです。良かったら今度お持ちしましょうか?」


 わたしの申し出に彼は数回まばたきをすると、「ええ、よろしくお願いします」とにこやかにうなずいた。

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