3.カメラにおさまる三者三様
薄い茶色の腰までの髪に、目尻の上がった高圧的な顔立ち。肩がバッサリとあいた挑発的な青いドレスを見にまとった人物──エリミーヌがそこに立っていた。
背後には取り巻きだろうか、ふたりの女子がハノンに敵意を向けながらひそひそと何かを話している。
悪役令嬢だけど、さすが高位貴族の令嬢なだけあってこっちもなかなか絵になる。記念に一枚。
ローランはハノンを立たせると、その顔に笑みを張り付かせた。
「まだ全員揃っていないと聞いたので、見回りに来たのですよ」
「王子殿下自ら、ですか?」
「ええ」
「失礼ですが、私にはおふたりが抱き合っていたように見受けられましたが……?」
ねめつけるような視線がハノンを射抜く。
それから庇うように、ローランは一歩前に出た。
「なに、転びそうだった彼女を支えたまでのこと。そなたが心配するようなことは何もない」
「……」
柔らかな笑みとは裏腹に、彼の瞳は全く笑っていない。
おお、これが傲慢なエリミーヌとの政略結婚にうんざりするローランの顔。いいねいいね、こういうのもいいね。
しばらくふたりを見つめていたエリミーヌはふっと笑った。
「……そうでしたの。さすがローラン様、どなたに対してもお優しいのですね」
彼女の言葉に、取り巻きたちが「そうですわ、さすが王族」「下位貴族にも分け隔てなく接するなんて素晴らしいですわ」と口々に褒めそやす。
「そろそろ式典が始まりますわ。エスコート、お願いできます?」
「……ああ」
ローランはハノンから離れエリミーヌの手を取ると、冷めた表情で彼女と共に校舎の中へと消えていった。
ひとり残されたハノンは、惚けるように彼の背中を見送る。頬はずっと、紅潮したまま。
いやー、ローランかっこいいもんね。わかるわかる。カメラ越しでも色気すごいもの。
「……あ……式典! 遅れてしまいます……!」
自分の置かれた状況に気づいたのか、ハノンは荷物を抱えると、彼らの後を追うように校舎内へ入っていった。
「…………はぁ……朝からいいもん見れたわ……」
一仕事終えた、とばかりに茂みから立ち上がったわたしは一息ついた。
きょうのところはもう大きなイベントはない。他の攻略対象との出会いは明日以降。
……となればやることはただ一つ。
「リア、帰って現像よ!」
「お、お待ちください! お嬢様! 入学式! 式典はどうなさるおつもりです?!」
帰ろうとしたわたしを、リアは引き止めた。
「もちろん、欠席で」
「なりません!」
力いっぱい言うリアのこめかみに青筋が浮かぶ。
ええぇ、今撮った分を早くアルバムに収めてニヤニヤしながらコーヒーブレイクしたいのにぃ。
「でもきょうは式典だけでしょ? 学院長先生と来賓、PTA会長の長くてありがたーい話を聞くだけだろうし、ひとりくらいいなくても誰も気づかないわよ」
わたしはドレスについた木の葉をぱぱっと手で払うと、門に向かって歩き出した。
「ぴーてぃー……? ちょっとよくわかりませんが、きょうはクラス分けに入寮説明もあるのですよ」
ぴたり。
リアの言葉に足を止める。
クラス分け……ゲームの中でもそれはあった。メインキャラはどのルートでもクラスは固定だ。誰がどのクラスになるか、わざわざ確認する必要はない。
が、そこに自分が入るとなると別だ。
誰と一緒のクラスかで、今後の被写体が大いに変わる可能性がある。
わたしは特定の推しキャラがいない、むしろ全キャラ推し、箱推しなのでどのクラスでも困りはしない。が、それでも一応確認は必要だろう。
もしかしたら初日からメインキャラと仲良くなれるかもしれない。あ、他のクラスの時間割りも確認できるかも。
「ご学友との交流以前に、お嬢様には婚約者候補を探す使命もございます。こういったことは早めの行動がよろしいかと」
うん、それは割とどうでもいいけど。
リアの必死の説得に、わたしは振り返ると「そうね、リアがそこまで言うなら参加するわ」と笑った。