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17.カメラか、結婚か

「……熱は、下がりましたね」


 リアはおでこから手を離すと、ほっと息を吐いた。


「ありがとうリア」

「いえ、しかしお嬢様が風邪をひかれるとは珍しいですね」


 ギク。


 彼女の言葉に、ベッドから起きかけたわたしは顔をひきつらせた。


 あれから──アルの告白からどうやって帰宅したのか覚えていない。

 夜になるまで語らったような、逃げるようにすぐに帰ったような、彼が送ってくれたような、リアが迎えに来てくれたような……とにかく記憶があいまいだ。


 それもそのはず。その翌日、熱を出した。かなりの高熱だったらしく、3日ほどベッドの上で唸り続けた。


 おかげでパーティー翌日に寮を引き上げる予定が引き延ばされた。今、卒業生で寮内にいるのはわたしと、引き継ぎのある生徒会メンバー、そしてアルくらいだ。


 リアは湯に浸したタオルを絞ると、それをわたしに手渡した。


「真っ赤なお顔でしたし、久しぶりのパーティーでお疲れになられたのかもしれませんね」

「そ、そうねっ。そうかも。そうに違いないわっ」


 慌ててタオルを顔に当ててぐしぐし拭く。

「そんな強くこするとまた赤くなっちゃいますよ」とリアにたしなめられるが、赤くなるようにやってるんです、というか多分もうすでに赤いんです、と言いたい。


 彼女は首をかしげながらも、湯を洗面所に運ぼうと席を立った。

 ふう、危ない危ない。


 気を鎮めようと深呼吸を繰り返していると、


「あ、そういえば、きょうもお花を持って来られてましたよ。アレンドル様」


 洗面所からかけられたリアの声に、肩が震えた。ゆっくりと、おそるおそるベッドサイドテーブルを見る。

 一輪挿しの花瓶に赤い薔薇が一本。控えめな彼らしい選択だ。


 ひょっこりと顔を見せたリアが、ニヤニヤとこちらを見ている。

 ちくしょう、全部お見通しということなのか。


 あれこれと言い訳を考え──諦めた。


「リア……ちょっといいかしら……」


 観念したわたしに、彼女は満面の笑みで「はい、喜んで」と答えた。







「お嬢様! やりましたね!」


 パーティー後にあったことをひと通り話すと、リアは開口一番、そう言った。


「やった……のかしら?」


 興奮気味の彼女の言葉に、わたしはいまいちついていけず首をかたむけた。


「やったんですよ。この土壇場でトリアウス家の嫡男と婚約を決めるなんてなかなかできることじゃありませんよ? 侯爵家、しかも現宰相! ご子息も王子殿下と交流があるとなると将来安泰じゃないですか! 嬉しくないんですか?」


 早口にまくし立てる彼女の圧がすごい。とてもじゃないけど「嬉しい」以外の言葉を言える雰囲気じゃない。


 やっぱりそうだよなぁ……この世界の貴族の価値観って。


 男は地位、そして女は地位ある男性との結婚。家と家とのつながりと繁栄。それが全てだ。それが貴族の幸せだ。

 それ以外は不幸せ、とまではいかないものの、色眼鏡で見られたりマウントを取られたりする。


 リアは貴族ではないが、長年フィーレ家に勤め、その価値観をよくわかっているのだろう。


 もちろん、アルといるのは楽しい。というか、好ましい青年だと思っている。


 ただわたしは、やっぱりカメラを仕事にしたいし、それをするためには貴族の枠からはみ出ないといけないと思う。


 宰相家に嫁いだなら宰相子息の妻としての振る舞いも求められる。他に仕事なんて、とてもじゃないがやってられないんじゃなかろうか。

 きっと、アルも仕事としてではなく趣味程度で認めるつもりなんだろう。


 わたしはそれに耐えられるのだろうか。


「……リアは、どうしてメイドになったの?」


 ためいきをつきそうになったわたしは、それを誤魔化すように質問をした。

 暴走機関車のように興奮していたリアは、目をぱちくりさせると、斜め上に視線をめぐらせた。


「そうですね。お給金が良かったのもありますし、貴族の家で働くってのもハクが付きますし……あ、まれに貴族様のお手つきになるってことも聞きますね。そうじゃなくても家に出入りしてる方々と知り合う機会も多いのでそこからお付き合いが始まる、なんてこともよく聞きますし」

「じゃあお金と婚活……じゃなくて、条件のいい人と出会って結婚するのが目的ってこと?」


 わたしの問いに、彼女はうなずいた。


「そうですね。少なくとも私は」


 すごい即答。意外に肉食系女子だったのか。


「じゃあ……結婚したらリアは辞めちゃうのね……」

「え? なんでそうなるんですか? 辞めませんよ?」


 すっとんきょうな声で彼女は首を横に振った。


 あれ? 辞めないの?


「で、でも、フィーレ家に出入りしてる男性ってだいたい貴族だったり比較的手広くやってる商人の息子だったりするじゃない? そういう、たとえば貴族のところに嫁いだらやっぱり仕事辞めさせられたり……」

「しないです」


 きっぱり即答で答えられ、わたしは閉口した。


「そりゃ妊娠したり病気でもしたら辞めるかもしれませんけど、私は基本的に仕事したいですし、仕事のお給金で少しでもいい暮らしができるなら続けるものですよ。うちのメイド長なんて既婚で成人した子供もいますけど、勤続30年以上だって聞きますし」


 そ、そういうものなのね……リア、たくましい。

 いや、この世界の女性がたくましいのか?


 なんとなく、リアの先程の言葉だけだと貴族に見染められたら楽して生きられる、といった意味が感じられたのだが……。


 なるほど、より良い暮らしのために働く、か。そしてそれを男性だけでなく社会全体が当たり前だと思っている。そういった基盤があるのだろう。


 そう考えると、『カメラを仕事にしたいわたしを手伝いたい』というアルの言葉も、本気でそう思ってくれていると理解できる。


 ……なんて、ちょっとうぬぼれかしら。


 頬が熱くなるのを感じたわたしは、両手で頬を覆った。


「だいたい、貴族でも仕事してる方なんてお嬢様の周りでもいくらでもいますでしょう?」

「そ、そうだったかしら……?」

「そうですよ。ご当主は領地経営のかたわら商人として諸外国をめぐってますし、ご夫人は他家のご令嬢の家庭教師もなさっています。貴族として国に仕える以外にも、仕事されてる方なんてたくさんいるんですよ」


 言われてみれば確かに。

 両親のことをすっかり失念していた。


 というかわたしが勝手なイメージでうじうじ考えていただけだ。


 ならば、仕事はもう関係ない。


 わたしが、アルのことを好きか。結婚したいか。その一点だけだ。


 ベッドサイドの薔薇を手に取ってみる。

 トゲは丁寧な処理がなされ、少しも痛くない。リアではなく、アルが処理してくれたんじゃないかとなんとなく思った。


 情熱的な赤は、あの日の彼の瞳を彷彿とさせ、濃厚で甘い香りにくらりとする。吸い込むだけで不思議と満たされる思いがする。彼の笑顔のように。


 ──答えなんて、考えるまでもなかった。


 彼の写真を撮りたい。


 それだけで十分、答えになりうる。


「……ありがとう、リア。あなたがわたしのメイドで本当に良かったわ」


 微笑むと、リアは頬を赤く染める。

「アレンドル様と、ちゃんと話してくださいね」と少々ぶっきらぼうに席を立つと、足早に洗面所に向かっていった。

次回で最終話です。

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