16.カメラとふたり
風がまた吹き、マフラーを揺らす。縮こまるわたしに、アルはゆっくりと近づいた。
「以前、ミレディ様はおっしゃってましたね。推しというものは『応援したい、とか、元気をもらえる、尊い、わたし以外の人にもこの人の魅力を知ってもらいたい』というものだと」
「は、はい……」
確かに言った。覚えている。
あの時、アルとの距離が近くなった気がして嬉しかったのよね。
彼の本当の笑顔が見れた気がして。
それ以来ずっと、その笑顔をカメラに収めたい衝動がありつつも、なんとなく言い出せない状態が今まで続いている。
言ったら撮ってくれるだろうけど、それではダメなのだ。きっとそれでは、いつもの量産型の笑顔になってしまうだろうから。
かといって、隠し撮りもなぁ……などと関係ないことを考えていると、いつのまにかアルが目の前にいた。
「僕にとってそれはずっと、ローラン様ただひとりでした。ローラン様と国が、ずっと続くように。それが僕の願いです」
失礼します、と断りつつ、アルは少し乱れたマフラーを整えはじめる。
ち、近い……。
うなじのあたりに彼の指が軽く触れ、恥ずかしくなってきたわたしは思わず視線を外した。
「ミレディ様は……ローラン様の写った写真……あんな表情を撮れる方だ。ローラン様に対して僕と同じ思いを持っている。全く同じ、ではなくとも近い何かを持っている。そう思ったら少し、肩の力が抜けたんです。ずっと無意識に、そんなことを考えているのは僕一人だけだと気負っていたんでしょうね」
マフラーを整え終えたのだろうか。
しかし、後頭部に差し込まれた手はそのまま頬に滑るように添えられる。その手は彼の笑みのように、ほのかにあたたかい。
まっすぐ向けられたこげ茶色の瞳に茜が差す。
その情熱的な色味に、わたしはたまらずあとずさった。
「それに気づかせてくれたミレディ様とは対等でいたい。それこそ、応援したいし、あなたのそばで元気をもらいたい。僕以外の誰かにも魅力を……」
言い連ねる彼の顔が切なさを帯びる。
あとずさるわたしと同じだけ、アルは近づく。そしてまたわたしは後ろに下がる。その繰り返しをしばらくしているうちに、わたしの背中に何かが当たった。
幹だ。と理解した瞬間、頬から手が外された。
え……?
「……伝えたくないですね。あなたの魅力は僕だけが知っていたい」
彼の手は頬から幹へ、ちょうどわたしを閉じ込めるように押し付けられる。
しかも幹が斜めに倒れ気味なせいか、肌こそ触れ合ってないものの、若干アルが覆いかぶさっているような体勢だ。
こ、これが世に言う壁ドン……いや、木の幹にしてるから幹ドンか? 幹ドンなのか?
壁ドンすらされたことないのに、幹ドンなんて。
これで冷静でいろとか無理。クラクラしてきた。
目を回しかけているはずなのに、さっきからずっとアルの視線から逃れられない。
「好きなんです。ミレディ様、あなたが。だから失いたくなかった。あなたと学内をまわるのは、僕の特権でありたかったんです」
熱っぽい視線と焦がれるような声に心臓が跳ね上がる。
……好き? え、アルがわたしを? わたしは目立たないモブよ? それをこんな素敵な人が?
いやいや、でも待って。いちおう、一応確認しなきゃ。
「で、でも……ハ、ハノン様のことをお慕いしているのでは……?」
「……? 僕がですか?」
「は、はい……その、ハノン様の写真を熱心に見られていたので……」
遠慮がちにうなずくと、きょとんとしていたアルはくすり、と笑い出した。
「それはローラン様のことを見てたんです。正確には、ハノン嬢と関わっている時のローラン様、ですね」
「……え?」
「僕の前、それどころかエリミーヌ嬢含め、どんな女性の前でもあんなにほがらかに笑うローラン様を見たことがなかったんです。あなたの撮った写真を見るまでは」
「は、はぁ……」
どういうことだろう。わたしがゲームでよく見ていた笑顔そのものなんだけどな。
……あ、わたしがプレイヤー……ハノンだったからか。だから笑顔を向けてくることが多かったのかも。
たしかに、エリミーヌの前ではローランは真面目な顔か渋い顔の立ち絵がほとんどだった気がする。他の令嬢の前でも滅多に笑わないのかもしれない。
わたしがうなずくのを見て、アルは少し恥ずかしそうに頬をかいた。
「……実は僕は、エリミーヌ嬢との婚約破棄に反対でした」
「え? そうだったんですか?」
「ええ。歴史的にも多少問題のある王妃はいましたし……エリミーヌ嬢に猫をかぶれる技量が多少なりともあるのならば、あとはローラン様のお人柄や手腕でなんとかなるのでは、と」
マジか。
でもたしかに、一国の王子が婚約破棄なんて結構なビッグニュースよね。
次の婚約者を決めようにも候補が限られてくるだろうし、次の人がまともという確証を得られるまで審査するにしてもかなり時間がかかる。安易にオススメしたくない気持ちもわかる。
そうなんですね、と何度もうなずくわたしに、アルは微笑みかけた。
「それがあの写真を見て変わりました。ローラン様の魅力を引き出す方はエリミーヌ嬢ではなくハノン嬢だと。ミレディ様にそれを気付かされたのです」
「そんな……わたしはなにも……」
首を振る。
いやマジで、何もしてない。ただ自分のために写真を撮っていただけだ。
それがこんな大ごとになって、しかもアルが告白してきてあまつさえ幹ドンされることになるなんて思ってもみなかった。
「そんなあなただからこそ、好きになった。騙していてすみません。でもこの気持ちにいつわりはありません」
アルから向けられる熱烈な視線に、思わずたじろいだ。
腰が砕けて足に力が入らない。幹に寄りかかってるおかげでなんとか立っているような状態だ。
逃げ出したい、無理、だって……アルだよ?
優しくて、謙虚で、丁寧で、頭も良くて、どこでも誘ったらついて来てくれて、困ったことがあったら助けてくれて、その上宰相の息子で……完璧じゃん。
そんな人がわたしと……。
一瞬想像しかけて、慌てて首を振った。危ない。そんな妄想すら許されるような相手じゃないよ。おこがましい。
それに……。
「わたし……こんな変な趣味ですし……卒業後もか、カメラマンになるつもりで……っそもそもアル様とは釣り合いがっ……!」
「わかっています」
言い連ねるわたしの声を遮って、アルはうなずいた。
「僕は……将来宰相になります。今は無理ですが、実力で。ミレディ様はキャメィラを仕事にしたい、各地を巡りたいとおっしゃられましたが、それには国の安定が必要不可欠です。平和でなければあなたは安心して飛びまわれない……僕にその手伝いをさせてもらえませんか?」
そう言ってわたしの顔をのぞきこむ。
頬が赤く見えるのは、夕陽に照らされているからだけではないだろう。
そしてわたしも、アルから見たらそう見えているに違いない。なにせ人生初の告白。動揺するなという方が無理だ。
というか何も考えられない。自分の気持ちすらも、告白の熱に浮かされてあいまいだ。
熱くなる頬を両手で覆った。
「アル様……わ、わたし、わたしはその……突然のことで、なななんと言ったらいいのか……」
「いいんです。返事はすぐじゃなくて。あなたにとって大事な決断ですし、家のことも、将来のこともあります。だから……」
頬に当てた手に、彼の手が重なる。熱がさらに上がっていく気がした。
「少しでいいんです。少しの間だけでも真剣に、僕のことを考えてもらえませんか?」
のぞきこむ彼にまっすぐに見つめられたらもう、どうしていいかわからない。
「は、……はい……」
と、真っ赤な顔で答えるのがやっとだった。
次回は明日です。




