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理性くんと本能くん

作者: 雪

本能は空を飛びたい

だけどしっかりしているようで抜けているあの子がいるから

彼はまだ地に足をつけて生きている。



ふわふわした薄い桃色の髪を揺らして理性は荒廃した街を歩く。

彼が歩く度、無駄に布の多い服が翻り、これまた無駄に踵の長い靴がコツコツ、と音を鳴らす。

もう数え切れないくらいこの場所に訪れているが、理性は未だにこの場所に慣れない。

ほんの数歩歩くだけで、暖かくて柔らかい場所に行けるのに、何故本能はこの街を好むのだろう。

人通りのない商店街、鍵が刺さったままの車、誇りにまみれた公園。

そのどれもが人の気配を有していない、ただ、寂しいだけの街。

そんななか、空だけが場違いに澄み渡っている。

理性は、人探しをしていた。

詳しく言うと、彼の相棒である本能を探していた。

本能が行くところは大体決まっている。

数ヶ月前に廃校になったような小学校か、数年前に倒産したような会社、もしくは数十年前に廃業になったようなデパート。

大概このどれかにいるが、たまに古びたアパートやこれまた古びた鉄塔の上にいる時もある。そして、これは本当にマレだが不特定多数のベンチに寝転がって昼寝をしている時もある。

そういう時は、面倒だ。本能が見つかるまで理性はこの街を1人で歩き続けなくてはいけない。

(どうか、この会社にいますように…!)

祈るような思いで、理性は屋上までの階段を登る。

とっくの昔に鍵の壊れてしまったドアノブを握り、嫌な音を立てるドアを開けるとそこには、手すりに座って空を見上げている本能がいた。

内心ホッとしつつも、それを臆面も出さずに理性は本能に話しかける。

「また、こんな所にいたのか」

理性の声に本能はゆっくりと空に向けていた視線をずらしていく。

「理性」

紺色のサラサラした前髪の奥で黒葡萄の瞳がキラキラと光っている。

普段はブラックホールみたいに底なしの暗さを有する瞳が、ここに来た時だけ星を零したようにキラキラと光る、そのことが理性には憎らしい。

「帰るよ、本能」

理性が右手を差し出せば、本能は空を仰ぎ、手すりを見つめ、そしてやっと理性の右手を掴む。

「うん」

本能の手を引っ張りながら理性はドアを開け、今度は一段一段踵を鳴らしながら階段を降りていく。

「なぁ」

「うん」

理性が話しかければ本能が答える。

言うのは、いつも同じ台詞。

「お前は空を飛べないよ」

「うん」

「落ちたら、粉々になって死んじゃうんだよ」

「わかってる」

「なぁ、ここに来るの今日で終わりにしないか?」

本能の足が止まり、それに釣られて理性の足も止まった。

「ごめん」

そう、本能は何時もこれだ。

理性がどんな気持ちでここに来ているかわかってる癖に。

「…ん」

本当は優しい男なのだ。

ただ、この件だけは決して譲ってくれない。

「ごめんね、理性」

そう言いながら、今度は逆に本能が前を歩く。

それに少し遅れて理性が続く。手は握られたまま。

「うん」

「俺は空を飛びたい」

そう、本能はずっと空を飛びたがっていた。

暖かくて柔らかい場所でひたすら眠っていたあの頃から、本能は空に憧れて、動けるようになってからは1人でこの街を作り出して、理性が迎えに来るまで一人空を見上げるようになった。

「…僕は、僕はお前にどこかに行って欲しくない」

絞り出すように出た理性の言葉に本能は「うん」と頷いた。

「わかってる。だから、お前が俺がいなくても平気になるまではここに居る」

にっこりと笑う本能を理性は怒鳴りつけたくなった。

(平気になったらだって…!?そんな日が来るもんか!!!)

だって、本能は理性の相棒なのだ。

もし、本能が消えてしまったらきっと新しい本能が来るのだろう。

しかし、その本能は決して自分の本能ではない。

髪はきっと紺ではないし、ブラックホールの瞳を宿していない。

空に憧れず、キラキラした瞳で空を語ることもない。

(僕は、お前じゃなきゃ嫌だよ)

理性は手を握る力を強くした。

そのことにに本能は、まだまだ駄目そうだなぁ、と残念なような嬉しいような気持ちになるのだった。




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