(後)
「クッソwwwww」
暗い部屋の中、一人分の笑い声がする。
とある町の一角。どこにでもあるようなありふれた一軒家の二階で、少年はパソコンとにらめっこしていた。
「次はどうしようかなぁ…」
『記憶』欄をマイナス30に設定し、意味不明な値をステータスに入力された画面が動く。
―――――
ふぅ、よく寝た。体を起こし……と、動こうとしたところで体に違和感を覚えた。起きづらい。辺りを見回し、ようやくその理由がわかった。右足が外れている。何故かはわからないが、右足の根元から先が切り離されベッドの横に置いてあった。
うむ……自分が自分のことを何と呼んでいたかが思い出せない。まあいい。ここは男らしく『俺』とでもしておこう。
ところで外されたままの右足はどうしようか。丁度枕の横に裁縫道具も散らばっていることだし、それで縫い合わせればいいか。糸がなかったので枕に巻かれていた釣り糸で足を縫い合わせ、動くことを確認して立ち上がる。
とりあえず朝なのだから顔でも洗おうか。そう思って洗面所へと足を向かわせる。
顔を洗おうと蛇口をひねったところで左腕に『私』と大きく書かれていることに気が付いた。こんなに大きく書かれては目障りで仕方ない。何故書かれているのかはわからなかったので考えることを諦めたが、その場にあった歯ブラシで磨き落としておいた。
磨いている間に右腕にも『私』と書いてあるのに気付いたが、そちらはカッターか何かで彫ってあったので諦めることにした。
とりあえず今は何時か、と時計を見る。時計は2時35分を指し示していた。しかし外を見ると暗くはない。だからと言って真昼間のような眩しさも感じられない。時計が壊れたのだろうか、と思ったが時計から伸びるコードを見て思い出した。そういえばこの時計は店員に勧められて買ったコンセント式の時計なのだった。だがここ10年以上電気代を払っていないので、電気が止まっており動かないのだった。
仕方なく時計から目を離し、お腹が空いたのでただの箱と化している冷蔵庫を開けて本来冷凍されているはずのシュウマイを取り出し、電子レンジに放り込む。当然電子レンジは使えないのだが、保温性が高いのかマッチと一緒に入れておけば温まる。
教科書をボンドで詰め込まれた壁をしばらく眺めていると、マッチが引火でもしたのか電子レンジが爆発した。黒く変色したシュウマイの残骸を口に入れ、そこにあった箒で14個目の電子レンジを片付け、外に投げ捨てた。味は意外と悪くなかったし、腹が満たされたのでそれで充分だ。
今日は何か予定があった気がするのだが、まあ思い出せないので特に重要なことではないのだろう。暇なのでとりあえず本屋にでも行って新刊でも探してこようか。
家のドアが邪魔だったので殴り飛ばして外に出て、そのまま本屋へと向かった。
―――――
「はははっはははっ!!」
まだ変声期が来てないであろう高い笑い声がまた響いていた。
「マジで意味わかんねえww面白すぎwwwww」
母親のものであろう質素なノート型パソコンの光を鼻先に反射させ、未だ中学生である少年は目の前で変化する画面を眺めていた。
「キチガイすぎだろコレ」
まだホームポジションすら知らない小さな手が、キーボードの上をもたもたと歩く。
『次のシーンへ』と書かれたボタンをクリックし、画面の光に目を輝かせながらキーボードから手を離した。
―――――
この町の本屋は駅の近くにある。特に大きくも小さくもない本屋だ。右腕に大きく彫り込まれた『私』の文字を気にしながら店内へと入る。
「いらっしゃいませー」
やる気のない店員のどこか気の抜けた声が本棚を包む。俺は迷うこともなく一直線に新刊コーナーへと向かった。本棚に背表紙が所狭しと並んでいる。その細い欄に縦書きされたタイトルを流し見ながら、面白そうなものはないかと頭の中を好奇に満たさせる。すると、一冊の本が目に留まった。
『創造神とその悪行』。なんとも気になるタイトルだ。試しに買って後で読んでみよう。ほかに面白そうな本はないだろうか。
新刊コーナーから離れ、今度はラノベコーナーへと向かう。○○文庫と書かれたラベルがあちこちに見える。エレクトリック文庫やAG文庫、何とかブックスといった企業もある。それぞれに違った傾向があってどこの本も好きだ。とりあえず今持っている本が新しく更新されていないか確認する。まあ、新しく出たのならば先程の新刊コーナーに堂々と並ぶはずなのだが、念には念を込めてだ。
しばらく探したが、『遺跡に嫁探しに行くのは正しいだろうか』の最新刊は更新されていなかった。番外編ばかり進んでいて早く本編を進めて欲しいところなのだが。まあ、読むだけの立場である俺が言えるものではないだろうから、ここは大人しく続きを待っていよう。
他にも『ノーマネー・ノータイム』の新刊もまだ出ていなかった。こちらはつい最近出たばかりなので当たり前といえば当たり前ではあるが。今のところの最新刊では天才のおっさん上司と若手の女性社員の話のことだった。女性社員が権力などの武器がないなりに努力して上司に自分は仕事ができると証明していくシーンは心に残っている。次回が楽しみだ。
その後も暫く本屋に滞在し、いくつか本を買って店を出た。とりあえず新しい本を手に入れて満足したので、早速喫茶店にでも行って読むことにしよう。
確かすぐ近くにある駅の前に喫茶店があった筈だ。落ち着いた雰囲気だった印象があるし、あそこならば本を読むのに最適だろう。そう考えてすぐに駅前へと足取りを変えた。
思っていた通りの場所に喫茶店を見つけた。途中、見知らぬ女性に「あの、一時からずっと待っているのですが」と声をかけられたが、おそらく人違いだろう。顔は見たことがあるような気がしたが、やはり思い出せないのでどうせどこかですれ違ったとかだろう。
店に入ってみると、コーヒーや食事の良い香りに鼻を包まれ、食欲が襲った。入口で延々と突っ立っているわけにもいかないので、そそくさと奥の方のテーブルへと向かう。
何も頼まずにいるのも流石に失礼だろう、と、何か飲み物はないかとテーブルに置いてあったメニューを開く。オムライスやスパゲッティなどの家庭料理などから、よくわからない横文字で書かれたものまで、意外に品揃えは多かった。俺はその中からブラックコーヒーと「特製TKG」なるものを注文することにした。
メニューを決め終わって丁度注文しようとしたところで、店員がこちらへ話しかけてきた。
「ご注文お決まりでしょうか」
俺がメニューを決めるのを待っていたのだろうか。気持ち悪いな。とりあえず決めたメニューをさっさと注文して向こうに戻ってもらおう。
「ブラックコーヒーと特製TKGを頼む」
「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
店員がまるでそれだけかよ、とでも言いたげに確認をし、少々頭に来ながらも首を縦に振った。
「では、ご注文の方繰り返させて頂きます。ブラックコーヒーと……」
ああ、めんどくさい。どうせ二つしか注文していないのだから、さっさと戻って早く持ってきて欲しいというのに。
その後確認が終わったのか小走りで店員は厨房へと向かったので先ほど買った本を読もうかと鞄へと手を入れる。とりあえず初めに『創造神とその悪行』を取り出し、表紙を開いた。
数ページほど読んだところで注文したものが届いた。丁度面白いところを読んでいたので気に触れたが、俺は寛大な心を持っているので許すことにした。
せっかくということで気休めに特製TKGを口にかっ込み、その後はコーヒーをすすりながら読書を再開した。
それから一時間ほどだったか、俺は本を読み終わり、外が赤く染まり始めている事に気付いた。もう夕方か。一日の進みとは早いものだ。
にしても、面白い本だった。この世には全てを自由にできる創造神がいて、どんな現象もその創造神の思うがままだ、という話の内容だった。俺は現実主義者なのでそれが本当だとは思わないが、もし本当ならばそれはそれは面白いことになるだろうな。
どうせ他人が考えていることなんてたかが知れている。滅茶苦茶なことをしてキチガイを生み出すに違いない。
さて、暗くなる前に帰って飯でも食べるとするか。
―――――
「ははははっ!やっぱおもしれぇ!ww」
シーンが終わり、一度暗転した画面から目を離して少年が言う。
ゲーム中に出てくるキャラクターのパラメータを自由自在に改変し、その結果を日常型のストーリーとしてシミュレートできるといったものを、ここ数時間ずっとプレイしている。
何がそんなに面白いのか、いわゆるバカゲーであるそれを延々と続けている。
「ご飯だよー!パソコン持って降りてきてねー!!」
階段の下から少年の家族らしき女性の声が聞こえる。
「わかったー!お姉ちゃん、今降りるー!」
少年は相手がちゃんと聞いているのかもわからない階段に向かって叫び、パソコンを閉じる。
その画面の先にも、人々の生活がある「世界」が、はっきりと存在しているとも知らずに。
この作品を読んで頂き、ありがとうございます。
どうもこんにちは、後編担当のスルメねこ。です。
いかがでしたでしょうか、むちゃぶり企画第1回、青春騙り。
一回目から意味不明な前編が送られてきて正直困惑しておりました。
何とか伏線らしきものを回収して、それっぽい作品に仕上げたつもりではあるのですが、はっきり言ってめちゃくちゃな作品ですね(笑)
第2回は前編を私が担当いたします。
覚悟しとけよ、相方。
他のアカウントでは同じく「スルメねこ。」の名前で個人でも執筆をしておりますので、気になった方は是非、見に来てみてください!
ここまで読んで頂き誠にありがとうございました!