(前)
僕は…いや私はだったかはたまた俺はいや俺様、吾が輩、まあどれでもいいだろう。ここは丁寧に『私』を一人称にしておこう。
最近、物忘れがひどい。毎朝一人称を忘れてしまうのは面倒だ。昨日まではどうだったか知らないが、今後は私で統一しよう。そこで私は翌朝のために腕に『私』と彫っておくことにしよう。
そこで、左腕がないことに気がつく。ああ、そうだった。寝るときに邪魔だったもので切断しておいたんだ。枕のすぐそばに左腕が転がっていた。隣にソーイングセットもあった。これで縫い合わすよう昨日の私が準備していたようだ。さすが私である。
左腕を持ち上げてみるとなにかが書かれていた。油性のマジックで大きく『吾が輩』と。昨日の私が行ったのだろうが意味を図りかねた。こうも大きく書かれていては迷惑なので濡らしたタオルでごしごし擦るがとれないのでしょうがなく風呂場に行きタワシで洗い流した。
片手で腕を繋げるのはなかなか難しく少々不恰好になってしまった。しかしきちんと作動しているので問題はないだろう。いつまでも左腕ごときに手間取ってもいられない。急がなければ学校に遅刻してしまう。なんせ学校まで三里ほどある。急いで朝飯を食べなければ。
朝は簡単に卵かけご飯でいいだろう。巷ではTKGとも言うらしい。早速冷蔵庫から昨日の残りの飯をとりだし、電子レンジに放り込む。その間に卵をかき混ぜておく。冷蔵庫より卵を取り出し机の角でヒビを入れる。殻が入らないよう用心して器の上で割る。するとピヨピヨと雛が出てきた。どうやら孵化してしまったらしい。これは夕飯の焼き鳥にするとしてもう一つ卵を取り出す。同じように割ってみるとドロリと物体が出てきた。孵化しきれなかったらしい雛だ。そういえばどこかの国にこう言ったものを食べる、そう、バロットだ。しかし詳しく知らない。火を通しておけば大丈夫だろう。雛を戻し殻をセロハンテープで元通りにしたあと茹でた。そのうちに電子レンジが爆発した。13個目のレンジを箒で片し、バロットらしきものと白飯をかっこんだ。
家を出る頃にはもういろいろどうでもよくなっていた。本来制服で登校しなければならないが私服だ。
三里程とは言え歩く気分でもない。そこら辺にあった自転車の鍵を殴り壊し、ありがたく拝借した。学校までは数分ほどでついた。どこでとち狂ったか遅刻すらせず無事到着してしまった。しかし制服ではないため数学の教師である猿にウキウキキャッキャッとお小言をいくつかもらってしまった。正直具体的な内容はさっぱり分からなかった。
一時間目は文学だった。漢字辞書をひたすら読み込んだ。黒板の前ではライオンの国語教師が太宰治の素晴らしさを説いていた。
二時間目は数学だった。教師はマウンテンゴリラだった。黒板になにかを書こうとしているようだったがチョークが例外なくくだけ散っていた。私は飛び散ったチョークの後片付け役を仰せつかった。
三時間目は化学だった。化学反応による爆発でいかにきれいなアフロを作るかと言うことを研究した。教師は禿げていた。
四時間目は保健だった。教師は全裸だった。ありがたい授業を女性陣はストライキした。私は眠っていた。
昼休みになった。私は悠々と購買へ向かった。すると大半が売り切れており「メロンパン~メロン味~」なるものと「イチゴミルクパン~チョコレートクリーム味~」というものを購入した。不味かったので数学の猿教師に献上した。
五時間目になった。美術だった。教師は亀であった。亀は自分の手では筆を持てないことに気付き舌を噛みきって自害なさった。口で筆を持てることを忘れたままで。私は亀先生のご遺体を丁寧にクラスの花壇へ埋葬した。明日にでも美術品のような花が咲くことだろう。
六時間目は公民だった。教師はナマケモノだった。私の頼もしきクラスメイト達はなにも言わず自習し始めた。私は教室を出た後屋上へ向い居眠りしていた。終わりを告げるチャイムがなる頃に教室に戻るとナマケモノ先生は黒板に向かいチョークを片手に持ち『は』とだけ書くことができていた。クラスメイト達はチャイムと同時に教室を出ていった。私はナマケモノ先生を背負い職員室まで運んだ。
放課後となった。あいにく私は部活に入っていない。しかし家に帰ってもやることがない。そこで図書館に赴き読書を楽しむことにした。足や羽が生え逃げ回る本を捕まえ吟味する。やがて一冊の純愛小説を捕まえ本を開く。遠くから聞こえる芥川龍之介の素晴らしさを説くライオン教師の声をBGMに本の世界にのめり込んでいった。
二時間後、私は現実に戻ってきた。とてもいい話だった。主人公は浮気を繰り返しヒロインは金の亡者。物語を熱く盛り上げてくれるはずの脇役どもは当たり前のように悪行を繰り返し、最後は改心することなくバッドエンド。皆、屈辱的に死んだ。
とても胸打たれる最後だった。是非ともこう言った青春を堪能したいものだ。青春と言えば恋愛、要は彼女がいればそれは青春というもので間違いないと言える。つまり私も青春を謳歌したければ彼女を作るしかないのだ。しかしながらロマンチックな出会いなど現実主義者の私は願っていない。そんな願いなど叶うわけがないのだ。それ故、ここは単純に告白というもので彼女を作ろうと思う。相手は一番最初に会いかつ名前を知っている人物に限る。
私はそんな決心を胸に今まで押さえつけていた本を解放してやる。嬉しそうに去っていく本を見ながら立ち上がる。
女はいないかと目を皿にしながら校舎内を歩き回る。幸いすぐに見つかった。同じクラスの名前を忘れてしまった。これでは条件を満たしていない。…まあどうでもいいか。
「すまない、私と付き合ってくれないか?」
「はい。いいですよ」
これで青春と言うものを謳歌する権利を勝ち取った。しかしあくまで権利、行使しなければ意味がない。
「明日、デートをしたい。都合はいいか?」
「午後からならばいいですよ」
「では、一時に駅前でいいな?」
「承知しました」
はたしてこれで青春が謳歌できるのだろうか。私は少々の不安を抱えながら帰路についた。
おおよそ自宅と学校の中間地点まで辿り着いた頃、ふと気づいた。明日デートするのはいいがなにを着ていくべきだろう。デートというからにはそれ相応の身形をしなければならないはずだ。私はこの街で一番大きなショッピングモールへと進路を変えた。
ショッピングモールへとついたと同時に男性服売り場へ直行した。しかしなにぶんデートとは不慣れなものでどういった服装が適しているかさっぱり分からない。そこで私は店員さんを呼んで助言を求めた。
「明日デートに行くのだがどういった服装が好ましいだろうか」
「彼女さんの好み等はありますか?」
「全くわからない」
「では、お客様自身のお好みはございますか?」
「ふむ、あまり派手なものは好まない。しかし地味すぎるのも駄目だな。色は白がいい」
「それでしたら、こちらはいかがでしょう」
「それは少々派手すぎる。それに私の趣味に合っていない。…いやそれもダメだ。地味すぎる」
「ご注文が多い人ですね。彼女さんに嫌われますよ?あ、こちらなどはいかがでしょう」
「すばらしい!」
私は店員に薦められたある服をデートに着ていくことにした。唯一の不安もなくなったので明るい気分で帰った。
家に着いた。晩飯の支度をしなければならぬ。朝に生まれた雛がいたはずだ。それを焼くとしよう。雛は鶏に育っていた。ここまで大きくなっていると私一人で食べきれるか心配だ。私はその鶏を持ち上げた。すると、卵を産んでいた。これは僥倖。今夜は親子丼だ。
炊飯器に米を一掴みいれ水を注ぐ。スイッチを押す。これで白飯はオーケーだ。次に鶏をしめ、必要な肉をとらなければ。鶏のところに戻ってみるとそこに鶏はいなかった。どうやら家の壁をぶち抜いて逃げたらしい。しかし卵が一つ残っていた。逃げたものはしょうがない。結局朝も夕も卵かけご飯になるのかと落胆した。白飯が炊き上がるまで学校の教科書とボンドを使い鶏が開けた穴を塞いでおいた。しばらくすると白飯が炊き上がったので茶碗よそって卵をかけようとしたところ、卵が大爆発した。さながら手榴弾のように、ヒビが入ると同時に茶碗は言わずもがな机も私自身も吹っ飛ばした。幸い大きな怪我もなかったのだが、鶏のやつよほど焼かれることが嫌だったらしい。食べ物の怨みは恐ろしい、私はこれを身をもって実感したのだった。
ともあれ、もうなにもする気がなくなったので左腕に『私』とだけ大きく書いて寝た。右足が邪魔だったので外しておいた。
次話はスルメねこ。が担当します。