6『海の黒光りするアレ』(第3話前)
「昨日の深夜ね、喉が渇いて目が覚めたんだ。それでキッチンに行って水を飲もうとした時、背後に気配を感じて振り返ったの」
「……っ」
メルルーサが青ざめた表情で言うと、話を聞いていたローズアイランドがぞくりと肩を震わせた。
海上に浮かぶジュメイラ家倉庫前での女子会。
雨が降る気配はないものの生憎の曇り空。パラソルの下の丸テーブルに着いて二人が話をしていたところ、メルルーサが怪談話でも話すような顔で語り始めたのである。
ローズアイランドの方も、怖いけれど聞きたいというように、前のめりになって聞いていた。
メルルーサは続ける。
「でも誰もいなくて、安心して水を飲もうとした時に……カサカサ……って、変な音が聞こえてきたの」
「へ、変な音……?」
メルルーサがゆっくりと頷いた。
「だから怖くなったわたしは急いで水を飲んで部屋に帰ろうとしたんだけど……出たの」
「で、出たって……何が? まさか……!?」
メルルーサが数拍間を置いて口を開く。
「…………そう、黒光りする動くアレが」
「きゃぁああー!」
ローズアイランドが悲鳴を上げ、倉庫内からドタドタと足音が響いてくる。
「大丈夫か、ロゼちゃん!? 今、悲鳴が……って、あれ」
それはドッティバックだった。彼は妹の悲鳴を聞いて駆け付けたのだが、何ともない様子に困惑しているのである。
しかし、二人はドッティバックに振り向きもせずに話を続ける。
「それは怖かったわね、メル。そんなところでアレを見ちゃうなんて」
ローズアイランドが眉に皺を寄せてそう言うと、メルルーサは自らを抱き締めるようにもぞもぞと動く。
「だよね、背筋がぞぞってして、しばらく眠れなかったよ」
「それで結局、ちゃんと退治してもらったの?」
「ううん、わたし怖くてすぐ逃げちゃって、戻ってきたらいなくなってたの」
そこへドッティバックが若干の呆れ顔で口を挟む。
「なあ、メルちゃんもロゼちゃんも、フナムシのこと嫌い過ぎじゃないか?」
メルルーサとローズアイランドが口々に言う。
「え、もしかしてドッティはアレの味方なの?」
「そういえば、どことなく雰囲気がアレと似てる気がするわね……ちょっと近付かないでドッティ」
「ひどいな、ロゼちゃん」
そう言いつつも、妹からの蔑むような眼差しにちょっと興奮するドッティ。
しかし彼は咳払いをして、珍しく真面目な顔になる。
「でもな二人とも、フナムシがいないとこんな綺麗な海が見られないかもしれないんだぞ?」
「どういうこと?」
ローズアイランドに訊ねられ、彼は詳しく説明を始める。
「見た目や動き方は確かに気持ち悪いけどな、生き物の死骸とかを食べて掃除をしてくれるんだ。だから“海の掃除屋”なんて呼ばれてるんだぜ」
「へえ」「そうなのね」
二者二様、驚きの声を上げる。
そんな彼女たちに、ドッティバックがニシシと笑って付け加える。
「まあ、そんなフナムシも泳げねーカナヅチなんだけどな」
メルルーサの頭に、白髪の陰険な青年の顔が浮かび、クスクスと一人で静かに笑う。
「へえ、泳げないお掃除好きなんだ」
ローズアイランドが訝しげな目で兄を見る。
「でも勉強苦手なドッティがどうしてそんなこと知ってるのよ?」
「ついこの前、ミジガ島長に聞いたんだ」
「そんなことだろうと思ったわ。でも何だかちょっとだけ、フナムシの見方が変わったわ。意外に健気なのね」
メルルーサが頷く。
「そうだね。次フナムシが出たら、少しは労わってあげなきゃだね」
フナムシへの印象を改めた二人の足元を黒い影が横切る。
――カサカサ
「「きゃぁああああフナムシっ!」」
メルルーサたちは悲鳴を上げて立ち、バタバタと逃げ惑う。
そんな二人を前に、ドッティが呆れ顔になった。
「君ら、さっきの発言どこに行ったんだよ……?」