2『トリトンの相棒は……?』(第1話内)
メルルーサが郵便局に勤め始めて三日目。
仕事時間中、唐突にトリトンがいくつかのスカーフを握り締めてドアの方へと向かっていく。
「ねえ、トリー。それ、わたしたちが着けてるのと同じスカーフだよね?」
「ああ、そうだ」
「そんなに持ってどこに行くの?」
「お前以外の相棒のところだよ」
「わたし以外の相棒?」
「とにかく、ちょっと出かけてくるから留守番してろ」
メルルーサが首を傾げている内に、トリトンは郵便局を出ていってしまった。
「なんか怪しい……」
真面目そうな印象だったが、まさかサボりに行くのだろうか、とメルルーサは訝しんだ。
「わたし以外の相棒って誰だろ……」
まさかトリトンの恋人なのだろうか、そうであれば少し気になるメルルーサ。
天真爛漫、好奇心旺盛な彼女がそんな状況でカウンターの中で大人しくできるわけもなく、彼の後を付けていくことに。
トリトンは桟橋を歩いて島へと渡り、島長館前の郵便ポストの前に片膝をつく。
「いつもご苦労さんな」
まるで親友にでも話しかけるように、彼はスカーフをポストの柱に巻き付けた。
木箱の陰からその光景を目撃し、メルルーサがぎょっとする。
「え、トリトン……なんかポストに話しかけてるんだけど……」
その後トリトンは、桟橋上のポストを二つ周り、そのどれにもスカーフを巻き付けて話しかけていた。
「これで三つ目……それも全部話しかけてる」
樽の陰に隠れたメルルーサは、ただただ青ざめた表情でそれを見つめていた。
無機物に対し親しげに話しかけるトリトンを不気味に思っていたのだ。
「おい、メルルーサ。郵便局にいろと言ったのになぜここにいる?」
「うわっ、見つかった!」
しかし、うっかりメルルーサはトリトンに見つかってしまった。
樽の後ろから出てきた彼女は言い訳をするでもなく、暗い表情になって呟く。
「ごめんね……」
「は?」
「ごめんね、トリトン。わたしが不出来だからいっぱいストレス与えちゃってたよね」
「何言ってるんだ、お前?」
「でもね、ポストはお友達にはなれないんだよ――あいたっ」
真面目な顔で言うメルルーサの頭に、トリトンはチョップを食らわせた。そして、怒りに満ちた面持ちでメルルーサを見下ろす。
「どうやらお前が突拍子もない誤解をしてることはよくわかった」
「突拍子もない? 明らかにポストと会話してたじゃん! わたしたちとお揃いのスカーフ巻き付けてたし」
「ああ、これか。これはな、郵便局員のしきたりみたいなもんなんだ」
「風習?」
「昔、郵便という仕事ができたばかりの時、手紙は郵便局員が直接受け取っていたんだよ。それがいつしかポストができて、俺たちがやるべきだった仕事を代わりにやってくれるようになった。だから、労いの気持ちを込めて、今でもこうして郵便局員と同じようにスカーフを巻いてやるんだ」
何げなくポストに労わるような視線を向け、優しい声音でそう言った。
メルルーサは安堵の息を吐いた。
トリトンがストレスでおかしくなったわけでも、ましてやそれが自分のせいでもないと分かったからである。
「へえ、そうだったんだ。じゃあ、話しかけるのもしきたりなの?」
「いや、それは俺だけだ」
「ごめんね、トリトン。わたしもっと頑張るから――あいたっ」
また申し訳なさそうな顔になるメルルーサに、トリトンは少し強いチョップを食らわせた。