変わらぬ世界
車両を追う二人はシックスアイの通信と同時に、遠くからヘリのローター音を聞いた。
『衛利。警察機構のヘリが獣狩りに向かってる。急にやる気になってくれた』
「ヘリ? 鎮圧部隊でも輸送しているの?」
『いや。……無人の攻撃型ヘリだ』
「攻撃型!? 街中で戦争でもするつもりなの」
避難シェルターがあるとは言え、流石に重火器を使用するのは常軌を逸した行為としか考えられなかった。
ラングレーの回転力場電力を更に回して速度を上げる。早く事態を収束させなければ大事になる。そう衛利は直感した。
黒い車両のテールライトが見えた。もうすぐ追いつける。
『この先で煙幕が焚かれはじめた。そこに逃げ込むつもりらしいぞ。くそ、ドローンが撃墜された』
車両の窓から少し伸びた槍先が見えたと思うと、紫電と共にドローン映像が途絶した。車両は路地や曲がり道を巧妙に使ってコインガンの狙いを躱していく。同時にラングレーが速度で勝っていても曲がり角での減速は避けられない。
「こんな街中でヘリなんてどうするつもりだ」
「同僚じゃないの?」
困惑する柿種の言葉に衛利が反応した。
「さぁな。3課はあんな兵器なんかを運用したりしない……そうか4課だな」
「4課?」
「近々創設される噂だけがたっていた。内容は治安上の都合、他の課にも伏せられたから詳しい事は分からん。だが、これじゃあかつてのイヌモと……」
「……」
衛利はラングレーの進路を煙のあるエリアと逃走車の位置関係から先回り出来るルートを割り出して、建物の壁をよじ登る。
「上から強襲します。揺れますよ」
『待て衛利。少し離れたところで何かが撃ちあがった!』
「何が?」
やり取りの間に建物を上りきったラングラーが屋上に着地すると警報が鳴り響く。
【警告。レーザー照射を受けています】
「なっ」
衛利がすぐ周囲を確認し回避行動を取ろうとする。見つけたそれはラングレーの左から昇り、徐々に減速しているように見えた。
誘導されて向かってきている。
「ラングレー!パルスキャノンを!」
ラングレーが放ったパルスキャノンが直撃し飛翔体が爆散。煙幕が発生する。その煙には光に反射する粒子のような物が混じっていた。
『通信障害が濃くなってる。煙から離れろ』
「言われなくても」
建物を降りるラングレーは再び道路へと向かうが、とうに逃走車は消え失せていた。
「車は?」
『すまん。煙のあるエリアに入ったのは確かだが……』
ラングレーが屋上に登れば近道出来ると同時に上から攻撃することも出来るはずだった。それを相手が予測していたという事になる。
「まさか。読まれていた上に、私たちを知っている?」
疑問に口にした時、少し離れたところで爆音が響いた。柿種が周囲を見渡すと音のした方に黒煙が立ちのぼり、その上空にはヘリが飛んでいた。
「なんだ!?」
『警察機構のヘリだ!ロケット弾を使いやがった』
「馬鹿な!そんな事がありえるのか」
柿種が怒鳴る。ドローンから送られるヘリの発砲するシーンを表示されると閉口し、眉をひそめた。
マテリアルハザードの獣へ撃ちだされたネットが、半径5メートル近くまで展開し、網が発光すると高温で獣と周囲が焼かれる。獣の媒介液が蒸発し、動きが鈍くなったところにロケット弾が着弾。
獣は跡形もなく消えていた。周囲の建物にかなりの損傷を与えながら。
衛利は一息つき落ち着いて口を開いた。
「情報部からの指示は……」
『今来た。逃走車は後に調査する。マテリアルハザードの鎮圧へと回れとさ、一般人の避難している場所に近いのを優先してスポットする』
「お願い」
マップに表示された獣の反応が、自警団達の反応をすり抜けていく。ラングレーが重苦しい空気を乗せて疾走する。
その途中で何回か炸裂する轟音と建物の隙間から溢れた空気圧を感じ。上を見れば黒煙が昇っては青空に吸われていく。
―――
獣の反応が集中していく。獣の散開に対応する為、各個の戦力が分散したところに集結して各個撃破する。自警団が集まれば再び散らばり建物への破壊活動を繰り返す。
だが。そんな被害を被る者の目は上空に向かっていた。
「警察機構め。好き勝手やりやがって」
自警団の一人が電流ネット弾を装填したグレネードランチャーを持って空を見上げた。憤りに息を巻いてる。
「間違ってもヘリに銃口を向けるなよ。反応して攻撃してくるかもしれん」
「だけど。あんなやり方有りかよ。あっちの攻撃の方が被害がでかいじゃないか?」
「殺す意図がないだけ化け物や、イヌモのイカレ野郎共よりマシさ」
もう一人の男がロケットランチャーと手持ちの端末をかざして索敵していた。端末で敵を見つけスポットし、ネット弾役で目標を拘束。炸裂ロケットでとどめを刺す基本的な二人編成で監視を続ける。
二人とも防護服はなく都市迷彩を施された服を着ている。マテリアルハザードに人力で持てる防護は何の役にもたたない。せめてもの防護は電子妨害箔を入れたベルト型の煙幕発生器だけ。
「俺、この作戦が終わったら下層に行こうと思うんだ」
ネットガンの男の言葉に思わず端末から目を離してスポッターが語気を強めて説得する。
「やめとけよ下層なんて。難民だったのが、住む場所があって仕事場があるだけでも十分幸せじゃないか。下層はなんでも手に入るかもしれないが無法地帯の地獄だ」
「それでもさ。いざとなったらこうやって被害なんて構わずやっちまうんだろう? イヌモが治安維持していた時と変わらない。俺たちはゴミじゃない。それを証明出来るはずだ。あそこなら」
「それこそ本当にゴミみたいに殺されるぞ」
そこまで言うとスポッターがはっとして端末に目を向けた。今自分たちのいる現場に、人命を何とも思わない機械が徘徊している事をつい忘れかけていた。
反応はあった。端末を掲げ透過カメラに切り替える。
「反応あるぞ。真正面!」
「真正面?」
遠く、通りを真正面から疾走する獣が見えてきた。
「なめやがって!引き付けてから撃ってやる!」
ネット弾を構え狙いを定め、ロケット砲も安全装置を解除していつでも発砲可能の状態にしておく。
それを切り裂くように警告音が響く。
「左右と後ろからも来てるぞ!」
「マジかよ」
死の予感が二人を動揺させる。ネット弾が構えをといてしまう。
「馬鹿やろう!そのまま構えてろ!」
「どれを撃てばいいんだよ?考えあるのか!? 俺は逃げるぜ」
背を向けてネットグレネードを放りだして全力疾走する。スモークを巻きながら消える背中に。スポッターは逃げれるはずないのに馬鹿な奴だと、どこか冷静に突っ込む自分に気が付いた。
反応がスポッターに集結していく。座り込みロケット砲を真下に向けた。
(しょうがねえさ。誰も自警団でマテリアルハザードを仕留めた奴はいねぇ。どの土地からも追いやられて。下に見られる代わりに受け入れたこの地にそこまで恩義は感じない。ただ……)
息が詰まるが無理に呼吸し続ける。何気なく無数にやっていたのに後何回しか出来ないかと思うと変な気分になる。
落着いてトリガーに指をかけた。
「なめるなよ」
正面の獣に向けてロケットを構えた時。獣は空中で横に蹴り飛ばされていた。人型が獣をけり出す光景に信じられないと口が開く。
警察機構の人型汎用フレームが足を屈めて着地をすると、それをバネに素早くネット弾を回収、左右から同時に襲い掛かる獣に一方にネットを浴びせ、片方にはいつの間にか持っていた鉄パイプをフルスイングして吹き飛ばした。
「貸せ」
スポッターからロケット砲を取り上げると蹴り飛ばしから起き上がった獣に狙いを定めた。獣は狙いから避けようとフェイントをかけてから飛びかかるが、フェイントに引っかからずフレームはロケット弾を直撃させ。次弾を装填すると色々抉れた獣にもう一発直撃させる。
鉄パイプで殴られた方に向くと不利と判断したのか後ろを向いて走り去る。その様子を見てスポッターはフレームに尋ねた。
「あんたいったい……」
直後に馬鹿な事をしたと思った。警察機構が使用する汎用フレームは量子CPUを搭載しているが、ソフトは警察機構の人間のいう事しか聞かないポンコツであった。だが、どうせ棒立ちで撃つとか逮捕術程度しか扱えないはずとも考える。
防護用のボディカバーを外していく汎用フレーム。棒人間のようなフォルムの基礎フレームがむき出しになっていく。最後に頭部のパーツを外す。首のないボディが体の間接を回しながら歩き去った。
「怨霊だよ。こいつらが倒れている間にさっさと逃げるんだな」
―――
獣の撃破が複数で報告され、残りの一体を追いかけていた衛利たちに最悪の情報が届いた。この先、避難シェルターに入りきらなかった一般人に獣が襲撃した。そこに追い打ちをかけたように情報が入る。
「警察機構のヘリが向かってる? まさか周囲に人が居るのに」
衛利の嫌な予感が段々と現実になっていく。
そこまで馬鹿じゃないだろう。シックスアイの楽観も今回は何の気休めにもならない。
暴動のように多数の人間ならまだしも、見た限りでは数十人。そしてドローンの映像で、獣によって数人が牙にかかった。
柿種は落ち着いたを通り越して、冷徹な口調だ。
「利府里。たった数十人だ。それにどうせ、俺たちが着いたところでもう……彼らに任せよう」
「それが警察機構の答えなんですか?」
「答えや正義がどうあれ被害を抑える対処こそ俺たちの義務だ。どう見られようと俺たちは法治によって行動する。だから力を与えられている」
ラングレーが獣の背を捉えた。散乱する人々の屍のど真ん中に立つ獣がヘリに向かって吠えている。周囲の生き残りはある者は腰を抜かし、ある者は負傷者を引きずり。ある者は間に合わないのに死から逃れようと背を向けて走っている。
「化け物に嬲られるより、一瞬で楽にしてやった方が良い。それが慈悲だ」
柿種の言葉は衛利に届かない。衛利は見てしまった。
獣の足元。倒れた女性の腕にうちに赤ん坊の面影を残した幼子が苦しそうな表情をしている。
【警告!ヘリが攻撃態勢に移行。ロケット弾の威力範囲に入ります】
それでもラングレーは止まらない。むしろ加速する。柿種が呼びかけると、こぼすようにつぶやいた。
「……結局貴方たちはイヌモと変わりありません」
「なに?」
「ラングレー!!」
アームワイヤーが柿種のコインガンに絡みつき衛利に放り投げた。それを受け取ると、ラングレーを急反転させ衛利は勢いそのままにラングレーから飛び上がり、コインガンが弾丸を撃ちだした。
ウェポンコンテナに穴が開き。攻撃ヘリが退避する。衛利に気づいた獣はあっさりブレードにコアを貫かれ塵に帰る。
衛利が血だまりに着地し、跳ね返った血が頬に数滴かかり垂れていく。
息絶えた女性の手の内に抱かれた子供が震えながら起き上がる。
「ママ?」
子供が、母親を揺さぶった。声を掛け続けて。最初は弱く。次第に言葉も力も強くなる。
何も起きない事が分かり。じっ立ち尽くした。
「遺体」に愛おしそうに抱き着くと。動かなくなった。
近づく気配を無視して衛利はずっと。子供を見つめていた。気配は立ち止まり拳銃の安全装置が外れる音がする。
後ろから柿種は宣告するように口を開く。
「利府里衛利。公務執行妨害。器物破損。危険行為の現行犯でお前を拘束する」
衛利が立ち上がるまで柿種は決してその血だまりを踏むことはなかった。
(いつまで続く? こんなことが)