甦る運命
「中心地区の交通密集地帯を抜けました。ラングレーを出します」
『了解。ルートを表示する』
セントラルビルと繋がっていた都市輸送システムの偽装客室でラングレーは二人を乗せて出撃の時を待っていた。衛利の後部に座る柿種はラングレーのキャノピーに映し出される風景に口を開く。
上には一面の青空と下にはドーム状の産業プラント施設が蓮コラのように狭い間隔で並ぶ。
「道路がないようだが」
「ラングレーに道路なんて安定して走れるだけで必要ないんです」
「お、おい」
複数のドームの上に赤い矢印が表示された。
「舌。噛まないでください」
勢いよく流れる風景と強烈なGで前後不覚になった柿種を余所に、ラングレーはその鈍重の車体を力強い力場で押し出し道なき道を進む。
中央区を中心に北西部に港、北東部に空港が設置され。南部にプラントの多くは集中していた。そして難民居住区は更に南に位置していた。
コンクリートで作られた5階建ての集合住宅が並ぶ殺風景な街並み。あまりに密集しすぎて、1階のベランダから物を干しても太陽の日が届くか怪しい。屋上にもボロボロの洗濯物が干されラングレーはそれを避けながらゆっくりと走行する。住宅間の間が暗いせいか谷底のような錯覚を柿種は覚えた。
『マテリアルハザードが発生してから15分近く経っている。発生は汎用サイズのモビルマテリアルからだ。知恵の実に送信されている難民の生体CPUから、敵は体長2mの獣型。おそらくライオンを基に形成されている。目撃情報から見て数は7。それ以上もいる可能性がある』
「民間人の避難は?」
『自警団や現場に派遣された警察ドロイドが出動してるが、警察機構自身はまだいないようだな』
シックスアイと衛利のやり取りにエチケット袋を抱え、酔い止めをポケットにしまう柿種がポツリとつぶやく。
「あいつらは来ないさ。自警団が壊滅した時以外にはな」
「どうしてですか。人の命がかかっているんですよ?」
衛利は少し語気を強めた。柿種は淡々と話し始める
「警察機構の人間は難民が嫌いなのさ。税金は払わない。治安維持する時は自治派に命を狙われて。支援物資の横領からドローンの解体と売却、邦人の身代金目的の誘拐。これまでどれだけ偽の通報で被害を被ったと思う?」
知恵の実を覗いた衛利はそれらが全て事実だと言う事を確認する。
「それでも、マテリアルハザードの発生は事実でしょう。それに相手が無差別殺戮兵器に人同士で協力しないのは私は納得出来ません」
「君が納得するかの話じゃない。それに君たちは知恵の実を過信している。確かに知恵の実に送信される生体CPUの映像はその人間の見たままの映像だ。だが、AR(拡張現実)を使えば誤まった情報を送りけられる」
九州で試験運用されている人類最大のIoT「知恵の実」は人間が何も持たず、自身の体の電解質で稼働する生体CPUを網羅している。中枢神経に取り付けられたそれは外部の環境を考慮しない。装着者の感じ、見たまま聞いたままの情報を送信してしまう。娯楽フィルター対策もいたちごっこに終わっている。
『いがみ合うなよ。それに、今回のは事実だ』
シックスアイの言葉と共にラングレーのキャノピーに映し出された風景に複数のポイントがマークされる。マークはかなりの速度で移動していた。
『自警団達がマテリアルハザードと交戦してるが、奴ら集団でヒット&アウェイで散開しているところを各個撃破している。ドローンでマーキングしてるが』
「降りて戦うのはダメそうね。アイギスがあればいいけれど。柿種さん。監視はするだけ? それとも必要があれば武器を取りますか?」
「必要があればな。どうする?」
「横に付けて足を止めさせます。これを使ってください」
衛利はラングレーの内部ワイヤーアームに持たせて柿種に大きめの拳銃を渡した。見た目より軽め。撃鉄に当たるパーツに違和感がある。5段階の目盛りと、上から高と低とも書かれていた。親指で目盛りはスムーズに変えることが出来た。
「コインガンです。低で撃てば用量は普通の銃と同じですが。電気ショックの衝撃を受けたコイン状の弾を銃口でニードル状にして射出します。高圧の電気も纏っていますから。マテリアルハザードの足止めは出来ます」
「高で撃ったらどうなる?」
「ライフル弾並みの速度で飛んでいきますが、貫通してしまうと電気ショックを浴びせきれませんし、防護装備なしで撃ったら生身だと感電する可能性があります」
そして、住宅の隙間を疾走する7体の四足の獣たちに並走して、スキャンするとウィルスコアが表示される。キャノピーを開けると柿種はすかさずコインガンを発砲し一体の横腹に着弾してもそのまま走り続けた。
「効かないぞ!」
「足を狙って!一時的に機能停止するだけでいいから!」
簡単に言う衛利に苛立ちながらも俊敏な脚、ではなく動きの少ない前足の肩部に撃ち込んだ。すると走行を保てず引くついた足のまま倒れ込んだ。
衛利はすぐさまラングレーを倒れた個体と他の個体の間に割り込ませアームワイヤーを掴むと。デフォルトブレードを持って飛び出し、ウィルスコアを一突きする。
獣が塵になるとアームワイヤーが引き込まれ衛利も車内へと戻される。
「……ラングレーにブレードを持たせた方が安全じゃないか?」
「武器を使えるコイツが暴走したら時速400キロの通り魔が出来上がりますよ。ただでさえパルスキャノンは足を止めないと撃てないようにしてるんですから」
意外だな。ポツリと言った柿種は再び転ばせた個体を同じ様に衛利が処理すると獣たちは集合住宅の廊下へと入り込む。狭くラングレーの通れないような道を選びながら階段や通路を縦横無尽に駆け抜ける。
「ここからじゃ狙えん」
柿種の射線は遮蔽物に遮られラングレーも壁や天井に張り付き追跡するが糸口が全くつかめない。すると。突然一体の獣が飛び出し不意を突かれた柿種は反応が遅れた。
「なっ」
すぐさま右足にアームワイヤーを巻き、ラングレーから飛び出しコアを刺す衛利。だが、塵となったモビルマテリアルが衛利の視界を塞ぎ、まだ結合を保っている獣の体がぶつかり空中でたまらずバランスを崩す。
ラングレーは電磁膜を張って中の柿種を塵から守れるが奥でもう3体が衛利に向かって殺到してきた。
「しまっ……」
直近の一体を一刺しするが、残りの二体に左腕と左足を前に出すと二体は口に鋭い牙を形成し噛み千切ろうと顎を開ける。
「くそっ!」
二体の顎は噛みつく前にコイルガン着弾の圧力で強制的に閉じられる。衛利は右足を踏ん張りアームワイヤーで一回転勢いをつけて二体のウィルスコアを切断すると二体は塵となる。
「……ありがとう」
「別にいい。元は俺のミスだ」
ラングレーの座席に戻った衛利は慣れない礼を言うと、その間残りの二体が駐車場へと入り込んだ。車が並ぶ中陰に潜む獣を警戒するが、その必要はなかった。
『気をつけろ衛利。誰かいる』
二体の獣と一人の人間。いやむしろ機械と言った方が適切かもしれない。
「待っていたよ。利府里衛利」
機械的にぼかされた声で、白い外装に包まれた強化外骨格と頭部ヘルメットのバイザーが薄く青い光を放つ。
(アイギス? いや違う)
よく観察するが、かなりの別物に見えた。疑似筋力繊維は見えず装甲も全身に渡って覆われ武装ロボットのような印象を受ける。
「これをアイギスなんかと比べないで欲しいな」
衛利は驚きで目を見開いた。
「……ESP!?」
「正解だよ。君はお兄さん以外で会ったことはないから気持ちは分かるよ。でも僕は君の事を知っているよ。そして……」
白鎧がケース型の背部ユニットが前方へ稼働させ、展開すると槍状の武器を取り出した。
「私はお前より強い。最強のESPユニットである事もね。だから大人しく来て欲しい」
槍の放電し周囲を破壊するが、ラングレーは電磁バリアでガードする。
「貴方を拘束して、何者か聞かせてもらうわ」
威嚇が効かずラングレーから飛び出した衛利に、白鎧の声は少しうれしそうに聞こえた。
「アイギスのないお前に何が出来るかな?」