密かな一歩
警察機構からの要請である治安維持協力は取りやめ。再交渉の結果。警察機構の装備開発協力へと変更する。ただし、既に任務用に組織を編成済みであり、特殊試験課は情報部から指令に従い作戦行動に服するように。
特殊試験課の3人は鋼埼のオフィスで受け取った辞令に目を通した。
「それじゃあ警察機構が権利を与えてるのも立ち消えだよな。どうするんです?」
「詳しい話は聞いていない。ただ今は何も来ていない」
鋼埼に投げた質問は素っ気なく返されたシックスアイは、衛利の方に振り向くと神妙な顔をしていた。
「大丈夫だって。かつてのイヌモみたいな命令が下される保証もないだろ?」
「そうね」
衛利にも素っ気なく返され口をへの字にしてお手上げのポーズをする。するとデスクからコール音が鳴り鋼埼が受けた。
「鋼埼だ」
『鋼埼課長。警察機構の出向者が面会を求められています』
「出向者? 予定にないが」
『警察機構から先ほど連絡がありました』
「分かった。面会室の手配を頼む」
『今日は面会室が埋まっています。直接デスクにお通ししてもよろしいでしょうか?』
「構わない」
鋼埼は二人に整備ガレージで待っているよう伝えると、身だしなみを整えた。
二人が退室し一人となった鋼埼。
「さてはて警察機構め。何を考えているんだ」
数分後。オフィスのインターホンが鳴った。扉がスライドしオフィスに入る眼鏡の男。しかし、その奥にある冷え切った目に思わず鋼埼は身構えた。
「初めまして。私警察機構3課の柿種余里と申します」
警察機構第3課。鋼埼には思い当たるところがあった。対テロ組織の主な相手にしている課であり、鋼埼が現役のプライベートフォース隊員だった時何回か顔を合わせた事もある。
「こちらこそ。特殊試験課、課長の鋼埼です」
握手を交わした二人は先ほど部下たちが座っていた席に座るように促した。
「急に参上して申し訳ありません」
「いいえ。待機しておりましたから。それで出向とは?」
「はい。私が現場に同行し、私の権限の範囲で活動をして頂くことになります」
「つまり我々は貴方の指揮下に入ると?」
「情報部も私の要請で情報を提供するように、先ほど話をつけてきました」
来たならうちにも言えばいいのに。情報部は肝心なことは教えてくれない。そうですかと鋼埼は苦笑するしかない。
「では、あなたは指揮所で」
「いいえ。私は現場で指揮を執ります」
「危険すぎるのではありませんか?」
耳を疑い懸念する鋼埼に対して柿種はバッサリ言った。
「自覚していないなら教えて差し上げます。危険なのはあなた方ですよ。私は貴方がたを監視する為に派遣されました」
―――
ガレージにかけられたダーツボード。シックスアイはジュースを啜りながらその様子を眺めていた。
(どうせ俺なんか相手になりませんよー)
衛利とラングレーの一人と一車のプレイヤーが、一進一退の攻防を繰り広げていた。先攻後攻を決める投擲にはどちらも精密にセンターへ投げたためコンピューターが4回も判定をやり直してラングレーが先行を取った。そして双方がトリプルの20を精確に投げつける。
相手のエラー以外後攻の衛利が勝つ要素はない。
【トリプル20】
機械音声が何度聞いたか分からないスコアを読み上げた。アームワイヤーでガッツポーズし、ぴょんぴょん跳ねて投擲位置から離れるラングレーと片頬を膨らませて息を吐き出し位置に着く衛利。
機械のラングレーはともかく、衛利が精密な投擲し続けている姿を改めて畏敬のような感情をシックスアイは抱いた。
遺伝子操作による理想的な適合率を持つ中枢神経、生体CPUの相互翻訳を限りなく1に近づけた存在。機械言語を神経に走る電流に入出力するには人それぞれ大なり小なり相互の情報を翻訳する過程が必要だ。大量の情報を処理するならその工程は少ない方が良い。
機械とほぼ違わない精密な動作も、複雑な身体制御を効率的に行う産物だった。そして。
「誰か来た。課長と、あと誰か」
突然衛利がダーツの矢を置くと、ラングレーは急いで整備装置の真下に滑り込む。シックスアイが通路を覗き込むが、まだ誰もいない。
「誰かって誰だよ」
「さぁ。感じ慣れない波ね」
衛利にはもう一つ。脳の処理能力を上げる為に脳への能力開発をした結果。副産物として不思議な知覚を得ていた。シックスアイも既に慣れており特段驚くことなくジュースを飲み干した。
しばらくして通路から二人の足音が聞こえてきた。通路に向かって二人が立つと鋼埼と眼鏡男が一人。衛利は眼鏡男に見覚えがあった。
「本日付で警察機構より出向してきました。柿種余里です」
「二人ともこれからは柿種さんが、我々の行動の指揮を執られる」
「鋼埼課長。さん付けはよしてください。呼び捨てで構いません」
馴れ馴れしくしてくれより、そちらの方が言い方が短く済むと暗に言わんばかりの冷淡さで返す。
続けてシックスアイが柿種に手を差し伸べた。
「俺の名はシックスアイ。偽名じゃない。本当にそういう名前なんだ」
「特別な事情がない人間がここにいるとも思えない。俺もそう言う人間を知っている」
握手を交わして柿種は衛利に振り向く。衛利が先に手を差し出して。
「あの時の警察さんですね。先日はどうも」
「……柿種余里だ」
明らかにぎこちない握手を交わす二人。超能力者でなくても、二人の間を友好的には見えないだろう。微妙な雰囲気が流れたのを鋼埼の咳払いがかき消した。
「これから仕事をしていくのだから。歓迎会でもしようじゃ……」
鋼埼の言葉を裂くように、緊急通信がガレージに鳴り響く。
【情報部より特殊試験課へ緊急通信。マテリアルハザードと思われる事件が難民居住区で発生。至急対処に当たってください。繰り返します】
シックスアイは既に指揮所へと走り出していた。鋼埼は出鼻をくじかれ苛立たし気に言う。
「ええい。衛利。柿種が現場に同行する。ラングレーを複座モードで運用してくれ。シックスアイ。偵察を頼むぞ」
「同行って? ……了解。ラングレー!」
衛利は一瞬戸惑うが今は疑問を口にするべき時ではないと判断する。そして、難民居住区の人口密集地帯で発生した初めてのケースに誰しもが緊張が走っていた。
まだ16日の太陽が昇ってないからセーフ