マッチ売りの少女が意識高い系だったら……
ある外国の、大晦日のおはなしです。みなさんは、大晦日というと暖かい家で御馳走を食べたり、家族とおしゃべりをしたりしますよね。街中では、お買い物を済ませた人々が、急ぎ足で家に向かっています。そんな中、街の人々とは違う様子で、貧しい身なりの女の子が、カゴを持って立っていました。一体なにをしているのでしょうか。
その女の子は、穴の開いた服を着て、靴さえ履いていません。その貧しい身なりの女の子は、かごいっぱいのマッチを持っています。これからそのマッチを売るつもりなのです。女の子は、街を行く人々を少しのあいだ、眺めていました。女の子は、近くを通りかかったおばさんに話しかけます。
「そこのおばさま。わたくし、マッチを売りに来たんですの」
おばさんは立ち止りました。見るからに優しそうなおばさんです。
「へえ、マッチかい。減っているからもらおうかね。いくらだい」
「3フランよ」
それを聞いて、おばさんは笑いだしました。
「冗談だろう、お嬢ちゃん。3フランなら、マッチは5箱も6箱も買えるよ。そんな値段のマッチがあるなんて、聞いたこともない」
すると女の子は自慢げに言います。
「これは香木を使ったマッチですの。そんなことも知らないんですの?」
女の子に馬鹿にされたおばさんは目を吊り上げて、こう言います。
「そんな高いマッチなんて要らないね。お前さんのマッチが擦っても減らないマッチなら、その値で買ってもいいけどね」
もちろん、女の子のマッチは使えば減って、やがてなくなってしまうマッチです。おばさんは言い捨てて、歩いて行ってしまいました。
(どうして、このマッチのいい香りが分からないのかしら)
街の人にとっては、マッチは暖炉に火をつける道具で、良い香りなど必要ないのでした。マッチと言うと、みなさんは小さな箱に入った普通のマッチを想像するでしょうが、この女の子のマッチは、大人の手ほどもある、大きな箱に入ったマッチなのでした。マッチは柄が15センチもあって長く、軸も太く作られていました。
たしかに良い香りはしますけれど、火を移すだけにそのマッチを使うのは勿体ないような気がしますね。
(きっと、みんなの心が貧しいからなのだわ)
女の子はマッチが売れない理由を、そう考えました。
この女の子の父親は、とても頑固なマッチ職人でした。女の子がマッチをちゃんと売って帰らないと、目から火が出るほど叱られます。でも、父親のつくるマッチは世界一だと信じていたので、女の子は叱られても我慢しました。普段は厳しいのですが、マッチのできがいいと、一緒に歌を歌ったり、頭を撫でたりしてくれます。女の子は、マッチをつくることしかできない、不器用な父親だと知っていたのです。
自慢のマッチは、ちっとも売れませんでした。マッチを売りに来ていた、他の少女たちは、次々とマッチを売っています。どんどん売れるので、他の女の子たちは嬉しそうです。カゴの中のマッチも、見る間に減っていきます。
その少女たちのマッチは、安い小箱のマッチです。
どこで擦っても、火が出てしまう下品なマッチ。女の子は、なんの良い香りもしない、そのマッチがいやでした。
(パパのマッチが一番のはずなのに、どうしてあんなマッチのほうが売れるのかしら?)
あの安いマッチに、父親のマッチが負けたような気がしました。女の子は悔しさで、目に涙が滲んできました。
女の子はしばらくの間、マッチを売ることは止めて、街のすみっこのほうにしゃがんでいました。
(もしかしたら、わたくしの売り方が悪かったのかしら……)
女の子は考えました。思えば、女の子がお客さんにしたのはマッチの自慢ばかりです。人を見下したような態度も良くなかったのかもしれません。
女の子は、あることを思い出しました。父親が機嫌のいいときに、どうすればマッチがよく売れるか、聞いたのです。父親は、女の子にこう言いました。
「俺は商売人じゃあねえから、わかんねえけどよう。花屋の女が花を売るみてえに、ちょいとおだてて気を引くんだよ。どんないい物でも、気分が良くなきゃあ、財布を出してくれねえだろう」
女の子は父親の言葉を思い出して、涙を拭いて、立ちあがりました。
街中は、まだ人で賑わっています。コートを着て、髭を生やしたおじさんがこちらへ歩いてきます。
女の子は、今度は自慢したいのをこらえて、
「そこのおじさま。香りのいい、マッチなんですけれど……」
と呼びかけました。すると、おじさんは近づいてきます。女の子はマッチを一本取り出して、見せてあげました。おじさんは、渡されたマッチに鼻を近づけて言いました。
「ほう。これはいい香りだ」
「燃やすと、もっと良い香りがするんですの。もちろん、火を移すときにも使えますの」
女の子の話し方が良かったからかもしれません。おじさんは、女の子の話を熱心に聞きました。そこで、女の子は頑張って話しました。
「柄も長いから、火を移すときも熱くないんですの……。わたくしのパパが、一本一本丁寧に作ったマッチ……ですの」
女の子の話を聞いた後、おじさんは言いました。
「一本だけでいいから、擦ってみてくれないかな」
女の子は、言われたとおり、一本だけマッチを擦りました。ジュッという気持ちのいい音がして、マッチの頭は燃えはじめました。木の燃えるいい香りがします。それだけではありません。木にしみ込ませた油が燃えて、甘いような香りがたちこめました。
マッチの火が消えてから、おじさんはこう言いました。
「なるほど、ありがとう。実は娘が頭痛持ちでね。悪い臭いに敏感で、すぐに頭痛が出てしまうんだ。このマッチの香りで、頭痛が引くかもしれない。ちょっと高いが、一箱もらっていくよ」
おじさんは女の子に3フランを手渡して、大きな箱に入ったマッチを買っていきました。
女の子は、そのおじさんの背中を見ながら、晴れ晴れとした気持ちになっていました。たった一箱売れただけですが、これまでにない喜びを感じたのです。それに、マッチを売る『こつ』もなんだか分かってきたような気がします。
「うーん。そりゃほしいけどね、一箱は買えないよ」
女の子が次に声をかけた人が、こう言いました。マッチは20本入りです。
「この半分だったら買えるんだけどな」
そこで女の子は、思い切って1本で売ってしまうことにしました。すると、マッチは嘘のようにどんどん売れて行きました。面白いマッチ、良い香りのするマッチ。女の子の周りは、人だかりができました。とうとう最後の一本を売り切って、カゴの中はすっかり空になりました。後に残ったのはお金だけです。女の子は、このことを早く父親に知らせたくて、走って家に帰りました。
「パパ、マッチ売れたよ!」
女の子は、すっかり空になったカゴを父親に見せました。父親は目を大きくして喜びました。しかし、喜んだのもつかの間、今度は女の子をじっと見て、泣きだしました。
「パパ、どうして泣くの? マッチは全部売れてしまったのに」
すると、父親は大きな手で涙を乱暴に拭いてから、こう言いました。
「俺はおおばかだ。ひどい父親だ。お前にあったかい服の一枚も買ってやらねえで。寒かったろう。足が冷たかったろう」
父親は、マッチづくりに励むあまり、女の子にちっともかまってやれなかったことを悔いたのでした。女の子は、マッチを売ったお金で上等な暖かい服を買ってもらいました。それからは、マッチを売るときは親子二人で楽しく売りに出かけるようになりましたとさ。