四立目「弾かれし者たち」
もう弓道用語説明はお終いだ!やってらんねぇ!
的付けを終え、俺達は弓に弦を張る。
弦輪がしっかりと弭に入るように引いたり押したりすると、少し上関板に弦が近づいていた。弦を外し、弦輪を調整する。
「そーいや、じっきーって弦何使ってんの?」
準備のストレッチを入念に行う参里が、ふと思い出したように問い掛けてくる。
弓道未経験者だと弦に色んな種類があるとか考えたことも無いだろう。実際は弓の種類やその人の好みによって選べるだけの種類が存在する。ざっくり分けると麻などの天然繊維を使った麻弦というガチ勢が使うやつと、合成繊維を用いた合成弦の二つに分かれる。
「俺?今は煌だよ」
「あー、名前は聞いた事ある。使ったこと無いけどどんな感じ?」
「俺もそんな種類使ったこと無いから分からないけど、矢飛びは良い方だと思う。弦音も悪くないかな。参里のは?」
見覚えはある弦を使っているが特定までは難しい。オレンジっぽくて光沢があって、そして細い弦だから、多分 響系統だとは思うんだが。
「これはほら、金響」
「あー、使ってるやついたわ」
何とか当たった。
「俺は結構浮気性なんだけどさ。高校の時は色々手出して、結局高総体はこいつに落ち着いた感じ?」
「なるほどな」
響シリーズは弦が硬く折れやすいが、弦音と矢飛びにおいて定評のある弦だ。折れやすいとはいうが、響Rという折れにくくした弦もあり、折れにくさをアピールするため小さい袋に入っていたりする。あと「折れる=切れる」ではないので注意。
「むむ、弦トークでヤンスか?自分も混ぜて欲しいでヤンス~。因みに自分は弓神でヤンス」
トイレに行っていた羽矢部君も戻ってくるなり会話に入り込む。
弓神は最もポピュラーといえる弦だ。
飛び抜けた特性というよりは安定感、殊に的中においてつつがなく癖があまりないため、多くの人が弓神を使っている。
「置きにいってんなぁべーちゃんは。もっと個性出さないのかい?」
「む、金響には言われたくないでヤンス。それなら参里君だってじきだん君を見習うべきヤンス」
「いや、見習わなくていいから」
そんなこんなの弓道談義に花を咲かせながら、そそくさと準備をする。と、ここで違和感に気付く。
「なあ、人少なくない?てかいなくない?」
もう練習が始まるというのに、弓道場には俺達三人と大前先輩しかいなかった。最初の集会みたいなやつには二十人以上いたはずなのに、それがほとんどフラッシュモブ要員だったかのような静観っぷりだ。
「あ、もう練習始まる時間か。何か用事あるんじゃねぇの?」
「全員で?」
「たしかに言われてみると不自然でヤンスね」
「なんだ、お前達聞いてなかったのか。今日は新歓コンパで部活は休みだ」
衝撃の事実が大前先輩の口から放たれる。
「...え?...そうなんすか?」
「ああ、そうっす」
「言われましたっけ?」
「LINEで言われました」
「いつでヤンスか?」
「集会の後すぐでヤンス」
......
「「「な、なんだってー!!??」」」
三人のリアクションが見事にハモってしまうほど、自分達がスルーされている事に驚いた。
「え、じゃあなんで先輩ここにいるんすか!?」
「なんでって、練習だ」
「自主練じゃないっすか!なんで俺達に『新歓コンパは行かないのか?』くらい聞かないんすか!」
「やる気のある奴らと見込んでだ」
「やる気はあるっすけど、それとこれとは別っす!ここではぐれては後々肩身の狭い部活をすることになるっす!」
「そうでヤンス!数少ない親睦のチャンスをなくさせる気だったでヤンスか!」
二人が思いの丈を大前先輩にぶつける。参里は多分そういったウェーイな場所が好きなだけだとは思うんだが、羽矢部君の眼差しは本気だった。
「ほら!じっきーも言ってやれ!」
「いや、俺は別に...」
「せやかて工藤、いやじっきー!このままじゃお前ぼっちだぞ!」
「いや、参里いなくても羽矢部君いるし」
「じ、じきだん君...その言葉に感動したでヤンス!自分も残るでヤンス!」
じ~ん、と漫画のドラえもんみたいなフォントが見えるレベルで感動する羽矢部君。
「俺は弓道がしたくてこの部に入ったの。それで友達できるならバンザイだけどさ。っていうか今から行くのが面倒なだけで」
「けっ、クールなヤツめ...冷奴か!」
「その場合絹ごしかな」
「くっ...くそーーー!!!」
そう叫び、参里は出ていく準備を始めた。そりぁあもう驚くぐらい速かった。弓道場を去る直前「ところで会場どこっすかー!」と叫ぶ姿はなんとも虚しい気持ちにさせられた。
「...行っちゃったでヤンスね」
「まあ、参里らしいっちゃらしいが」
「まあ、金髪の限界はあんなもんだ」
笑みを浮かべながら日本中の金髪を敵に回す発言をする大前先輩のますらをぶりといったら。
三人で呆れていたところ、その玄関に一人の女が現れた。長く伸びた黒髪がゆらゆらと春風に靡き、青葉のさざめきも相まって春らしさ満載の一シーンが完成する。見覚えがあるからこの弓道部の人間で間違いないが、名前まで覚えてない。
「おお、例の美人マネージャーの千本先輩でヤンス。千本弦の千本でヤンス」
美人なのは確かにそうかもしれないが、その例は多分羽矢部君だけだと思う。
千本千本...忘れたら羽矢部君にまた聞こう。
「ねぇ、何か変なの走ってったんだけど...誰あの金髪?...ってか人いな」
「弦音か...コンパはどうした?」
千本先輩は一度首をかしげるが、すぐさま顔を青ざめて頭を抱え込んだ。
「のわぁ...忘れてたぁぁぁ...でも今から行くのは気まずいぃ...」
そのうちのたうち回るんじゃないかという呻きっぷり。
そんなに楽しみだったのか...
「...ってか、それなら何で大前さんいるんですか」
「決まっている、練習だ」
「ああ、そういう人でしたね...聞くまでもなかった...そっちの二人は?」
「情報社会に見捨てられた一年生でヤンス。自分は羽矢部、こっちは我が親友じきだん君でヤンス」
「親友なら本名で言ってくれない?」
「あー、連絡ミスか。あるんだよね毎年ちらほら...」
はぁ、とため息を一つつき少し元に戻ると、千本先輩は話し始める。
「大前さんはいて...葉木君はコンパですか?」
「葉木か、あいつが行くとは思えんがなぁ」
「孤高の狼は懐きませんか...」
「アレは孤高なんていいもんじゃない。かといってぼっちでもないしな、葉木は葉木だ」
「誰?ハギさんって」
困った時の羽矢部君頼り、こそこそと聞いてみる。
「さあ、自分も知らないでヤンス。でもどこかで名前を...昔聞いた感じヤンスね」
「弓道関連で?」
「んー、そんな気がしないでもないでヤンス」
どんな人なんだか想像してみる。多分細身、近寄り難いオーラ...ちょうど千本先輩の後ろに来た人みたいな感じか。
「お疲れ様です」
「ひゃ!?は、葉木君!?いつからそこに!?」
「今...ってか今日無しですか?」
葉木さん(?)はすらっと縦に長く、目にかかる程の前髪に高校時代の友人のような猫背をしていて陰キャラオーラ全開の見た目をしている。そういやあいつ、ブラジル帰ったんだっけ...元気だといいが。
「葉木君、今日は新歓コンパよ」
「...へぇ、初めて聞きました」
何なんだこの部活は。情報伝達グダグダやないけ。
「今からでも間に合うかもしれんぞ、葉木」
「いや、大丈夫です」
前髪のせいか、感情が読みづらくて大変そうな人という印象が形成される。人は最初の10秒でその人用の色眼鏡を作ってしまうという。後はその人を色眼鏡をかけて見る以上、どんな行動も「その人」っぽく解釈してしまうんだとか。しょうがないね。
「弦音さんこそ、どうしてここに」
「あははは、色々とあってね...まぁ、ちょうど良いか」
今度は深呼吸をし、真面目な表情になる千本先輩。
それを察してか、ここにいる全員がしんとなり、弓道場に弓道場らしい厳かな空気が漂い始めた。
「聞いてもらいたい話があるんです」
そして千本先輩は、ここにいる5人中4人が知る案件について話し出したのだった。