97 防具
「はあ!?Bぃぃ!?」
イベラムに到着した次の日、冒険者ギルドにて、ユイが冒険者ランクでもう俺に追い付いていることを知らされた。
「ちょっと待て、本当に昨日一日で全部終わらせたのか?」
信じられず、後ろを振り返ってルナを見、「その通りです。」と笑顔で頷かれ、改めて隣のユイへ目を戻す。
「だからそうだと言っているでしょう?ね?セシルさん。」
するとユイは前――受け付けの机の向かい側に座る、なんの因果か彼女の担当となっていたセシルに目を向け、尋ねられたセシルは大きく首肯して答えとした。
「ん。ランクはB、嘘はない。それよりコテツ。ネルはどこ?」
そしてセシルは相も変わらずネルが大好きらしい。
……なんとなく、俺とアリシアに一日足らずで追い付かれたときのネルの気持ちが分かった気がする。
「残念だったな、ネルならいないぞ。」
「仲間の女性を取っ替え引っ替え……死ね。」
機嫌が悪いのかどうかは知らないけれども、今のは酷すぎないか?
「おい、そんなことしてないからな?ネルはアリシアとファーレンで勉強中ってだけだ。……ったく、人聞きが悪いにもほどがある。で、セシル、ランクAへの昇格をするにはどうすればいい?あとユイとのパーティー登録も頼む。」
「パーティー登録はもうしておいた。ランクAに昇格するにはこれをすればいい。」
淡々とした口調で話しながらセシルが机の下から依頼書が取り出し、机の上に並べる。
「なになに……サラマンダー討伐、ベルフラワー採集と……クソザル殲滅?」
ちょっと信じられないような名前と依頼内容に、間違いないのかと確認を取るように目の前の受付嬢を見る。
「そう、変な名前でも遭遇すれば妥当なものだと分かる。依頼が殲滅となっている理由も。」
「殲滅ってどうやって確認するんだ?」
個体数が具体的にいくつなのかも分かっていないだろうに。
「二十匹狩ることで殲滅したと認められる。“殲滅”の表記はギルドマスターが決めた。文句あるならお前が直接言いに行く。」
なるほど、私に言うな、と。
「……まぁいいか。場所はこの近くか?」
「違う。イベラムからしばらく南に行ったところにある密林に全部いる。」
「了解。それで、そこに行くにはどうすればいい?あと、時間と金はどのくらいかかる?」
「ギルドから馬車を借りれば良い。一往復一人10シルバー。三日で付く。」
「分かった。このベルフラワーってのの写真はあるか?」
「シャシン?」
「フンッ!」
「っ!?」
途端、ユイに足を踏みつぶされた。
「い、いえ、その、絵、絵はあるのかしら?」
そして俺を脇に押しやり、ユイが取り繕うようにセシルへ聞き直す。
……確かに今のは俺が悪い。でも別に踏むこと無いんじゃないか?
「無い。それを調べるのも試験の内。」
そしてセシル、お前はどうして今のに全く動揺しないんだ。もう少しネル以外にも興味を持てよ!
「そう……ベルフラワーを判別できる人材を探さないといけないわね。」
「それも方法のひとつ。自分で調べるのも一手。」
「それもそうね……。」
至って淡白なセシルの答えに、ユイが顎に手を当て考え込み初める。
「そうか、分かった。取り合えず全部受けておいてくれ。馬車で出発するのは明日で良い。」
そこで俺がそう言うと、二人はキッと揃って睨んできた。
「まさか今の聞いてなかった?耳は飾り?馬鹿?それとも……馬鹿?」
「そうよ、あなたベルフラワーを見たことがないんでしょう?どこによく生えているのかも分かっていないのに、宛でもあるのかしら?」
両者の追求を両手でまぁまぁと抑え、幾度か頷いて受け流す。
「はいはい、分かったって、大丈夫だから安心しろ。セシル、依頼と馬車の手続きとかは頼んだ。」
「ちょっと!」
「人の話を聞く!」
「俺はこれでもファーレンに一年もいたんだぞ?花の判別ぐらい任せろ。」
尚も厳しい目の二人へ、仕方ないので今思い付いた嘘を口にする。
まぁ実際、爺さんのナビと俺の鑑定を合わせれば生息地は分かるし、例え似た物があったとしても判別できるから結果は同じだ。むしろより信用できるかもしれない。
頼んだぞ爺さん!
『へいへい、了解じゃー。』
助かる。
「あなた、さっきしゃ……絵を見せてくれって言っていたわよね?」
「記憶が少し曖昧だっただけだ。今はもうハッキリと思い出したから問題ない。」
「そう……なの?嘘じゃないでしょうね?」
「はぁ、俺に対する信頼が何でそんなに低いんだ。」
「仕方ない。雰囲気はそう簡単には変えられない。諦めるしかない。」
失敬な!
「はぁ……まぁいい。そういう訳で心配はいらないからさっさと明日の用意をするぞ。」
「そうね、セシルさん、あとのことは御願いします。」
「うん、任せるといい。そしてコテツ。」
ユイの言葉に頷き、セシルが俺を呼び、睨み付けてくる。
「なんだ?」
「そろそろ痛い目見ろ。」
なんて奴だ。
「……はいよ。じゃあまた明日な。……朝でいいか?」
「馬車は帰ってくるまではあなた達の物。都合のいいように動けば良い。」
「了解。」
「さて、俺とルナは武器と防具はもう揃ってる。ユイ、お前の武器はその刀とあの魔槍ルーンで良いとして、防具は持っているのか?」
「無い、わね。でも別に必要ないでしょう?今回行くのは密林よ?下手に防具を買って動きが阻害されるよりは動き回りやすい服装の方が良いと思うわ。」
満腹亭への道中、ふと思い当たってユイに尋ねると、ただの布でできた長袖と長ズボンという、防御力皆無な出で立ちの彼女は自信満々にそう答えた。
「でもなぁ、布地の服は破れる可能性が高いってことも考えろよ?」
まぁ、野生に帰りたいなら止めはしないけれども。
「そ、それもそうね……。」
あられもない自分の姿でも想像したのか、少し赤くなったユイが目を逸らす。
「たとえ破れたとしてもご主人様が洋服を作ってくれますから、そこまで心配しなくても大丈夫ですよ。」
そんな彼女を安心させるようにルナが笑い、するとユイは意外そうな顔を俺に向けてきた。
「あら、そう?……あなたってそんなに器用には見えないのだけれど、人は見た目によらないということかしら?」
失敬な!
「余計なお世話だ。はぁ……でもまぁ俺に任せること自体は構わないぞ?俺のこのコートと大して変わらない物を着ることになっても良いなら、だけどな。」
「うっ、あなたとペアルックは遠慮するわ。」
ロングコートの裾を摘んで見せると、ユイは心底嫌そうな顔で首を何度も横に振った。
「……お前、人の心を鉄壁か何かと間違えてないか?」
そりゃ俺としてもユイと似た格好になるのは避けたい。それでももう少し言い方があるんじゃないかね?
まぁ言い方っていうか、言っているときの顔をどうにかして欲しい。泣くぞ?
「私は構いませんよ?」
そしてそんなユイとは対象的にルナはウキウキとした表情でそう言ってくれ、俺は優しさを噛み締めながらその頭を軽く撫でてやった。
「ありがとな。でもお前はこんなコートよりそっちの着物の方が遥かに似合ってて綺麗だぞ。それに、それって確か身体能力の強化があるんだろ?」
「に、似合っています、か?」
褒められたのが恥ずかしかったらしく、ルナが俺の手の下で分かりやすく照れる。
「ああ、似合ってる似合ってる。まぁあまり洋服には詳しくない俺個人の意見だし、もしかしたらもっと似合う服があるかもしれないけどな。……そうだ、ユイと服を買いに行くのも良いんじゃないか?」
「いえ、私にとってはご主人様の意見が一番……「それよ!」……え?」
突如ユイが声を上げ、俺とルナは驚いて彼女へ目を向ける。
「それ、とっても良い考えだと思うわ。私の防具を買うついでにルナさんの服も選びましょう!」
「でも、ご主人様が許してくれるかどうか……。」
笑顔で言われ、チラと俺を見上げるルナ。
「良いわよね?」
ギロリと俺を睨むユイ。
選択肢なんてあるはずもない。
「お、おう、もちろん。」
……あ、これは危険な流れだ。
迫る危機を察知した俺は懐の巾着袋から一ゴールド取り出してユイに投げ、
「ほら、こ、これを使え。じゃ、じゃあくれぐれも金の使い方は計画的に、な?」
すぐにその場から足早に立ち去……ろうとしたところで両腕をガッチリ掴まれた。
「あの、私は、ご主人様にも選んで欲しいです……。」
「あなた、今の話の流れでいったいどこへ行こうと言うのかしら?あなたがいないと意味がないでしょう?」
案の定、俺を買い物に付き添わせようとする女性陣。
「お、俺はファッションに詳しくないぞ?ほ、ほら、だからこそ黒魔法で作ったこのロングコートを年中着てるんだよ。」
「それでもそのコートの下に着ているのはシャツだけよね?」
「あ、ああ。」
あれ?いやぁな予感がまた……
「ええ、それならあなたの服も買いましょう。ルナさんもそれで良いですか?」
「はい、ご主人様に似合うものを選ばせていただきますね。」
うん、良い笑顔だ。……断れそうにない。
「はぁ、分かった。よろしく頼む。」
ちゃっちゃと済ませてしま……えるのかね?
「なるほど、それなら任せておけ。もう作っちゃあいないが、在庫は腐るほどあるからな。打ち直しぐらいなら元職人仲間のところに頼みに行けばできる。」
「すまんなゲイル。助かる。」
防具屋へ向けて歩く途中、ふとゲイルのことを思い出してそのことを二人に話し、説得し、何故か不機嫌になった彼らを連れて俺は満腹亭に戻ってきた。
要はショッピングに連れ回されるのをギリギリで回避できたのである。
「全く、何でこうなるのかしら……。」
「ご主人様がいつものロングコート以外の色々な服を着ているところを見たかったです……。」
「面白可笑しいところも見てみたかったわ。」
「ええ、それも興味がありますね。」
「「はぁ……。」」
揃ってため息を吐くルナとユイ。
どうやら俺は着せ替え人形にさせられるところだったらしい。
危なかった。
「たしか倉庫の鍵は……あったあった。よし、三人とも付いてこい。」
ポケットだらけの服のあちこちを叩いて鍵を探し出すと、ゲイルは厨房の奥の方へ歩き出した。
「お前、この宿の倉庫なんかに作った防具を入れてるのか?まさか食べ物と同じ倉庫に入れてないだろうな?」
「おい、ここは料理を売りにした宿屋だぞ?そんなことするわけねぇだろ。」
そんな軽いやり取りをしながら満腹亭の裏口を通ると、木製の小屋が幾つか並んだ小さな空き地に出た。
「はは、料理以外は平均的だから食べる客は多くても泊まる客は少ないみたいだけどな。あのいつもどんちゃん騒ぎしてる連中もここに泊まってるのは一人か二人ぐらいだろ?」
「……一人だ。はぁ、それでも宿屋としてやってはいけるんだから上々だ。」
「確かに、そうだな。」
「義父さんの置き手紙にも宿泊客がいなくなるまでは何があっても宿をやめるなって言われているしな……。お、よし、こいつだな。」
案内されたのは一際大きな掘っ建て小屋だった。年季が入っているようで……いや、もう見るからにボロい。
扉の南京錠に鍵を差し込み、ガチャガチャとうるさい音を立ててようやく開かれた小屋の中は、驚くほど綺麗に整頓されていた。
「いつも掃除しているのか?」
「まぁ、今も冒険者時代の思い出に浸りにたまに来るから、その時に、ついでにな。」
ズラリと並べられた防具群を手で示しながら誇らしげに言うゲイル。
「へぇ、前は何に使われてたんだ?」
「……義父さんの冒険者時代の装備一式が置かれてた。もちろん、義父さんが家出するときに一緒に無くなってたがな。……ったく、旅に出るなら年を考えて欲しいもんだぜ。」
しかし俺が聞くと彼は途端に不機嫌になり、ぶつくさ言いながら、掘っ建て小屋の中に入っていった。
……しまったな。
頭の後ろを掻きながらあとに続くと、すぐ後ろのルナが歓声を上げた。
「わぁ!防具屋でも中々手に入らないような、良い出来の物ばかりですね。」
「おぉ。お前の奴隷、良い目してるじゃねぇか。」
初見で誉められたのが嬉しかったか、ゲイルは嬉しそうに俺の背中をバシバシと叩く。
「でも良いのかしら?今の話からすると、これって全部ゲイルさんの思い出の品なんでしょう?」
と、ルナと一緒に周りを見渡しながらユイが言えば、ゲイルは笑って首を横に振った。
「ははは、心配すんな。防具ってのは使ってこそ意味がある。それに、そろそろこいつらも俺の愚痴は聞き飽きているだろうしな。……で、どんな物が欲しい?」
ポンポンとバケツ型のヘルメットを懐かしむように撫でつつゲイルが尋ね、俺はユイの手を引いて無理矢理彼の前に立たせた。
「こいつに合う防具を頼む。動きやすさ重視だそうだ。デザインは……まぁ嫌だったら本人が言うだろ。」
「動きやすく、か。一応、心当たりならいくつかある。じゃあ……えー……ユイ?だったよな?」
「ええ。」
「よし、ならユイ、付いて来い。俺のお薦めを幾つか見せてやる。あと、他に気に入ったのがあれば遠慮せずに言えよ?」
「はい、よろしくお願いします。」
そして最後に俺とルナに自由に見て回っても良いぞと言い残し、ゲイルはユイを引き連れて小屋の奥へと進んでいった。
「……しっかし、凄い量だな。」
所狭しと置かれた防具やら何やらを改めて眺め、呟く。
「ええ、何だかわくわくしますね?」
「そ、そうか。」
何故だか楽しそうなルナの感想にはノーコメントとしておいた。
「そういやルナ、お前はその着物が破けたらどうするんだ?」
「ご主人様に作ってもらいます。……キャン!」
即答したルナの頭にチョップ。
「こら、それは俺が任意にお前をはだけさせられるってことだからな?」
「え……ご、ご主人様は私をはだけさせたいのですか?そ、それなら、私は、ご主人様の奴隷ですから……アイタッ!?」
体を硬直させ、顔を真っ赤にしたルナに、俺は今度は拳骨を落とした。
「ったく、奴隷扱いはしないって何度言えば分かるんだ。はぁ……、俺が言いたいのはな?俺が全力で戦うとき、俺の作った服は消えて無くなってしまうってことだ。まさか裸で戦うわけには行かないだろ?」
「…………申し訳ありません。」
恥ずかしかったのだろう、顔を赤くしたまま俯き、小声で謝罪を口にするルナ。
「はは、さてとルナ、俺に似合うのはどれだと思う?」
そんな彼女が少し可哀想で、別の話題を振ってやると、さっきまでの羞恥はどこへやら、彼女は目を輝かせて顔を上げ、周囲を熱心に観察したかと思えば、早速俺を小屋の一角まで引っ張り、そこにあった一つの全身鎧を指し示した。
「これはどうですか?」
それは、足先や籠手が全体のバランスから考えるとやや大きい鎧だった。
肩、肘、膝等々、いたるところに凶悪なトゲが生えた、非常に中二心をくすぐるデザインだった。
「へぇ?そいつが気になるか。」
眺めていると、後ろからゲイルに声をかけられた。
……心臓が少し跳ねたのは秘密だ。
「ユイはどうした?」
「試着中だ。」
なぁるほど。
「よくサイズの合うものがあったな?」
言うと、元鍛冶職人兼冒険者はかぶりを振った。
「んなもん合わねぇよ。取り合えず着てみたときの着心地をある程度は知っておいて貰おうって思っただけだ。そして気に入ったヤツを俺が打ち直してやるつもりだ。……で、この鎧はな、俺の仲間だった格闘家に頼まれて作った鎧なんだ。適格な補助で、攻撃、例えばパンチなんかの威力を強化できる作りになってる。節々をあまり固めないで済むための素材集めに苦労したのは今でも覚えてるぜ。」
鎧を着たうえで格闘家の動きをできるようにしようとしたってことか。
「ユイにピッタリじゃないか。」
言うも、ゲイルは首を横に振った。
「いいや、こいつは全身鎧なだけあってかなり重い。節々の動きと補助による威力の向上は俺が保証できるが、それ以前にそもそも動けるかどうかの問題がある。女には向かない鎧だ。」
説明を聞きながら鎧のあちこちを嘗めるように眺め回す。
これ、後で黒魔法で完全に模倣してみるか。ゲイルには悪いけれども、どうせ倉庫の肥やしになるのなら有効活用させて貰おう。
爺さん、構造を記憶しておいてくれ。俺もこれに一応魔素を通してある程度覚えておくから。
『ったく、神使いが荒いわい。』
了承してくれて何より。
友達ってのは良いもんだな。
『はぁ……。』
「要所々々を削っても軽くなったりはしないのか?」
「これが限界だ。トゲを全部取り払ってもあの野郎はこいつを自由に扱えなかった。要は努力が水の泡になったってことだ。……あー、くそ、イライラしてきたぜ。」
口ではぶつくさ言いつつ、懐かしむような目をするゲイル。
良いパーティーだったことが伝わってくる。
「なぁ、俺達のパーティーに入らないか?」
それでなんとなく思い至り、小さな可能性にかけて聞いてみる。
「ハッ、ふざけるな。俺はローズとこの宿を守らねぇいといけねぇんだよ。……ま、誘ってくれてありがとうな。」
するとゲイルは鼻を鳴らし、笑って、そろそろ着替え終わったであろうユイの方へと歩いていった。
俺のこのパーティーも、あんな風に懐かしがれるような物にしたいな。