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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第四章:出世しやすい職業
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94 弟弟子

 「オギャァァァァァ!」

 ユイの訓練開始から数分後、元気な赤ちゃんの産声が響いた。

 「お、生まれたみたいで、す……ね?」

 ユイとの組手を止め、後ろで監督している筈の先生を振り返るも、そこに先生の姿は既になく、遅れて扉が大きな音を立てて閉まる音が家の方から聞こえてきた。

 訓練等で気を紛らわせてはいても、やっぱり人一倍心配していたらしい。

 「俺達も行くか?」

 「ごめんなさい、はぁ、ちょっとだけ、休憩させて。」

 苦笑しながらユイに向き直ると、膝に手をつき、肩で息をしていた彼女は首を左右に小刻みに振った。

 「そうか、なら仕方ないな。……どっこらしょっと。」

 「え、ちょ、キャッ!?」

 だから俺はユイを肩に担ぎ上げ、先生のあとを追った。


 水桶や濡れタオルが散乱し、事の大変さをうかがわせる部屋には、今や穏やかな時が流れていた。

 「ありがとう、リズ、本当にありがとう……。」

 「そんな、大袈裟だね。泣くほどの事じゃ無いだろう。」

 その部屋の中央にあるベッドから上体だけを起こした師匠は生まれた新たな命を優しく抱いており、すぐ隣の、床に膝をついて号泣する先生の姿には顔を若干引きつらせている。

 「いやぁ、無事に生まれてきて良かった良かった。」

 そんな、新たに父母となった二人の様子をドアの縁から覗き見ていると、隣に来た知らないおばちゃんがそう言って俺に笑いかけきた。

 「えっと……どちら様でしょうか?」

 「そりゃこっちの台詞だね。」

 「あー、俺はあの二人の元弟子です。えっと、師匠か先……いや、リジイ師匠かアレックス先生のお知り合いですか?」

 「あたしゃアレックスの母親だよ。ま、今じゃ晴れてお婆ちゃんだけどね。ヒェッヒェッヒェ。」

 「おめでとうございます。」

 「ありがとうね。それであんた、アレックスの馬鹿が乱入するのを防いでくれたって?」

 尚も笑いながら聞いてくるおばちゃん、もとい先生のお母さん。

 「あー、はい、まぁ成り行きで。」

 「そうかい、迷惑かけたね。あの子は普段は大人しいのに、何かあると急に後先考えなくなっちまうからねぇ。」

 「あ、愛情の証ですよ、たぶん。」

 「そうかね?」

 互いと話してひとしきり笑い、再び部屋の中を覗き込む。

 「ほら、アル、抱いてみるかい?」

 「え、あ、いや、手が震えてしまって。」

 「はぁ、なぁに情けないことを言ってんだい。……コテツ!アンタもそこに突っ立ってないでさっさと入ってきな。」

 いきなり呼ばれ、体が跳ねた。

 ここで入るのはちょっと、いや、かなりハードル高くないですかね?

 「ははは、夫婦水入らずのところを邪魔するつもりはありませんよ。」

 ていうか邪魔したくありません。させないでください。

 「アタシが良いって言ってんだから良いんだよ。」

 「行きな、師匠なんだろう?」

 「はい……。」

 先生のお母さんにまで背を叩かれ、俺は生返事して恐縮しながら入室した。

 「えっと、師匠、ご出産おめでとうございます。」

 師匠の足元に立ち、取り合えずそう言って頭を下げる。

 「おう、ありがとな。アンタからもアルに言ってくれ。この子のためにもアルにはさっさと抱いて欲しいんだよ。」

 すっかり寝こけてしまっている赤ちゃんを俺に見せながら師匠が言う。

 まぁ先生がためらう理由も分からないでもない。赤ん坊の頭が体に対して不釣り合いに大きくて、どうしても不安定な感じがしてしまうのだ。

 ただ、やはり抱かないことには始まらない。

 「あの、先生、師匠もああ言ってるし……。」

 「そりゃ僕だって抱きたいさ。でも万が一にでも落としたらと思うと……。」

 「先生は体術が得意なんですから、体の操作なんて簡単ですよ。」

 「誰にだって間違いはある!」

 いや、そこで自信満々に言われても……。

 さてどうしようか。

 …………閃いた。

 「そういえば先生、知っていますか?赤ちゃんって生まれてから一日の内に抱いてくれなかった人を本能的には親と認識しない、いや、できないそうですよ?」

 もちろん出鱈目である。

 「コテツ、そんなことを僕が本当に信じるとでも?」

 「ま、信じるか信じないかは先生に任せますよ。」

 別に先生を騙す必要はない。この調子で不安を煽っていけば先生も動き出すだろう。

 「俺が抱いてみてもいいですか?」

 「ん?おう、いいぞ。ほぉら、未来の兄弟子さんでしゅよぉ。」

 ………………………………っと、急な赤ちゃん言葉に面食らってしまった。

 ……今のは本当に現実なのか?

 それに赤ちゃんはもう寝てしまっているから別に必要なかったような気もするし……突っ込まないでおこう。

 「ゴホン、コテツ、抱かないのかい?」

 「あ、いえ、抱きます抱きます。……よいしょっと。」

 慎重に両腕で赤ちゃんを受け取り、取り合えず、頭がグラッと落ちてしまわないように左手を添え、我ながら不格好に小さな命を胸に抱える。

 ……思っていたよりずっと重い。

 「し、静かなもんですね。」

 「いいや、そうでもないだろう?産まれてきて泣いたときは外まで泣き声が届いたらしいじゃないか。」

 「あー、確かに。」

 ユイをいじめ……ユイに手解きしていたときは家からは離れていたのに、かなりハッキリと聞こえてたな。

 うんうんと頷きながら師匠に赤子を返すと、遅れて手汗が吹き出てきた。

 「ま、まぁ、それはそれで元気で良いじゃないですか。……いやぁ、でもこれで俺のことをお兄さんだとか思ってくれるのかな?」

 チラッと先生の方を見て言う。

 先生はずっと赤ちゃんに視線を向けていった。端から見てもウズウズとしているのが丸わかりだ。しかし肝心の本人は動いてくれない。

 「もしかしたらおと……「うじうじしないでさっさと抱かんか!この馬鹿息子!」おっと。」

 さらに先生を煽ろうとしたところで、先生のお母さんが先生の頭をスパーン、と引っ叩いて良い音を鳴らした。

 「う、うん。」

 すると先生はカクカクとした機械のような動きながら、遂に立ち上がり、恐る恐る師匠へと震える両手を伸ばした。

 師匠は苦笑しながらその手に赤子を乗せ、先生はぎこちない笑みを顔に貼り付け、我が子をようやく抱き上げた。

 「よ、よぉし、よし。」

 しかし硬い。

 「ファ、ウ、ウゥ……」

 「あ、起きましたね。」

 「そ、そうだね、よ、よーし、よし、よし。」

 やはり硬い。

 「オギャァァァァアァァアァ!」

 すると初めの泣き声に負けないぐらい、いや、あんなの練習だったんだと言わんばかりの大音量が暴発した。

 「ど、どどど、どうすればいい!?」

 真っ青になり、助けを求めてキョロキョロと辺りを見回す先生。

 「アル、そんなに緊張してたら赤ん坊の方も安心して眠れないだろ?もっと落ち着いて……。」

 「はぁ、ほら、貸してみな。……よーちよちよち、お婆ちゃんですよぉ。うーりうりうり。」

 そんな息子から孫を素早くかつ丁寧に奪い取り、先生の母親は即座に孫を宥め始めた。

 「アァァアァァァ、ア?」

 すると流石と言うべきか、赤ちゃんはさっきまでの泣きっぷりが嘘のようにピタッと泣き止み、呆けた顔で祖母を見返し始めた。

 しっかし、俺が兄弟子、ねぇ。

 つまり俺からしたら弟弟子に……あれ?

 「そういえばその子、男の子ですか、女の子ですか?」

 「ん?ああ、男の子だね。それがどうかしたのかい?」

 聞くと、先生のお母さんがピラッと赤ちゃんの腰に巻かれた布をめくって確認してくれた。

 ……まぁいいや。

 「あーいや、ちょっと気になっただけです。それで、その子の名前はなんですか?」

 「アル?」

 「え?僕?」

 「はぁ……、アレックス、アンタあれだけ騒ぎ立てておいて名前ひとつ考えていなかったのかい?本当に馬鹿だねぇ。」

 「ご、ごめんなさい。」

 「ま、まぁまぁ、それだけ心配してくれてたってことだろ?メリダさんもその辺で……。」

 「リジイちゃんは黙ってな。アレックスこれからあんたも含めて守らなきゃならないってときにこれじゃあ先が心配だよ。」

 師匠を一瞬で黙らせ、先生のお母さん、メリダさんが先生への説教を続ける。

 それを赤ちゃんを上手に抱えたまま行うのだから凄いもんだ。年の功とかいうやつだろうか?

 「まぁまぁ、説教は後でできますし、名前を考えましょう、ね?」

 生まれたてで右も左もわかっていないときであっても流石に名無しは酷いだろう。

 「それもそうだね。ほら、二人とも、あんた達の子供だ。良い名前をつけてやるんだよ。」

 メリダさんはそう言って師匠よ元に赤ちゃんを返した。

 「そうだねぇ……とは言われてもなぁ、急に名前をって言われてもなぁ?」

 「ああ、一生その名前を名乗ることになるからそんな急に思い付けないよ。」

 妊娠が発覚してから半年以上はあったはずだろうに。代わりに生後5年のトレーニングメニューでも考えてたのかね?

 ……意外と有り得るな。

 「えっと、何かその子がこうあって欲しいって願望とかはないんですか?そこから取るのも一つの手だと思いますけど。」

 「そうだねぇ、アタシはこの子にはとにかく強くなって欲しいねぇ。強くなればなるほど安心して生きられると思うし。何よりアタシも楽しめる。」

 おい最後。

 「ほ、ほー、それで、先生はどうですか?」

 あれ?何で俺がこんな緊急家族会議みたいな物の司会をやってるんだ?

 ……弟子の務めだと思っておこう。

 「僕は、そうだね、この子にはいつだって笑える子であって欲しいね。やっぱり強くなって幸せになって笑って生きられるような子になって欲しい。」

 強くなることが前提って……。

 「じゃああとは、二人のイメージに合う花だとか、動物だとか、神だとか、昔の英雄だとかを考えて、少しもじって見れば良いんじゃないですか?」

 「コテツ、アンタみたいになってくれるのが良いかもしれないね。」

 と、唐突に師匠が俺を見て笑った。

 「はい?」

 「うん、そうだね、君の強さはもう僕達を越えている。君くらい強くなってくれると僕としても嬉しいね。」

 え、え?

 「いや、ちょっと止めてくださいよ。冗談ですよね?俺はまぁ確かに強い方だとは思いますけど、そんな何かを為したわけでも無いんですよ?恥ずかしいんで本当に止めてください。」

 「やっぱアルもそう思うか?」

 「ああ、凄く良いと思うよ。」

 ちょっと、人の話を聞いて……

 「ちょっと、師匠、先生?勘弁してくださいよ?」

 ポンポン

 師匠達に向けて俺の名前を参考にするのをやめてしまうよう、心の底から必死の念を飛ばしていると、肩を軽く叩かれた。

 涙目のまま振り返る。

 そこには口パクで

 「もう、諦めな。」

 と、そう言うメリダさんの姿があった。

 心なしか笑っているようにも見える。くそぅ、ここに味方はいないのか。

 ったく、強いってだけで良いなら古龍の名前でも使えば良いだろう?

 『ハッ、古龍であるリヴァイアサンに、隙をついたとはいえ、たった一撃で力を認めさせたお主が何を言っておる。』

 くっ。

 「コテツ……コテツ、じゃあコテツに似た響きのコタツでどうだ?」

 !?

 「うん、そうだね。そうしようか。」

 やめろ馬鹿!

 失礼過ぎる俺の内心の絶叫をよそに、師匠が赤ん坊を顔の近くまで抱き寄せた。

 「アンタの名前は……コ「それはやめてください!」なんだい?しつこいねぇ。」

 俺は師匠と先生の間で醸し出されていたとても良い雰囲気を勇気を振り絞り、無力な赤ちゃんの未来のためにそれをぶち壊した。

 「『コタツ』は止めましょう、ね?」

 「なんだい、恥ずかしいのかい?自分の名前を基にされるのが。」

 「いえ、今回ばかりはその赤ちゃんのためです。わがままだと分かっていますけど、俺はその名前は何があっても許容できません!」

 「じゃあ君には何か案があるのかな?」

 「うっ。」

 そりゃ、当然聞かれるわな。

 「もし何もないのなら、『コタツ』で良いだろう?」

 師匠が変人でも見るかのような顔でこっちを見ているけれども、俺としては大真面目だ。

 たしかに師匠達の話す言葉は俺のそれとは違う。ただ、一々師匠達の子供の名前を聞くたびに申し訳ない気持ちになるのは避けたい。

 爺さん、戦いの神の名前ってなにかあるか?

 『ふむ、有名どころではアレスやマルスというのはどうじゃ?両方戦いを司る神じゃな。』

 ほうほう、他には誰が……ハッ!

 「ビシャレス、なんてのはどうですか?」

 毘沙門天も武闘系の神様だった気がする。

 『はぁ……。』

 「ビシャレス、ねぇ……。」

 「ビシャレス、かぁ……。」

 俺の案を聞き、微妙な顔を浮かべる武闘派夫婦。

 そんなに悪かったか?

 『ネーミングセンス、というところの問題じゃのう。』

 まわセンスなんて求められても困る。

 だがしかし、「コタツ」と言う名前を師匠達の子供に名乗らせるわけには行かない。何としてでも阻止してやる。

 「駄目ですか?一応、有名な戦いの神の名前を少し拝借したものですけど……。」

 「「……微妙。」」

 “コタツ”も十分微妙だろうが!

 『いや、お主の案よりは「コタツ」の方がその子も幸せに生きられるじゃろうな。』

 くっ。

 それなら爺さん、他に名前はあるか?

 『クロウ・クルーウァッハと言うのもおるのう。』

 「んー、じゃあ「クロウ」、これならどうですか?」

 『はぁ、そのまんまではないか……。』

 うっせ、これなら文句は言われないだろ。

 「ああ、それは良いね。」

 「よし、クロウ、アンタの名前はクロウだ!」

 先生が同意し、師匠が赤ん坊に優しくそう言って、赤ん坊は無事、産まれたその日に名前を与えられた。

 ふぅ、何とかまともな名前になったな。

 『過程は酷い物じゃったがのう。』

 ビシャレス、格好良くないか?

 『ま、感性は人それぞれということじゃな。』

 ああ!?なら爺さん、お前だったら何て名前を付けるんだ?

 『そうじゃのう、両親の子供への願いを考えるとして……アルモンテン、これならどうじゃ?』

 …………センスって難しいな。

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